今日の意見
2004年8月

   2004年8月31日

    「(社)著作権情報センターが京都で研修講座・・・」

 著作権問題に取組む行政書士が日々増加しているようですが・・・

 「お知らせ」・・・と言うか、「情報」をひとつ。

 (社)著作権情報センターが、「平成16年度 関西地区著作権研修講座」を京都で開催します。

 日時は、本年10月14(木)、15(金)の二日間です。

 テーマは、「デジタルコンテンツと著作権制度」となっています。

 詳しくは、下記のURLをご蘭下さい。

 http://www.cric.or.jp/seminar/seminar.html#03

 画面上では、この7月29日、30日の両日に東京都で開催された内容が出ていますが、少し下へスクロールしていただくと、京都での案内が出て来ます。

 AコースとBコースに分かれているようですが、私の個人的な興味を言えば・・・

 Bコースの、大阪地方裁判所の裁判官 大濱 寿美さんの「最近の著作権裁判判例について」

 あるいは、両コース共通の

 青山学院大学教授・弁護士の松田 政行さんの「デジタル・ネットワーク環境下における著作者人格権の再構成----同一性保持権を中心とした基礎的理論と実務上の諸問題」

 というあたりは、是非、聴講してみたいですね。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月30日

    富士山の初雪はいつか?

 富士山は1年中雪が降るので、富士山の初雪とは、最高気温が記録された後初めて降る雪の事だということは、ご存じだと思います。今までは、初雪は人が実際に目で見て観測していたのです。

 ところで、富士山の山頂にある富士測候所が8月末を持って、完全に無人化されるようです。2001年にレーダー観測を終え、その後は平地と同じ様な観測業務を行っていたのですが、撤退した9月以後は遠隔操作で観測するそうです。

 遠隔操作で、気温は分かるのですが、雪か雨かの微妙な判断は、そこに人がいないと分からないそうです。つまりこれからは富士山の初雪の報道はなくなります。寂しいですね。

 天気といえば、今日もかつて聞いた事がないほどの猛台風が日本に近づいていますが、最近の天気予報で良く聞く言葉に、アメダスがあります。言葉も「雨」をもじっているようで何となく分かりやすいですね。

 同じ言葉かなと思っていても、スペルが違う言葉に、「フィッシング」があります。この言葉を聞いてすぐぴんと来た日とは、頭がすでに電子化されています。「これからは近場に寄ってくるなぁ」などとキス釣りの事が頭に浮かんでいる人は、普通です。

 でも、ここでいう「フィッシング」とはphishingと書きます。なぜ“f”ではなく,“ph”なのかは、そもそも私の辞書に載っていないので、分かりませんが、インターネットメールがsophisticatedされているからだそうです。つまりメールがフィッシングの餌になっているという様な意味だそうです。やはりこの言葉も釣りのフィッシングをもじっているつまりsophisticatedされているのでしょうね。ああ、ややこうしくて分からなくなりそう。

 ここで言いたいのは、つまり、phishing---だましのメールにつられて、偽サイトに連れて行かれ、個人情報を漏らさないように気を付けましょうということです。

 富士山の初雪の知らせは、暑い下界に住んでいる私たちに、一服の清涼感を与えてくれていましたが、下界は、これでもか、これでもかと、新手のだましのテクニックがはびこっています。

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2004年8月29日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(10)「著作権」の構成

 さて、話を「著作権」そのものに進めて行きたいと思いますが、この「著作権」は国際的なルールに従って、次のような構成を持つ権利として理解されています。

 まず、「著作権」は、「著作者の権利」と「著作者隣接権」に区分されますが、前者は、著作物を創作した時点で自動的に、その著作物を創作した者に付与される権利で、登録等は不要とされています(無方式主義)。

 後者は、著作物等を伝達する者(実演家、レコード製作者、放送事業者、優先褒賞事業者)に付与される権利です。これも、実演等を行った時点で自動的に付与されるもので、登録等は不要の無方式主義です。

 この「著作者の権利」と「著作者隣接権」は、それぞれ、著作者の人格にかかわる「人格権」と呼ばれる権利と、「財産権」と呼ばれる権利とによって構成されています。

 すなわち「著作者の権利」は「著作者人格権」と「財産権」、「著作者隣接権」は「実演家人格権」(実演家に限定)と「財産権」とによって構成されていると考えられています。

 ただ、この場合注意しなければならないのは、「著作権」という言葉の用語法として、広義狭義様々な意味で使われる場合があり、ごく日常的な用語法でいえば、上記の「財産権」のことを「著作権」と呼んでいることが往々にしてあります。これは狭義の「著作権」ですが、このシリーズで「著作権」という場合、通常は広義の用語法によっています。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月28日

    「悪質な架空請求事件の増加・・・」

 独立行政法人 国民生活センターという機関があります。

 「・・・国民生活の安定及び向上に寄与するため、総合的見地から、国民生活に関する情報の提供及び調査研究を行うこと」

 を目的としている機関です。

 詳しくは、下記のURLを。

 http://www.kokusen.go.jp/

 最近、いわゆる「架空請求」を行なう悪質な業者の名前が、このページには公表されています。

 昨年度は、悪質な架空請求についての相談件数は、46万件を超えたそうです。これは、その前年度の約6.1倍に急増しているというから、まさに爆発的に被害が増加しているというべきなのでしょう。

 日本人が、社会的に最も弱い立場のお年寄りなどを騙してお金を騙し取る・・・自分のおじいさんやおばあさんにあたる年齢の人達を騙して・・・

 こんな日本にしたくて、近代の日本人は頑張ってきたのじゃない、と思うのですが。

 こんな卑劣な犯罪が蔓延する社会を放置して、外国の平和のためと称して、軍隊を送るの、送らないの・・・という「キレイゴト」の論争に何か意味があるのか、という気がしますね。

