◇漫画
漫画を評論するのって意外に難しいっす。
◇レビュー
◆漫画レビュー:短評。漫画家も書きたい。
◇文章
◆ロマンス・ドーン 020130:ありきたりですかな?
◆古谷実の作品の序文の序文 020124:序文以降書くのでしょうか?
◆「ワンピース」第1話 020115:第1話はじまった頃の話。
◆もんきー・で−・るひー(或いは「癒し」について) 020115:ルフィと癒しについて。
◆真光書店(北口) 020115:「しあわせのかたち」「漫玉」、この辺にピンときましたら。
◆浦沢直樹「MONSTER」終了に手向けの言葉 011220:日記より。比較的まとまっているかな。
◇草稿
◆ONEPIECEとGTO β版1.0:企画自体は1年以上前からあるのだけれど、やる気がないから書いてなかった。一応β版を書いたが。
◆ロマンス・ドーン 020130
<ワンピース・レッド収録ロマンス・ドーン読んでない人はネタバレ含むかもしれないし、含まないかもしれないし、よく分からないからとりあえず注意(^^;)>
<ていうか、白のところはかなりのネタバレかもしれません、という警告>
ていうか、一昨日(1/28)午後10時くらいに本屋行ったらバカみたいにワンピース(漫画ね、尾田栄一郎氏の)が積み上げられていて、「をっ! レッドあるかな?」と見てみたら、どう見ても構図的におかしいくぼみが(^^)。
あー、と思って店員に「ワンピース・レッド(以下OPR)ありますか」って聞いたら、まあ、結論からすると無くて、「注文になりますね。いつ入荷かは分かりません」とかって店員が言うから、「あー、完全売り切れで重版中かもなあ。まあ一、二週間待ちくらいかかるかもしれないけど、もしも他の店にあったらそれでいいや」と思って注文したら、昨日(1/29)の午後6時くらいに入荷の電話が…。
配達網がちゃんとしているとは言え、注文から24時間以内で品物が手に入るなんて…。
ネットの功罪、功の巻、おわり。
で、¥600という値段から、某テニス漫画の10.5巻みたいなもんだろうな、と思っていたら、OPR、寸分のずれなくそうだから、実に楽しくなりました。
「ロマンス・ドーン」(以下RD。特に記述が無ければOPR収録の方を指す)に\600出せるな、って思っていたので別にいいです。
集英社あざとい、とか思ってません。
経営難か? なんて思って、思って、思ってないもん!
いつまで経っても本題に入れません。
で、RDは、はっきり言ってネタバレ的なものを含むと筆者が書いていたので、公式に提出されるまでは我慢してました。
で、読んだんですが、あー、なるほどなー、って。
詳しい話はまた書きますが、涙が出てきたよ。
絵や構図がよいもの、奇をてらったもの(突然ヒロイン殺したりな→遠藤浩樹(私にそっくりな糞性格(^^;)))(←すごい入れ子だなあ)より、信念が一本ちゃんと通っている方がよっぽどいいですね。
ていうかカバーみたら49P…。
読んでいて、「せめて倍のページがあればいい感じになるのになあ。これじゃはしょり過ぎ」とか思ったのですが、そうですか。
読んだら、少なくとも「ワンピース」というひとつなぎの財宝というものがなんだか分かりました。
答えは仲間であり、信念であるということです。
シルク:「結局どっちも略奪者にかわりないじゃない」
ルフィ:「いいんだ別に オレは正義の味方になりたい訳じゃねェんだから」(11頁目5,6コマより)
他人にどう見られるかではなく、自分らしく生きるということ。
信念についても、全て誰かとのつながりじゃん?
ゾロの世界一の剣豪になることとかさ。
仲間の為には命なんか惜しくないということ。
仲間との信頼が、ひとつなぎの財宝だということ。
なんか、ものすごく当たっちゃってる気がしないでもない。
全くもってワンピース批評を読んだことないから、既に提出されている一般的見地かもしれませんが。
で、私もかなり信念があると思うのですよ。
でもなぜか知らないけどルフィ達のように気持ちよくはない。
なんでかな?
