書 物


−伊勢三郎義盛の描かれ方と個人的な感想−


小 説

描かれ方については完全ネタバレです
知っても大丈夫という方は、お手数ですが反転させてお読みください
反転無しの完全ネタバレはこちらをどうぞ

(敬称略)
宮尾本平家物語 (全4巻) 宮尾登美子 朝日新聞社
登場は第4巻の後半からの5場面。
嵐の中、屋島へ渡る船の船頭が嫌がり弓矢を向けて佐藤兄と共に脅かす場面。
屋島で那須与一が平家の扇を射抜き、船上で舞う平家の男を「あの男も射ろ」と言う場面。
屋島で16騎で田内佐衛門教能の元へ行き、嘘八百並べて3000騎を降下させる場面。
壇ノ浦で平宗盛親子を熊手で小船に引き上げる場面。
義経邸が土佐坊昌俊に襲撃される場面。


叙情的な「平家物語」です。憶えきれないほど出てくる登場人物が殆ど善人に思える描き方で、感情移入がしやすいです。基本的には「平家物語」に忠実ですが、オリジナルの部分も結構あり、とても面白かったです。

新・平家物語 (全16巻) 吉川英治 講談社吉川英治歴史時代文庫
登場は第6巻から。
元は江ノ三郎という名の伊勢の海の漁夫。
奥州へ行った義経が京へ向かう道中で道案内として出会い、そのまま家来となり共に奥州へ。
弁慶と共に義経の郎党として活躍。弁慶と同じくらい出番は多いです。屋島で田内左衛門教能を降下させる場面はありません。
最期は奥州の衣川ですが、郎党が死ぬ場面は描かれていません。
義経は正統派のヒーローとして描かれています。


全体的にかなりオリジナル色が強い作品ですので、できれば「平家物語」を読んだ後に読むことをお薦めします。

平家物語 (全6巻) 森村誠一 小学館
第2巻の最期の方から登場。奥州下向した義経が京へ向かう時の供として。奥州下向途中の上野国板鼻で臣下になったとの記述のみです。
弁慶の活躍が多い為それほど多く登場はしませんが、屋島で田内左衛門教能を降下させた件などは描かれています。


宮尾本が叙情的な「平家物語」とすれば、こちらはハードボイルドな「平家物語」です。この時代の説明も現代的な例えを多用していて理解しやすいです。登場人物に対しても全ては自業自得というような描き方で、個人的には面白かったです。

平家 (単行本版) (全3巻) 池宮彰一郎 小学館
上巻は平治の乱から頼朝が平家に捕らえられるまでなので伊勢三郎は登場しません。
中巻の最後の方で司馬版と同じく黄瀬川で旗を持った郎党の1人として登場します。
下巻では長年吉次の下で隊商の宰領を務め、世故に長け軽口立てが特色で、物怖じせず機転が利きどのような仕事も軽妙にやってのける男として描かれています。
三草山の戦いや屋島での戦いの場面に登場します。
鎌倉から追われる義経一行が京に潜入する時に義経と背格好が合っていた為に義経の影武者役に選ばれ引き受けます。
義経を名乗って吉野から熊野へと兵を募り、神出鬼没の働きで追手を翻弄し、最後は深山で姿を消したと書かれています。


元々この小説が大河ドラマの原作となる予定でしたが、盗作問題が持ち上がり、結局宮尾本が原作となったという曰く付きの作品だそうです。
文庫版は盗作と指摘されている箇所が修正されているので伊勢さんの最初の登場の場面もありません。
「義経記」等の史料における謎を独自の解釈で書かれている小説で、影の主役は後白河法皇です。
法皇が義経を清盛の後継者とするべく画策し清盛もそれを受け入れるので、その部分が大河ドラマの義経が清盛を父と慕う設定に使われているのではと思います。
あと、公家で義経の義父となる藤原長成が清盛の懐刀となって清盛の為にあちらこちらで働き、清盛没後は法皇の指示で動いたりする重要な役回りなのですが、大河ドラマを見た後だと蛭子さんが頭に浮かび「あり得ない」と思ってしまいます(笑)。

