今日の意見
2006年10月

      2006年10月31日                             
     
     朝早いのは

 朝早く市役所に行った。
通常8時半から始まるので、それより10分ほど早く担当事務室に向かい、時間までその部屋で座らせて貰うことにした。

ところが親切にも書類を見てくれることになり、その日はスムーズに仕事が乗ってきた感じがした。

その反対に或る県の西部の市役所で合併したばかりの生まれたてほやほやの市の担当部署では、担当者も配置換えになったばかり、おまけに私もよく確認して受領しなかったのですが、倉敷市内に帰ったところで書類の印鑑が押してないことに気がついた。
すぐ電話したら、5時過ぎても待っているからという返事。

時間外になってしまったが、印鑑を押して貰い書類の体裁は整った。

同じ時間外でも、早いのは得した気分です。



     朝早い電話

 早く電話がかかってきた。
その人が住む地区の担当民生委員を教えて欲しいと言うことです。

住まいは□□医院の前の○○アパートだというのですが、私はそのアパートの名前に覚えがあった。
私の担当地区外ではあったが、何度かそのアパートの住人に関わったことがあり、その後正規の担当民生委員に引き継いだので、すぐ分かったのです。

幸いそのアパートと担当民生委員の家はすぐ近くなので、分かりやすく所在と電話番号を伝えることが出来た。

朝早い呼び出し電話とは、どんなことが起きたのか、お年寄りの生死に関わることでなければよいが、などと1日心から離れませんでした。


                                      行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月30日                             
     
     10月の終わり

 あと1,2日で10月が終わろうとしています。
景色にも秋の深まりが見られるようになりました。

あと2ヶ月。
そろそろ来年の予定が組まれてきています。

今年やるべき事を済ませて、来年の基礎を今の内に作っておこうと思います。



     少し温かいもの

 今の季節は「少し温(暖)かいもの」が喜ばれそうです。
違う言い方では”癒し”的なものでしょうか?

涼しさの時期から寒さを感じる季節へ変わるこの時期には、冬に向かう漠然としたおそれ、不安が出てきます。

心の中の漠然としたものの正体をしっかり見つめてくることもいいかもしれません。

季節のありのままの姿を、秋の自然の中でしっかり確かめ、少し温かくして過ごしてみてはどうでしょう。


                                      行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月29日                             
     
     「犬養 毅(木堂)の生家を訪ねて・・・(3)」

 犬養 毅が生まれたのは、安政2年(1855年)4月である。

とすれば、13歳の時に明治維新に遭遇したことになる。
ただ、この同じ年に彼は父を失っている。
彼にとっては、13歳というのが人生の一大転機であったかもしれない。

20歳で上京し、慶應義塾大学に進むが、卒業を目前に突然退学する。
一説によれば、首席で卒業できないことを悔しがって退学したのだそうだ。
そうとすれば、彼も相当の「血気さかん」と言うべきか。

面白いのは、彼は在学中に西南戦争に従軍記者として現地に入り、「戦地直報」という今で言う「現地レポ」をやって大いに公表だったようだ。
(たぶん、これは「従軍記者」のハシリではないかと思われる。)

晩年の犬養 毅の写真を見れば、か細い田舎の老人にしか見えない。

彼は、普段はモンペ姿で、いつも手には剪定鋏を持っていたという。
根っから、土いじりが好きだったようだ。

しかし、彼はその生涯を「議会政治」に賭けた。
たしかに、全体としてはそう言えるが、ただ一点、彼の行ったことで理解不能なことがある。
それは、ロンドン条約によって日本側が大幅に譲歩したことに関して、軍部の主張と全く歩調を合わせて、時の濱口内閣を糾弾したことである。
所謂「統帥権干犯」問題である。

その彼が、「5.15」のテロの凶弾に倒れたこと、そしてその後の日本の政治が軍人のテロを怖れ、軍人に歯向かわない、軍人におもねる「政治」だけが跋扈して、日本とアジアにとって最悪の事態に突入していった歴史は大きな皮肉と言うきか・・・

ところで、時は流れて・・・

元国連の高等弁務官として世界的に名を馳せた緒方 貞子さんは、犬養 毅のひ孫である。


                                      行政書士 八尾信一


      2006年10月28日                             
     
     「昨夜、フォーラムで……」

 昨夜参加した異業種交流のフォーラムで、大学で、「キャリア教育」のプログラム開発と研究をしている方のお話しを聞く機会がありました。

 「キャリア教育」というのは、あまりまだなじみが無い分野かもしれません。
短時間の講演でしたので、「キャリア教育」自体については、お話しを聞きながらも、具体的なイメージは結局つかめなかったのですが、この先生のお話しの中で、新しいものを企画して作り上げていくには、「組織作り」、「環境整備」、「意識改革」の三つが重要というご指摘がありました。

 この三点、当然のことと思いがちですが、言うに易く、実行するのは大変な努力が必要でしょう。特に、「意識改革」というのは難しいですね。若い大学生くらいなら、思考回路は柔軟ですが、一旦固まってしまった意識を改革していくというのは、至難の技です。

 新しい組織を作り、その周辺の環境を整え、そしてその構成員の意識も変えていく。司法制度改革の荒波のなかで今後を展望するとき、この三点は常に意識しておかなければならない課題のように思いました。

