今日の意見
2003年12月

   2003年12月31日

    年末にあたり思い出すこと

 ”e-行政書士”が開設されたのは2001年の3月のことです。それ以来毎日毎日”今日の意見”欄に文字通り今日の意見が掲載されてきました。この根性には驚くばかりです。

 この根性というのは、毎日編集を担当している寺見行政書士の根性です。

 それに負けず長期連載シリーズで世の行政書士に大きな反響を呼んだ「建設業法あれこれ」と「行政書士法を読む」の2大連載を執筆した八尾行政書士の知性と根性です。

 この連載は、”e-行政書士”では終わっていますが、支部や個人が発行する情報メルマガに転載され、全国的にと言えば大げさですが、今でも配信され好評を博しています。

 さて私的な事務所の業務の方ですが、毎年売り上げは増えていますが、急激な増加ではなく、微増と言ったところでしょうか。

 ただ売り上げ金額ではなく、いかに来年につながることができたかという観点で考えると、今年の経験は大きいと思います。きっちり目標を定めていた月は売り上げも伸び、成り行きに任せていたときは、結果が出ていません。

 行政書士業務は、天から仕事が降ってくるのを待つというお天気任せなところがあるのですが、実はこのお天気は自分自身の心の映写だったのです。現在私の事務所の経営環境は、ちょうど事業を始めたばかりの時に似ています。資金面では一番苦しい時期に入っています。今年は先進行政書士のアドバイスを貰い、システムを少し変えてみました。もう少しこのシステムを充実させようと思います。

 今年一番心に残ったことは、模様替えした事務所を見て、広島県福山市の神田行政書士が言った言葉です。

 「妹尾さん、来年は売り上げが2倍になるよ」

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2003年12月30日

    「今年もお世話になりました」

 今年も、もうあとわずかになりました。

 町中もなんとなく気が抜けたような静かさになっています。

 日本列島全体が休息に入ろうとしているのでしょう。

 ところで、今年もたくさんの方々からいろいろなご意見やアドバイスをいただきました。こころからお礼を申し上げます。

 今年は、仕事の上で顕著だったことは、「差が大きくなり始めた」という実感です。

 いろいろな場面で、いろいろな「差」がはっきりしてきましたね。元気な会社とそうでない会社の「差」。元気な行政書士とそうでない行政書士の「差」。

 とりわけ、未来に対して設計図をもっている行政書士ともっていない行政書士との「差」。

 ITの推進、行政書士法人などへの対応は今後の行政書士業務にとっては、きっと大きなメルクマールとなっていくのもです。

 今年のあとに自然に来年が続いて来るという「千年王国」のような話はもうとっくに終わっています。今後は、目的意識的に自分の未来をどこまで描ききれているかが「勝負」の分かれ道になるような、そんな時間の流れ方にあんるような気がします。

 そういう意味では、一年たって今年もまた、私たちの「未来の形」がより鮮明になってきたと言ってもいいのでしょう。

 静かな緊張の中で、感謝しながら今年の最後の意見といたします。

 どちらさまも、どうかよいお年を・・・

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月29日

    今年も一年ありがとうございました

 今年も、早いもので、後二日を残すだけになりました。

 一年を振り返ってみますと、いろいろと変化の大きかった年でした。とりわけ大きな変化としては、岡山県行政書士会の役員に就任したことでしょうか。

 法規部と電子化対策の部門に所属することになりましたが、法規部では、行政書士法の改正を受けて、事務所法人化という大きな変化に対応して、会則改正等を行うことが急務となっております。

 また、電子化対策としても、電子政府・電子自治体が現実のものになりつつある現在、普及してくる電子申請に対応したり、会組織や各事務所のIT化について検討したりと、こちらも対応が急がれる部門です。

 役員として初めて経験する会務に不慣れなために、今年の後半は、十分な成果を挙げられたとは言えない状況です。

 私個人の仕事についても、今年も十分な成果を挙げることができませんでしたが、来年こそは、みなさんのご協力を得ながら、目標を立ててがんばりたいと思います。

 来年もよろしくお願いいたします。

                                      行政書士 寺見敬三



   2003年12月28日

   「平成16年度の財務省の予算案・・・」

 今月の20日、来年度予算の財務省原案が閣議に提出されました。

 それをめぐって、新聞は各紙ともかなりのペースを割いて報道していますから多くの方々がそれに接せられたことでしょう。

 各紙とも、この財務省予算原案にはあまり歓迎の様子はないようです。

 普段のさまざまな経済ニュースではそんなに強く感じられませんが、こうした予算案を見ると、まことに日本は「病める経済大国」という感じが如実にあらわになりますね。

 予算の収入を見ると、全収入の44.6%が国債による収入、すなわち借金です。

 年収およそ800万円ほどの家庭があって、その年収のうち360万円ほどが借金で賄われているというのと似ています。

 異常です。こんな経済が破綻しないで長く続くはずはありません。

 国と地方の長期債務は、今年度末には719兆円に達すると予測されています。この額もどんどん増え続けて、10年前の約2倍。GDP(国内総生産)の1.4倍にも膨らんでしまいました。

 この借金は、すべて後の世代に押し付けられていくばかりです。

 大胆な歳出の削減策は棚上げされ、つじつま合わせに増税路線が始まろうとしています。

 国民の年金は先んじてカットされているのに、国会議員の手厚い年金は一度も論議の俎上にすらあがったことがありません。

 かつて、ようやく景気が回復しかけた時に消費税の増税を行って、一気に景気の回復に冷水を浴びせてしまった橋本内閣の轍を小泉内閣が踏むとしたら、あまりにもお粗末!