 ともあれ、この「国民生活センター」のような機関には今後とも頑張ってもらいたいと思います。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月27日

    ノンリコースローン

 不動産投資ファンドの活況が伝えられている。
 先日も、国際自動車(「km」)の持つ東京赤坂のビルの売却先が、
 米投資ファンドのローンスターが最有力だと報道された。
 1000億円強で売却されるようです。
 ここ3年ほどで投資ファンドの不動産購入は目を見張るほど活発化してきている。

 これら投資ファンドの資金は、当初の海外投資家から国内投資家に
 移っているようです。
 また見逃す事ができない流れの一つは、企業年金基金のマネーです。

 ところで心配なのは、ファンドが購入した不動産の価格が下落したら、
 バブルの不良債権の二の舞になるのではないかという事です。

 私たちは、2000万円で土地や家を購入して、売却価格が1500万円に
 下がったとしても、借りた2000万円は減ることなく返済しなければ成りません。
 これが今までの不動産融資の常識ですね。
 このシステムが、リコースローンと呼ばれる物です。

 ノンリコースローンとは、担保物件を売却して、購入価格に満たない場合でも、
 それに対する一切の債務から免責されるというローンです。
 その見返りにリスクが大きい分金利が高く設定してあったり、成功報酬として
 利益の一部を受け取ります。

 不動産融資制度の転換が、不動産投資をより活発化しているのです。

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2004年8月26日

    「旧友」

 この日曜日に懐かしい友人と再会した。前に会ってからもう5〜6年になるだろうか。初めて知り合ったのは、彼が留学生として日本に来ていたときで、考えてみるとあれから13〜4年経っていることになる。歳月の過ぎる速さに、改めて驚かされる。

 彼が帰国して後、一度こちらから尋ねたことがあった。それが7年前。その2年後に彼が1ヶ月間ほど再来日した時に再会し、そして今回、6月から8月末まで3ヶ月間の滞在予定で来日したその最終週になんとか会うことができた。

 こんなふうに何年かごとに再会して、お互い変らないところ、あるいは変ったところを確認しあうのは、楽しくも有り、また怖くもある。

 この間、彼も僕も結婚して、子供も生まれた。今回は、家族全員で会うことが出来たので、子供達は初対面だったが、すぐに慣れてじゃれあって遊んでいた。

 お互い子供に振り回される生活だね、と苦笑しあいながらも、それが苦痛ではなく、二人とも子育てを楽しんでいることが確認できてうれしくもあった。

 今度会うときには、子供たちは親離れする年齢になっているかもしれないが、次は、こちらから訪問したいものだと思っている。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月25日

    「公益通報者保護法について・・・・(最終回)」

 「公益通報者保護法」についての、実際上での大きな問題は、やはりその制度が複雑で、一般にはなかなか理解しにくい、ということであろうと思われる。

 その一番大きな問題は、ある一定の事実に関して、それを「公益通報」しようと考えたとしても、その事実が「処罰に結びつく犯罪行為」であるかどうか、にわかに判断ができないことである。

 処罰規定に裏付けされていない規則違反等や、法令的には規則違反に該当はしていないがしかし、国民の生命、身体、財産にたいして危険であったり、侵害であったりすることが予測されるような事実。あるいは、民事不法行為上の違法行為等は、「公益通報対象事実」とはされていない。

 こうしたことから、本法を実効ある制度とするためには、通報者が通報しようとしている事実等に関して、それが「公益通報者保護法」に規定する「保護対象事実」であるかどうかに関して、事前に相談できる法律専門家によって構成される第三者機関が必要である。

 両院の「附帯決議」にもそのことは以下の通り明確に記述されている。

 「本法の運用に当たっては、通報をしようとする者が事前に相談できる場が必要であることから、国、地方を通じて行政機関における通報・相談の受付窓口の整備・充実に努めること。また、民間における相談窓口の充実に関し、日本弁護士連合会等に協力を要請すること。」

 とある。

 また、全国消費者団体連合会においても同様の相談窓口の設置を求めるアッピールを発表している。

 日行連や各単位会において、こうした要望に応えるべく「(仮称)公益通報者相談センター」等の設置が望まれるところです。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月24日

    GNPとGDP

 日本経済の成長は減速は避けられないという見方が強い。
 4〜6月期のGDP(国内総生産)は、前期比年率で、1.7%増に 留まったためだ。

 ところで、最近は経済指標にはGDP(Gross Domestic Product、国内総生産)
 が使われるが、10年前までは、GNP(Gross National Product、国民総生産)
 が使われていた。
 ほんの少し前までです。

 この違いは、全く単純に言えば、海外の資産からの利子所得や、配当が
 含まれているかどうかという事である。
 GDPには、国内での生産しかないが、GNPには日本人の海外資産の所得が
 入るのです。

 日本の労働人口が減少していく事が予想されているなかでは、GDPの減少は
 避けられないだろう。ところが、国際収支は日本は黒字を続けている。
 つまり、GDPが縮小していく中で、足りなくなったお金は、GNPが補ってくれる
 可能性が高いわけです。
 少子化が進めば、GNPがもう一度脚光を浴びる日が来る。

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2004年8月23日

    「公益通報者保護法について・・・・(5)」

 本年6月の国会で成立し、2年以内の施行の予定となっている「公益通報者保護法」については、これを批判的に考える識者が多いように思える。

 まず第一に問題にされている点は、「公益通報の対象となる事実」の範囲が極めて狭い範囲に限定されていて、それ以外の事実に対する通報は、この法律によって通報者が保護を受けられないということである。

 衆議院及び参議院において、

 「特に本法の保護の対象とならない通報については、従来通り一般法理が適用されるものであって、いやしくも本法の制定により反対解釈がなされてはならないとの趣旨および本法によって通報者の保護が拡充・教化されるものであるとの趣旨を周知徹底すること。」