                                      行政書士 寺見敬三


      2006年10月27日                             
     
     歴史がぎっしり CDアルバム

 私の卒業した成羽小学校では歴史は続いて今もあるのですが、今の校長先生が明治時代からの卒業アルバムをCD1枚に焼いて500円で配布している。

今までだと135年の間卒業生を出しているので、資料として残っていない年も少しあるようだが、今生きている町の人は、余所から来た人以外は大体自分の子供の頃の写真が残っている勘定になる。

また余所からお嫁に来た人でも、子供や孫が写っていて、町のみんなに大変喜ばれている。

私も自分の兄弟4人を見たのですが、よく似ていると今更ながら思うし、妻には賢そうな顔をしているとお褒めの言葉まで戴いた。

きっと子供の頃は偉人の伝記をよく読んでいたので、自分もそうだと勝手に思いこんでいたのだろう。

 親戚の人などを探していくと、深夜までパソコンから離れられないそうです。

大変有難い、生きた歴史のCDでした。

                                      行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月26日                             
     
     「犬養 毅(木堂)の生家を訪ねて・・・(2)」

 前回、「拳銃を突きつける陸・海軍の将校たちに向って『話せばわかる』という言葉を残したことでよく知られています。」と書きましたが、この言葉があまりに有名になり過ぎてみなさんそう思っていらっしゃるようですが、本当は、もっと凄い言葉だったことが犬養毅の孫娘(作家の犬養 道子さん)によって伝えられています。

それ(『花々と星々と』)から、抜粋でご紹介すると、以下のようだったそうです。

5月15日の午後5時すぎ、陸・海軍の青年将校ら5人が首相官邸に駆け込んで来て夕食をとるために食堂に向っていた犬養首相と遭遇し、いきなり1発を撃ったが弾は出なかった。

「まあ、せくな」と首相は議会の野次でも押えるようなしぐさをした。

「撃つのはいつでも撃てる。あっちへ行って話を聞こう。ついて来い。」

首相はそう言って、日本間に通して、煙草盆を引き寄せると、1本を手にとってぐるりとまわりを取り囲んでいる青年将校らにも薦めて、
「まあ、靴でも脱げや、話を聞こう・・」

その時、さらに4人の青年将校らが飛び込んで来て、「問答無用、撃て!」という大声がして、拳銃が9発。

青年将校らが走り去ったあと、日本間に飛びこんでみると、首相は卓に両手を突っ張りまっすぐ座っていたが、こめかみと顎に弾丸を受けて血まみれになっていた。

そして、駆け付けた者の手を振り払いながら、首相の言った言葉は、次の通り。

「呼んで来い。いまの若いモン、話して聞かせることがある・・・」


この日、夜中近くになって犬養 毅は死亡する。老齢のため、輸血が思うようにいかなかったことが原因だったようだ。

77歳。首相になってから、半年だった。(続く)


                                      行政書士 八尾信一


      2006年10月25日                             
     
     今一番面白いもの

 今面白くて釘付けになっていることは、日本シリーズだろう。
この原稿を書いている時が第3戦。
早くテレビの前に行きたいのですが、原稿が終わるまで辛抱。

第2は日経新聞の連載小説「世界を創った男――チンギス・ハン」でしょう。
これが楽しみで朝早く起きているようなものです。
連載も、もう9ヶ月になろうとしています。

その次は、楽しみといってないですね。
多分余り面白い生き方をしていないためでしょう。

来年からは少しゆとりを持った面白いことに挑戦しよう。

                                      行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月24日                             
     
     「犬養 毅(木堂)の生家を訪ねて・・・(1)」

 先日、仕事と仕事の切れ目の時間にひょっと通りかかったので、『犬養 木堂の生家』に寄ってみました。

ウィークデイの午後ということもあって、全く無人。

降り注ぐ秋の陽射しの下で、近所の古老であろうか、三人ばかりが門の所で世間話に花を咲かせていて、私が突然ぬっと入って来たのに驚いて、「いっらっしゃませ」と挨拶をするや、それぞれ別の方向に散ってしまって、後はまた静寂。

犬養 毅(木堂)は、岡山県出身の政治家。
尾崎 行雄とともに「憲政の神様」と称せられています。

昭和7年5月15日、所謂「5.15事件」で暗殺された現役の内閣総理大臣で、拳銃を突きつける陸・海軍の将校たちに向って「話せばわかる」という言葉を残したことでよく知られています。

犬養首相      「話せばわかる。」
青年将校たち   「問答無用。」

・・・と、いうのが「5.15事件」を象徴する言葉とも言われていました。

「犬養 木堂の生家」は、岡山市と倉敷市の境あたり、山陽新幹線の線路から200米ほど南にあります。

犬養家は、代々この地方の大庄屋や郡奉行を務める旧家であったようで、その生家は18世紀前半頃に建てられたものを復元したものです。

大きな土間、囲炉裏を切った台所、家の周囲をかこむ縁側、そして頑丈な蔵などは素晴らしいものです。

家の中は自由にあがっていいということでしたので、私もあがってみましたが、板敷の部屋、畳敷きの部屋、いずれも子供の頃の母の田舎の実家に似て、薄暗くひんやりと落ち着いて、生きることの厳しさが伝わって来るようでした。

 (続く)

                                      行政書士 八尾信一


      2006年10月23日                             
     
     「木々に囲まれて」

 今日、ほぼ一年ぶりに閑谷学校を訪ねました。岡山県備前市にある有名な史跡、江戸時代の藩校址です。その講堂は、国宝に指定されています。

 その講堂は、濡れ縁に上がって内部を見学することはできますが、講堂内に立ち入ることは通常禁止されています。今日は、ある研究会の企画で、その講堂内で講師のお話しを聞くという経験をしてきました。