 こころして議論して欲しい、誰のための経済か、を。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月27日

   「年賀状はもう書きましたか?」

 もうクリスマスも過ぎて、あとは一気に年末→お正月に向かっての直線コースに入ってしまいましたね。

 ところで、この季節になりますと、喪中のお知らせが毎日のように届きます。

 お亡くなりになっていたことを全く知らなくて、そのご家族の方から喪中の御連絡をいただいて愕然とすることもあります。

 私のように初老の年齢になりますと、こうした訃報にはなかなか無関心ではいられなくなりますが、かと言ってこればかりはどうすることもできません。

 先日も、テレビで古い映画をやっておりまして、カミさんと見ながら、あっ、この俳優さんは死んだとか、いやまだ生きてるとかを話題にしながら見てしまいました。

 人は必ず死にます。

 それは避けて通れないことです。

 よく死ぬことは、よく生きることです。「往生する」とは、もうこの世にゲップが出るぐらい生きて生きて生き抜いたよ、という人にだけ与えられる勲章みたいなものですね。

 灰も残らないくらいの完全燃焼こそが、「往生」に繋がるとも言えるのでしょう。

 さて、仕事が一段落したところでまだこの世にあることの証しに「年賀状」を書くことにいたします・・・

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月26日

   たわいない話

 <お客さんのところで>

 応対しているのが若いママさんだと、会社の事務所に小さな子供が顔を出すことがある。

 若いママさんは子供に「挨拶しなさい。こんにちはは?」と”子供に向かって”挨拶を促す。

 すかさず子供が「こんにちは」と言えばいいのだが、私の方が子供より先に「こんにちは」と言うことが多い。

 このタイミング、私が若いママさんに挨拶を促されているようで、いつも「あれっ」と思う。

 何とかしてこの流れを変えたいのだが・・・。

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2003年12月25日

   LindowsCD(上)

 前回、”LindowsOS”について書きましたが、今回はその中でも少し触れました”LindowsCD”です。

 ”LindowsCD”というのは、CDから起動する”LindowsOS”でして、ハードディスクへのインストール作業は一切不要です。基本的には、周辺機器もインターネット接続設定も、自動的に認識しますので、”LindowsCD”をCDトレイにセットして、パソコンをCD−ROMから起動させれば、一通りの機能が使える状態になります(もちろん、全てのハードウェアに対応しているわけではありませんが)。

 起動するまでに少し時間がかかりますし、作動時にも、プログラムをCDから読み出す場合もあり、少し操作に時間がかかる場合がありますが、それでも、面倒なインストール作業なしで ”Linux” がすぐに使える状態で起動するというのは驚きです。Pentium4の2GHz程度のCPUであれば、起動に3分程度で、操作時にもそれほど待たされるという感じはありません。

 特筆すべきは、この”LindowsCD”の場合、OS(オペレーティング・システム)はCDに組み込まれていますから、壊れないということです。つまり、ハードディスクにインストールしてあるOSは、操作を誤ると壊れてしまいますし、昨今では、コンピュータ・ウィルスによる感染の恐れもあります。

 しかし、CDにOSが組み込まれている”LindowsCD”の場合は、うっかり操作によるOS破壊も、コンピュータ・ウィルス感染の恐れも、可能性としては極めて低いことになります。

                                      行政書士 寺見敬三



   2003年12月24日

    「住基ネット・・・長野県の実験(?)」

 今月の16日に、長野県は住基ネットに対する「侵入実験」の結果についての発表を行いました。

 それによると、庁内LANなどから「侵入」に成功し、住基ネットにかかる個人情報を盗み見たり、内容を改変することも可能であり、「住基ネット」は危険であるという内容でした。

 その発表の中身をよく理解できないのだが、その第一が「庁内LANから既存住基サーバ(庁内LAN内に設置)への侵入が可能であり、住民税などに関する非常にセンシティブな情報の閲覧、改ざんが行える状態だった」ということがひとつ。

 もう一つの気になるところは、「このネットワークセグメントに何らかの手段を用いて端末を接続すれば、exploit(悪用プログラム)を利用し、CSクライアントおよびCSサーバの管理者権限が奪取できる状態にあった」とされる点です。

 これが事実だとすすならば、庁内LANのセキュリティは、極めて危惧すべき状況にあると言わなければなりません。

 ただ、総務省はそのコメントで、長野県の「侵入」実験は、「サーバー室の鍵をあけ、サーバーを設置しているラックの鍵をあける等、物理的な侵入を伴う実験としての的確性を完全に欠いた方法で行われている」と指摘し、結局、長野県の住基ネットに対する「侵入実験」は失敗であったと断じています。

 ただ、国民の多くはこうした遣り合いを決して愉快なことと見ているわけではありません。

 長野県の「侵入実験」の方法には疑問を持たざるをえませんが、しかし、個人情報が容易に盗み見られたり、改変されたりするような事態は決して起こってはならないことだと思います。

 いたずらに他を非難することをもってよしとせず、「侵入実験」が「実験」で終わりこれが決して「侵入事件」に至らないように協力しあう時期だと思います。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月23日

    LindowsOS

 ”LindowsOS”などと書くと、「えっ、”W”と”L”のタイプミス? ”WindowsOS”の間違い?」と思われるかもしれませんが、これは、タイプミスではありません。”LindowsOS”というオペレーティングシステムが存在するのです。