知ってる人、連絡下さい。
にしても、最後の自己解説のシャンクス隠蔽問題ですが、下手するとメタ、サイコ、勘違いを多分に含んでしまいそうですが、それが時代の流れなんでしょうね。
◆古谷実の作品の序文の序文 020124
もう、どうにも序文を書くのを忘れて怠っていたので、とりあえず軽く書いてみます。
「稲中」は、はじめはただのギャグ漫画だったのですが、後半になればなるほど人間のグロテスクな心理描写が主になってきて、それでも人気があってみんながおもしろいと言っていた、そのことが一番グロテスクなのですが、まあ、それは今回の議題ではありません。
次の「僕といっしょ」ですが、やっぱり出てくる人はそういう人たちばかりなのですが、それでも主人公たちが「稲中」とは違って愛を求めていることを明確にしている点が救いといえば救いです。
「グリーンヒル」は読んでないので近々読もうかと。
で、「ヒミズ」ですよ。これは「稲中」の後半に顕著だったグロテスクなものを(ギャグなどで)包み隠さずに提出したものです。はっきり言って鬱になります。でも、ここまで描き切った事により、ある種の文学性が生まれて来ています。
望月峯太郎「ドラゴンヘッド」において、「オチ」は最重要点でした。なぜなら「ドラゴンヘッド」という作品が切り取った「時代」というものに対して筆者が結論を出さねばならなかったからです。でもあの有り様。いや、あのオチはあのオチで一応複線は張ってあったのですが。それにしてもね。
「ヒミズ」と「オチ」について。「ヒミズ」にオチは、別にいらないのではなかろうか、と。いや、我々の常識を覆すオチがあったら、もしかしたら岡崎京子「リバーズエッジ」を勝る作品になるかもしれない。現時点では「ヒミズ」は「リバーズエッジ」の亜流といえば亜流です。
が、「リバーズエッジ」が、90年代の若者の、それなりの暮らしをしている若者の、何とも言えない焦燥感、きっとあまりいいこともないだろうという淡い絶望、そういうものに帰するのに対して、「ヒミズ」は昔からきっと少なからずいた、完全な絶望の中で生きている人たち、その人たちの絶望的に暗い心理を描いています。今までもそれに近い心理を描いた人たちはいますが、未来がこれほどまでに不透明な現在の、今の状況が、そういう暗い心理にすごく合うのでしょう。
あー、やっぱり、適当にでも書いてみるもんですな。筆を動かさないと頭が動かないようです。
ポイントは「リバーズエッジ」との絶望感の違い、その辺りでしょう。では次回。
◆「ワンピース」第1話 020115
あれ、書いてないと思うから書くわ。どこかに書いてあったらスマソ。
ワンピースがジャンプではじまる時期というのは私の中での第何次かの漫画ブームで、割と状況も整っていたので、結構読んでいたのですよ。
で、ワンピースがはじまる何週か前から、目次の手前の次号予告の欄に「(世紀末リーダー伝)たけし」と鳥山明の漫画とワンピースが、三週連続新連載として載っていたのです。
第一印象は、
たけし:面白そう。
鳥山明:今回は大丈夫かいな(心配)。
ワンピース(というかルフィの顔):……10週打ち切り確実!
いや、みなさん、1巻のルフィの普通の顔を見て下さい(最近のでももちろん可)。
どう見ても線が足りなくありません?
しかも、純粋にこの絵だけで漫画の面白さをイメージしたら、絶対につまらない印象しかないと思います。
で、第1話を見るわけです。
そう、第1話だけで大傑作と確信しました。
まず、1ページ目に前置きがあり、2,3ページは見開きがあります。
このページの情報量(書き込み)の多さ、これで、連載前にルフィの顔を見たときの「線が細くてキャラが薄い」という気持ちが逆転します。
線が細いのは、より多くの情報を書き込むための手段、情報はよりその世界に入っていただくための作者の配慮(この作品の場合は、である。単に作者の趣味でしかない漫画も多数あるし)、そう考えたのである。
そして、話の内容は、現段階で草稿になっている「ワンピースとGTO」にもあるように、