 という「附帯決議」のあることの意義がもっと強調されるべきである。

 さらに両院の「附帯決議」には、

 「対象法律を定める政令の制定に際しては、本委員会での審議を踏まえ、国民の生命、身体、財産等に及ぼす被害の大きさ等を精査の上、パブリックコメントにより国民の意見を聴き、対象法律を適切に定めること。」

 とある。

 広く国民にパブリックコメントによって意見を求めることは多いに賛成である。是非とも、行なってもらいたい。その際には、こうした「対象法律」を列挙していくことが適切かどうかに関しても、論議が広がることを期待している。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月22日

    トヨタ、ロシアに工場
      乗用車年1万5000台生産  2008年から 

 最近の日経新聞の1面に掲げられた見出しです。

 ロシアは元々ヨーロッパの投資の市場であった。ロシア革命の時に当時最大の投資国フランスの資産を国有化した。革命以降ソ連時代には、外国からの投資を受け入れる事はなかったが、ゴルバチョフが資本主義を復活させて以来、徐々に欧米の投資が本格化してきた。

 日本は60年代にソ連と貿易を行うためにモスクワに進出した。このころは30社を超える国営の貿易公社が相手だったので、楽な取引だった。ところがソ連が崩壊して、ロシアが経済的に困難な時代を迎えると、日本は行き先を見失ってしまった。それ以来欧米に2歩も3歩も遅れてしまったのです。欧米特に欧州は、革命以前、帝政ロシア時代から投資してきた歴史があり、石油、ガス、林業、ホテル経営などは本格化しており、電力、鉄道、通信、航空機の分野までその投資の対象は広がっている。また、ロシアも細々と外国資本と手を組む時代を過ぎて、大胆に受け入れようとしている。

 ここでロシアという国を見ると、ロシアの人口は、1億4,820万人
 国土は日本の54.7倍の面積:1,707万5,400平方km
 要するにロシアは資源国なのです。

 ところが、日本は貿易立国ですから、ロシアを貿易を通して見るため対応や相互の認識にギャップが生じてきていた。日本がこのような歴史的、経済的な認識の違いから、欧米に後れを取っていたが、この度のトヨタの決断は、大きな一歩を踏み出したと言えるでしょう。


 2003年問題

 ロシアはソ連の対外債務を引き継いだために、返済のピークが2003年に訪れ、180億ドルの支払いで危機的な状況にあったが、国内経済の立て直しや、原油価格の高騰に助けられ、期限前に返済する事ができた。2003年問題の解決が、外国資本の投資の背中を押しているといえるだろう。


 西側会計事務所の関与

 ロシアの大手企業は、西側会計事務所の監査を積極的に受け入れており、企業会計の欧米化を進めている。このことにより一層企業の国際評価を高める事になっている。


 他の日本企業の動き

 このような資本投資の好機が訪れたといって良いロシアですが、トヨタ以外の他の日本企業の動きはどうかというと、味の素が98年にロシア国立のバイオ研究所「ジェネチカ」と合弁会社「アグリ」を設立し、80人のロシア研究者がアミノ酸の研究をしている。現在「アグリ」は、100%味の素の子会社化した。さらに、アミノ酸関連製品の販売子会社も設立し、9月から営業を開始する。

 今後の課題としては、法制や税制などの不備があげられるだろう。この面での改善が更にロシア進出を促す時期に来ている。

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2004年8月21日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(9)「二重の基準」

 日本国憲法における「精神的自由」の概略について見てきましたが、「経済的自由」との比較において、「精神的自由」の優位性・重要性がみとめられており、これは「二重の基準(ダブル・スタンダード)」という理論で定着しています。

 「経済的自由」は、憲法に即していえば、「居住・移転・職業選択の自由(22条)」、「財産権の不可侵(29条)」という条文にあたりますが、これらに対する保障は、「精神的自由」に対する保障よりも一段低いものとされます。

 これは、前に基本的人権の確立過程を歴史的に概観したおりに、「財産権」や「経済的自由」そのものに内在する制約として確認したものですが、「精神的自由」との関係においては以下のように理解されています。

 つまり、「経済的自由」に属する事柄に対して国家権力が制約を加えようとする場合、「精神的自由」に属する事柄に対して国家権力が制約を加える場合よりも、より広い裁量が認められるということです。そして、国家権力が行った私人の自由に対する制約に対して、司法(裁判所)が審査する場合も、「経済的自由」に属する事柄については、ゆるやかに審査するが、「精神的自由」に対する制約については厳密に審査するというものです。

 なぜそうなるかというと、例えば「職業選択の自由」について考えてみても、「医師」などは免許制です。つまり、誰でも自由勝手に医師として業務を行うと、他者の身体・生命という基本的人権の核心部分に対して害を与える可能性がありますから、国家資格として定められた教育と資格試験にパスしなければ「医師」として業務を行うことは認めない、という強い制約を与えているのです。

 つまり、「経済的自由」に属する事柄は、前に「表現の自由」に関して前に見た以上に、他者の人権との間で調整がはかられる必要がある(つまり公共の福祉)わけで、「経済的自由」に関しては、最初から、公の権力による規制がより強く要請されていると考えるわけです。

 さらに民主主義の実現のためには「精神的自由」を確保することは不可欠ですし、当然「表現の自由」も重要なもととなります。そして、「経済的自由」に関しては、仮にそれが侵害されたとしても、「精神的自由」の領域(もちろん表現の自由も)が確保されていれば、世論を動かしたり、また裁判等の司法制度を機能させることにより、「経済的自由」に対する侵害を排除できる道も開かれるはずです。しかし、「精神的自由」まで圧殺されてしまうと、そのような侵害をくいとめる道も閉ざされてしまいます。