 数ヶ月前から、パソコンショップに行くたびにちょっと気になるパッケージがありました。それが、この”LindowsOS”です。基本的には”Linux”なのですが、”Windows”とよく似た操作感を持ったGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を持っているといわれるOSです。

 通常、”Linux”は、クライアントマシンとして使うよりも、サーバ向きのOSだと思いますが、この”LindowsOS”は、明確にクライアント指向です。ということは、”Windows”と真っ向から対抗するOSということになります。

 まだまだ微小なシェアしかないでしょうが、クライアントOSとして、”Windows”とは異なる選択肢があるということは、市場にとっても良いことでしょう。

 この”LindowsOS”は、通常の”Linux”よりも、若干、推奨ハードウェア環境で高いスペックを要求します。といっても、CPUが800MHz程度、メモリも128Mb程度でOKとのことですから、2〜3世代前のパソコンでも作動するでしょう。

 この”LindowsOS”の新しいパッケージとして、”LindowsCD”というのが発売されています。これは、四千円程度のものですが、インターネットに繋がっているCDブート(起動)できるパソコンがあれば、このCDさえ持っていけば、自分のパソコンとして、個人情報がもれるような恐れも無く使えるという新しいコンセプトのソフトです。

 最近、新しい面白いな、と思うようなソフトがあまり見当たらないのですが、この”LindowsOS”と”LindowsCD”は、ちょっと面白そうです。

                                      行政書士 寺見敬三



   2003年12月22日

    株式会社による特別養護老人ホーム経営の解禁

 総合規制改革会議の構造改革特区・官製市場改革ワーキンググループと、厚生労働省は株式会社等による特別養護老人ホーム経営の解禁について、意見が対立している。

 WG側は、特養の入所待機者が多いことなどから、経営主体に関わらず特養を増やすべきだと主張している。これに対して、厚労省側は、「特養は継続性が強く求められるので、社会福祉法人と違って撤退の自由がある株式会社が特養を経営することには問題があるとしている。

 社会福祉を独占してきた社会福祉法人は、措置費の時代から介護保険報酬の時代に変わり、介護従事者の努力で利益が出たところもあるようだ。利益が出ても社会福祉法人は、配当するわけにはいかないので、その剰余金は社会福祉に再び還元される。しかしながら、今年に介護報酬が下がったので、赤字の法人が出てくるとの予想もある。

 株式会社の参入は、20%程度になるのではという見方がある。そこで同じサービスを提供しても株式会社は様々な税金がかかり、社会福祉法人には、税金がかからないことへの批判が出てこよう。逆に、社会福祉法人には、資産の処分、事業の撤退、借り入れの自由が無いのでこの問題を同じ土俵で語るには無理がある。

 今語られている公益法人の税制改革の本命は、宗教法人への課税だと言われている。その前段階として取りやすい所から取っていこうとしているようだ。特養経営への株式会社の参入は、その第一歩だ。

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2003年12月21日

    「年末年始には、気をつけましょう」

 1.クラウン
 2.ランドクルーザー
 3.セルシオ
 4.セドリック・グロリア
 5.ベンツ

 さて、上記の車の順位は、何の順番でしょうか・・・

 『週刊東洋経済』の12月6日号によれば、これは、昨年の盗難にあった被害車のトップファイヴだそうだ。

 自動車の盗難は、ここ数年激増している。年間におよそ6万台強もの車が盗まれているというから驚きだ。1日に180台。8分に1台の割合で盗まれている。

 車種が示す通り、盗まれるのは「高級車」ばかりと決まってはいないのが特徴だ。

 思えば、私たちは車で仕事をすることが多い。他の行政書士さんはいざ知らず、私に限って言えば、車に金品に類するようなものなどのせてはいないが、それでも、許認可等に必要な依頼者の秘密や財産に関する書類を預かって車で移動する機会は多い。

 依頼者から預かった印鑑証明や権利書などを車ごと盗まれたとすれば、車はどうでもいいが、どうしたら依頼者に謝罪することができるかを考えると慄然とする。

 プロの手にかかると、車の鍵などはほんの数秒で開けることが可能なのだそうだ。

 そして、朝方に盗まれた車がその日の午後には外国行きの貨物船の船倉にある、ということも珍しくないのだそうだ。

 悲惨なのは、盗まれた車が何かの犯罪にでも使われた場合には、もし、所有者が適切な管理を怠ったがゆえに盗まれたのであれば、損害賠償問題が発生しないとも限らない。

 事務所を経営していく上での「リスク管理」には十分すぎるぐらい気を使いましょう。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月20日

    冬支度

 一昨日から、暇をみつけては年末の片付けをしています。今年は、5月に引越しをして、その混乱を引きづったまま年末になってしまいました。必要なものがどこかに紛れ込んでしまい、捜してもみつからないことがたびたびあり閉口していました。

 その状況を打破すべく、雑然としているところを重点的に整理しています。整理しているうちに、以前、みつけることができなかったもののほとんどが、思わぬところから出てきます。大掃除もかねて、しばらくこの作業を続けて、混沌とした状態を排したいものです。

 昨日(19日)は、岡山県南部でも雪花が散り、この冬一番の、寒い一日でした。日本海側では大雪になっているとか。

 そろそろ車も冬タイヤに履き替えておこうと交換に行ったら、2時間半待ちと言われました。数年前、その冬で最初の雪が降った日に冬タイヤへの交換に行ったら、5時間待たされたことがありましたが、やはり、急に寒くなると、みんな同じ様に、冬への備えを考えるのでしょう。