「ルフィの場合は、弱い少年としての第1話前半と、強い大人としての第1話最後半以降がある。我々は、第1話のみで成長を読まねばならないが(さらに、書いてないので行間で)、作者の力量か、非常によく前半部分が書かれているので、強くなることがすっと馴染めるのである(冒険ものの連載第1話として、一番くらいにいいんじゃなかろうか)」(草稿・「ONEPIECEとGTO β版1.0」より)
たった1話だけでルフィの成長が手に取るように分かる、素晴らしいものだった。
週刊漫画誌でその漫画のファンになるか否かは、少なくとも2,3話を要すると思うが、この第1話を読んだだけでファンになった者も多かろう。
筆者の周りにも結構そうなったものはいたし、ジャンプ読者400万(最低見積もり)の内の最低10万は、この第1話を読んだだけで「コミックスは絶対買わねば」と思ったであろう。
それだけインパクトのある「第1話」だったのである。
筆者はと言えば、もう、なんか知らんが、その号を2,3冊買って、さらには友人からその号を譲り受け、計10冊程所有していた程である。
まあ、結局あまりに場所を取るものだから2,3冊分のワンピース関連ページ以外は捨ててしまったけど。
でも、10冊集めてしまうくらい、あの第1話はすごいものだったのである(単に私が馬鹿だという話もある)。
◆もんきー・で−・るひー(或いは「癒し」について) 020115
ルフィの素晴らしさの一端について、「癒し」の話と交えながら書いてゆく。
まず「癒し」だが、この言葉を辞書(大辞林第二版)で引くと
いや・す 【癒やす】 (動サ五[四])
(1)病気や傷などをなおす。「温泉で傷を―・す」
(2)悲しみや苦痛をなくす。「恋の痛手を―・す」「かわきを―・す」〔「いえる」に対する他動詞〕
とある。
しかし、今日我々が「癒し系」などの言葉で使う際は、「決して癒えない傷に対しての騙し」的な要素が多分にあると思う。
この話は長くなるので要点だけにするが、結局我々は誰かによって癒されるなどということはないし、「自分探し」したところで何もないことに気づくだけだ。
結局のところ回答は「その傷と共に生きていく」しか出て来ないのである。
もちろん、生きていく中には「癒される」ことはあるし、それがなければ辛いのだが、他人からの「癒し」は一時的なものであり、絶対に治癒するものではない。
その傷の痛みはまたぶり返すだろうし、それに耐えるだけの準備を怠ってはならない。
ルフィについて、今回話したいのはこの「癒し」の話である。
人の痛みはその人以外誰にも分からない。
だから私たちは「その傷がないものとして扱う」か、「その傷に触れないよう細心の注意をふるう」か、「その傷に直接触れようとする」(<という人もいる、ということである)かのどれかであろう。
それはそれでその人の人生の反映でもあり、別段悪いとは思わない(最後のやつ除く)。
しかしルフィはそのどれでもないスタンスで行動するのである。
例えば巻九、第81話”涙”、P198の、完全なる絶望の中で肩のタトゥーをナイフで刺し続けるナミを静止するルフィ。以下P199以降から引用。
ナミ(以下N):なによ…!! 何も知らないくせに…!!!
ルフィ(以下R):うん 知らねェ(そっけなく)
N:あんたには関係ないから…!!(土を掴む)
島から出てけって……!!! 言ったでしょう!!? う…う……!!(土をルフィに投げつける)
R:ああ言われた(微動だにせず)
N:…………………!!!
ルフィ………
助けて…(ルフィの方を向いて)
R:(帽子をナミに被せ)当たり前だ!!!!!(憤怒)
(宝物である帽子を頭に被せたことに気づくナミ)
いやあ、打ってて泣けてきた(^^;)。
もうひとつ。巻十七、第152話”満月”。面倒だから要点のみ。
大きな心の傷を持つトナカイ、チョッパー。
いっしょに海賊をやろうと言うルフィに対して、「トナカイだし、角だって蹄だってあるし、青っ鼻だし」「海賊にはなりたいけど」「”人間”の仲間でもない」「バケモノ」の「俺なんかお前らの仲間にはなれ」ないと言うチョッパー。
最後に礼を言うチョッパーに対し、
ルフィ:うるせェ!!! いこう!!!!