 以上のような意味で、「経済的自由」よりも「精神的自由」はより強い保障が与えられるのです。 

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月20日

    「公益通報者保護法について・・・・(4)」

 今日は、「通報対象事実」について考えてみます。

 この法律は、「公益通報」を行なった通報者が、その公益のために行なった通報を事由として不利益な扱いを受けることを禁止している法律です。

 従って、公益通報なら何でもいいということではないのです。

 「公益通報対象事実」とは、まず、「犯罪行為の事実」でなければなりません。

 もう少し詳しく言うと、二つに大別されていて、一つは、

 「個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律として別表に掲げるものに規定する罪の犯罪行為の事実」

 いま、ひとつは、上記の法律に基づく処分の違反が、上記内容と同じく「犯罪」となるもの、です。

 そして、別表は以下の7プラス1を掲げています。

 1.刑法
 2.食品衛生法
 3.証券取引法
 4.JAS法
 5.大気汚染防止法
 6.廃棄物の処理及び清掃に関する法律
 7.個人情報保護法
 8.前各号に掲げるもののほか・・・政令で定めるもの

 「8」の「政令で定めるもの」に関しては、まだ決定されていないと思います。
 (決定済みという情報をお持ちの方は、お教え下さい。)

 いずれにせよ、「通報対象事実」に該当するものは、ひどく範囲の狭いものだと言わざるをえません。

 選挙違反を取り締まる公職選挙法や政治資金規制法などは、まず真っ先に入るべきだと思っていたのですが・・・

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月19日

    阪神が勝った翌日は

 近くのラーメンのチェーン店で、阪神が勝った翌日は、「○○が××円」という
 サービスがある。
 一見嬉しいようだが、阪神が負けた翌日は、行こうと思っても損した気分になり
 ためらってしまう。
 今の阪神は、勝ちより負けの方が多いような試合をしているからよけいそうした
 気分になります。

 これはカードを作っている店にも共通している事ですが、今日はたまたまカードを
 持っていないので、その店に行くのは次にしようなどとよけいな事を考えてしまいます。

 せっかく考えたいろいろなサービスが、逆効果を生まないように気を付けるべきですね。

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2004年8月18日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(8)「著作物」

 著作権法の第2条は、用語の定義となっていますが、そこで「著作物」とは、以下のように規定されています。

「一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作権法 第2条第1項第1号)

 つまり、著作権の対象となる「著作物」とは、そもそも表現されたものであって、単に心の中で考えているだけのものは、その対象から外されています。絶対的な自由が保障される「内心の自由」というのは、著作権とは縁のない問題なのですが、「表現されたもの」として「著作物」は「表現の自由」と直接的に係わってきます。

 「表現の自由」(21条)については、その表現行為が他者の人権を侵害する可能性がありますから、絶対的な自由は保障されません。表現行為が他者の人権を侵害する事例としては、マスコミによるプライバシー侵害や名誉毀損などが、その典型的なものとしてすぐにでも思い浮かぶでしょう。

 これは、他者の人権との関係で、調整がはかられる必要がありますので(バランス・均衡をとるわけです)、ある程度の制約をうけるということは、「表現の自由」に最初から内在していることになります。

 しかし、この制約は、他者の人権との調整(これが「公共の福祉」の内実でした)に必要な限りで認められるわけで、国家権力が「表現の自由」に対して出来る限り制約を加えないことが望ましというのは当然のことです。(「検閲」の絶対禁止、「事前抑制」の原則禁止など)。

 この「表現の自由」の問題については、極めて重要ですので、また機会を改めて詳しく見ることにしたいと思います。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月17日

    「公益通報者保護法について・・・・(3)」

 まず、「公益通報」とは何をさしているのかということに関して、この法律を見ていくことにしましょう。

 「公益通報」とは、労働者が不正な目的(自己に不正な利益を誘導したり、他者に不正に損害を与えようとするなどの不正な目的)によらないで、その「労務提供先、その役員、従業員、代理人等について」「公益通報対象事実が発生した場合又はまさに発生しようとしている場合に」、その旨を、以下の三者のいずれかに通報することを言います。

 従って、

 「誰が・・・」とは、労働者(公務員も含む)が・・・

 「何を・・・」とは、「公益通報対象事実の発生又は発生しようとしていることを」

 「誰に・・・」とは、以下の三者のうちのいずれかに「通報すること」となります。

 ところで、その通報先としての三者とは、

@労務提供先又は労務提供先が定めた者(事業者内部)
A監督権限のある行政機関
B事実の発生・被害の拡散防止のために必要であると認められる者(事業者
 外部)

 と、されています。

@は、単なる「内部告発」の類である。いや、「単なる」などという形容をすべきで
 はないかもしれない。「内部告発」ですら、日本社会では困難なことが多い。

Aは、当該事業所などの監督・管理する行政機関への通報である。ただし、これ
 には、当の監督官庁と企業が癒着していたのでは何にもならない。

Bは、一般的な「外部機関」への通報であるが、このBにマスコミや消費者団体
 などが含まれる場合がありうるのかどうか、むつかしいところである。

 この三者のいずれに「通報」するかは、決して通報者の自由選択ではない。

 「通報対象事実」の中身とともに、次回は、そのあたりを読んでみましょう。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月16日

    増え続けてる確認会社

新聞によると、最低資本金の特例制度を利用した確認会社は、
1年半で、1万5千社に達する様です。
このうち実際に、資本金1円で設立された会社は667社だそうです。
また増資をして規制をクリヤした会社も766社あるそうです。