 この施設、小学生の頃、宿泊研修で利用したことがあり、その折にも、この講堂内でお話しを聞いたことがありました。その後、雑巾でからぶきして掃除した記憶がありましたが、今日も、同様に、講演の後、箒で掃き、雑巾でからぶきして掃除をしました。

 10時半からの講演だったのですが、1時間ほど早めに行き、周辺を散歩しました。紅葉にはまだ一月ほど早いのですが、周囲の山から吹き下ろす爽やかな空気のなか、久し振りに生気を取り戻すような心持でした。木々に囲まれてた静かな生活というのは、あこがれますね。


                                      行政書士 寺見敬三


      2006年10月22日                             
     
     「久しぶりに『七人の侍』を見て・・・」

 「七人の侍」を見るのは、もう何回くらいになるのか自分でも覚えていませんがまあ、20回とはいかなくても悠に10回以上は見ていますね。

で、最近、またまた見てしまいまして、またまた感動!でした。
何回見ても、この映画は凄い、しっかり作ってあります。

映画人が命懸けで作ったという切実さ、真剣さが画面を引き締めています。

どのシーンも無駄がなく、きちんと力強くとらえられています。

黒澤監督は、雨が降れば必ず土砂降り、風が吹けばきっと暴風雨というのが定番になっているようですが、この映画でも、その黒澤流の演出はいきいきとストーリーを支えていますね。

「七人の侍」を初めて見たのは、確か、私が小学校の三年生か四年生の頃だったと思います。父に連れられて行った映画館で、怖くて怖くて椅子が揺れるほど体が震えていたのを今でもはっきり記憶しています。

それまでの映画の時代劇といえば、善玉と悪玉がはっきりしていて、その殺陣と言えばまるで踊りのように華やかで軽やかで、善玉はどんなことがあっても死なない・・・というのが「鉄則」でした。

最後の方で、菊千代が鉄砲で打たれて橋の上に倒れこんだところに、土砂降りの雨が降りしきるシーンを見ながら、隣の席の父の腕を引っ張りながら、「死んでないよね。弾は当らなかったんだよね。」と言い続けたことを覚えています。

それから、十数回、この映画を見ました。

今回は、主人公の勘兵衛役の志村 喬の演技が凄いのに改めて驚かされながら見ていました。

この映画、見るたびに違った印象を感じさせられています。

そんな映画は、少なくなっていくようなのですが・・・

                                      行政書士 八尾信一


      2006年10月21日                             
     
     100万円の束2つ分位

スーパーのレジを通って、袋詰めしますが、1,2日前の袋詰め現場でのこと。

まず、スーパーでくれる箸の忘れ物が1膳。
次の台では、おむすびの忘れ物が1個。
まあ、これはほっておいた。

あちらの台を見ると。何と黒色の財布が1個。
これは危ない!=直感=”誰かが持っていったら・・・。”

すぐさまスーパー内のサービスカウンターに届けた。
分厚い財布で、中は見ていないが、おおよそ1万円札の束で2束ほどの厚みだ。

その後はどうなったか知らないが、忘れ物の多いスーパーだ。


                                      行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月20日                             
     
     「介護の現場での人手不足・・・NHK・クローズアップ現代から」

10月19日放送の、NHKテレビの『クローズアップ現代』・・・「介護の人材が逃げていく」・・・は、ちょっとショッキングな特集でした。

夕食を作りながら、ふと耳に入ったテレビのナレーションを聞いていただけなので、正確な記憶ではないのですが、ともかく、急スピードで高齢社会に突入しているこの日本の介護の現場から働き手が逃げて行ってしまっているのだそうですね。

厚生労働省の試算では、今後5年間で約50万人の増員が必要だというのに介護職の求職者数は、平成16年のピークから今年はすでに30%以上も減少してしまっているのだそうです。

そして、夢をもって介護職に就職出来た若者も、就職して1年以内に5人に1人が辞めて行っている崩壊的な現状なのだそうです。

原因は、過酷な労働に対してあまりにも安い賃金。経営が悪化する施設。
今の賃金では、介護職についている若者が結婚したり、子供を育てたり、という当たり前の人生設計が出来ないという・・・

それに、このところの「景気回復」によって、まわりには介護職よりももっと「おいしそうな」職場が増えたこともひとつの原因なのかもしれません。

こうした低賃金でしか人を雇うことができないのは、介護保険制度そのものが内包している構造的な問題があるのではないかと考えられているようです。

これは、ほんと、重大なことですね。

介護の現場で働く人が逃げて行くようでは、介護保険制度そのものが崩壊し始めていると言っても過言ではないでしょう。

ここで、在日のフィリピン人を介護の人材として育成する会社も現れたようで、これはまたこれで「低賃金」と「外国人労働者」を短絡的に結び付けることはできないにせよ、ひとつの「試み」ではあると思われます。

介護保険は、その創設からいろいろと取り沙汰されてきましたが、ここに来てその構造的とも言える「欠陥」が火を吹き始めたようで、こうしたことこそ、「政治」が何にお金を使うのか、という一番大事な問題に答えを出さなくてはならないのではないでしょうか。