義経 (全2巻) 司馬遼太郎 文芸春秋文庫
登場は上巻の後半の義経が鎌倉に到着する場面。
お供は伊勢三郎のみという設定です。坂東で盗賊をしていたが、奥州に下って義経の郎党になったとの記述があります。出番は多く、かなり活躍しています。
やはり特筆すべきは、正室のお供で京に来た鎌倉方の女スパイの女性を虜にしちゃう件。いいのか?というくらいおいしい場面です。
この本では、男ぶりが涼やかで雅ていて女の方から寄ってくる男と描かれています。
義経一行が西国落ちをしたところまでで終わっているので、最期は描かれていません。


さすが司馬氏。普通の義経を描きません(笑)。
義経を正統派ヒーローではなく、戦に関しては天才だが政治的には痴呆者の無類の女好きとして描いています。
義経ファンには激怒かもしれませんが、そうでない人間にはそういう義経を含めて面白かったです。

源義経 (全4巻) 村上元三 学陽書房人物文庫
この本では眉がつり上がって体つきは逞しく、郎党随一の女好きで顔中にあばたがあって蟹に似ていると書かれていて、「蟹に似た顔」という表現が延々出てきます。
初登場は第1巻中程の「初冠」の章。
奥州へ向かう義経一行を青墓で襲う熊坂長範を頭とする盗賊集団の1人として登場。類を見ないほど話が上手く、それを武器に相手の懐に入り込んで情報を仕入れ、義経一行を襲います。義経が源氏の御曹司とわかり、家来になるべく後を追って奥州へ。家来にしてもらおうと川に橋をかけたりいろいろ頑張ります。
義経を独占したい弁慶と険悪な仲となって奥州で相撲で勝負して相打ちになったり、弁慶、伊勢、喜三太、駿河次郎の4人が主人に褒めてもらおうと頑張るところが微笑ましいです。
奥州で弁慶と共に修行に励んで義経の右腕となり、奥州を出て頼朝の命のもとで戦う義経の為に、縁の下の力持ち状態で働くところも健気です。
その後の伊勢三郎に関する活躍の場面は、
・木曾義仲の狼藉から逃れる為に京から奈良へ向かう義経の母・常盤と夫の藤原長成とその子の良成。3人に襲い掛かる物盗りを退治し、無事助ける。
・壇ノ浦の合戦の船の操縦を頼む漁夫の心を巧みな話術と蟹に似た顔で掴む。
・酒匂で三郎の郎党の八郎太と後藤基清の郎党が諍いを起こし、駆けつけた三郎と基清は互いに謝る。責任を感じた三郎は基清の主の藤原能保(頼朝の妹婿)に詫びる。
・奥州へ逃げるため山伏姿で吉野へ隠れた義経主従だが、協力者の妻の密告によって僧兵に追われる。二手に分かれて静御前を守りながら山を降りる役目を受けた三郎と佐藤忠信は、僧兵と戦うのに夢中になってしまい静そっちのけ状態になる。その夜、密告した協力者の妻の元に現れた三郎は、助っ人として戦って討死した協力者の息子の最期を語り妻を殺してしまう。
などがあります。
最期は、義経と共に奥州へ逃れ、衣川で弁慶らと自害して果てます。


文庫本全ページ殆ど義経側の話で、弁慶と同じくらい伊勢三郎の出番は多いです。
NHKのサイトに載っているそれぞれの人物設定は、オリジナルのうつぼ、あかねを始めとして義経郎党がこの本の設定に非常に近いです。
大河ドラマは人物設定だけでなくこの本の設定をかなり使うようなので、本を読んでから見ようと考えている方には、宮尾本とこの村上本を読むことをお薦めします。

源義経 永岡慶之助 学陽書房人物文庫
始まってすぐ登場します。
平氏の侍に鞭で打たれている老人を助けて立ち去る笠を被った男として登場し、その後、その場にいた源義朝の寵臣の子で正門坊こと鎌田正近の知り合いとして現れます。
酔うと「鈴鹿山中で山賊の棟梁だった」と話しては人を笑わせるため、皆からは「鈴鹿の山賊」と呼ばれていますが、実は伊勢の田舎豪族の三男で、新任の平氏の受領に婚約者を取られた為に平氏に恨みを抱いているという設定です。
正近が遮那王に願いを託していることを聞き、自分も遮那王に賭けようとします。
渋くて良い喉で今様(流行歌)を歌い、それを聞いた平知康に頼まれて後白河法皇の宴に出席して一騒動あったり、吉次に仕える半蔵に気に入られたり、遊女屋の女主人で伊勢三郎を「三郎様ぁ」と呼ぶ小萩という恋人も登場するなど序盤はまさに主役状態。
奥州に辿り着いてからは通常通り史実に近い形で話は進み、弁慶と共に義経のために活躍します。
伊勢三郎と小萩に関しては、
・木曾義仲の郎党に襲われそうになった小萩を伊勢三郎が助ける。
・屋島へ出陣前夜に別れを惜しむ2人。
・奥州へ逃げた義経主従の後を追って小萩もやってくる。
などがあります。
最期は衣川で泰衡軍と戦って討死します。


