私は、桑野町から阿南市見能林町青木へお嫁に来て、もう約20年になります。
その頃の青木周辺は、まだ住宅も少なく田圃のあぜ道に太い松の木が何本も生えていました。
「何で、田圃の中に松が生えているのだろう」と不思議に感じました。阿波志にも「式内社、賀志波比売神社は、もと北麓にあり、林木蒼然、古松1株、其大きさ比なし」と書かれています。もっと昔は、潅木の生い茂る青木ヶ原が広がっていたことでしょう。
徳島の共鳴塾やいろんな勉強会に出席して、「青木に住んでいるんです。」と言うと「へぇ〜、歴史的な所に住んでいるんですねぇ」とよく言われ、最初は、よく分かりませんでしたが、その頃から段々と歴史に興味が湧いてきました。
「邪馬壱国は阿波だった」を読むと「阿波岐は、阿波木で、昔、桑の木のことを阿波木といった。」と書いてあり、私の生まれ育った所、桑野も禊ぎ払いに関係しているのかなぁ、と思いをめぐらせていますとワクワクしてきます。
三本松ロイヤルホテル元社長の上枝さんとお話していますと「一度、青木行ってみたい」と興味深そうにおっしゃってました。ぜひ、研究会で「阿波岐原をゆく」ツアーを企画して、阿南市見能林周辺を訪ねて欲しいと思っています。