基本的にすべてのものは,「指示待ち」である。
「裸の王様」の話に書かれている様に,多くの人間は,何らかの指示によって動くのです。
周りの人が「王様は,立派な服を着ている」とみんなが言えば,たとえ王様が裸で歩いていても多くの人は,「立派な服を着ている」と言うのです。
これはおとぎ話で,私達は,実際にそんなことはしていないと思っていますが,実は「裸の王様」の話に書かれているようなことを毎日しているのです。
自分の見たまま,聞いたままを話している様に思っていますが,実は,そうではないのです。
多くの人の判断の基準は,
偉い先生が言ってる。
上の人に言われた。
みんなが言ってる。かに依っている。自分を持っているようで,案外,自分が無い。自分が無い様で自分が現れるのは,自分の気に入らない事が起こった時である。その時チャンスがやってきたのです。
すべてのものは,「指示待ち」である。と最初に書いたように,本来指示待ちは人間であるが,何の指示に従っているかが問題である。
宇宙自然の中で生かされている人間ですが,先に書いたように,人間は人間社会の中で生きていて,言葉を介して人の指示に従ってしまうのです。風の音からそれを気づき,その指示に従うことは無いのです。
それを見て自分で考えようとせず,他人の言う事に従うことは楽ですが,「彼らは盲人の道案内をする盲人だ。盲人が盲人の道案内をすれば,二人とも穴に落ちてしまう。」と聖書に書かれているように,最後は苦しみの世界となるのです。自分の中に判断する力を持っているのですから「みんなが,多くの人が,そうしているから」という人の意見だけに頼らず,自らがよく見て考えないと物事の本質に,いつも触れることは無い。
はっきり言っておく。多くの預言者や正しい人たちは,あなたがたが見ているものを見たかったが,見ることができず,あなたがたが聞いているものを聞きたかったが,聞けなかったのである。【マタイによる福音書 / 13章 17節】