高知県立牧野植物園(2009.6)


博士が好きだったバイカオウレンが、ここのシンボルです。

(園のスタッフは、なかなかお茶目なようです。(笑))

今回、高知を目指しましたのは、高知県立牧野植物園へ行くためでした。 それはもう、偉大な業績を遺した、故牧野富太郎博士の足跡を見るためです。

(左:牧野富太郎博士像)

素晴らしい場所でした・・・。

しかし、これを言い表すほどの文章は書けません・・・。 私が高知市民なら、間違いなく毎週訪れるでしょう。 しかし、残念ながら路線バスは試験運用のようで、 今はともかく、マイカーを持たないものには、なかなかアクセスが厳しい場所です。 (私は自動車免許すら持っていません。 ウチには車はありません。^^;)

・・・山の中ですから!

牧野富太郎博士は、「日本の植物分類学の父」とされています。 旺盛な知識欲と情熱で、日本の植物を命名、世界に知らしめました。 ここは、博士の功績を顕彰する意味もあってオープンした施設です。

氏の功績は、讃えて余りあるものなのですが、 如何せん、その経歴の裏で、後先を考えずに行動し、周囲の人を振り回し、 かなり迷惑千万な人だったことは、否めません。 給金に対し、研究に使う費用は膨大で、 転居を繰り返し、生家は没落、奥様は子供を抱えながら金策に走り回りました。

それでも、採集旅行で帰らぬ夫に心配をかけぬよう、常に夫の身を案じ、 奥様は、それはそれは細やかな配慮をしています。 13人も子供をもうけながら、確か、6人は夭折しています・・・。

・・・博士自身、後年、自らの破天荒ぶりは認めておられます。

高名な博士の、名と裏腹の行状とのギャップに、多少引っかかるものを覚えながら・・・ (彼を助けた人々の名前が、あまり残らない事に、多少、首を捻っていたのです。 小学校中退で、ここまで素晴らしい業績を培うには、 本人の労苦も、半端で無いことが伺えますが、 周囲の助けがなければ、まず、成功しなかったはずなのです。) 単なる叩き台、では、納得いかない方だっていたでしょう・・・。


それでも、晩年の氏の笑顔を見ると、 氏が、自らを植物の精であるとした理由が、解る様な気がしたのです。 氏を、「子供のようなもの」と評した、奥様の気持ちが解るような気がするのです。

当時の日本で、偉業を達成するには、周囲を省みていては不可能だったかもしれない。 感謝はするが、感謝だけ・・・そういうものかもしれない・・・。

氏は、植物(の精)だったんだと。 だから自然に人が集まって、手を差し伸べようとしたのだと。 私は今回の植物園訪問で、そう、理解する事にしました・・・。


これは、氏が命名した「スエコザサ」。 実は、これに付いても、私はずっと不思議で、不満でした。 献身的に尽くした奥様の名を、こんな地味な植物に冠さなくても、と。 ・・・そうじゃない、そうじゃなかった。 博士にとって見目など、どうでも良かった。 「家守りし妻の恵みやわが学び、世の中のあらん限りやスエコザサ」 奥様の墓碑に刻まれた言葉に、 この地味な植物に対する愛情と、奥様への哀惜の念が見て取れます。

(サギ、・・・見えます?^^;)

(バラはもう盛りを過ぎていました。)

(樹も綺麗です・・・)

(鳥より、虫が沢山いました・・・あ、この時既にセミが鳴いていました。)


(少年の日の博士像。)



桂浜

この日は暑い! とにかく日差しが熱い! 学生時代の私は、もっと波打ち際に寄って写真を撮りましたが、 ・・・今はもう、そんな度胸ありません。 とにかく、波が荒い。 時として恐怖を覚えるほど、・・・荒い。 

今回の高知訪問は、クジラを食べる目的もありました。
実は、私はずっと、
・・・学校給食に出てた、クジラの竜田揚げが食べたいんだよう〜。><と、言ってて。(笑)

私:「・・・小学校で食べたのと、なんか味が違うよ・・・」
だんなさん:「学校給食で出たのと、同じクオリティのが出るわけないでしょ?」
・・・それもそうか。
給食のは、こう、カリカリしてて、甘くって、いつまでも噛んでて、でもジューシーで。
・・・いや、この肉厚で辛口のクジラもいけましたが。

やっぱ、さすが、土佐のカツオは美味しかったですねー!^^ 粗塩で食べました。^^ 「土佐巻き」ってのもあるんですよー。 カツオとにんにくを巻いたもので、これが又美味しかった・・・。

板垣退助in高知城。  確か、城内に一豊の妻、お千代さんの銅像がどこかにあるんだよな・・・。 学生の時、友達と一緒に来て、 お千代さんのポーズを真似して、写真撮った覚えがある・・・。(笑)

高知二日目、日曜市の様子。(右写真) 数百メートルに渡って、露天が出ています。 安いし楽しいし・・・。^^ 蘭のナーセリーがお店を出していて、思わずお買い上げしてしまうところを、 だんなさんに引っ立てられて帰ってきました。^^;

でも、大判焼きは食べました。 「柚子餡入りはココにしかないよー!」と、言われて。(笑)

この後、市場に夢中になっていてバスに乗り遅れ、タクシーを飛ばして再び植物園へ。 (バスは一時間に一本しかありません。)

二日続けて植物園を満喫し、・・・さて。 この後に行ったのが桂浜です。

(私が、後日新撰組の屯所を訪れようと思ったのは、 ここへ来たからというのもあるのです。(笑)) ・・・ 有名な龍馬像を撮っていると、何人も写真を撮って欲しいと声をかけられます。 皆さん龍馬さんと一緒に写りたいのですが、・・・これがなんとも難しい。 陽が高いのでかなりの逆光になる上に、 至近距離の人物と、龍馬像を頭を切らずにフレームに入れるのは、なかなか。 学生の時も友人と撮るの、苦労したっけ・・・。 それでも、桂浜と太平洋を望む坂本龍馬は、カッコいいです・・・。 そういや、学生時代に来た時は、空が泣いていたなぁ・・・。

帰りの特急は、アンパンマン列車。 列車内も天井もアンパンマンだらけなら、 車内アナウンスもアンパンマンが(録音音声)。(笑) 

はりまや橋。 あれですよ、あの、「よさこい節」に出てくる橋ですよ。  「純信」坊さんが、「お馬さん」にカンザシ買うの見たよー!ってヤツです。 (・・・諸説あるようですが、結局、悲恋話なんですよね?これ。) 大学生の卒業旅行で来た時には、絵に描いたような『ガッカリ名所』でしたが、 (確か、橋の下に水流れてなかった・・・) 綺麗に整備されていて、ビックリしました。

岡山で乗り換えた新幹線。 500系の「こだま」さんなのですが・・・ 見た目、すっごくカッコいいんですけどねえ・・・(私好み)。 「車内が狭くて、人が余り乗せられないんで、早々に「のぞみ」を引退させられたんだ。」 (だんなさん談)

岡山で7分、姫路で6分、(数字はいい加減)、と言う按配で停車させられ、 後輩が通り過ぎるのを待つ、可哀相な新幹線をお見送りして、 今回の旅は終わりました。



行った日:2009/06/27,28