 岡山県南部では、めったに積雪はないのですが、北部に行くこともありますので、多少時間がかかっても、昨日、冬タイヤにかえてきました。

                                      行政書士 寺見敬三



   2003年12月19日

    NPO法人の目的追加

 岡山県では12月5日までにNPO法人の数は、173法人が認証され活動している。これはすでに解散した3法人と所轄庁変更の1法人を除いた数だ。

 ところで今年の5月から特定非営利活動促進法が改正された。改正によって新しい目的をもったNPO法人が誕生することだろう。

 次に改正事項の主な点を挙げる。大きな変更では、活動の種類が追加されている。

 1.情報化社会の発展を図る活動
 2.科学技術の振興を図る活動
 3.経済活動の活性化を図る活動
 4.職業能力の開発又は雇用機会の拡充を支援する活動
 5.消費者の保護を図る活動

 法第10条に規定する申請書に添付する書類のうち、次の書類を省略。

 1.設立者名簿
 2.設立当初の財産目録
 3.設立当初の事業年度を記載した書面

 法第10条に規定する申請書に添付する書類のうち、次の書類をそれぞれ統合。

 1.役員名簿と報酬を受ける役員名簿
 2.就任承諾書と宣誓書(それぞれ謄本)

 そのほか詳しいことは以下のURLへ。

 http://www5.cao.go.jp/seikatsu/npo/new_npo/021211npo.html#2

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2003年12月18日

    老人の虐待・子供の虐待

 家庭で老人の世話ができなくなってくると、家庭内でも虐待が始まった。虐待という一方向だけでなく、介護家族の疲弊による家庭崩壊の危機が現れた。

 老人の問題は家族のあり方の問題、という考え方から社会のシステム全体の中で問題にしていこうということになり、老人は家庭で見るだけでなく、公助の考え方が出てきて、介護保険の制度が始まった。

 最近痛ましい事件が次々に報じられている。幼児虐待の報道だ。家庭内で幼児の世話ができなくなってきているのだ。

 父親もいつ自分がリストラに遭うか分からないというストレスが、幼児に対する折檻という形で現れ、これが死に至るま続くのだ。

 母親はかつて自分が受けてきた虐待を、自分の子供に対して同じように虐待していく。

 幼児虐待も自助、共助の範疇を超え、公助というシステムを作る時期に来ていると思う。

 ここに新しい社会福祉法人の役割が見えてくる。

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2003年12月17日

    「冨森 助右衛門(とみのもり すけえもん)・・・極私的忠臣蔵(その8)」

 『日本行政』12月号の表紙を飾った「義士行列」は、12月14日に赤穂市で行われている行事である。

 この「義士行列」は、戦前から行われていたようだ。

 戦前は旧制赤穂中学の生徒が、四十七士になった。それも、父の話によれば成績が上から順番に47人まで選ばれるので、自分の意志で誰になりたいのなりたくないのという話しではなかったらしい。

 父も選ばれてなったそうだ。生涯ただ一度のことである。当時、赤穂に生まれた少年として、この上ない誉れだったそうだ。

 誰に扮したのか聞いたが、その頃は、父は口の中でモゴモゴ言うばかりだった。また、聞いたとしても、私も記憶していることが出来たかどうかあやしい。

 その後ずいぶん経って、父が赤穂浪士の扮装をしている写真が出て来た。写真が高価な時代にしては、大型に引き伸ばしてある。赤穂城の天守台の石垣をバックに映したものだろう。時代の雰囲気がよく出ている。

 見覚えのある火事装束。左手に兜を抱えている。十七歳の父は両足を踏ん張り、自分の背丈よりもやや長い槍を構えてカメラの中をまっすぐに見ている。

 その白い襟に墨で書かれている文字は、冨森助右衛門正因とあった。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月16日

    「冨森 助右衛門(とみのもり すけえもん)・・・極私的忠臣蔵(その7)」

 この助右衛門には、もう二つ隠された逸話が残っている。

 ひとつは、彼が討ち入りの火事装束の下に、老母の小袖を肌着として着込んでいたということだ。これは、どうやら事実らしいのだ。

 彼は、どうやら自分が討ち入りに行くことを妻や母といった家族には話していたらしい。討ち入り当日、今日は随分と寒いので、小袖を貸してほしいと老母に申し出た時、すでにそれがどういうことかを知って、母は我が子に小袖を与えたのだそうだ。

 四十七人の浪士の中に、母の小袖を火事装束の下に着込んでいた者など、助右衛門のほかにはいない。彼にとっては、家族は常に一緒という思いが強かったのだろう。

 もう一つの逸話は、赤穂浪士に切腹の処分が決まって、いよいよ切腹となった時、二人の浪士が泣いたという。一人は、大石主税。そして、もう一人は助右衛門だったと伝えられている。

 巷談では、将軍お膝元を騒がせた大罪人たる自分たちに「切腹」という名誉を授かったその嬉しさに涙こぼした・・・ということになっているが、果たして事実はどうか。

 討ち入り後、浪士たちは細川藩など四つの藩邸に預けられるが、その暮らしぶりは伝えられるようなものではなかったようだ。赤穂浪士が「大罪人」であることに変りはなく、座敷牢並の待遇であったことはどうも事実らしい。彼らは、屋敷内の牢屋に押し込められ、罪人として最後の日々を過ごし、そして庭先での切腹が最後であった。

 後世の史家の考証によれば、浪士たちは一人およそ11分前後の間隔で次から次へと切腹と見せかけた「打ち首」にされたようだ。

 文才もあり官僚としても優れ、また武術の面でも決して並の腕前ではなかった家族思いの助右衛門が、どういう運命の糸に絡め取られて最も遅れて討ち入りに参加し、誰よりも華々しく戦い、そして涙を流して首を刎ねられて行ったか・・・

