滅びゆく道具たち



大工の世界は、道具と腕によって職人の技術を確立しています。
今も昔も、道具たちの支えにより職人の技は伝えられているのです。
そして職人たちは、木材と道具を上手に使い、性能のよい建物を造っています。

弟子の頃は、鋸(のこぎり)鑿(のみ)玄翁(げんのう)鉋(かんな)曲尺(さしがね)と、一つ一つの道具を使いこなすために、時間と経験を積み修行します。
しかし現代では、プレカット(工場で加工されること)により墨付け(材料に墨壺で線を付けること)きざみ(材料を墨通りに削ること)等の作業は、省かれているのです。

これにより、昔から使われてきた道具たちの居場所が無くなり、職人でも知らない道具が増えていくのです。

仕事の効率化と人件費の削減でしょうか。

設計に至っては、パソコンの普及によりドラフター(定規が直角についていて図面を書く道具)で紙に書いていましたが、現在では「CAD」というソフトを使い画面上で図面が書けるようになりました。

便利になった故に、その裏では必要とされずに滅びゆく道具たちがいるのです。

昨今、耐震性能を向上させる為に、金物を多く使うようになっている現代の建物。
一つの建物を造る過程でいろいろな工法はありますが、最近では金物での補強が優先されています。
もはや職人はたちは「大工」というよりも「建物総合下地屋」と呼ばれそうなくらい、腕も道具たちも錆びつきはじめているのではないでしょうか。

今の時代、ホームセンターに行くとありとあらゆる大工道具が並んでします。
素人の方でもちょっとした日曜大工なら、ここで間に合うのかもしれません。
ですが、その中でもまだまだ存在を忘れてはいけない道具はたくさんあるのです。
手軽に使える道具や加工された木材を使うのではなく、「一つ一つ」を理解しながら手作りをもっと身近なものにしませんか?

そこで大工さんだからこそ知る道具たちをここでは紹介したいと思います。



「墨つぼ」といって墨を含んだ糸で
木材などに線を引く道具です。






曲尺(さしがね)は、聖徳太子により中国から伝えられたという話があります。それにより職人たちは、「太子祭」という祭りをして太子様を現代でも語り継いでいます。



曲尺(さしがね)といい、直角定規とモノサシを一緒にしたような道具です。マガリカネ、サシガネ、カネザシ、カネジャクといろいろな呼び名があります。

直角の墨出しなど(墨つぼを使い木材などに線を引くこと)に使用します。裏側で使用すると、平方根(√2)がわかり、目盛りや※唐尺の文字も書いてあります。平方根といえば、“ひとよひとよにひとみごろ”なんて覚え方しませんでしたか?

※唐尺(天皇尺八掛尺)とは、曲尺の裏面に付いている目盛のことをいいます。この目盛は、九寸六分を八つ割りした一寸二分として使われていたようです。
一寸二分ごとに「財」「病」「離」「義」「官」「即」「害」「吉」の八字が刻み込まれており、昔は吉凶を調べる時などに使っていたそうです。




道具の他に必要な物といえば材料です。
「木」は自然界からの贈りものだと思います。
職人たちは木の心と木の使い方を知り、道具と一体となった時よりよい作品を生み出すのです。
現在、私たちの周囲を見回すと、コンクリート壁に囲まれたビルや、鉄筋で造られた家屋などが目に入ります。窓は木枠からアルミサッシ枠へと変わり、家具は機械がプレスしたペラペラの合板、あるいは味気ないプラスチックで造られています。
もはや滅びるというより、誰からも必要とされなくなったいらない道具というべきなのかもしれません。
木の心を理解し木で物を作り出す喜びが、失われつつあるのではないでしょうか。
長い年月をかけ、人間の知恵と工夫により歴史が込められた道具たちには、感謝の気持ちと敬意の念でいっぱいです。
私たち職人はこの砂漠のような文明に戦いを挑みながら、滅びゆく道具たちに力を与えこれからも尚、歴史を刻み込みながら努力し続けたいと思います。