                                      行政書士 八尾信一


      2006年10月19日                             
     
     島田紳助は天才か
 
 お笑い芸人の島田紳助とさんまの二人は天才だと思う。
紳助は2年ほど前に暴力事件を起こしたが、以前からちょこちょこ暴力事件はあったらしい。
 
その紳助も既に50才になっている。
紳助に言わせるとその上を行くのがさんまだというのだ。
 
紳助が漫才のコンビを解消したきっかけが、ダウンタウンだそうだ。
そういえば、ダウンタウンの松本人志の発想もどうやら凄いらしい。
 
我々も、松本人志の発想力に学ぶところは多いようだ。
 
                                      行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月18日
                             
     「奈良旅行」

 このところ、ひどくせわしない日々が続いているので、少し小休止を入れたいと思っていました。一ヶ月ほどまえ、京都か奈良に2〜3日のんびり行きたいな、なんて妻と話していたことがあったのですが、スケジュール表を見ると、どうもそのような時間はとれそうもありません。

 一旦、あきらめていたのですが、昨日、急に思い立って、11月初めに予定を入れることができないか、妻と相談し、旅行代理店とも調整してみました。

 うかつにも、自分自身のスケジュールに足をとられて、二泊三日は無理で、結局一泊二日で予定をくむことになりました。

 のんびりとした旅行にはならないかもしれませんが、6歳の娘に、秋の古都を見せたいと思います。僕自身、ずいぶん久し振りの奈良訪問になります。旅行に出るまでと、帰ってからのことを考えると、ちょっとげんなりするくらい課題が山積していますが、それはそれ、器用に片付けて、鹿とのんびり戯れてきたいと思います。

                                      行政書士 寺見敬三


      2006年10月17日
                             
     「やっぱり覚えられない、『秋の七草』・・・」

 このところすっかりあたりが秋めいてきました。
朝夕などは、どうかすると寒いとすら感じることもあります。

田圃は、今、稲穂がいっぱい実って重そうです。

ところで、この前から、「秋の七草」を空んじているかどうか自分で一生懸命ためしていたのですが、どうしても覚えていませんでした。(苦笑)

萩(はぎ)、桔梗(ききょう)、薄(すすき)、撫子(なでしこ)、藤袴(ふじばかま)・・・あたりまでいくのですが、後が出て来ない。

葛(くず)と女郎花(おみなえし)だったんですね。

しかし、不思議なものですが、記憶というのはリズムが大きく影響しているようで、記憶しやすいのは「五・七調」が整っている場合が多いですね。

これはたぶん、短歌とか俳句のリズムそのもので、日本人の生理にあっているのかも知れません。
(外国の人には、それぞれにあったリズムというものがあるのでしょうかね?)

ところで、よくスポーツなどの応援で使われる「三・三・七拍子」ってヤツ。
あれは、単なる四拍子なんですってね。

だって、「チャッチャッチャ、ン、チャッチャッチャ、ン、チャッチャッチャッチャチャッチャッチャ、ン・・・」ですから、その「ン」の休止もリズムのうちですからそれを勘定に入れたら、四拍子そのものです。(笑)

それにしても・・・

萩(はぎ)、桔梗(ききょう)、薄(すすき)、撫子(なでしこ)、藤袴(ふじばかま)葛(くず)、女郎花(おみなえし)・・・

冬が来る前に、すらすらっと空んじられるようになりたいなぁ・・・

                                      行政書士 八尾信一


      2006年10月16日
                             
     「醜悪きわまる17人の『復帰劇』・・・」

 郵政民営化に反対して自民党を追い出された17人を今月中にも自民党は復帰させることで決まったと言う。

そう言うからには、17人の方も復帰に「ご満足」なのだろう。

それにしても、政治家の離合集散たるや、まことに無節操、醜悪の極み。

郵政民営化に賛成か反対かの一点のみで、党として「公認」するかどうかを決め、反対の立場であった者には、「刺客」と言われた対立候補まで立てて落選させようとした・・・それを、1年たったら全部なかったことにして、「帰っておいで」「はい、帰ります」では一体あの選挙は何だったのか、国民を愚弄
するにもほどがある。

政治家がある政党に属するということは、党員として、その政治生命たる「盟を同じくする」ということであり、もともと、一の政策の賛否によって決めるべきものではない。

政治家は、その信じるところの政治思想に命を賭けて政党に属するものだ。

ところが、小泉政権は、一の政策の賛否をもって党員を排除し、そればかりかその政治信条の根本において果たして自民党の政治信条に合致しているのかどうかが疑われる者さえ、「刺客」として対立させて、長い党歴のある議員を落選させようとした。

国民の目の前で、あまりにも露骨に行われたこの「選挙のためだけの人事政策」によって、国民は、政党というものの「軽さ」を知ってしまった。

「政治思想」も「信条」も「政策」すらも、「選挙」の前ではいとも軽いものだ!

確かに、政治の世界に「離合集散」があってもいい。
しかし、それはきちんとした「政治思想」や「政治政策」に深く起因するものでなければならないし、何よりも国民に対して、その「離合集散」についての恥ずかしくない説明が必要だ。

「選挙」において「数」を得たいだけの「復帰劇」は、ますます政治をうす汚いものにしてしまう。

なるほど、今の政治家に政治姿勢の気高さなど求めてはいけない・・・というのであれば仕方がない。

哀れなのは、こうした者たちの中から自分たちの代表を選ばなければならない国民一人一人か・・・

                                      行政書士 八尾信一


      2006年10月15日
                             
     「もう来年の手帳の販売コーナーが・・・」

 今月に入ったら、スーパーなどに幟が立ちまして、曰く「年賀状の印刷、承ります。」

えらい早いなあ、と感心していたら、本屋さんには、来年の手帳の販売コーナーまで出来てます。

私は、これまでは確か毎年12月の初旬頃に買い求めていた記憶があるのですが、毎年、こんなに早くから販売されていたんでしょうかね?