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月15日

    「冨森 助右衛門(とみのもり すけえもん)・・・極私的忠臣蔵(その6)」

 討ち入りにおいて抜刀突進隊組長として阿修羅のように立ち働いた助右衛門に大石はこの日、二つ目の大役を授ける。

 それは、参謀の吉田忠左衛門とともに大目付仙石伯耆守に討ち入りの「口上書」を持参し、自訴することである。

 ありていに言えば、自分たちは、吉良邸を襲って上野介の首を獲った。一味の者たちはそれをなき主君の墓前に供えに向かっているのであるから、罪人のように襲って縛に付けるようなことはしないでほしい、という自首であると同時に幕府の鎮圧行動を控えさせる交渉である。

 助右衛門は、この役目も見事に果たす。

 夜明け前は、阿修羅の如き武人。その後は、すぐれた外交官、であったわけだ。

 その助右衛門が、辞世の句を二つ残している。

   飛びこんで 手にもたまらぬ 霰かな 

 これは、討ち入りに際して、槍に付けられていたという。自分の命を、わずかなぬくもりに出会ってすら掻き消えてしまう霰に喩えているが、むしろ比喩が美しくて、無常感とまではいかない。

 しかし、もうひとつは生理的なまでの寂寥感と孤独と絶望があるというべきだろう。

   寒しほに 身はむしらるる 行衛哉

 助右衛門は討ち入り後にどんな未来も考えていなかったのだろう。自分の「行衛(行方)」は、まるで、羽根をむしられて塩漬にされる鳥のようだ(当時、そのようにして鳥肉を保存食にしていた)と、辞世に詠んでいるのである。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月14日

    「冨森 助右衛門(とみのもり すけえもん)・・・極私的忠臣蔵(その5)」

 前回、私は、最も討ち入りに遅く加わった助右衛門を、討ち入り当日、大石内蔵助が表門隊・抜刀突進隊の一番隊組頭を命じたことを書いた。

 異例中の、まさに異例の抜擢としか言いえない配置である。

 確かに討ち入りは、人材を失っていた。最高時には120人もいた「盟約者」は、あっという間に半分になり、討ち入りが近づくに連れて、さらに拍車をかけるように重要人物が次々に脱盟していった。

 高田 郡兵衛の脱落は早かった。江戸急進派の中心人物であった彼の脱盟は大きかったはずだ。

 12月2日には、討ち入りの最後の作戦会議である「深川会議」が開かれたが、その直前に頼りとする壮年の同志が三名脱盟している。 「深川会議」のその日には、小山田庄左衛門が忽然と姿を消した。

 12月4日に一人、6日には二人(うち一人は大石内蔵助の家人である)、そして、討ち入り三日前の11日には、毛利小平太までもが脱盟する。

 大石の企図は、まさに絶望的な状況であったことが見てとれるのである。

 しかし、ここで大石は助右衛門を抜擢する。討ち入りの成否を決定する位置に、最も遅れて来た同志を抜擢するのである。

 このとき、大石と助右衛門の間にどのような運命的な火花が散ったかは、想像するしかない。

 「忠臣蔵」の面白いところはこういうところにもあるのだと思っている。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月13日

    「冨森 助右衛門(とみのもり すけえもん)・・・極私的忠臣蔵(その4)」

 助右衛門は、ここまでの討ち入りの準備過程には、全くと言っていいほど顔を出さない。

 客観的に見ても、討ち入りに飛び込んで行かなければならないような切迫した理由もない。

 川崎平間村には、妻もいるし、生まれて二歳になったばかりの長男もいる。

 その助右衛門が、はっきりと登場するのは、元禄十五年十月二十一日。この日、助右衛門は江戸に下った内蔵助を川崎平間村の自分の住居に迎えている。

 内蔵助は、京から一気に江戸に入ろうとせず、一時この川崎の助右衛門宅に身を潜める。

 そして、十日ばかりして、内蔵助は江戸へ入って行く。

 討ち入りまで、あと四十四日のことだ。

 討ち入りの日、助右衛門が与えられた任務は極めて大きい。

 助右衛門は、表門隊の抜刀突進隊の一番隊組頭に抜擢されているのだ。

 赤穂四十七士を内蔵助が表門隊と裏門隊の二つに分け、表門隊の首領に自らがなり、裏門隊の首領には我が子主税をあて、若輩をおそれて吉田忠左衛門を参謀に付けたことはよく知られている。

 その表門隊の抜刀突進隊の任務は、ただひたすら斬って斬って斬りまくって、吉良の首を取るべく任務付けられた遊撃隊のために血路を開くことだ。ここが倒れたり、ひるんだり、躊躇したりしては討ち入りの全てが失われる。

 その一番隊組頭とは、まさに最も豪胆で怖れを知らず、ひたすら目的に向かって突き進み、いささかも逡巡しない、どんなことがあっても前に進むことだけ、全身血まみれになっても後に続く者のために前進することが要求される部署だ。

 この部署に、内蔵助は助右衛門を当てた。

 山科会議にも、円山会議にも姿を見せなかったこの男を、である。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月12日

