私が住んでいる街では、毎年八月の最後の日曜日に夏祭りが開かれている。
 小学校のころは教師や両親によく「夏祭りまでには宿題を終わらせましょうね。」などと言われていたものだ。もちろん、そんなつもりはさらさらないのだが。
 今年の夏祭りは八月三十日。小学生はさぞ悔しがっていることだろう。いつのまにか私はそんなことはどうでもいい年になってしまっていた。せいぜい、夏の終わりを感じるぐらいだ。
 今年の夏、渋谷で買ってきた服を着て、私は今出かける準備をしている。浴衣は着ない。そう決めていた。鏡で自分の姿を確かめる。
 いつもより高いヒールのサンダルを履いて、私は祭りにくり出した。いつもと違う街。だから、違う私。それが味わいたかった。それだけだ。
 友達とは約束をしていなかった。狭い街だ。嫌でも出会う事になるだろう。
 アイツにも。

 私は携帯電話をこまめに触りながら、祭り一色の街を練り歩いていた。ふと、前を見ると、通りの向こう側にいた小さな女の子が持っている、綿あめの袋が目に入った。私は彼の事を思い出していた。
 彼……ケンイチは、幼い夏祭りの夜、私の初めての「彼氏」になった人だ。綿あめを二人で分けた事は、今でも鮮明に覚えている。あの頃は私達二人とも幼くて、お金がなかったから、二人で半分こしたのだ。
 ケンイチとは一年もたたないうちに別れてしまっていた。彼と再び夏祭りを過ごすことはなかった。今思えば馬鹿なことをしたと思っている。だからこそ、私はこの夏祭りだけは一人で来ることにしているのだ。浴衣も、着ない。
 中途半端に着飾った男が私に声をかけてきた。だが私は彼らの口車には乗らない。足早にその場を離れる。あのテの男とはその日限り、続いても半年程度だということを私はわかっているから。
 私が時を共に過ごしたいと思っている男はあんな奴ではないのだ。……彼らには悪い言い方だが。
 ふと見かけた出店でカキ氷を買い、それを少しずつほおばりながら、あたりを見回す。…いない。私はいつのまにか、彼の姿を探していた。
 浅はかな女だってことぐらい分かっている。
 日はいつのまにか沈み、夜でも明るい町並みに驚きながら月が体を乗り出してきた。光に囲まれた大広場から月を見ると、私と同じ孤独を味わっているようで、少しホッとする。世間一般から見ればたいした孤独でもないのだろうが、私からすれば泣きたくなってしまうぐらいの孤独なのだ。
 そうやって自分を慰めた。
 いつもと違うヒールのサンダルは、私の足を容赦なく棒に変えていく。私はどこかに座りたくなり、座れるスペースを探した。
 と、不意に私の目にある店が飛び込んでくる。綿あめ屋だ。
 私は何かを思って、嫌がる足を引きずりながら、その店へと向かった。
 「綿あめ、ひとつください。」
 私がそう言うと、私の容姿をじろじろ見ながら、いかにもといった姿のおじさんが手を出してお金を要求してくる。
 私は何か悪い事をしているのだろうか。
 こうやって中年のおじさん達に、まるで変な生き物を見るかのような目つきをされると、私はいつもそう思う。失礼とは思わないのだろうか。こちらの失礼は注意するくせに。
 綿あめの袋を片手でぶらつかせながら、さっきの続きで、座るスペースを探した。うっとおしいぐらいどこもかしこも人だらけだ。
 私は自分が座るスペースを探しながら、ふと通りかかる人の顔をチラチラ見るようになっていた。
 綿あめのおじさんの事、言えないな。

 ……ケンイチだ!
 私は不意にそう思った。確かに、そこにはケンイチがいた。そして隣には、見知らぬ女が立っていた。
 ケンイチはその女に何かを話しながら歩いていた。女の顔はよく見えない。
 私は無意識のうちに二人の後を追っていた。二人はどんどん人気のない暗がりのほうへ歩いていく。
 自分の心臓が爆発しそうなくらいなっているのを私は歩きながら聞いた。
 いったい何をしようとしているの?
 その女は誰なの?
 私は憤りを感じずにはいられなかった。
 …動揺していた。うん。動揺している。
 ケンイチたちが急に立ち止まって、話をし始めていた。私はこれ以上、見る事はできないと思った。目先には華やかな夏祭りが私を待っている。このまま立ち去ろう。
 そう思ってはいるものの、足が凍って、一向に動かない。とにかく、私は必死の思いで、二人の姿に背を向けた。
 ケンイチが何を言っているのかは分からない。夏祭りが時間を止めたみたいだった。
 私の目に涙が溢れてきた。…いけない。こんなところで人目についてしまう。私は目を強くこすり、涙を体の中へと押し込んでいた。
 「…ユカリ。」
 ケンイチが私を呼ぶ声がした。私は綿あめの袋をしっかり握ると、少し間をおいて振り向いた。顔が引きつっていないか心配だ。
 「ユカリ。久しぶり。…あの。」
 懐かしいケンイチの顔が私の目に映り、私は体を硬直させていた。ああ、聞きたくない。
 「…今、彼女と別れてきたんだ。」
 「…え?…」
 ケンイチの懐かしい声がする。私の右手に握られて小さくなった綿あめの袋が、夏の終わりを告げていた。


END





文化祭で発表した作品です。
どうでもいいですが、竜雅の人生経験とはなんの関係もありません。 ってゆーかこんなカッコしねーよ。(核爆)
今どきの女の子の気持ちを考えてみました。



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