手帳選びには、毎年ちょっと悩みますね。

「行政書士手帳」は毎年手に入れています。
まあ、これは上着のポケットに入れるのにちょうどいいサイズです。
行政書士法関連の資料も別冊で付いているので、ひょっとしたときに便利です。

ただ、この手帳は「見開き2ページに1週間」の構成になっているのですが、このスペースでは予定などがあふれてしまって、なかなか書き切れません。

最近は、手帳というよりもノートタイプのものを活用しています。
これだと、書き漏らしはないのですが、ただ携帯には不便です。

今年は「バーチカル」と呼ばれる、見開き2ページに1週間のスケジュールが横に並んでいるタイプのものが人気だそうです。

最近は、会社などが贈答用に作るステロタイプの手帳よりも、個人がそれぞれの使用目的に合ったものを自由に選ぶのが主力とか。

手帳の出版社である高橋書店や日本能率協会マネージメントセンターなどでは手帳の種類を増やしているそうです。

確かに、私たちも仕事用の手帳と自分の趣味の手帳(歴史手帳とか天文手帳)など数冊を使い分けしていますね。

先日、実は、ちょっとゼイタクをしましてある手帳を買ったばかりです。
手帳と言うよりはもしろノートと言った方がいいのかもしれない大きさですが、御存知の方もあるかもしれません、「モレスキン」というヤツです。

ヘミングウェイやゴッホも使っていたのと同じタイプという宣伝文句に引っかかってしまいました。確かに持ち運びできる雑記帳としては構成はシンプル。その上、丈夫ですね。

あとは、使う人の能力の問題です。(苦笑)

                                      行政書士 八尾信一


      2006年10月14日
                             
     「先人の知恵」

 今は遠のいていますが、以前、思想史の勉強をしていた時期があります。その時学んだことは、新しいことをやろうとするときに、まず最初に必要なのは、その分野で先人が残してくれた成果を十分に検討するということです。

 よほどの天才でないかぎり、一人の人間が出来ることは限られています。同じゼロ地点から歩みを始めるとしても、仮に先人が、10歩先んじているなら、先人の歩みから学ぶことで、その成果に新たなものを付け加えることの出来る可能性を高めることができるでしょう。

 これは思想史に限らず、思考の生産性を高める手法として一般的に言えることだと思いますが、現実の場面では、往々にしてゼロから歩み始めて、同じ道で迷ってしまう、ということが往々にしてあるのでしょうね。
             
                                      行政書士 寺見敬三


      2006年10月13日
                             
      テレビ報道

 昨日朝4時過ぎに、テレビではアメリカニューヨーク市マンハッタンの高層ビルにヘリコプターが激突したと報道していた。
中には小型飛行機ということもあったが、ほぼどの番組もヘリコプターだった。

それが小型飛行機、それも持ち主まで報道されだしたのは、市長の会見後からだった。

なぜ最初はヘリコプターという報道になったのか、誰が間違えてニュースを流したのか?
目撃していた市民がテレビに出て、こんなところで曲芸飛行は危ないと思った、などと話しているのだから、飛行機だと容易に気がつくと思う。


      佐屋地区

 高梁市の佐屋地区と井原市の佐屋地区
離れているようだが、実は川上町時代の佐屋地区と、芳井町時代の佐屋地区。
一つ町の中に町の境界線が複雑に引かれている引き裂かれの町です。

大都会のように、家並みがどこまでも続いて境界があるなら分かるのですが、山肌にしがみつく谷川沿いの道をひたすら山の上に上がって、吉備高原のはじっこの開けた高原の中のわずかな集落が二つに分かれているから、何とも不便なことです。

ここは、雨の特に多い地区です。それも岡山県下で1,2の集中豪雨の報道がされるところ。
夏の雨は、馬の背をわけると言いますが、夏の雨は、高梁、井原の市をわけるところです。

             
                                      行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月12日
                             
      募金完了 ・・・ 昨日の --予 感-- の続き
 
 頑張った甲斐があって、自分の担当の募金が法人、個人とも完了した。

或る金融機関では、通常の3000円を募金して貰ったのですが、予算が5000円で組んであるのでという電話が入り、再度5千円貰い直しに出掛けた。
そのときには、ちょっと前に立ち寄って募金をして貰ったばかりの飲食店が、既に昼の営業を終わり、夜に向けて準備中になっていた。ちなみにその前日は休業日だったのです。
いいタイミングだった。
法人、個人とも昨年より1週間以上早く完了だ。
帳面を見てみると、昨年はフライングをして9月から依頼していたので、実質は今年の方が大幅に効率がよかった。
1年経験を積んで、少し慣れたのだろうか?
 