    「冨森 助右衛門(とみのもり すけえもん)・・・極私的忠臣蔵(その3)」

 助右衛門は、「討ち入りには無縁の人」と前回は書きました。

 思えば思うほど、なぜ彼が、討ち入りに突き進んだかは「謎」なのです。

 助右衛門は、江戸詰としてさまざまな手腕を発揮していましたから、当時の「官僚」としても十分通用する人材であったことは確実です。

 また、ただ単に「官僚」というばかりではなく、武術家として槍が得意であったことも知られていました。

 また、助右衛門は俳句もよくし、「春帆」という俳号ももっていました。

 「乾いた官僚」でもなく、無骨一辺倒の武人でもなく、また柔弱な「文」のみよくする侍でもなかったと思われます。

 また、彼は、当時の五代将軍綱吉の甥で、当時甲府宰相と呼ばれていた豊綱とも交流があったと伝えられています。(助右衛門の「妹分」にあたるお喜世の方が、豊綱の寵愛を得て男児をもうけている。・・・この「豊綱」こそ六代将軍家宣であり、お喜世が生んだ男児は七代将軍家継になる。)

 現に助右衛門は、赤穂藩取り潰しのあと四百石で迎えたいと甲府から申し込まれている。

 ありていに言えば、勤めていた会社は潰れたけれど、その親会社から従前の給料の二倍出すからウチに来い、と言われたわけだ。

 武士は禄を離れれば、死んだも同然、誰もが必死になって仕官先を探しているときにこの話だ。

 ・・・しかし、助右衛門は、この話をあっさり断わってしまっている。

 何故だ。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月11日

    インターネットエクスプローラに、またまた複数のセキュリティホールが……(5)

 Linux はオープンソースであるため、技術力さえあれば、セキュリティホールに対するパッチあても、自ら行うことが可能なわけですが、一般ユーザーができることではありません。必然的に、開発元からのセキュリティパッチ提供を待つということになり、ユーザーの側も、開発元も、実質的に Windows の状況と非常に似通った問題を抱えこんでしまったわけです。

 というよりも、実は Linux は、Windowsよりも、バージョンアップの頻度も高く、各バージョンに対するサポート期間も短いということで、自分でソースをいじることのできない一般ユーザーにとっては、頻繁にバージョンアップとセキュリティパッチを宛てる作業が必要とされ、そして”ディストリビューション”開発元(発売元)には、そのための膨大な開発コストがかかる、という悪循環が生まれていたようです。こういう背景を元に、”Red Hat Linux”が販売終了に至ったとのことなのです。

 つまり、インターネット上でのセキュリティ対策にからんだ、開発元とユーザー双方にとっての理不尽な状況というのは、なにもインターネットエクスプローラやWindows だけの問題でなく、全てのOS、全てのソフトウェアにとって、共通の問題なわけなのです。

 このような状況は、IPv6に移行するとかいうふうに、インターネット自体が進化すればある程度は改善されるのかもしれませんが、セキュリティ対策のいたちごっこは、多分、果てしなく続いていくでしょう。

                                      行政書士 寺見敬三



   2003年12月10日

    「冨森 助右衛門(とみのもり すけえもん)・・・極私的忠臣蔵(その2)」

 「その(1」)」で、私は、助右衛門は内匠頭刃傷のときは、江戸詰だったと書きました。

 彼は、浅野内匠頭の刃傷・切腹のとき江戸にいましたが、何と、彼はその後ついに一度も赤穂に足を踏み入れた様子がありません。

 刃傷・切腹・赤穂藩江戸屋敷の明渡しのあと、彼はさっさと川崎平間村の住居に引きこもったまま、討ち入りの直前まで表舞台には一切登場しません。

 当時、助右衛門らとともに江戸詰だった侍たちは「江戸急進派」と呼ばれて、吉良への復讐を叫ぶ急先鋒となってあわただしく江戸と赤穂を往復するのですが、助右衛門は全く動かないのです。

 赤穂城をむざむざ明渡すくらいなら城を枕に討ち死だ、と急進派が叫んで、我先に赤穂へ駆けつけたときも、助右衛門は動きません。

 その後、赤穂の侍たちは赤穂城を明渡し、全国に散らばりそれぞれ苦難に満ちた生活をしながら、ある者は討ち入りへの決意を固め、またある者は、討ち入りを断念して消えていきます。

 その後、わずかに助右衛門の名前が見られるのは、内匠頭切腹後九ケ月たった元禄十四年の十二月のことです。

 この頃、内蔵助に「神文(大石の下知に従うという誓約書)」に助右衛門の名前も見られるのです。ただし、実は、この頃は浅野家の再興が図れるのではないかという期待から、「神文」提出者が百二十人を越す最大のときでした。

 その後、浅野家の断絶が確定し、いよいよ「討ち入り」しかないという方針に向かって浪士たちが心を決めていく二つの大事な会議、元禄十五年二月の「山科会議」や、同七月の「円山会議」のいずれにも助右衛門は出席していません。

 「討ち入り」までわずかに四ケ月半を残したこのときも、まだ、助右衛門は「討ち入り」には「無縁の人」です。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月9日

    インターネットエクスプローラに、またまた複数のセキュリティホールが……(4)

 インターネットエクスプローラ(或いはMicrosoft社)の弁護をするつもりはないのですが、少し話しをかえて、Linux 関係の話題を一つ。

 Linux のディストリビューション(配布パッケージ)で最も有名なのは、”RedHat Linux”でしょう。

 この”ディストリビューション”というのが分かりにくいかもしれませんが、Linux というOS自体は、オープンソースで、誰でも無料で自由に使えるソフトウェアです。

 ソース(プログラム)は企業秘密として、それを公開しない一般的な商業ソフトウェアとは性格が異なり、オープンソースであるがゆえに、世界中の叡智が集結して開発が行われ、それが広く普及したという意味では、Linux は画期的なOSです。Microsoft社に代表されるような、ソフトウェア産業に対するアンチテーゼとして、ここ数年大きく注目されています。

