上絵


上絵とは、紋を描く事を意味しますが、ここでは上絵の基本<紋を描く修業で一番始めに習う事=線のみで描く素描の紋>を紹介します。この修業は後程「紋型」を作る上で重要になります。
紋は一つの円を基本にして、且つその円に収まる様に描かれます。
修行の最初に描かされる紋は「揚羽蝶」です。これは定規も分廻しも使わず、全て一本の上絵筆で、円に収まる様に描きます。これによって手先、指先の感覚が養われます。

雪輪  「雪は、むかしから豊作の瑞兆とされ、朝廷でも初雪の見参といって群臣参内し禄を賜ったことが『西宮記』十一にみえる」「雪模様がわりあい少ないのは、古代人がそのカタチをとらえることができなかったからであろう」(家紋大図鑑)
でも、雪の結晶が六角形である様に「雪」「雪輪」の紋も、みごと六つに割られているのは古人の観察力の鋭さが窺える。

紋帖には「雪」の紋が掲載されているが、全て六角の形をなしている。
しかし、この様な「雪」の紋は当地ではあまり使われず、「雪輪に〜」「外雪輪に〜」という形で「紋の枠」として用いられています。
又下方の紋の様に、笹に雪が覆う様な紋が多く見受けられます。

「雪持ち笹」「雪折れ笹」(この紋は全て見本付きで紋入れに来ます。家々によって少しづつ形が違う)
等がありますが、雪が笹に積もった様な形をしていて、この様な『雪が積もった』感じの紋は他にはありません。
笹だけとの組合わせが面白い。
左が「雪輪」右が「外雪輪」

この中には、どんな紋でも入って新しい紋を作ります(下図参照)

例えば、紋の数が2千あるとすると、その組合わせによって、倍々になる計算になり、紋の種類の豊富さが窺えます。
上段左から「雪持ち根笹」(紋典)「「同」(平安紋鑑)−紋帖によって紋の形が違う事もあります。「雪持ち笹」「雪持ち七五三根笹」・右三つは見本「雪折れ笹」で少しづつ違います。
中段は見本「雪折れ笹に雀」と見本「雪持ち笹に雀」
下段左から「雪輪に三鱗」「雪輪に五三の桐」「雪輪に花いかだ」「雪輪に見本杜若」「外雪輪に平井筒」で、様々な紋が入ります。

九曜星(九星) 日、月、星は天体として古代から信仰の対象になっていました。
文献には色々と難解な解説がありますが、古人は太陽、月と共に星・特に北極星(北辰ー中国)を信仰の対象にしていました(北辰菩薩)。これが日本に入ってきて土着の信仰と融合しました。
九曜星は日月火水木金土の七曜星(北斗七星)に羅ご(らご)と計都(けつ)の二星を加えた星です。
この九曜星の紋様は厄除けの意味もあると言う事で、平安時代には衣服・車紋によく用いられたそうです。又この紋は戦国時代以降の武家の紋にもよく使われました。

上段左から「三っ星」(四っ星もあります)「五っ星」「六っ星」「七曜(七っ星とも言う)」「八曜」「九曜」「十曜」そして渡辺姓に多い「三星に一の字」(渡辺星)
中段左から「細川九曜」毛利家の「毛利(長門)三星」(家々によって一に字の形が違う事もあります)「剣三星」「三っ星に一引き」「九曜に月」「七曜に見本芝」「細輪に星に一の字」「蔓三星」
下段左から「細輪に豆三星」「「蔓に覗き三星」「細輪に並び三星に一の字」
上に「五っ星」がありましたが、この地方ー岐阜特有の「五っ星」(左)があります。(丁度梅鉢の紋の真ん中をくり貫いた形)
又、この五つの星を繋いだ「繋ぎ五っ星」もあります
中心線と円を描き、八割りにする。
更に円弧を二分して十六割を作る
○の付いた割り線を中心に、外円と割り線に内接する様に小円を描いていく
中心に、外の小円に接する様に円を描く
九曜星の出来あがり
三星