また、平成17年の商法改正時には、最低資本金の制限を撤廃して
特例ではなくなる事も検討されているのは先月報道されたとおりです。

商法大幅改正の背景には、加速度的な確認会社の設立で経済産業省が
自信を持ったのではないかとおもわれます。

ただ、これからも順調とは言い難く、会社は設立、事業開始、人を雇ったが、
不調で閉めましたというようにならない努力が必要です。

                                      行政書士 妹尾芳徳



   2004年8月15日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(7)「精神的自由」

 憲法で保障される基本的人権が、歴史的にどのように確立されてきたかについて概観してきましたが、話を現在の憲法の人権規定に戻したいと思います。

 前にも書きましたように、「著作権」というものを考える上で、直接関係してくるのは「自由権」の部分なのですが、この「自由権」(=自由権的基本権、私人の自由)は、大きく三つに区分することができます。「精神的自由」と「経済的自由」そして「人身の自由」です。

 このうち、最後の「人身の自由」は適正な手続(刑法や刑事訴訟法等に規定された手続き)きによらなければ、国家権力によって身体的自由を拘束されない、というものでわりとわかりやすい部分です。憲法の条文に即していえば、奴隷的拘束および苦役からの自由(18条)、みだりに逮捕されたり処罰されることのない自由(33、34条)等です。

 ただ、この部分は、「著作権」との直接的な係わりは薄いですからあまり立ち入りません。問題は、「精神的自由」と「経済的自由」についてですが、これらの関係は少し複雑です。

 「精神的自由」には、憲法の条文に即していえば、「思想および良心の自由(19条)」、「信教の自由(20条)」、「表現の自由(21条)」、「学問の自由(23条)」です。

 このうち、「内心の自由」にかかわる部分には絶対的な自由が保障されます。つまり、心の中で考えているだけであれば、人を殺そうと思っていたとしても、そう考えることについては絶対的な自由が保障されるわけです。これは、思想、信教、学問に関しても、心の中で考えているだけであれば、その内容にかかわらず、絶対的な自由が保障されます。

 ただし、思想や信教、学問を「外部に表明するという行為」については、扱いが異なります。これは、「表現の自由」の問題となり、そこでは絶対的な自由は保障されないのです。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月14日

    「公益通報者保護法について・・・・(2)」

 いきなりですが、この成立したばかりの「公益通報者保護法」には賛否両論が渦巻いている。

 つまり、この法律は、対立する双方の真中に落とされたもの。バスケット・ボールに言うジャンプ・ボール。すなわち、審判が両チームの真中に投げ入れたボールそのものなのだ。ジャンプ力の強い方が、このボールを味方にタップするはずだ。

 この法律の根本は、企業や行政に対して遵法経営(運営)を促すと同時に、一般消費者の「知る権利」に資するという二つの重要な役割を担っていることである。

 そのために、不正を告発しようとする「公益通報者」を保護し、「通報した」ということをもって不利益な扱いは受けない、ということを骨子としている。

 しかし、

 「誰が・・・」 「何を・・・」 「誰に・・・」

 通報したことを「公益通報」と法律は判断するのか、その範囲を狭く限定してしまえば、むしろこの法律は「保護されない通報」の範囲を広くしてしまって、今以上に「内部告発者」の立場を悪化させてしまうことすらある。

 次回では、そのあたりをもう少し詳しく見ていこうと思う。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月13日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(6)「公共の福祉」

 現在の「日本国憲法」では、これまで見てきたような財産権についての歴史的経緯を背景に、第29条【財産権】に関する規定で、第一項では「財産権は、これを犯してはならない。」としながらも、続く第二項では「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」という表現になっています。つまり、「財産権」は、「公共の福祉」という概念によって制限を受けることがそもそも予定されているのです。

※第二項後段の、「法律でこれを定める。」というのは、この場合、財産権についての制約を規定するのは、「法律」によらなければならないのだ、ということです。つまり、財産権を制約するためには、きちんと「法律」に根拠がなければならないわけで、基本的に、下位の法規範(命令、規則、条例等)単独では、財産権に対して制約を課すことはできない、ということです。この点も重要ですので、注意しておいてください。


 少し整理してみますと、18世紀的な基本権である「自由権」の核心部分は、実は絶対的な経済的自由の保障(絶対君主=国家権力による経済領域への侵害を徹底的に排除すること)だったわけですが、19世紀から20世紀にかけて貧富の格差の拡大や労働問題等、社会問題が顕在化し、それに対しての国家的な対応が求められて「社会権」が実現していきました。この時期、あわせて「参政権」も確立されていきます。

 「社会権」と「参政権」は20世紀的な基本権とも呼ばれますが、これは社会主義運動の台頭に対して、自由主義国家が自己変革して社会問題に対応したということを意味しているわけで、そういう観点からすれば、「社会権」とは富の再分配機能でもあるわけです。

 20世紀的な基本権である「社会権」を保障するためには、私人の経済領域に国家が積極的に介入していくことが要請されるわけで、単純に図式化すれば、より富んだ者からは税金を多くとり、それを教育や福祉といった名目で、貧しい者に再分配する機能を国家が担うようになるわけです。こういう歴史的経緯からいっても、現在の憲法下における財産権や経済的自由の領域は、「公共の福祉」という目的のために制約を被ることがそもそも予定されているのです。

 この「公共の福祉」あるいは「公共」という概念は、上に見た文脈では「社会権の実現」というように読み替えてもよいかと思いますが、日本国憲法を読む上では、「他者の人権との調整」と読み替えれば一般的に理解しやすいでしょう。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月12日

    「公益通報者保護法について・・・・(1)」

 このところ日本では、大企業、有名企業、あるいは官庁などの不祥事が、「内部告発」によって白日のもとに明かにされ、そのあまりにもお粗末な実態に、国民が思わず眼を覆う・・・という事件が続いている。

 もし勇気ある内部告発がなかったとしたら、不正な事態がそのまま存続しそれによって被害を被った者は救済されず、逆に不正を重ねた者はのうのうとそれにあぐらをかき続けていたかもしれないと考えると慄然とする。