人の傷は癒せない。
そのことを本能的にルフィは知っているのだろう。
だから、その傷を癒そうともしないし、その傷の存在を知らないことにもしない。
ナミの場合は、「今は必要とされてはいないが、必要とされるときを待つ」という繊細なスタンスを取るし、チョッパーの場合は「本当は海賊になりたいってんなら、うじうじ言わず行こう!」という豪快なスタンスを取るのである。
例えばナミの場合、もっと先にアーロンに戦いを挑むことも出来たが、そのときはそのことをナミ(や町の人)が求めていないのである。あくまで戦いを挑むときが来るまで待つ。相当の根性がなければ待てないですよ、これは。
チョッパーの場合、その心の痛手により「海賊にはなりたいが、バケモノである自分は人間と一緒には行動できない」という複雑な心境のチョッパーに対して、やりたいならうちに来い、(「金のないやつぁ俺んとこへ来い 俺もないけど心配するな」の植木等の境地であろう<本当か?)という感じで、どうにもまとまらないな、ここ。
まあ、「ウダウダやってるヒマはねェ!」という感じですか。
結論めいたこと
ただ書きたいこと書いただけで、あとは結論も糞も無
えー、やはり、本質的には傷は他人には癒せないもので、自分で折り合いをつけていくしかないんですが、それでも他人の傷との接し方はルフィからは大変参考になる部分が多いです。
ここに書かなかったところも、ルフィがらみで感動するところは、大体において「他の人の心の傷」や「その人にとって大切なもの」が絡んできます。
注・本文には「癒し」、辞書引用は「癒やし」とあるが、MS-IMEには「癒やし」という変換はないのでそれにしたがった。どちらが正しいかは知らないが、今日普通に使うのは「癒し」の方だろう。
◆真光書店(北口) 020115
なんか、ふと思い出したので書く。
このタイトルの書店、知っている人はいるだろうか。
桜先生の例のアレの書店だ。
知らない人には全くもって面白くない内容になるだろうから、飛ばしてもらって構わない。
「しあわせのかたち」という漫画がありますね。
あれの復刻版があるじゃないですか。
応募者全員プレゼント『しあわせのかたち2000』があったやつですよ。
あれ、だいぶ前にこの本屋で買ったんです。
そうしたら、応募者プレゼントに必要な券のところがやぶり取られていたんですね。
しかも、買った際はちゃんとビニールに包まれてました。
つまり、
「店員が破り取った」
か、
「誰かが破り取ったものを、また綺麗にビニールに入れなおした」
かの、どちらかなんです。
多分、後者。
まあ、応募締め切り過ぎていたし、別にどうでもいいんだけどさ。
ただ、取ったやつももう少し綺麗に取ってくれないかと思わないでもない。
前に5千円で\500の雑誌買ったら、千円ピン札と\500硬貨が返ってきて、よくよく見ると千円が5枚あって、「おいおい、雑誌と\500、ただでくれるのかい」とも思ったが、「ああ、そうか、あのときの詫びがこれか」と妙に納得して帰りましたとさ。
◇ONEPIECEとGTO β版1.0
◆主人公の類似点
かつてのジャンプ系と言われる漫画は、「ドラゴンボール」に代表されるように主人公が成長することにより、より大きな強い敵を倒すという形で物語はインフレの一途を辿り、やがて潰滅する。それに対抗されるように生まれたのが「ジョジョの奇妙な冒険
第4部」である。物語は強さ至上主義ではなく、駆け引きの連続であり、最後の駆け引きに勝った方が勝利者となれる。この点は「HUNTER×HUNTER」にも見られる。
それはそれで置いておいて、「ONEPIECE」の主人公ルフィと「GTO」の鬼塚、その類似点であるが、予め強いということである。何より、ほとんど精神的に成長しない(突っ込みたい人、もう少し待ってくれ)点である。鬼塚の場合は、前作「湘南純愛組」での成長という、分かりやすいものであるが、ルフィの場合は、弱い少年としての第1話前半と、強い大人としての第1話最後半以降がある。我々は、第1話のみで成長を読まねばならないが(さらに、書いてないので行間で)、作者の力量か、非常によく前半部分が書かれているので、強くなることがすっと馴染めるのである(冒険ものの連載第1話として、一番くらいにいいんじゃなかろうか)。
成長しなく、圧倒的に強い。そのことが成長物語に慣れ親しんだ少年漫画雑誌には珍しかった。ベルセルクのガッツも相当に強いが、物語上、子供の頃からの成長記も兼ねている為、巻ごとのレベルアップは見えてしまう。
◆その他の類似点 箇条書き
・強いけどやたら血を流す
・自分の正義のために戦う
・上に立つもの(船長、先生)である
・仲間に馬鹿にされながらも信頼されている
あ、そうか、女好きかどうかは別として、ルパン3世に似ているんだ。成長しきった大人で、完全敗北はないが、途中やられることもある。
◆相違点と物語の類似点
その強さはほとんど成長することなく物語は進む。面白いのは、鬼塚が時々超越者(神や作者)のような視点を持って行動するのに対し(裏の裏まで手を回したり)、ルフィは時々傍観者のような視点を持って行動する(アーロン編のナミの涙の場面など)。
◆躓き
あくまでここまでのは、この躓きが漫画となる前に思っていたこと。しかし成長を見せるために描かれる。ルフィは3年目、鬼塚は4年目。遅すぎ?
ルフィは、巻十五のP127にてビビに諭される。鬼塚は21巻P92の冬月の言葉にて。時間的にルフィは一瞬、鬼塚は10分くらい?で気づく。もともとそういう資質を持っている人だから、気づくのも早いが。
とりあえず、この辺で終わる。