この後は来月から歳末助け合い募金が始まる。
これは町内会長には話しているので、スムーズに行くと思う。
 
募金で近所の道を走っている途中、全く気にしていなくて、忘れてしまっていた「生き生きフェスティバル」のバザー出品要請が脳裏に現れ、ドキリと記憶が蘇った。
いつだっただろうか?
もうとっくに終わってしまったのだろうなどと思い、帰って書類を見ると、出品は明日と明後日だった。
おお、これで役目を果たすことが出来る。
よかった、よかった。
 
丁度いい具合に思いだしたものだ。 
             
                                      行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月11日
                         
    秋の日はつるべ落とし

 夕方暗くなる時間が早まってきました。
6時になる前から夕方らしくなってきています。
西の空に沈んでゆく太陽に照らされて、飛行機が輝いていました。
高気圧の後ろに回ってきているので、次第に鱗雲が多くなり始めている。

今日は明け方ちょっと雨が降ってきました。
今もまだ薄暗いので、なかなか朝の力が出ないところです。

夏の面影が次第に薄れ、秋が濃くなってきました。

                                       行政書士 妹尾芳徳



    予 感

 共同募金委員を委嘱されている。
仕事の合間にだが10月1日から募金活動に走り回っている。

今日は集まらないかな、という気がした。
自分の担当の法人の「赤い羽根 共同募金」の集金だ。

今回は一人でまわる分、特に時間を取らず少しずつ集金することにした。
先日はとても快調だったが、今日は予感通り1社しかできない。

残っている会社は、医院のように休み時間が長かったり、時間帯によってはとても忙しい飲食店など、時間に制限がある所がばかりだから、そのせいもある。

また、町内会に依頼している各家庭の分は、この連休中に全部集まり、後は指定金融機関の口座へ。
ところがこちらも、わずかの差でシャッターダウン。

また、今日頑張ろう。
 
                                         行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月10日
                         
    「生活保護世帯が、100万世帯を超えて・・・」

 厚生労働省がこのほど発表したところによると、2005年度の生活保護の受給対象世帯が、月平均前年度比で4.3%増加し、1993年度以降連続13年増加の一途で、ついに過去最高の1,041,508世帯となった。

厚生労働省保護課では、「増加しているものの、最近の景気回復と失業率の低下で、増加の伸び率は減少傾向にある」との楽観的な見方であるようだ。

ただ、保護世帯の内訳を見ると、こうした楽観的な見方が適切であるかどうか疑問がないとは言えないようだ。

保護世帯の主な内訳は以下の通りである。

高齢者     ・・・・451,962世帯
障害者・傷病者・・・・389,818世帯
母子世帯    ・・・・90,531世帯
その他     ・・・・107,259世帯

これを見ると、高齢者や障害者・傷病者の占める割合が圧倒的に大きいことがわかる。
おそらくは「一人暮しなどの老人世帯」が圧倒的に多いのではないだろうか。

「母子世帯」や「傷病者」はともかく、「高齢者」「障害者」に今後いかに景気の回復があろうとも、経済的な生活の自立化を求めることはいささか無理があるように思える。

厚生労働省は、「低所得者の消費実態を踏まえた支給額の見直し」を考えている。「生活保護費」にかかる予算を削ろう、というわけだ。

 生活保護は、これを不正に受給しようとしている者は徹底的に排除する構えが必要だが、「高齢」や「障害」などによって生活の自立能力を失った国民の懐に手を入れるようなマネをすることが、果たして「美しい国」のあり方なのだろうか?

                                       行政書士 八尾信一


      2006年10月9日
                         
    「異常な数の迷惑メール」

 ここ数ヶ月、迷惑メールの数が異常に増えています。一日に届くメールは100通を超えることがありますが、そのうち、9割近くが迷惑メールということもままあります。

 利用しているメールサーバのうち、一つの契約が、メールの総容量ではなくて、件数で上限がさだめられているものがあり、ここ半月のあいだに、2〜3度、オーバーフローしてしまいました。

 そのメールアドレスでは、サーバー上に5日間は、削除せずに残しておく設定にしていたのですが、それだと、日によっては溢れてしまいます。設定を3日にしても、同様のことが発生し、今は2日に変更しました。

 メーリングリストでも、ひどい配信遅延が発生しているものも見受けられます。このような状態は、ちょっと異常ですね。一時期、迷惑メールがひどかった時期がありましたが、法改正などで罰則が強化されたりして、それで一旦おちついていたものの、このところは、以前の状態か、それ以上に状態が悪化しているように思えます。なんとかならないものでしょうかね。

                                       行政書士 寺見敬三


      2006年10月8日
                   
      お祭りの季節

 田舎のお祭りが始まっている。
今日は獅子舞が来て、明日は御神輿だ。
私の田舎の御神輿はとても重たい上に、担ぐ人数が決められている。
そのため信じられないほど堪える。

大雑把な地区の御輿は、大勢で担いでいるので、それを見ると軟弱だと思うほどだ。
その上ここのお祭りの御神輿は山の中腹から担いで降りて、町内をひとしきり回った後、七社八幡宮というお宮に集まる。
急な階段を上がったあと、境内に着くと景気づけに急な山肌に突進を繰り返し、最後には七社の御神輿が高さを競うのだ。

