あの時も風の強い夜だった。

街が一望できる展望台でぼくと、その人はなんとも言えない 微妙な距離で、

車のライトが川の流れのように見える景色を 何も喋ることなくただ見ていた。

ぼくはそんな光景よりも違うものを見ていた。

すごく綺麗な人だった。

もう何年も経つのにあの横顔はつい昨日の様に 思い浮かべることができる。

いつもどおり、その人の顔なんて見ちゃってるから 言葉なんて思いつかなくて、

ここぞっていうときに自分の情けない部分が露呈する。

「なんか光の流れが綺麗だね」

「ん、そだね」

ぶっきらぼうはご愛嬌には聞こえなくて、ちょっと悲しそうな顔をしたその人。

ぼくは思わず、その人の頬を両手で包んだ。

「あったかいでしょ?」

「うん。でもそれじゃ、見れないから」

ここでも情けないことにその人のほうから手を握ってくれた。

握り返してくれることがとてもうれしくて

思わず握る力が入りそうになって

その細い指が折れる想像をしてしまう

寒い空気を吸って、頭をクリアーにして

眺めているその人の視界を遮って、

ぼくはキスした

驚きもしないその人の表情は

やっぱり綺麗だった





風の強い夜

ぼくは、この思い出を思い出す。

その人は もういない







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