円を六つ割りにして、外円と割った線に接する様に小円を描く
七星

円を十二割りにして、外円と割った線に接する様に小円を描く。
中心の円は自ずと同じ半径の小円となります。
 揚羽蝶
上の写真の兜は、岐阜歴史博物館の「武士の誇りー鎧」展に展示されていた「大島雲八光義」所用の甲冑です。織田信長に仕えていたと云うから戦国時代の物と思われ、その兜に付けられている「揚羽蝶」の紋は、現代の揚羽蝶の紋の原型の一つかと思われ、興味を持ちここに描いてみました。
上記に書いた様に、「揚羽蝶」の紋は上絵の修行の基本です。
中心線と円を描きます
揚羽蝶は最初、蝶の目と頭から描きます
これは揚羽蝶の紋の全体の要となるからです

それから足を描きます
各羽根の大枠を描きます
普通は上絵筆一本で描きますが、ここでは分廻しを一部使いました
各羽根の輪郭と蝶のひげを描いていきます
羽根の中の模様を描いていきます

普通は最後に目玉を入れるんですが、この兜の蝶にはなかった
「揚羽蝶」の紋には、下記の「下り藤」と同じ様に岐阜特有の描き方があります。
図中央が「紋典」の「揚羽蝶」、図右が岐阜特有の「揚羽蝶」で、羽根の中央の境の線(しべ)の膨らみ方が上下違います。岐阜でもこの揚羽蝶の他に様々な種類の揚羽蝶を描きますが、その部分のしべは紋帖通りに下向きで、この「揚羽蝶」だけ上向きなので、ずっと疑問に思っていました。
師匠である父にも聞きそびれていましたが、この紋と出会ってここら辺りに「岐阜特有の揚羽蝶」の起源があるのかと、新たな発見をした次第です。
下り藤 (二つ割り紋)
下り藤には岐阜−美濃地方独特の書き方があります(図左)。図右は紋帖通りの全国的な「下り藤」です。岐阜特有の「下り藤」は花の数が、内外とも一枚づつ少なく描きます。又各花の入込みも弧で表さず、長めの線で描きます。
上段左から「上り藤}「下り藤に左三巴」「上り藤に向い鳩」「藤輪に抱き菊葉」(下り藤・上り藤・藤輪の中にはどんな紋でも入り、種類が更に増えます)
「岩船家藤」「大久保藤(紋典)」「大久保家藤(平安紋監)」(紋帖によって少し形が違います)「左三つ藤巴」「三つ葉藤」「上り藤菱」「見本ー割り下り藤」(素描)」「内藤藤」「六つ藤」「細輪に枝藤に水」「三つバラ藤巴」(刷込みーTシャツの柄にも使っています)「西六条藤」
中心線を引いて、円を描く
藤の枝(軸)を上絵筆と定規とガラス棒で描く
藤の葉を描く
藤の花の内側と花の軸を描く
一番先の花びらを描き、順々花びらの境を描いていく
最後に花の回りの入込みを描いて完成です
「紋帖」ではこの入込みは弧で描きますが、当地方では線で描きます

なお、右図は30余年前師匠が手本として描いた「下り藤」です
山桜   (五つ割りの紋)
桜の花の紋は「桜」が一般的ですが、ここでは「山桜」の紋の描き方を紹介します。
下図の紋は桜の紋の仲間です。
左から「丸に桜」(刷込み用)「釜敷き山桜」「三つ割り桜」「葉付き横見桜」(素描)「丸に桜の下に一の字」「中陰山桜」「浮線綾山桜」「丸に三盛山桜」(刷込み用)
円を描き、五つ割りを作る(下記にある「桔梗」を参照)
中心に小さな円を描く
花の入込みのなる所に暫定的に印をつける
入込みの印をつけた所を結ぶように、分廻しで弧を描く
山桜の花の入込みの線を引く
     花の境とオシベの線を引いて出来上がりです
(少し花の入込みが浅く太めに上がりましたー線の引き方・弧の描き方で微妙に紋の格好が違ってきます)

