| コース
河口湖口五号目−須走口分岐点−富士山頂−下山専用道−河口湖口五号目 |
| 交通 |
| ●JR中央線:大月駅 |
| ●富士急行:河口湖駅 |
| ●富士登山バス:河口湖駅−河口湖口五号目 |
| 富士急行: Tel:0555-72-0017 / 富士登山バス: Tel:0555-72-2911 |
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スバルライン JR中央線の高尾駅から7時48分発の河口湖行、直通列車に乗る。9時27分、河口湖駅到着。駅前のバス停7番より、富士山5合目行、9時35分発(7月1日ー8月31日)の登山バス(往復3060円)に乗車。町の中を通ったあと、整備されたスバルラインに入る。カラマツと潅木に覆われた前方の景色をときおり霧が遮る。時速50kmで走り続けるバスを数台の乗用車が追い越してゆく。約50分ほどで富士山5合目の広場に到着。 |
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富士山5合目 標高2305mもあるこの5合目の広場はひろく、なにより建ち並ぶ売店兼レストハウスの大きさと、賑やかさにおどろかされる。また、ここまで車で来れるとあって、登山者だけでなく観光客も多い。広場の東側に立ち、近くの景色を眺めようと思うが、急に霧が押し寄せ、前を遮る。諦めてレストハウスに入り、登山前の軽い食事をとる。10時45分、レストハウスを出る。道の一角に、観光案内用の馬、5,6頭が休んでいる。登山準備のない観光客を馬に乗せ、登山気分を味わってもらおうという趣向だ。 |
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吉田口・河口湖口登山道入口 いよいよ吉田口・河口湖口登山道入口である。このコースは富士登山の中では最もポピュラーなコースである。はじめ未舗装の緩やかな坂が続き、途中から見通しのきく舗装道となる。7,8組の登山客が列をなして先を歩いているのが見える。観光客を乗せた馬数頭が行き交う。そのあと、リュックを背負った初老の男性がうなだれながら、引かれる馬にまたがってやってくる。登山途中で力が尽き下山してきたのだろうか。馬の利用はどうやら観光目的だけではなさそうだ。 |
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高山植物
霧が濃くなったり薄くなったりで、数キロ先の景色が現れたかとおもうとすぐ消える。目は自然に近場の高山植物や緑豊かな潅木の方に向く。傾斜地には黄やピンク色の可憐な花が咲き、周囲をハチが飛び交っている。分岐点で坂道を選び、短い石畳を登りきると、富士吉田警察署の名入りの登山マップを手渡された。山小屋の名前、距離、時間や注意事項が記してあり、後々役立つ。外人には英語のマップが用意されている。 |
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6合目 11時20分。6合目「穴小屋」に到着。缶ジュース300円、ペットボトル400円。飲み物は重くて持参できないという人はここで買えるが、価格は倍以上だ。また登山棒を持参した人に登った証拠として有料(200円)で何号目と焼印を押してくれる。ちなみに山の何号目というのは距離を測り等間隔で付けたものではなく、登山の難易度を目安にして付けてある。だから、富士山の場合、裾の長い麓近くの2、3号目は距離は長いが、標高差は小さい。高度を上げ8、9号目になると距離は短くなるが標高差は大きい。 |
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防壁 6合目の山小屋を過ぎてから褐色の砂利道が続く。その砂利や土が崩れ落ちないよう、登山道は頑丈な防壁でまもられている。やがて岩の多いスロープに変わり、その先の石段を見上げると次の山小屋が見える。 |
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7合目
12時00分、7合目、標高2700m、「花小屋」に到着。石段も小屋の周囲もカットした岩石でできている。設けられたベンチは登山者で混んでいる。休みを取らずに先に進む。再び岩で覆われたスロープ。鎖が張ってあるので登山道を確認できるが、これがないと岩だらけで、どこが進むべき方角か検討がつかない。 7号目付近では約10分毎に山小屋(下写真・カッコ内は電話)が現われるので初登山者にとっては安心して登れる区間だ。 できることなら、この付近で1泊して翌日早朝山頂を目指すのがいい。 |