伊勢三郎が準主役の作品です。というか影の主役状態(笑)。
始まってすぐに登場し、恋人との話があったりで非常においしいです。皆から好かれるヒゲ面の荒くれ者という設定です。
義経よりも周りの人物に焦点を当てていて、その部分はかなりオリジナル色が強いです。
奥州出発からの義経の生涯は、史実や「義経記」を基にコンパクトに解りやすく書かれていて、全体的に読みやすかったです。

生きよ義経 三好京三 新潮社
始まってすぐが、酒匂で後藤基清の郎党と伊勢三郎の郎党が諍いをする場面です。
それ以後、郎党の1人として出てきますが、大した活躍はありません。
最期は衣川で義経と共に果てています。
義経が頼朝とその妻・政子の策略(奥州を手に入れる)の為に、わざと謀叛者として奥州へ下り、頼朝が実は義経のことを弟として愛していて、なんとか生き延びてほしいと願っているという設定です。
義経のソックリさんが登場して、片方の義経は衣川で弁慶ら郎党と正室と共に果て、もう片方は常陸坊海尊と共に平泉より北で生き延びたという話です。


異色作です。
義経のソックリさんが登場し、郎党も静御前や正室も読者もどっちが本物か解らない状態です。
頼朝と政子の義経への愛情も、感情移入できない人間にとっては「・・・」という感想しかありません。

風譚義経 古田十駕 吉川弘文館
伊勢三郎は頭の回転が人一倍早く、自分の間の抜けた顔が人を油断させることを良く知っていてそれを利用する男として書かれています。本人は伊勢の神官の子だといっているが、祈祷師の子ではないかという筆者の記述もあります。
郎党の1人の堀弥太郎景光は金売り吉次で、義経を鞍馬山から奥州に連れ行った後、武士に戻ったという設定です。静は元々法皇の相手を勤めていた白拍子で、スパイとして義経の元に送り込まれます。
伊勢三郎の出番はそんなにありません。静がスパイだということを突き止め報告したり、酒匂での後藤基清との諍いなどです。
最期は義経主従が逃亡中の7月25日に捕まり梟首されたという記述があるのみです。


義経に関しては淡々とした描かれ方をしています。義経に良く似ている異母弟が出てくるなどのオリジナル部分も多く、この作品も異色作といえるのではないでしょうか。

義経の刺客 (全2巻) 山田智彦 文芸春秋
伊勢三郎は下巻の義経の奥州到着から登場します。
熱血漢で茶目っ気があり、女には優しく愛嬌はあり、話は面白く人付き合いが良いが、決して尊敬はされない元盗賊という設定です。
後半、奥州へ逃げてきた義経一行は北へと向かい、蒙古で後のチンギス・ハーンの参謀として過ごしますが、頼朝に恨みを抱く伊勢三郎が義経の娘の朱矢を教育して、佐藤忠信(生きていた設定)と3人で頼朝に復讐する為に鎌倉へと向かいます。朱矢は鞍馬を出て奥州へ向かう義経が熊坂長範の元から連れ出した白拍子・朱雀が産んだ娘なのですが、実は頼朝の娘です。
義経は奥州へ向かう途中に何人か子供を作っていて、伊勢三郎一行はその義経の息子2人と上手い具合に出会い、5人はその他の協力者と共に頼朝に毒を飲ませることに成功し、数日後に頼朝が亡くなるところで終わっています。
蒙古に渡ってからは、伊勢三郎が結構活躍している話です。