 現代のような複雑な社会構造にあっては、巨大な企業や、政治、官僚、医療などの世界のことは外からでは全くうかがい知ることができない部分が多くなってしまった。

 こういう巨大で複雑な組織に、外から個人が立ち向かうことはほとんど不可能である。残念ながら、そのような巨大で権力をもった集団の内部の不正は、内部の人間の告発を待つしか、その全容を知ることができない。

 日本のような伝統的な社会構造にあっては、「内部告発」は「裏切り」と解されることが多い。「内部告発」を行なおうと決意した者ですら、自分が裏切り者と見られることを思うと、思わず躊躇する。

 いかに正義は自分にあると確信したところで、やはり、この躊躇から逃れることは出来ない。

 ただ、今までは、「内部告発者」たちは、言わば丸裸で火の中に飛び込むような決意をし、やむにやまれず告発に踏み切った。

 ここに、そうした「内部告発者」を保護するための法律が誕生した。本年、6月のことである。施行は、2年先の4月と考えられている。

 この法律の名前は、「公益通報者保護法」という。

 どんな法律なのか、一緒に見ていきましょう。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月11日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(5)「社会国家」

 資本主義が成熟するにつれ、富の偏在や、労働者の貧困・失業といった社会問題が深刻化してくると、そこでは「国家からの自由」というのを内実とする古典的人権「自由権」では対応できない事態に至ります。

 つまり名目的に「法の下の平等」や「私的自治」、「契約の自由」が保障されていたとしても、労働者と大企業の間に厳然と存在する実質的に隔絶した力関係の前には、「平等」や「自由」は有名無実となります。

 これらの問題に対して、労働者や民衆の側からの対応として、労働者運動・社会主義運動が湧き起こる時期なわけですが、国家の側からの対応としては、絶対不可侵とされた財産権や経済活動の領域に、国家が積極的に介入することによって、人が人としての生存するために必要な諸条件を実質的に確保することに国家が責任を負うという「社会国家」への転換がはかられます。(「夜警国家」から「社会国家」への転換)

 それが成文化されたものとしては、第一次世界大戦後の「ワイマール憲法」(1919年)で「151条 経済生活の秩序は、すべての者に人間に値する生存を保障する目的をもつ正義の原則に適合しなければならない。」とあるのが最も早い時期のものです。

 これがいわゆる「社会権」(=社会的基本権または生存権的基本権)と呼ばれるものですが、つまり、この「社会権」を実現するために、経済領域に関しては、国家が積極的に介入するということが要請されることになるわけです。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月10日

    「どこへ行くプロ野球」

 私は、個人的に野球が大好きです。サッカーや相撲も好きですが、どれかひとつをと言われたら、文句なく野球です。

 たぶん、団塊の世代の男性で、野球に興味がないという方は、稀少価値があるでしょう。(笑)

 小さい頃から、何はなくても野球でした。三角ベースなんてのは、あの頃の子供たちにとっては「偉大な発明」だったんですね。1チーム9人揃わなくても、何とかやりくりしてた。ベースが石だったり、木の葉だったりしたこともしょっちゅうだ。

 ともかく、ボールとバットがあれば、グラブなんてのはあってもなくても問題じゃなかった。(だから、ボールとバットを買ってもらっている子は、近所のあこがれで、野球をやりたければ、ひたすら、その子のご機嫌をとった。)

 それが、どうだろう・・・

 ワタナベさんという人がテレビに出てくると何だか気まずい。

 選手を一段も二段も「下」に見下したような発言。いささか、度胆を抜かれた。いまどきまで、こんな考えの人も生きていたんだ。

 封建時代は、120年ほど前には終わったと思っていたのに・・・

 ともあれ、野球は子供のあこがれだった。団塊の世代の男たちが、少年時代に密かに誰もが一度はそういうあこがれを持った。

 その野球を、もっと楽しみたい。もっと熱中したい。口角泡を飛ばして語りたい。

 そうしたファンの心を無視してしまったら、どんな改革も実を結ばない。

 今は、謙虚にその原点にもどるべきべきではないのか?

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月9日

    続・「静かな沖縄を」――TVドキュメンタリーから――

 一昨日、テレビで「激動の沖縄 大田昌秀・わが人生の道標」というドキュメンタリーを見ました。これは、7月25日付けの「今日の意見」でとりあげた番組ですが、そこでも書きましたように、前回見たときは途中からだったので、今回は最初からきちんと見直しました。

 このドキュメンタリーは、初回放送は2001年に行われたもので、その再放送だということを番組冒頭のテロップで知ったのですが、沖縄戦で九死に一生を得た大田昌秀氏の半生を取材したものでした。

 沖縄現代史の研究者として、また元沖縄県知事としての活動は、大田氏の戦中戦後の体験からくる平和主義に貫かれて、番組を見ていて胸が熱くなるものがありました。

 米軍占領下の時代、平和憲法のもとでの本土復帰を悲願としつつ、復帰が実現した後も日米安全保障条約と地位協定によって、「基地の島」でありつづけねばならなかった沖縄。

 戦争の放棄を宣言した日本国憲法の平和主義は、沖縄の人々にとっては、現実とのギャップが大きいがゆえに、より切実に、その理念の実現を強烈に希求するところがあったのでしょう。

 現在、日本国憲法をとりまく状況は危機的です。私自身は、現在の憲法を改正する必要など全くないと考えていますが、現実問題として、憲法改正もありうる状況になってきました。しかし、9条については、どうしても残していきたいとものだと思います。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月8日

    「日本の人口、1億2682万4166人。」

 2004年3月31日現在の、住民基本台帳に基づく調査によれば、現在の日本の人口は、タイトルの通りだそうです。住民基本台帳に基づく数字であるから、日本国籍をもつ国内居住者のみであって、在日外国人等は含まれていない。