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| 日の出館 (89-2867) |
トモエ館 (22-0589) |
鎌岩館 (22-2383) |
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ロシア人 男性2人と女性1人の外人と出会う。女性は背が高いだけでなく横幅もあるヨーロッパ、ロシア系の人によく見る体形だ。 こちらの気配を感じたか、手を振り、先に登れと合図する。その顔は赤く焼け、汗びっしょりだ。挨拶を交わし先に進む。上で待つ男性2人に、どちらから、と訪ねると、自分らはモスクワから来て現在日本に住んでいるという。ロシア人である。 ロシアの原子力潜水艦が乗組員118人を乗せたまま、8月12日、バレンツ海に沈んだ事件を思い出した。 |
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岩石 13時10分。黒色、赤褐色、グレー色の溶岩が続く。表面がごつごつしているので手でつかみやすく、足をあまり滑らすことはない。ただ距離が長いだけに脚力だけは必要だ。こんなところで捻挫や痙攣をおこしたら大変だ。先ほどまで美しく傾斜するスロープに、緑の高山植物が色濃く群生していたが、その緑がすこしづつ減ってくる。 |
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| 鳥居荘 (84-2050) |
東洋館 (22-1040) |
大師館(標高3000m) (22-1947) |
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8合目 13時25分、8合目、3000m、「太子館」到着。備え付けのベンチに腰をおろす。隣に先ほどのロシア人の子供2人が座っている。一休みした後、一緒に登ろうと思ったが彼らのペースに追いつけず、手を振って分かれた。「蓬莱館」を過ぎると左手に石碑が見える。「蓬莱亀岩・八大龍神」と刻んである。この辺りから登山道は岩石から小石の多い砂利道に変わる。 |
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空と雲 先行しているはずの日本人学生2人が後から登ってくる。追い越し追い越され、彼らと順位が変わるのはこれで3度目だ。14時05分。足を止めて左手、前方を眺める。山の斜面の背後に層の厚い真っ白な雲が見え、ゆっくり西から東へ移動しているのが分かる。その向こうに雲と空の境界が見えてきた。雲の中から雲の上へ着実に前進していることが実感できる。赤い砂利の多い登山道が続く。斜面には30,40センチ大の岩石を数多く見かけるようになる。 |
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須走口と吉田口の合流点 14時18分、標高3200m、「白雲荘」着。 14時32分、「元祖室」着。 14時55分、8合目、標高3374m着。 道はここで須走口方面からのルートと合流し、頂上まで登りも下りも同じルートを辿ることになる。ここから頂上までの標高差は約400m。これから後の頂上までの登りが厳しいものになるとは、思ってもいなかった。 |
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| 蓬莱館 (22-3498) |
白雲荘 (22-1322) |
江戸屋 (75-3600) |
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本8合目 15時12分、本8合目、3400m。「富士山ホテル」着。続いて本八合目、「江戸屋」着。ここまで来て、呼吸が自然でないことに気が付いた。低酸素のためか。休んだ後でも力んで登るとすぐ疲れる。 ダンスじゃないが、クィック、クイック、スロー方式では体がもたない。 歩む時間より腰をおろし休む時間の方が長くなった。年配の登山者がゆっくり登ってくる。そのあとから中年の男性が、やはりスローペースで登ってきて、となりの岩に腰をおろし声をかけてきた。「雲に覆われて他の山が見えず残念ですな」。2人で景色のない雲の上を眺めた。 |
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| 富士山ホテル (22-0237) |
