No.2 発行2000/04/30


蜂谷 やす子

 ついこの前のことのように話をする、大阪城の近くで住む、じーちゃん、ばーちゃんの昔話を聞き、私は育ちました。
 歴史の時間、
 「あれ、それ知ってる。何か聞いたよ。」
なんてことが、たびたびあり、それは何と何百年前の古墳時代、果ては2000年以上も前の話・・・。
 「仁徳さんはありがたい。ここら海やったんを堀江や茨田の提をつくってくれはったから、わてらが住めるようなりましたんや。」「子供の頃は生駒はんのふもと迄見えました。タイヨーさんあがってきはったら、手合わせますねん…。物部はん生駒山に降りてきて石切剣箭神社(いしきりつるぎやのみこと)祀りはった。はれもの、切り傷、大きい手術よー直してくれます。」
 「神さんに供える猪、こうてましてんで。ほんで猪飼野いうんや。」
 中学時代は郷土クラブ。
 暗くなる迄、大阪城の瓦掘り出したり、難波の宮跡のぞきに行ったり。古い神社、史跡で拓本取りのお手伝い…手も服もまっ黒。
 高校は縄文遺跡のど真ん中、北河内郡の四條畷。だけど、恋、デートやおしゃれ、受験の忙しさでたまに美術展、博物館をのぞく程度になってしまいました。
 ブレイクしたのは徳島に来て、橘湾を見た時、と流れの大きい那賀川。重なる山々とともに懐かしさと喜びが。古代のイメージがふつふつと浮かび、舟で河を登っていく時、私もそこに居た…という確信にも似た想いが! 長男が進学した東大阪市も、古代がいたる所にあり、時間の許す限り歩きまわりました。
 蘇我氏と物部氏の戦場、聖徳太子のかくれた木、その他いろいろたくさん。あちこちのグループに顔を出しました。行きつく所は飛鳥村。淡路島や徳島もあちこち尋ねました。ふと気がつくと、阿波も古代の始まりではないか…。本を読みまくりというところで、三村さんと再会し、そのことに詳しいと知り、会話もはずみ今に至ります。
 知れば知る程、今、古代阿波がおもしろい。興味が出てきます。
 皆さんも一緒にやっていきましょう。




古事記の不思議

天羽クリニック院長  天羽 達郎

 この4月21日付けの徳島新聞1面トップに、鳴門市大麻町大谷で3世紀半ばの古墳が発掘されたことが掲載された。これは4世紀の大和政権の王墓の先駆けとなるような古墳として、非常に価値があるものだそうである。
 私は今から31年前僻地の診療所に居たとき、暇なので古事記を読んだことがあった。原文のままだったのでよく理解できなかったが、最初のうちの国生みのところで、四国がそして阿波の名がはやばやと出てくるので、あれっと思ったことを覚えている。今回発見された古墳は、阿波の国が古事記の世界では先進地であったということを物語っているのかもしれない。登呂遺跡を発掘した樋口清之氏と哲学者の梅原猛氏の民話伝承にかんする研究によれば、文字に依らない口伝伝承でも伝えるべきところはかなり正確に伝わっているとのことである。碑田の阿礼伝える古事記も捨てたもんじゃないということだ。が、戦後の史家の多くはこれを天皇家のでっち上げで出鱈目なものだと頭から否定し、そのうえ魏志倭人伝のほうは信用できるとしている。おかしな話だ。もちろん古事記は天皇家の手でまとめられ、天皇家が日本を統治するいわれを説いたものだ。そこには何らかの意図が働き都合よく書かれた部分があっても不思議ではない。であるのに、天皇家に不都合なことも、なんでこんなことをと理解に苦しむようなことも書いてある。
 梅原猛氏が日本全国の民話伝承を、そしてアイヌの民話伝承をも現地の人から直接聞き伝承行事や祭りをもつぶさに観察したところ、なかには伝承する人には、もうその意味が分からなくなってしまっても原形のまま伝わっているものがかなりあるそうだ。それらを分析した結果によれば、日本人は自分では気が付いていないけれど西洋とはまるで違う哲学と行動様式を持っていて、その源流は縄文時代にまで遡るという。
 古い古い我々の祖先は碑田の阿礼の口を通して
  一体何を伝えようとしているのだろうか。

天羽 菜美  天羽 達郎



阿波倭国古事記研究所 
青銅器の分布図

従来、阿波は文化圏の端(文化のはての地)と考えられてきました。
考古学が示す、上図の事実を見て、
あなたは、文化の中心が、何処にあったと思いますか。





第3回
阿南古事記研究会へのお知らせ

5月10日(水) 富岡公民館 図書室
 午後7時30分より 参加 無料
第2回 研究会の参加者
 平成12年4月5日 富岡公民館にて                          
阿南市 陶久敏郎 坂東泰宏 天羽達郎 天羽菜美 三村清嘉 三村隆範
羽ノ浦町 澤田俊明
徳島市 蜂谷やす子 蜂谷海文 横田奈美枝


編集後記
情報化社会に生きる私達にとって、大切なことは、自分なりに情報を整理し、自分の頭で考えることです。
「みんなが言わないから、偉い人が言わないから、新聞にのってないから、TVで紹介されないから…」といって、自分の考えに自信を無くすことはありません。間違っていたら改めればいい。よりよく生きるために人の言動に左右されない自分の目を信じよう。
(M)