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因島は室町時代から戦国時代にかけて村上水軍の本拠地となっていました。 そして、江戸の回船業、明治以降の造船業を含め、海と船に関する長い伝統を有しています。 このように、水軍、海運、造船などを中心として発展してきた因島において、NHKの大河ドラマ「毛利元就」が中国地方や瀬戸内海を舞台に放映されるのを機に大阿武船を復元し、観光キャンペーンや文化振興事業を行い、全国にPRするものです。 |
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| 水軍の戦法 | |
| 1. | 瀬戸内の地形と複雑な潮流を熟知し、「船に乗るより潮に乗れ」が村上水軍の基本であった。 |
| 2. | 夜襲を得意とし、音と光によりその行動を自在にした。ホラ貝により乗船、鉦によりスタンバイし、太鼓により出発。二本を一対とした松明や提灯により進行方向を表したり進路を指示した。 |
| 3. | 非常に厳しい規律により、合い言葉や合印を大切に使った。 |
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| 平常時の船団編成 通常、船団が進む時には、大将船を 中心に前衛船団、左右中衛船団、左右 後衛船団のように編成を組み、戦闘時 に備えた。 |
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| 鶴翼の備え 読んで字の如く、鶴の翼を広げたよ うな陣形、攻撃型の陣形なので、敵に 後方に回られるのを避けるために、必 ず左右に遊軍船を配置しておいた。 |
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| 方円の備え 水は方円の器にしたがう−の言葉ど おり、大小の船が入り混っての無形の 陣。一定の形をとらず、敵の攻撃形態 によって、自在な変化で対応する。 |
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| 雁行の備え 少数だが血気にはやった敵が鋭く攻 め込んできた場合は、いかなる陣形に も変化させやすい雁行の陣形をとり、 敵の攻撃の変化に備える。 |
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| 魚鱗の備え 敵の陣形の中央を突破しようとする 時にとる陣形。また、この陣形で攻め られた場合には、鶴の翼のように陣を 左右に開き、正面・左右の三方向から はさみ撃ちする。 |
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年表 939年 藤原純友の乱 1152年 前期村上水軍時代始まる 1185年 壇ノ浦で平家滅ぶ 1339年 後期村上水軍時代 1419年 雅房が能島、吉豊は因島、吉房は来島と三島村上水軍が形成 1555年 厳島の戦い、三島村上水軍の来援で毛利元就が陶晴賢を破る 1576年 毛利方についた三島村上水軍、織田方の九鬼水軍を大阪・木津川口で 破る 1578年 織田方、鉄甲製の大船で村上水軍を破る 1588年 豊臣秀吉が海賊禁止令 1600年 関ヶ原の戦い、村上武吉は周防大島へ 1601年 来島通親、豊後・森藩1万4千石へ移封 1983年 因島村上水軍城オープン (因島村上家11万4千4百石領有し海の大名) 1991年 宮窪町で水軍レース開始、因島水軍まつり開始 |
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