前半と後半の差が大きいです。上巻は義経と頼朝の好色話。もう、やりたい放題(笑)。下巻になってやっと歴史が動き出します。かなりオリジナル色の強い話になっています。

源九郎義経 (全2巻) 邦光史郎 平凡社
伊勢三郎は下巻で新羅三郎義光の末裔と伝えられる山下義経が鎌倉で頼朝と対面した後、義経が会いたいと告げに登場します。
父親が義朝に仕えていたと自ら進んで義経の郎党になった海千山千のしたたか者の元山賊で、世間の裏表を良く知っているので重宝される執事役として描かれています。
京へと向かう道では補佐役として義経の世話を焼き、入京して才覚を現して館を見つけます。
正室が館に来た時は鎌倉側の思惑に気付き、別棟となっている自分の住居を正室一行に明け渡したり、平家の次の敵は頼朝だと考えたりします。
屋島では参謀役を務めます。
ちなみに、弁慶は義経が鎌倉から入京した後に吉次の紹介で義経と出会い、義経のしもべのような存在になります。
義経は鞍馬を出た後に豊後というところで女性に入れ込み博打に負けて奴隷になります。
武者に襲われて逃げて吉次の荷運びの仲間に加わって奥州に向かいます。


こちらも異色作です。
義経が奥州に着くまでが長く、全編に渡って男女の色恋話がかなり多いです。
伊勢さんの扱いはとても良かったのでそこは良いのですが(笑)。

源義経 長部日出雄 学習研究社
伊勢三郎は吉次の荷馬隊の従者束ねている頭領として登場します。
元は山賊の頭目でしたが吉次と意気投合し吉次の党に入ります。
自ら吉次に奥州へ連れて行けと訴えた義経を「小童」と呼んでいます。
義経の器量を計る為にわざと吉次と謀って山賊に襲わせたり、頼朝に会いたいと言う義経の為に頼朝に会いにいきます。
一旦奥州で別れ、義経が京に攻め入る時に伊勢で山賊達を集めて加わり、一ノ谷や屋島でも活躍します。
義経一行が京を出て海で遭難してバラバラになってからは名前は出てきません。
義経の最後は奥州にいた時に登場した男のような継信の妹の季と背丈などが双子のように似てきて、義経が攻められた後に片方だけが消え、義経が生きているという噂が出るというものです。


奥州を出てからまた戻るまでは良くある史料を元にした話ですが、義経が奥州で御曹司として扱われず働かされたり虐められたり、男のような継信の妹が出てきたりと奥州での話は最後も含め独自性があります。
巻末に作者の講演(義経と長嶋茂雄氏・貴乃花関の共通点について)のおこしと尾崎秀樹氏との対談が載っていますが、こちらの方が本編より面白かったです。

大塚ひかりの義経物語 大塚ひかり 角川ソフィア文庫
伊勢三郎は「義経様感激!伊勢三郎家臣になる」で登場します。
「義経記」と同じく義経と奥州へ行きそこで一旦分かれ、義経が京へ向かった時に合流して最後は一緒に奥州へ行きます。


義経LOVEな作者が「義経記」に独自の解釈を加えて書いてある本です。
「義経記」に所々に矛盾のあることが書かれているのはいろいろな説話の寄せ集めである為で、こうした『綻び(矛盾のあることが)』が残されているのが「義経記」の魅力だと書かれています。
各章のタイトルを含め全編に作者の義経への愛が溢れている本です。

九郎判官 領家高子 講談社
伊勢三郎は出てきません。

義経伝説 橋本治 河出書房新社
伊勢三郎は出てきません。
戯曲です(笑)。「義経千本桜」を元に「ロッキード事件」を描いているという異色作。静と弁慶と行家と九条兼実が麻雀したり、安宅の関が国会の証人尋問だったりハチャメチャ。政治についての真理を付いています。ちなみに義経が田中角栄氏で、頼朝が三木武夫氏です。

武蔵坊弁慶 (全10巻) 富田常雄 講談社
馬に詳しい馬泥棒として弁慶と出会い、義経ではなく弁慶を慕って郎党に加わると描かれています。
弁慶があり得ないという位のスーパーヒーローなので、出番はそこそこあっても伊勢三郎の活躍はそんなに目立ちません。
最期は義経一行が奥州へ向かう前に京に潜伏していた頃に、物見に行った先で昔の知り合いの私怨の戦いの助っ人として加わり、追い詰められ自害しています。
第9巻で死んでいるので、最終巻には登場しません。


本よりもNHKのドラマを先に見ているので、どうしてもドラマの印象の方が強いです。
ドラマでは弁慶のスーパーヒーローぶりも抑えてありましたし、伊勢三郎も本よりはおいしい役でした。
やはり原作はドラマの前に読んだ方がいいのかもしれません。