花菱  (四ツ割りの紋)   花菱と言う「花」は存在しません。「唐花菱は、一名花菱又は唐菱ともいい、割り菱の四片形を花弁のように変えたもの。唐花に似て、しかも菱形になっているので唐花菱という。唐花とは、もともと実在の花ではなく、中国わたりの想像上の模様であるがバランスがとれた美しいカタチなので、大いに流行った」(家紋大図鑑)
中心線を引き、円を描きます
@から分廻しで等分に引いて、印 Aを割りだし、横線を引きます
これで四つ割りになります
中心から適当な長さに印Bを付け、Aと結びます
この「適当な長さ」が出来あがった菱形の格好の良さを形作ります
これで「菱持ち」という紋が出来ました

この紋から、「武田菱」「四つ目菱」等の紋が出来ます
分廻しで、中心に円を描き、菱に沿って花びらを描いていきます
この花びらのふくらみの加減で、紋の格好良さが変わってきます
中心の円のまわりに、オシベ(メシベ?)を描いて完成です
 桔梗   (五つ割りの紋)  この紋は、文字通り桔梗の花をデザインした紋です
 桔梗を代表する家は土岐家ですが、土岐家の家紋は「土岐桔梗」という少し変わった紋になっております
下図の紋は桔梗の紋の仲間です。この他にも数多い紋があります
左から「中陰桔梗」「三つ割り桔梗」「桔梗枝丸」「桔梗蝶」(素描)「細輪に覗き桔梗」「土岐桔梗」
「見本ー桔梗の中に丸に一の字」「剣桔梗」
ここで紹介する桔梗の紋の描き方は、紋を描く時の基本の一つです
上絵師の修業の一つで、紋の描き方を習うのに最初に覚えるのが、この様に線だけで描く(素描)事です

これは紋の型(紋型)を作る上にも重要な修業で、これを切り抜いて紋型を作ります
中心線を引き、円を描く
家紋はすべて円に収まる様に描きます
5つ割にする
分廻しで半径の半分の長さを測り、Aから円に印(Bの少し
右のチョボ)をつける
その「チョボ」と@との長さを測り、その同じ長さでAから円に
印=Bをつける
@−チョボの長さ=A−Bの長さ
A−Bの長さを、分廻しで順次しるしをつける

幾何学でやれば360度の10分の1で36度で測れるが、昔
の人はこうして5つ割を作った
(紋帖では直径の6割の長さで印をつけると教えている)
5つ割にした各印を線で結ぶ
紋はこの様な割り、3つ割り・4つ割り・6つ割り・7つ割り・
8つ割り・9つ割りを基本にして描かれます

桔梗の雌しべに当たる円を描く
5つ割りの印を線で結びながら、桔梗の花の輪郭を描く
分廻しで花の切れ込みを描く
おしべを太めに描く

以上で出来上がりです
八重向梅 (五つ割りの紋)
「八重向梅」総じて梅の紋は梅の花から転化した紋です。代表的なのは「梅鉢」で菅原道真を祭った天満宮の紋(梅鉢)です。よく「天神さんの紋です」と言って注文があります。
下図の紋は梅の紋の仲間の一部です
左から「梅の花」「梅鉢」「裏梅」「八重梅」「三盛梅の花」「三割梅」「見本ー古木梅」「向う梅」

「八重向梅」(やえむこううめ)を描きます

前の桔梗と同じ様に5つ割りを作り、中心に丸を描く
更に梅の花の入込みの目安の印をつけ、オシベのガイドラインを描く
分廻しで花びらの線を、外円に接する様に描く
オシベは32本あり、等分に印をつける
オシベの線を引く

これで完成です