 Linux はオープンソースなわけですが、一般のユーザーにとっては、簡単に利用できる形態ではありません。中核になる Linux に様々なソフトウェアを付加して、一般ユーザーでもすぐに使えるパッケージとして提供されているもの(或いはそのサービス自体)を、”ディストリビューション”と呼びます。これは、基本的に有償で頒布されます。

 ”Red Hat Linux”は、ディストリビューションの中で、もっとも有名なものだったのですが、発売を終了し、製品サポート(セキュリティパッチ等の提供)も、来年4月末で終了することになりました。

 この動きの背景にあるのが、セキュリティパッチ開発を中心とした製品サポートコストの問題であるというのです。

                                      行政書士 寺見敬三



   2003年12月8日

    「冨森 助右衛門(とみのもり すけえもん)・・・極私的忠臣蔵(その1)」

 12月(師走)は、なんと言っても「忠臣蔵」のシーズンです。

 それかあらぬか『日本行政』の12月号の表紙の写真までも、赤穂市の「義士行列」ですね。

 ところで・・・
私は、その赤穂市の生れです。高等学校を卒業する18歳まで、ずっと赤穂で過ごしました。今でも勿論、赤穂には実家があります。

 ですから「忠臣蔵」には、多少の思い入れがあります。そこで、「極私的忠臣蔵」について、少し書かせて下さい。

 「冨森 助右衛門(とみのもり すけえもん)」と聞いてすぐにわかる人は、相当な忠臣蔵オタクでしょうね。

 助右衛門は、赤穂四十七士の一人です。ただ、赤穂浪士の中で、大石親子、堀部親子、大高源吾、片岡源吾衛門、不破数右衛門などの有名人と比較すれば、かなりマイナーな存在と言うしかありません。

 しかも、この助右衛門は、赤穂浪士の中でも、実に異色の人物なのです。

 まず、この助右衛門についての説明から、「極私的忠臣蔵」を始めましょう。

 内匠頭刃傷の元禄14年3月14日、助右衛門は江戸詰でした。

 二百石、馬廻・お使番。赤穂藩でも中士の侍です。決して下級武士ではありませんが、さりとて重鎮でもありません。

 年は、三十三歳。まさに働き盛りの頃でした。

 その経歴からは、彼が有能な官僚であったことが窺えます。(続く)

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月7日

    インターネットエクスプローラに、またまた複数のセキュリティホールが……(3)

 現在、電子政府・電子自治体の構築が急ピッチですすめられており、電子申請可能な手続きも、急激に増えてきています。

 電子政府についていえば、電子申請で専用ソフトを組み込む必要がある省庁もいくつかあります。ただ、流れとしては、専用ソフトを使うのではなく、ブラウザさえあれば、申請手続きを行えるタイプが数を増してきているようです。

 その場合、申請時に使用することを前提とされているブラウザは、現状では、インターネットエクスプローラがほとんどではないでしょうか。

 しかも、そのインターネットエクスプローラの特定の機能が有効であることを前提として、申請システムが構築されているとなると、他のブラウザでは使用できないばかりか、インターネットエクスプローラでも、前回書きましたように、セキュリティ上の配慮から設定を変更すると、申請システムが正常に作動しない、ということも十分ありうる話です。

 電子申請は揺籃期ですから、こういった混乱も、ある程度はしかたがないのかもしれません。インターネットという環境自体が、両義的な側面を持っています。つまり、技術革新の速さは、利便性の向上をもたらすと同時に、既存の技術は、急速に陳腐化してしまい、常に最新の状態を保たなければ、利便性はおろか、安全性も確保できない、という宿命なのですから。

                                      行政書士 寺見敬三



   2003年12月6日

    「『ことば』を奪うな!」

 新聞報道によると、四国は善通寺市に駐屯する陸上自衛隊第二混成団が、イラク派遣に関して新聞記者などから取材を受けた場合の「問答集」なるものを作成していたことがわかったそうだ。

 取材を受けた場合は、その報道機関や記者の名前を通報するように指示した広報室長名の文書とともに、四国管内の所属部隊の総務・担当幹部あてに配布されたという。

 内容は、イラク派遣についての不安を問われた場合は、「特に感じません。」と返事し、派遣の予定について聞かれた場合には、「ありません」とか「わかりません」とか答えるように指示しているそうだ。

 担当の広報室長は、「取材への対応例を示したもので内容に問題はない」と語っているようだ。

 しかし、こうした「問答集」を作ること自体が異常だ。

 自由の国の人間が、何故、報道からの取材に対して「対応例」など示される必要があるのか。とりわけ、命令を重視する軍事組織において、この文書が兵士からその「真実のことば」を奪うかもしれないということは明かなはずだ。

 ことばを奪ってはならない。

 真実のことばが奪われ、権力に都合のいいことばだけが通用するような社会は、長くはない。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月5日

    インターネットエクスプローラに、またまた複数のセキュリティホールが……(2)

 前回、インターネットエクスプローラのごく最近発見されたセキュリティホール対策としては、インターネットオプションから、セキュリティ関係の設定を変更すれば、応急処置になるらしい、ということを書きました。

 その設定に直してから、しばらく使ってみたら、私が日常的に利用しているグループウェア(Web上でのASPサービス)にアクセスしたとき、画面が正常に表示されないことが判明しました。