 前年比0.11%の増加。出生者は112万9239人で、過去最低を記録したようだ。

 推計によれば、今後日本の人口は、再来年の2006年をピークにその後減少の一途を辿ることが明かになっている。

 こうした人口の動きは、社会政策や年金問題などの制度設計に直結している。

 ここ数年のうちに、戦後のベビーブームと言われた「団塊の世代」は現役を引退する。生産者(就業者)が、かつてない勢いで減少し、その分、年金受給者(消費者)となって登場する。その数、およそ110万人。

 これが、社会構造の大転換でなくて何であろう・・・

 別の統計によれば、「団塊の世代」が2007年頃から一斉に現役引退すると、実質国内総生産のうち16兆円を失うとも試算されている。

 戦後の日本の経済的成長を必死で担ってきた「団塊の世代」が引退するのを、社会がどう受け止めるか・・・

 解決のために残されている時間は、もうほとんどない。

 そのことを自覚している政治家や官僚も少ない。

 ただ、その世代の者たちが、自分の引退の日のひたひたと近づくのを怖れるばかりだ。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月7日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(4)「レッセ・フェール」

 絶対君主制の下では、基本的に経済活動は国家の保護育成の対象であり、政治的な力によって経済が支えられた、いわゆる重商主義政策が基調となります。初期の資本主義形成期には、この重商主義もそれなりに意味があるわけですが、時代が進むとそれは足枷となってきます。

 特権的な身分制や、大商人による商工業の独占的な支配は、旧体制の象徴となり、それらへの反発が市民革命を推し進める原動力ともなっていきます。

 そして、前回扱いました市民革命を経た後、この政治と経済の関係は、大きく変貌していきます。アダム・スミスの『国富論』に典型的にみられるように、重商主義は批判され、市場メカニズムに信頼をおく「レッセ・フェール(自由放任主義)」を基調とした古典派経済学が主流となっていきます。

 つまり、国家は経済領域には介入しない自由主義経済が望ましく、その意味からも、国家の役割は、前回も紹介しましたように、国防と治安維持という限定的な役割を担うだけの、いわゆる「小さな政府」であることが望ましいとされていくわけです。

 発展する資本主義経済と政治体制の転換、そして「産業革命」という生産技術の革新とあいまって、経済的には急速に発展を遂げるこの時代ですが、その影で、社会的な矛盾も徐々に拡大していきます。つまり、経済活動を自由放任主義に任せたがために、富の偏在が生じ、労働者の失業や貧困といった問題が深刻化していくのです。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月6日

    「8月12日〜13日未明、ペルセウス座流星群が極大」

 いっときの殺人的な暑さも、やや薄らいできたように思える日々になりましたが・・・

 ところで、空の星の話です。

 例年、多くの流星雨を降らせることで知られているペルセウス座流星群が今年も見られそうですね。月あかりもそう気にならないくらいの明るさで、天気さえよければ、1時間に40〜60個は見ることができるのではないかと期待されています。

 「ペルセウス」は、ゼウスが黄金の雨となってアルゴス王の娘に生ませた息子。

 怪物メドウサを退治した英雄でもあり、そのメドウサの血しぶきから生れた天馬ペガサスに乗り、アンドロメダ姫を化けクジラから救ったことでも知られています。

 星座の「ペルセウス」は、左手に剣をふりかざし、右手にメドウサの首を掴んでいる姿だとされています。

 ペルセウス座は、方向で言えば、北東。

 ペルセウス座のやや左、カシオペア座との間に流星の「放射点」があります。

 ところで、流星群を多く見るためには、まず、空が大きく開かれている公園あたり、あまり周囲に明るいものがないところを選び、そこに仰向けになって寝っころがって天を見る・・・というのがいいようですね。

 読者諸兄が、夏のひととき、仕事の憂さを忘れて、幻想的な光景を満喫されることを願っています。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月5日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(3)「市民革命」

 権力が分散的に存在していた封建社会が、「主権」を有する絶対君主の統一的な最高権力によって統合される過程を経て、近代国家は形成されていきますが、それは身分制を基礎とした旧体制であり、市民革命によって打破されることになります。

 この市民革命を推進するひとつの思想的な背景となったのが、トーマス・ホッブズやジョン・ロックの自然権思想で、フランスのジャン・ジャック・ルソーの思想も含めて、社会契約説などとも呼ばれます。

 ロックの自然権の中身としては、生命、自由、財産という「property(所有権)」があるわけですが、これを安全に確保するために、人々はその一部を信託するかたちで、政府を設立することになります。ここで契約を交わしたという前提があるので、社会契約説とも呼ばれるわけですが、国家の存在理由を、「property(所有権)」の保護というという観点から説明しています。

 つまり、こここで成立する市民社会においては、国家は国防と治安維持という役割を担うだけのいわゆる「小さな政府」、つまり「夜警国家」であるわけです。新たに成長して来た市民階級の望むのは、自由と財産の保障であり、市民社会に国家権力が介入することを極力排除することを目指すものでした。

 この時期に確立されたのが、個人の「国家からの自由」というのを内容とした自由権であったわけです。その中身としては、信教の自由、言論・出版の自由、住居の不可侵、財産権の不可侵といったものです。とりわけ市民階級は経済活動に関心が強かったため、この時期の財産権は絶対不可侵という位置付けでした。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月4日

    「第五福竜丸・・・」

 「第五福竜丸」と聞いて、すぐに思い出すことの出来る人は、もう少数になってしまったかもしれない・・・

 第五福竜丸は、北太平洋赤道海域のビキニ環礁の東160キロの海上でマグロ漁をしていた時、昭和29年3月1日午前4時前、アメリカが行なった水爆実験により被爆した。

 第五福竜丸が被爆したのは、アメリカが指定した危険水域外。被爆から3〜4時間後には、後に「死の灰」と呼ばれる放射能を含んだ「白い灰」が全天から降り注ぎ、甲板や乗組員の頭髪などに付着した。

