No.11 発行2001/01/20

天羽菜美

 今言ってたことが、次の瞬間すでに違う話題に突っ走っている事が多い古事記研究会だ。これは、従来からの古事記解釈に影響されているのだろか。
 へえ〜と目から鱗がぽろりと落ちた気分になる人、こんなはずではないぞと思う人、と様々。
 私自身も初めのうちは、いくら何でも何故徳島が古事記の舞台ならなければならないのか?古事記のどこに徳島が出てくるのだろうか?実のところウソだろうなと思っていました。しかし、それは、従来の学者(研究者)の解釈で訳された現代文でしか読んでなかったから当然といえば当然だ。古事記、日本書紀、機会があれば読んでみたいと思っているが、未だに全部読めない。あちこちに話題が飛ぶからだ。私の興味の対象もつぎつぎと目移りする。あちこちで本を買ったり、借りたり。そして何度、図書館から「早う返せ」の通知をもらったことか。
 研究会の活動の方もとても活発だ。先日は、蒲生田岬で白波ならぬ白兎をみに連れってもらい、夏には、佐那河内から神山への
コースで天香具山(元山)阿波バージョンにも行った。
 ヘタなパックツアーより面白い。何せ、参加した人全員がガイドさんみたいな人ばかりだから・・・・。




式外社 葦稲葉神社をいく

広瀬泰治

 2月18日(日)に式内社 鹿江比賣神社の見学をかね、式外社 葦稲葉神社や大山神社、青木神社などを廻り、和連芽(われめ)神社跡を探索してみたいと計画しています。
 旧板野郡史には、次のように書かれています。
加 楽 山(和禮芽山下ともいふ)
 山頂和禮芽神社を鎮座せしも今は松島神社に合併せり此山は松島村の最高地にして同山に上穴下穴といふ洞窟あり上穴は共に狭けれ供穴深く下穴は昔奥知れざる深穴なりしが何時の世にか地震の為窟内へ岩石崩れ込み埋塞せりと雖も今尚匍匐すれば約五六間横に洞内にいるべく此処に不動明王を安置せり洞窟内は昼尚暗く蝙蝠飛び物凄し入口の大岩には梵時を印刻せり(松島村提出)

とあります。
 子供の頃から洞窟があることをきいていたので、探しながら、何度か現地を探策しました。現在は神社は跡形ありませんが、神社跡の後ろに高さ6mの大岩があり、神山の立岩神社のようなに岩に割れ目があります。村史には梵字と書かれていますが、何か字を彫った岩が一カ所残っています。洞窟内に入れるのは、6mぐらいで、先は狭く調べていると何かの不思議な感じのする場所なので、皆さんと一緒に探索すれば、何か新しい発見があるかも知れないと思います。
 次に、式内社 鹿江比賣神社と大山神社を考えてみます。
 イザナギの命・イザナミの命が産んだ子に大山津見神/鹿屋野比売神がいます。山と野の神です。
 愛媛県の大三島に大山祇神社がありますが、それは後世に祀られた神社であると思われます。なぜなら大山津見神は本来大山に住む大山を司る神、山の神です。綿津見(海神)とも関連していますが、大山に登れば遙か瀬戸内海から紀伊水道まで見渡せ、船乗りの方も「海からよく見え、目印にしている。」と言っていました。また、大山には大山の奥の院といわれる黒岩大権現がありますが、山頂近くにあるにもかかわらず、井戸があります。また細い山道にもかかわらず天皇陛下がこられお手植えの木があります。何故こんな所まで来られたのかと思います。このように阿波の大山は、海と山に関係を持ち、その大山のすそ野には、式内社 鹿江比賣神社があるのです。
 吉野川周辺には、そのほかに式内社、ミツハノメ神社 ハニヤマ比売神社などがあり、イザナギの命・イザナミの命産んだ子の式内社があるのは、全国広といえども阿波のみにしか無いのです。
 ただ大きな神社が一つだけ存在している事だけでは意味がないのですが、一般人は大きさに目を奪われ、大衆の声に追従して阿波の古さに気がつきません。しかし、阿波には、これらは事実が有るのですから、これらの事実をふまえもっと真実の阿波の郷土史を調べなければならないと思います。




阿波岐原考 パート2

三村隆範

 先月号で、阿波岐原について書きました。先日、澤田氏のお計らいで元阿南高専の寺戸恒夫先生に面会させていただいた。
 昭和28年に撮影された見能林周辺の空中写真などを見せてもらい昔の川の流れ跡が写っているのを見た。津乃峰と中林・大潟は、狭い海峡(瀬戸)となっていた。見能林八幡神社周辺が高くなっているのもよくわかり、ここに式内社の加志波比売神社があった。
 また、寺戸先生がおっしゃるには、岩波新書の「日本の神々」谷川健一著に、阿波岐原は、阿南市の津乃峰周辺と書かれていると教えていただいた。さっそく買い求め読んでみた。
 それには、橘の小門(おど)の項目で5ページにわたり述べられている。もちろん九州にも立花、青柳の地名があることを書かれてはいるが、3〜8行程度であり、阿波の橘を説明するスペースの広さに違いは、「ここだ」と感じさせるものがある。
 最後に、阿波と九州を対比させて、
「しかし淡路の島神であったイザナキの場所は、淡路島周辺に限られていたと考えるのが自然であり、合理的である。」と結んでいる。
 読み終え、早速、谷川先生宅に連絡をとり、厚かましくも30分ぐらい質問をさせていただいた。
「古事記は淡路周辺のそう遠くない地域の話と先生は、おっしゃいますが、国生みで淡路島は最初にできた島ですね。」
「その通り。」
「古事記の解説書では、淡路は阿波に行く道と説明しています。」
「その通り。」
「では、淡路島より阿波のほうが先に有ったことになります。」
「その通り。」
 大変勉強になり、しなければならない課題が増えてしまった。




葦稲葉神社をいく 2月18日(日)9時30分集合
川内町の佐藤会長の経営するコーヒーカフェ店「ケストナー」に集合してください。
9時30分集合―10時出発。解散予定4時。
   参加費は無料ですが、資料を用意しています。
   必要な人は、実費300円

◆◆◆ お 知 ら せ ◆◆◆
2月7日(水) 阿南古事記研究会 富岡公民館 図書室
毎第1水曜 午後7時30分〜9時30分 
2月14日(水) 徳島古事記研究会 昭和町公民館 2F
毎第2水曜 午後7時30分〜9時30分