このような過激な祭りを通して、町内の青年の団結は固くなる。


 
                                       行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月7日
                   
      「国土交通省の指名願いが・・・」

 10月5日付けで、平成19・20年度の国土交通省の定期競争参加資格審査インターネット一元受付について発表がありました。

以下のURLです。

http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/00/001005_2.html

また、同時に、国土交通省地方整備局等にかかる資格審査についても発表されています。
下記のURLです。

http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha06/00/001005_.html


また、この申請に関する「手引」に関しては、「紙」媒体のものは販売せず、すべて国土交通省のホームページからのダウンロードになるようです。

以下が、そのPDF版のアドレスです。

http://www.mlit.go.jp/chotatsu/shikakushinsa/net/construct/pdf/01.pdf

(これ、ページ数にして194ページとなっています。申請者はこれをやはりプリント・アウトして見ようとするでしょうから、1冊400円で販売していた前回よりも申請者にとって利便性が上がったのかどうか、ちょっと疑問ですね。)

それから、今回は、従来FAXで納税証明書を送っていたものが、「申請書作成プログラムにより、電子納税証明書を送信することが可能となりました」と書いてあります。

これは、新しい試みのようですが、さて、11月1日から始まる申請プログラムのダウンロードが楽しみです。
 
                                       行政書士 八尾信一


      2006年10月6日
               
    朝の楽しみ

朝は、新聞小説を楽しみにしている。
但し、新聞自体は余り読まない。

今日は金曜日、折込の漢字クイズと新聞には7つの間違い探しが掲載される日だ。
漢字クイズはさらさら全部解けた。
こんな事は余りないので、今日のは特に簡単だったのだろう。
間違い探しも一見して6つ分かり、最後の山の稜線は見直す過程で簡単に発見できた。

 
                                       行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月5日
               
    「HDD換装」

 長く手に馴染んだパソコンがあります。NECのMA80Tという、PentiumV800MhzのWindows2000マシンです。

 メールやワードで文章を書くのは、この3〜4年間、基本的にこのパソコンで作成する習慣になっています。先代のNEC9801V200がシステムクラッシュして、このパソコンに乗り換えたのが2003年2月ですから、もう3年半も使っていることになります。

 ただ、ハードディスクが、合計20Gbで、Cドライブが5Gbというサイズ。これは、メールのやり取りにも困難を生ずるほど、容量不足になっていました。ここ1〜2ヶ月は、数十メガバイトしか残容量がない状態をだましだましつかっていたのです。

 それが、ここ数日は、10メガを切るようになり、どうにもならなくなったので、今日午前中、無理やり時間を作って、手持ちの40Gbのハードディスクと換装しました。ドライブコピーツールを使ったので、最初からシステムをインストールするような面倒はありませんでしたが、それでも、半日潰れてしまいました。

 ドライブを交換してみると、快適そのもの。処理速度もずいぶん早くなりました。まだまだこのパソコンには、現役で活躍してもらえそうです。

その時に、日本には、こうした「ステラ賞」のような訴訟は起きて欲しくないものだ。

                                       行政書士寺見敬三


      2006年10月4日
          
     「『ステラ賞』って、ご存知ですか?」

 たぶん、ほとんどの方は御存知ないと思いますが、アメリカにはある御婦人の前からとった「ステラ賞」というものがあるそうです。

ステラって言われても誰のことかわからなくても、マグドナルドの熱いコーヒーを膝にこぼして、大金をせしめた女性と言えば、思い出す方は多いはず。
彼女の名前が、ステラ・リーベックさんだったことから「ステラ賞」というものが出来たらしい。

つまり常識では考えられないような仰天訴訟を起こした人に、みんなで「ステラ賞」をあげましょうというウェブ・サイトがあるらしい。

詳しくは、『訴えてやる!大賞 本当にあった仰天裁判73』(ハヤカワ文庫)を読んで欲しい。

ここには、まあとんでもない常識ハズレの訴訟が次から次へと紹介されている。

自分が心臓病や糖尿病にかかったのは、週に4〜5回は食事をするファースト・フード店のハンバーガーのせいだと訴えた56歳の肥満男。「店の方は、自分がどんな危険な(高脂肪含有量の)食品を食べているか説明しなかったのが悪い」というのだそうだ。

卵巣ガンの手術を受けるため、母親が救命救急診療のため廊下を運ばれていた。緊急の手術を受けなければならなかったのだから、母親の顔色はひどく悪かった。たまたま、その場面を目撃してしまった幼い姉妹は、苦しむ母親の姿を見せられて「心に傷を負った」として、母親の命を救ってくれた医師を訴えた。

などなど・・・

ただ、著者のランディ・カッシングはこうした仰天訴訟をただからかっているわけではない。

こうした非常識で無責任な訴訟によって、アメリカが負担している費用が莫大なものであること、また、訴訟のターゲットにされた企業、医師、学校などの「損害賠償能力」が大きいとされるものが、訴訟の多い地域からは撤退したり、廃業したりして結局は、真面目な消費者が「被害」にあっていることなどを指摘している。

こうした「仰天訴訟」が激増する背景には、一般市民の間に広がっている自分以外の誰かに責任を押し付けようとする傾向が顕著になっている社会状況。
また、訴訟をなりわいとする多数の弁護士たちの存在とその資質の問題。
あるいは、陪審員たちの「どうせお金を払うのは自分たちではない・・・」というような態度などが問題となっている、と考えられている。