 応急処置として「アクティブスクリプト」の設定を無効にしたのですが、そのグループウェアでは、アクティブスクリプト機能が有効でないと、多分、正常に作動しないということなのでしょう。これでは仕事になりませんから、元の設定に戻しました。

 今回発見されたのセキュリティホールの危険性がどの程度なのかは分かりませんが、いずれにしても、欠陥を抱えたソフトウェアを使いつづけるというのは、あまり気持ちのいいものではありません。

 他の選択肢はというと、ブラウザであれば何でもいい、という単純な基準で考えると、いくつか候補はあるでしょう。例えば、オーソドックスな”Netscape”や、新しいところでは、”Opera”などなど。ただし、電子申請といった特殊な用途での使用を考えた場合、インターネットエクスプローラ以外の選択肢は、事実上あるのかどうか、不安になります。

                                      行政書士 寺見敬三



   2003年12月4日

    インターネットエクスプローラに、またまた複数のセキュリティホールが……(1)

 この一週間の間に、インターネットエクスプローラの新しい複数のセキュリティホール情報が公開されているという。このセキュリティホールに対しては、マイクロソフトが現在提供している最新のパッチを適用しても解消できないことが指摘されている。

 対策としては、「インターネットオプション」から、「セキュリティ」タブを選び、「レベルのカスタマイズ」で表示される画面で、「アクティブスクリプト」の設定で「無効にする」を選ぶことで、とりあえずの応急処置になるとのこと。

 インターネットエクスプローラを使いつづけること自体、リスキーであるとの指摘もある。一昨日、しばらく使っていなかったノートパソコンを使う必要があり、Windows Update を実行した。最初、重要な更新が二つだけで、その一つのインターネットエクスプローラ6のサービスパック1を適用して、再度、Windows Update を実行すると、なんと重要な更新が5個に増えていた。

 つまり、サービスパック1を適用したことでさらにパッチを適用する必要のある新たな欠陥まで組み込んでしまったということなのだろう。セキュリティホールを解消するためのパッチ当ての頻度から見ても、確かに、インターネットエクスプローラを使いつづけることのリスクは大きいのかもしれない。

                                      行政書士 寺見敬三



   2003年12月3日

    朱肉とメクール

 メクールというものを知っていますか?

 名前は知らなくても見たら「あ〜、あれか」とすぐ分かるものです。親指の先に汗が出なくなり、ページがめくりにくくなったとき、指を舐めなくてもいいし、海綿につけなくてもクリーム状のものをちょっと指先につけるだけで、難なくページがめくれるあれです。

 これを指先につけて、さっさとページをめくっていると、ものすごく仕事をした気になる大変重宝な堅いクリームの固まりです。

 同じ用途の物の名前を挙げてみました。
 メクール
 事務用スポンジ
 フィンガーキャップ
 事務用指サック
 メクリッコ

 あなたはいくつ分かりますか? いえいえ、今日は、その話ではないのです。

 このメクールは、朱肉の入れ物によく形が似ているのです。ところでこの2つを並べて置いていたら、きっと真っ赤な指をしてページをめくっている自分を発見するかも。

そんな恐ろしい日はいつかくる??

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2003年12月2日

     「『週刊エコノミスト』の12/2日号から・・・」
 
  『週刊エコノミスト』の12/2日号に、「大研究 サラリーマンに役立つ資格」という記事 が出ています。
 
  ここでは各資格に関して、受験者数の動きがそのまま社会におけるニーズや業界の 動向と影響しあっているという視点に立って、大胆に受験者数が増大している資格を 社会的にニーズが増大しているものとして「使える資格」と判断されている。
 
  私たち独立開業が多い行政書士という資格は、サラリーマンという勤務者が社内の 業務においてそのまま生かせる資格とはやや趣を異にしていると思うのだが、受験者 数の増大という点では多いに期待できる資格と評価されているようだ。
 
  この「大研究」で、「使える資格」として上位をしめているのは、
 
  福祉住環境コーディネーター(2級)
  社会福祉士
  中小企業診断士
  社会保険労務士
  販売士検定(2級)
 
  などが挙げられ、行政書士はその次に位置している。なかなかの健闘ぶりだ。
 
  不動産業界の不調と合わせるように、受験者数が減少傾向にある土地家屋調査士、 不動産鑑定士、宅地建物取引主任者などを尻目に、行政書士は受験者数を増加さ せているのである。
 
  一時話題になったマンション管理士は、初年度こそ人気は高かったがその後は受験 者数が激減している。資格を取っても求職が少ないことと試験がむつかしいことがそ の原因ではないかと「大研究」は分析している。
 
  「国家資格」「公的資格」「民間資格」を合わせれば、現在日本には約3000ほどの 資格があると言われている。そして、「民間」資格を中心に毎年100種ほどの資格 試験が廃止されているのだそうだ。
 
  栄枯盛衰はどこも同じなのだろう。

                                      行政書士 八尾信一



   2003年12月1日

    今日から師走

 早いもので、今日から12月です。今年もあと一月を残すだけになりました。

 この1年を振り返ってみると、社会状況はそれほど大きな変化はなかったように思えますが、個人的には、引越しをしたりして、いろいろ変化の多い年でした。

 しかし、事務所経営という面でみると、あまり変り映えのない1年でもありました。この10月で行政書士登録3年になり、年が明けると、開業4年目に入りますが、当初予定していたようには、業績は伸びていません。

 仕事をしていく環境は整ってきているように思えるので、来年こそは、大幅な業績向上をめざしたいものです。そろそろ、今年1年の総括をして、来年の計画を立てるべき時期になりました。

                                      行政書士 寺見敬三