コース
JR中央線塩山駅−大菩薩峠登山口バス停−上日川峠(ロッジ長兵衛)−
福ちゃん荘−大菩薩峠−雷岩−大菩薩嶺−雷岩−福ちゃん荘−登山口バス停
交通
●JR中央線:塩山駅
●山梨交通バス:塩山駅−大菩薩峠登山口バス停(約2時間・1日5-9本)
山梨交通バス Tel:0552-23-0811
バス停終点
JR中央線塩山駅から大菩薩登山口行の山梨貸切自動車に乗る。バスは青梅街道(411号線)を走り、約30分ほどで幹線から右に折れて終点(写真左)に到着。料金はたったの100円。なお、バスの運行時間が少ないので出発前に電話(前掲)で確認のこと 。グループの場合は駅前からタクシーに乗るといい。 バス停から舗装された道を歩いて東に向かう。まもなく左手杉林の中に古い石段(写真左下)が現れる。
雲峰寺1
上には裂石山雲峰寺という古刹があるので立ち寄ってみる。天平17年(745)行基菩薩を開山とする臨済宗妙心寺派の寺。創立は明らかでないが、寺伝によると、天平17年(745)僧行基が11面観音を彫刻し一庵に奉祀し、開創したといわれる。創立の当初は天台宗に属したが、いつ頃からか禅宗に転じた。伽藍は室町末期天文年間(1532-1554)に火災にあい、諸堂消失したが、紹謹禅師によって再興。伽藍の完成は、永禄元年(1558)に武田信玄が武運長久を祈願する文書をだしているので、この頃と推定される。
雲峰寺2
本堂、仁王門及び庫裡は重要文化財。昭和30年代に諸堂の解体修理、復元された。本堂には甲斐武田氏の重宝となっている日本最古の「日の丸の旗」、天正10年(1582) 武田勝頼が信長に攻められ天目山で自刃したあと、家臣が再興を期して密かに当寺に納めた武田の軍旗「孫子の旗」、「諏訪神号旗」、「馬印旗」 などが所蔵されている。武田家戦勝祈願寺として歴代領主の帰依が厚かったことが分かる。 
雲峰寺橋
雲峰寺をあとにし再び舗装道に戻って東に向かう。雲峰寺橋を渡り、「至大菩薩峠」と記す道標にしたがい10分も歩くと、右手に赤い屋根の千石茶屋につく。ここからさらに5分ほど歩くと左手に細道があり、脇に立つ道標に「上日川峠を経て大菩薩峠へ」と記してあるので、ここを折れる。 
登山道
道ははじめ急登だが、やがてV字型に窪み傾斜がゆるんで、岩石が見られるようになる。周囲には落葉樹林が多く、足元には去年落ちた枯葉がまだ残っている。第1展望台を経て第2展望台につくが、この季節、周囲は緑に覆われ、ここでの眺望はない。
ブナ林
しばらく笹の多い登山道を進む。 「山梨の森林100選・大菩薩のブナ林」と記した立て看板が目に付く。なるほど太いブナの木やカエデが見える。半ばしおれかかった朱色のつつじが、顔をのぞかせている。蝉の声が四方八方から聞こえてくる。太い木の根元付近に目を向けると小さな蝉の抜け殻が2個、幹にくっ付いていた。
長兵衛ロッジ
登山道左手上に車道のガードレールが見えてくる。上日川峠が近い。坂道を登りきると車道に合流し、その先が開け、駐車場、そして長兵衛ロッジがある(0553-33-4641)。標高は1580m。バス停からここまで歩いて約2時間の行程である。 ここから登山道は車道に平行しているので、雨や濃霧のときは車道を歩くといい。  
福ちゃん荘
20分も歩くと、こんどは福ちゃん荘(090-3147-9215)につく。ここでは店をだしていて飲食物やみやげものも売っている。標高は1720m。駐車場があるので、車の人はここまで上ってくることができる。登山道は二手に分かれ、左は急登のある唐松尾根を通って雷岩に至るルート、右は富士見山荘、勝緑荘を経て大菩薩峠へ至るルートである。ここでは後者をとる。 
介山荘
福ちゃん荘から5分も歩くと右手道路脇に建つ富士見山荘が見え、さらに進むと右手橋の向こうに勝緑荘が見えてくる。どちらも現在休業中である。勝緑荘左脇の細道をとって、落葉樹林と笹の多い登山道を30分も登ると介山荘(この名は「大菩薩峠」の著者中里介山からとった)の前につき、その先、どんより曇った空の下に大菩薩峠が現れた。
大菩薩峠
標高1897mの大菩薩峠は山梨県北東部に位置する。昔は多摩川上流の小菅村・丹波山村(たばやまむら)と甲府盆地とを結ぶ青梅街道最大の難所であったが、交易の場でもあった。大菩薩とは何菩薩であろう。観音菩薩、普賢菩薩など仏教の菩薩があるが、ここでは大菩薩=八幡大菩薩をとりたい。奈良時代、宇佐八幡宮が東大寺の大仏鋳造に協力した際、朝廷が祭神である応神天皇に大菩薩号を贈った。この大菩薩である。
中里介山
介山荘からから妙見の頭に向かう途中、中里介山(1885-1944)の記念塔が立っている。介山は東京生まれの小説家で本名は弥之助。キリスト教、仏教、社会主義と遍歴。大長編「大菩薩峠」は大衆文学の代表作で、大正2年(1913)から 昭和16年(1941)にかけて発表。作者の死により未完に終わっている。幕末を舞台にニヒルな主人公・剣士机竜之介と出会った人物のさまを描いたもの。
霧の中の稜線を歩く
見事な景色が展開する筈なのだが、稜線を歩きながら左手を眺めると空は相変わらず曇り、その下の谷間に葛野川ダムが見える。右手は森林を霧が覆っている。親不知の頭、妙見の頭付近では周囲数メートル先しか見えない。賽の河原の鞍部では一時、霧が消えると、朱色に染まる見事なつつじの絨毯が広がった。雷岩から大菩薩嶺までは幻想的な霧の中の世界を楽しみながらゆっくり歩いた。
大菩薩嶺
標高2057m。周囲は樹林に覆われ、さらに霧に覆われているため山頂という感じがしない。来る途中、登山道は所々水溜りがあった。日差しがないと、冷やりと感じる。長居は無用である。早々にここから雷岩まで引き返すことにした。
雷岩から急坂を下る
道標が示すように、雷岩のところで大菩薩峠と大菩薩嶺の稜線からほぼ直角に下る坂がある。これが唐松尾根で、ここから急坂が続く。天気がよければ、富士山を眺めながらの下山なのだが、この日は、ガスに覆われ、半径10m位先までしか見えない。踏み均された登山道がはっきり確認できるので迷うことはないが、下山中、この天気のせいか、ひと一人にも出会わないというのは寂しいものだ。
鹿の声?
雷岩から40分も下ると、笹と潅木が一層茂り、唐松の木も多くなる。そんな中、足早に歩いていると、左手斜面20mほど先の笹の動く音がし、獣のなき声がした。文字でうまく表現できないが、「クィー」と1分おき位になく。子が親を呼んでいるような鳴き声だ。あとで塩山市役所に問い合わせてみたところこの辺りには鹿がいるという。すわ、クマ!などと驚くことはなさそうだ。福ちゃん荘に着いたとき、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。霧の大菩薩も悪くはない。