日本も、まもなく大量の弁護士を社会に送り出す体制に入ろうとしている。
陪審員に似た「裁判員」制度も間もなく開始されるだろう。

その時に、日本には、こうした「ステラ賞」のような訴訟は起きて欲しくないものだ。

                                       行政書士 八尾信一




       白い恋人

 小ざさの羊羹は、1日生産数を150棹に生産が限定されているため35年間早朝から買う人の行列が出来続けている。
このことは先日書きました。

対照的に北海道のおいしいクッキー「白い恋人」の生産は、発売初年の昭和51年に500万枚だったのが、平成7年には1億枚、平成15年には2億枚と伸び続けている。
「白い恋人」は、ホワイトチョコレートをクッキーで挟んでいます。

生産数の制限はしていませんが、実は小ざさの羊羹と同じくブランド名を高める大きな仕掛けをしています。

それは販売は北海道に限定することで、ブランドの地位を保つようにしています。
ただ、それだけではなく、道内のキヨスク、ホテル、主なお土産物店などでまんべんなく販売していますので、ちょっとしたところではどこでも目に付くようにされています。

例えば、稚内の西北に有る観光の島礼文島では、お土産センターやホテルなど9箇所に並んでいて、北海道に来さえすれば手に入りやすいお土産です。

                                       行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月3日
          
    あさひ軒ラーメン 第1弾

 あさひ軒でラーメンを食べたら、腹一杯になってちょっと苦しい。
390円(税抜き)のラーメンに350円(税抜き)のチャーハンも食べたから、おまけに鶏の唐揚げもつまみ食い。

チャーハンは以前とは変わっていた。
以前は鉄板でジュウジュウいいながら出てきて、食べているそばからご飯や玉子が乾いていっていたが、今回は普通のチャーハン用皿でした。

また、ご飯の上にニワトリの餌のように、生レタスがのっかっていたのが無くなりました。
普通のチャーハンになりました。

本当に看板にあるように、昭和45年創業なんだろうか?
老舗ならそんなに簡単に基本スタイルを変えたりしないはず?

まあ、それはどっちでもいい。

目的の冷やし中華が秋になってもう無くなっていた。
あとのことはどうでもいいくらいにがっかりだった。
ついでに、冷やし中華と共に現れたアルバイトのお姉さんもいなくなってしまった。
秋風が冷たい。

                                       行政書士 妹尾芳徳




       安い食べ物の話 第2弾

 最近のスーパーの弁当は安くてボリュームがある。
ランクが付けがたい所だが、あえてならべてみた。
弁当といってもスーパーで買うのだから値段が安くないといけない。
第1、ニシナ
第2、マルナカ
第3、ハローズ
第4、シュフレ

ディオは番外か?

398円(税込み)程度の弁当比べでした。


                                       行政書士 妹尾芳徳

 
      2006年10月2日
          
    小ざさの羊羹

 新聞の土曜欄に小ざさ(おざさ)の羊羹について記事があった。
東京都武蔵野市吉祥寺駅の北口にある和菓子屋さんですが、毎日限定生産ですから、並ばないと羊羹は手に入らない商売をずっと続けています。

店は間口も狭くて変わったところはありません。

並ぶと言っても開店前からでなくて、早朝からです。
中には寝袋を持って深夜から並んでいる人もいるとか。

6時に整理券が配られ、開店時間の10時以降引き替えに行くそうです。

地元の人が遠方にいる人へのお土産に買うことが多くて、地元の人でもそうそう口に入らないようです。

和菓子店のブランドを守る一つの方法です。

                                       行政書士 妹尾芳徳



     今日(月曜日)の運勢

 インターネットの運勢欄を見ると、仕事運では、「外国とのやりとりに疲れを感じてしまう時」と書かれていた。

土曜日の午前中に近くの郵便局から差し出した「EMS」を追跡してみた。
1日の2時過ぎに大阪国際郵便局を出たようです。
この郵便は韓国宛なので、明日辺り現地の役所に配達されるかも分かりません。

占い通りだとして、もし電話がかかってきたらどうしよう?


                                       行政書士 妹尾芳徳


      2006年10月1日
          
    少子化社会

 今度出来た安部内閣にも少子化担当大臣がいる。高市早苗内閣府特命担当大臣だ。
担当は沖縄、北方対策など数多い。
その中で少子化対策の担当する。

「安心して産み、育てられる社会とは、男女差別をなくし、女性の権利を擁護してこそ形成される。そうした国民の意識面も向上を急がねばならない。 」そうだが、あなた方国民の考え方は間違っている、改めなさいということだろう。

子供が生まれて来ないのはなぜなのか考え、生まれやすい、子を産む親にとっては生みたくなるような世の中にするのが仕事ではないようだ。

しかし本音は、今後予想されるように日本の人口が減った場合には、国家としての経済力、国力が低くなるから子供を増やそうとするとしか思えない。

しかし、生まれてくる子供にとっては、生まれたら豊かなくらしや快適な人生を用意してくれている訳じゃなく、働き手として、何をさせられるか分からないといったところだろう。

消費税を上げる準備や、すでに諸税の負担が重くなっている社会を用意してくれているわけだから、生ませたい国家の気持ちとは反対に、子にとっては生まれたくない、親にとっては生みたくない世の中になってきていることだ。

                                       行政書士 妹尾芳徳



        2週間ぶりの法学研修

 久しぶりという感じの法学研修でした。
土曜日の午後という休みモードの時間にも拘わらず、講師の先生も、受講する行政書士も熱心です。

ただ、今回は疲れた受講生の姿も見掛けました。

いろいろな分野に亘ってそれぞれの専門の教授から研修が受けられるこの法学研修は、大変有難い制度です。

                                       行政書士 妹尾芳徳