 この水爆はヒロシマに投下された原爆の千倍以上の威力を持つ強力なもの。

 被爆した26人の乗り組み員のうち久保山愛吉さんが、「原爆被害者は私で最後にしてほしい。」と絶叫しながら亡くなったのは、被爆の半年後の9月のことだった。

 ところで、最近の研究によれば、このビキニ環礁などの原・水爆実験でまき散らされた放射能が、半世紀を経た今もひたひたと日本近海に流れ着いていることが明かになっている。

 1945年から1980年までの間に成層圏内で行なわれた核実験は541回にも登る。

 これからも、私たちの子孫の頭上には連綿と放射能が降り続けることとなる。

 もうすぐ、広島や長崎の原爆の日が来る。

 せめてその日だけでも、世界が地球とその未来の子供たちのことについて真剣に、冷静に考える日であってほしいと願っている。

                                      行政書士 八尾信一



   2004年8月3日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(2)「自由権」、「社会権」、「参政権」

 憲法が保障する基本的人権は、一般的には三つに区分されます。この区分も極めて基本的な事柄ではありますが、まずは「自由権」、次に「社会権」、そして「参政権」です。

 「著作権」というものを考える上で、直接関係してくるのは、当然、「自由権」の部分なのですが、その「自由権」の中身についてきちんと理解するためには、これらの人権が歴史的に確立されてきた過程を理解しておくことが必要かと思います。

 世界史や公民分野の復習になりますが、この三区分の人権のうち、最初に確立されたのは、「自由権」でした。市民革命期に、絶対君主(=国家権力)からの自由として確立されたものでした。

 この「自由権」は18世紀的な基本権とも呼ばれるものですが、その後、市民社会の成熟にともなって、貧富の格差や労働問題といった社会問題が顕在化し、それへの国家的対応として「社会権」の確立が、そして「参政権」の確立が要請されていくのでした。これらは、19世紀的な基本権、あるいは20世紀的な基本権とも呼ばれます。

 これら三つの基本的人権の確立過程は、概略このようなものですが、「著作権」を考えていく上は、さらに立ち入って、例えば、「自由権」のに含まれる個別の権利、例えば、「精神的自由」や「経済的自由」について、それら相互がどのように関連して、体系化され理論化されているか、ということも理解しておく必要があるでしょう。

 この「精神的自由」と「経済的自由」の問題に関していえば、判例や法理論上で、「二重の基準論(ダブル・スタンダード)」などということがよく言われますが、そういったことを理解するためには、これらの基本的人権の確立過程を、もう少し詳しく見ておく必要があります。

 ということで、以下では議論の中身が少し政治学に偏っていきますが、現在の憲法で保障されている基本的人権が、どのように確立されてきたのかを、市民革命期に遡って見ていきたいと思います。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月2日

    「著作権」を考えるための憲法講座……(1)「公法」と「私法」

 まず最初に、「憲法」というものの性格を確認するところから始めたいと思います。

 法を大きく二つに区分しますと、「公法」と「私法」に分けられますが、単純化していえば、前者は「公(国や公共団体等)」対「私人(自然人や法人)」との関係を規定し、後者は「私人」同士の関係を規定するもといえるでしょう。

 前者の代表選手はもちろん「憲法」です。後者の代表的なものは「民法」ですね。「著作権法」は、この区分では私法に属します。蛇足ですが、「刑法」はこの区分では公法に属します。

 憲法というのは、上に書きましたように「公(国や公共団体等)」対「私人(自然人や法人)」との関係を規定するものですが、その性格として、私人の人権を「公の権力」が侵害しないように国の基本原則をさだめていて、国内法の体系では、公法に属する法規であろうと私法に属する法規であろうと、最高法規である憲法に反するようなことは規定できないという位置づけになります。

 このことは、極めて基本的な事柄なのですが、ずっと後で、憲法が規定する基本的人権の「私人間効力」という問題を考える大前提となりますので、ここで確認しておきました。

※「私人間効力」の問題というのは、後で詳しくみることになりますが、簡単に紹介しておきます。
 原則的にいえば、憲法が保障する基本的人権は、文字通り「公(国や公共団体等)」と「私人(自然人や法人)」との関係を規定するものです。しかしそうであるとすると、平等原則(14条)「すべて国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」という規定も、公的権力が、私人に対して、列挙されているような理由を根拠に差別的な扱いをすることを禁止しているまでで、私人と私人の間において、例えば信条を理由に相手を差別したとしても、それはその人の自由ということになってしまいます。しかし、これでは人権保障というものはないに等しくなるでしょう? こういったことについて、どう考えるのかということが「私人間効力」の問題なのです。

※国際間の条約については、憲法との関係で、国内法のようには単純にいきませんが、著作権に関する国際条約は多々ありますので、後でまとめて扱いたいと思います。

                                      行政書士 寺見敬三



   2004年8月1日

    「月下美人、咲く」

 月下美人という不思議な花がありますね。

 真っ白い大輪の花。強い香り・・・

 そして、一番の不思議は、この花は一晩の命しかない・・・ということですね。

 月下美人をもう何年も育てているという知人がいて、先日、その鉢を持って来てくれました。
 曰く、「今晩咲くから、絶対に見逃さないように!」

 果たして、8時すぎから、部屋が何となく匂って来て、そしてゆっくりと開き始めました。

 数時間かかって、夜中すぎにはその重そうな花を開ききって、部屋の中は月下美人の強烈な匂いでいっぱいです。

 大きな花びらは、輝くような白さです。

 月下美人は、サボテンの仲間。
 原産地は、南アフリカだそうです。


  月下美人 一分の隙もなき しじま

                   阿部 みどり女

                                      行政書士 八尾信一