トモエ館 (22-0589) |
御来光館 (84-2179) |
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登るコツ 17時32分。鳥居に着いた。頂上はすぐそこに見える、が遠く感じる。極度の疲労感が押し寄せる。耳もとから脈の音が聞こえる。上を見あげると、先ほど追い越していったあの年配者らとの距離が少しづつ隔たっていく。2人はまるで亀のようにゆっくり歩んでいるが、休むことなく、確実に前進している。「踵をついて、歩幅は小さく、ゆっくり登るのがのコツ」と登山家から教えてもらったのは、後で甲斐駒ヶ岳に登ったときである。このときはまだ、早く登ることだけが頭にあり、これがかえって仇となった。 |
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頂上 5時36分。坂を登りきった。標高3776mの富士山頂である。「ご苦労さまぁー」若い男性の声。親切にも記念にとシャッターを押してくれた。後ろに立つ石柱には「富士山頂上浅間大社奥宮」と刻まれている。静岡県富士宮市にある浅間(せんげん)神社の奥宮がこの富士山頂にある。山小屋が6件ほど横に並んでいる。ガラス戸を通して中を見ると、どの小屋でも大勢の登山者がいて、くつろいでいる。外はまだ明るく、東の方角に雲海が広がる。地が平坦になり、頂上に着いた安堵感からか、足にまだ余力が残っているように思えた。山小屋のすぐ後ろに噴火口がある。小石の多い緩やかな傾斜を降り、お釜のすぐ近くまで寄ってみた。下をのぞくと、すり鉢型の内壁は断崖絶壁。荒涼、殺伐とした感じだ。噴火口の向こう側てっぺんに気象観測所が見えた。一望したあと戻ることにする。傾斜を登りはじめて気が付いた。息切れがし、足が重い。わずか20、30mの距離なのに苦痛を感じた。空気が希薄なことと疲れのためだったのか。とにかく余力などないことに気付いた。 |
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扇屋 今夜は「扇屋」で宿泊する。中に入ると左右に一段高くなった床があり、その間に通路があって料理場に通じている。右手の床は畳敷きで、上には横一列にふとんが折り畳んで並べてある。夕食・カレーライス付で一泊6000円。食事が済むと、7時消灯。明朝3時30分起床。ご来光は朝5時頃だという。なのになぜ3時半起床? 理由は、その頃の時間になると、団体がこの頂上めがけて押し寄せてくるからだという。 |
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高山病か 消灯と同時に床についた。夏なのにストーブに火が入っている。布団はぎゅう詰めで、2 枚の布団に3人の割合。言葉の通じぬ東洋人と隣り合って寝る。どうも自然に呼吸ができない。軽い頭痛がする。睡眠障害に陥いり、高山病にでもかかったのだろうか。上向きになったり、横になったりする。すると左右両隣の客も頻繁に動く。夜中未明に外にでた。万点の星が空を覆っていた。 |
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ご来光を待つ 8月25日。少しは眠っただろうか。3時半ごろ、外の方から話し声が聞こえてくる。小屋の中はまだ消灯のままだが、懐中電灯を照らし、外に出る仕度をしている人もいる。4時、部屋のライトがつき皆一斉に起床。レモンティーを飲み仕度を整え外に出た。闇の中、すでに百人ほどの登山客がどよめいている。目を登山道の方へ向けると、点々と小さい明かりが頂上に向かって移動している。懐中電灯をともした登山者がさらに列をなして夜道を登ってくるのだ。眼下には灰色の雲海が漂う。まだ日が昇るまで30分はある。おお寒い、眠い、頭が痛い。 |
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ご来光 5時01分。遠く雲海の彼方に一点のオレンジ色の光が輝いた。「ウワーッ」という歓声とともに拍手が湧き起こる。果てしなく続く淡いグレー色の雲が透明な青空の下で、しだいに白に変わっていく。遠くから見たあの美しい富士。夏の日のいま、その頂点に立ち、朝日を眺めてる。足元の岩石はごつごつとしていて黒く、そして山頂から雲海に消える山肌は赤い。日の出から5分後、誰より早く下山を開始した。下るにつれ、頭の痛みが消えてゆく。不思議だ。途中で振り返って頂上を見た。小屋の屋根だけが見える。あと一週間もすればあの山小屋も閉まる。 |