老婆の息子は、肌の浅黒い、まだ40そこそこの男だった。
 老婆とその息子以外、この家には誰もいないらしい。
 息子が外から戻ってくると、二人はもそもそと食事を始めた。僕は
そこに居づらくなり、そそくさとあてが われた部屋へと戻った。
 戻っても何もする事が無く、布団をたたんで部屋の隅に置いたりした。
 暫くすると、 のそりと息子が部屋に入って来た。
 彼はじろりと僕を一瞥すると、
「相談がある」
と野太い声で、つっ けんどんに話かけてきた。
 僕は少しかしこまり、何でしょう?と硬い返事をした。
「あんたの持っている薬を 、全部譲って欲しい」
 僕は、はあと間抜けな声で答えた。
 僕は医者である手前、(見栄を張って)多少高値の良い 薬もいくつか
持って来てはいたが、そのほとんどは市販でも買えるような物である。
改まって相談されるような 品ではない。
 僕が拍子抜けしていると、彼は断わられると思ったのか、ぐっと口を
一文字に結んだ後、ぽつぽつと この村の事を話した。

 この村は、僕の故郷の村よりはるかに小さく、山の奥の方に位置
しているらしい。 人口も少なく、流通も悪い。
 僕の故郷と同じく無医村であり、医者にかかるには山を越えねば
ならないらしい 上に、先に言った通り、流通が悪いので薬も手に入り
にくい。おまけに過疎化の強い村なので、彼の母親のような 老人が
多いのだ。
 そんな彼らにとって、薬はとても貴重な物なのだろう、あまり暮らし
向きは裕福そうでも ないのだが、元値の倍額支払っても良いので譲っ
て欲しいと言われた。

 話を聞きながら、僕は彼の 母親をちらりと見た。苦労してきたのだろう、
しわは深く、肌も浅黒い。
 僕は自分の祖母の事を思い出した。

「解りました、薬はお譲りします。遭難しかかっていた所を助けて頂いた
のです、お代も要りません」
 僕がそう言うと、男はほっとした様に一瞬表情を緩ませ、頭を下げた。
 母親の表情も、心なしか和らいだよう な気がする。
 僕は何となく気の毒になった。年老いて、医者も薬もそばに無いのは
どんなに心細いだろう。
 その時ふと、リュックの薬が減っていた事を思い出した。
 あれは確か・・・・・・
「傷薬が少し減っていた ようですが、失礼ですが、どなたか怪我をされ
ているのですか?」
 男の表情が再び硬くなったので、僕は慌てた。
「いえ、決して責めているのではありません。実は僕は医者なのです。
 助けて頂いたお礼に、僕も何か手助け できたらと思ったのです」
 僕が一宿一飯の恩を返そうと、そう申し出ると、彼は今まで以上に
ぐっと口を結んだ。 そして「医者・・・・・・」といった後、母親と顔を見合わ
せた。
 僕は何かまずい事を言ったのかと、戸惑った。
 男が何か口を開こうとしたと同時に、彼の母親は
「少し二人で話をさせてくれ」
 と強い口調で言った。
  僕はまた、はあと気の抜けるような返事を返しながら、自分の荷物の
置いてある部屋へと戻った。
 閉めた襖の 向こうで、母子のひそひそと話す声だけが聞こえた。


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