| 2007年4月 |
2007年4月30日 日曜日のクイズ 新聞のサンデー版にクイズが載っている。 これが私の日曜日の日課になっている。 今日は早く済ましてしまおうと、朝から手を付けたのですが、問題が難しく、一時中断して昼過ぎから再び取り組んだ。 升に数字を入れる問題です。 段々難しくなっている気がします。 新聞の問題といえば、ローカル紙の金曜日に掲載されている2つの絵の7カ所の違い探し。 この間違いは、長いか短いかという違いが多くて、面白みが今一です。 息が詰まりそうな違いより、こちらの絵では本物の飛行機ですが、あちらでは模型飛行機になっているといった、思わず笑いが出るような工夫があってもいいように思います。 新聞の問題は、解いたからといってどうなるわけではありませんが、答えないと気になることです。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月29日 「『文芸春秋』の5月号の記事から・・・」 ふと本屋さんで目にとまって買ったものだが、この対談の記事、あっという間に読んでしまった。 『新発見「小倉侍従日記」を読み解くー昭和天皇 孤独な君主の闘いー』という記事が、それ。 歴史家の半藤一利さんと作家の阿川弘之さんが対談している。 ここでは、日独伊三国同盟から太平洋戦争へと向って行く過程で、戦争を避けようとする昭和天皇に対して、当時の軍部が重大な事実を隠蔽したり、嘘をついたりしている様子がよくわかる。 彼らは、部下の兵士たちには天皇のために死ねと命令しながら、自分たちはその天皇を騙して戦争に突き進んで行ったことになる。 このところ、天皇の側近であった人たちの記録が発表されて、昭和天皇の生活や考えが次第に明らかになって来ている。 昨年の7月23日付けの『今日の意見』で取り上げた元宮内庁長官の富田朝彦さんのメモも衝撃的だった。 また、この27日あたりの新聞でも取り上げられていた元侍従であった卜部亮吾さんの日記もまた貴重な歴史的資料だ。 こうした複数の資料から、昭和天皇は、A級戦犯たちが靖国神社に合祀されたことに極めて不快感を持たれ、そのことが原因で靖国神社へは行かなくなったことが事実であることは明白だろう。 ところで、広島県の呉市にある「大和ミュージアム」の名誉館長でもある阿川さんが戦艦大和について、以下のように述べられていることは印象的だ。 「『大和』は国民の巨額の税金を使って世界一の物を造って、結局何の役にも立たないまま、特攻作戦で沈むのです。それをきちんと認識した上で、日本の誇りにしてほしいですよね。」 ただ、巨額の税金が投じられて、しかも何の役にも立たなかったのは「大和」だけではなかったのではないだろうか・・・ 行政書士 八尾信一 |
2007年4月28日 「九州大学にて――調停トレーニング(最終回)」 三泊四日の出張も最終日。朝、ホテルをチェックアウトするときに、荷物は宅配で送り出して身軽になり、トレーニング会場に向かいました。三日間同じ道を通いましたから、なんだか名残惜しい気さえしました。 三日目は、ロールプレイが午前・午後と二本ありました。午前はよい解決とは?とか、和解の障害物ということについての説明があり、最終的に合意書としてどのようにまとめるか、というところまでロールプレイを体験しました。 この三日目のロールプレイは、結構しんどかったです。昨年3月から、ADR関連の研修を何十時間か受けましたが、日常的に、こういった訓練はやってないと、身につかないなと実感しました。 最終日は、終了時間が午後4時です。レビン先生が、この4月で教授になられたとのことで、お祝いの花束贈呈や記念写真の撮影などして、受講者はそれぞれ帰路につきました。11月にまた再会するのを楽しみに、それまでに、日常的に訓練も重ねておかねばと考えさせられたトレーニングでした。 行政書士 寺見敬三 |
2007年4月27日 「日本列島に春が・・・」 今頃言うのもおかしいですが、日本というのは南北に結構長いんですね。 南は沖縄から北は北海道に到るまで、すっぽりと春になるのに時間がかかる。 先日、ラジオで、青森でモンシロチョウが飛び始め、稚内ではウグイスの囀りが聞こえ、函館など北海道南部にツバメの姿が見られるようになった・・・と放送していました。 この調子でいくと、北海道の北のはしが春一色になるころには沖縄はもう夏日和なのでしょうね。 異常気象、異常気象と言われながらも、大きなサイクルはまだ「健全」の範囲なのでしょうか。 岡山は、いまどこへ行っても菜の花がきれいですね。 いまは本当に菜の花畑が少なくなってしまったのだそうですが、昔は、この菜の花から採取する「菜種油」が、人々の夜の世界を照らしていたのですね。 ただ、ところどころに残っている菜の花畑の黄色一色を見るとき、思い出すのが、次の俳句。 菜の花が しあはせさうな 黄色して 細見 綾子 菜の花の頃には、菜の花の辛しあえを作ってみるのだが、いつも失敗している。 「菜の花とイカの辛しあえ」なんてのは、成功するとうまいだろうな、と思っているのですが・・・(苦笑) 行政書士 八尾信一 |
2007年4月26日 なぜかUターン 信号待ちをしていると、休館日のパチンコ屋の駐車場に車が入ってきては引き返している。 それも次から次へである。 何なんだろうと思って見ていると、こちらの出口は鎖でふさがっているが、あちらの入り口は開いていたのです。 長い時間の信号待ちを嫌った車が、勝手知ったる角のパチンコ屋の駐車場を短絡道にしているのでした。 ねらいは良かったのですが、今日は休みなので残念ですが出られません。 Gウイーク秒読み Gウイークが楽しみなのは、始まる直前です。 始まってしまえば退屈だし、カレンダー通りなら、あれよあれよという間にすぐ終わる。 今日辺りが、気分はGウイークのピークなのかも。 なぜかウキウキです。 日赤社費 世の中いつもこの時期に、日本赤十字社の社費集めが始まります。 社費といっても完全に募金なので、最近は段々少なくなっているのでしょうか。 世話役が町内会毎各家庭を尋ねて集めに回っているのが現状でしょう。 払って貰えなければ、ひきさがざるを得ない。 市も、強制ではない旨を強調している。 しかしそんな弱気でいいのだろうか? 募金を集めるだけの義務としてやるなら別ですが、私の勝手な想像ですが、そこには募金率と、町内の結束というか、モラルというかそういった”バラバラにめいめい勝手なことを言う”の反対の意味の状態と関連があるような気がします。 町内会の結束を高めたり、横のつながりを強くしようと思ったら、本気でこのような行事を利用するのも1つの手です。 公共心のなさを嘆いたり、隣近所とのつきあいが薄れていく現状を憂う暇があるなら、1っ歩前に出なきゃ。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月25日 「山本勘助は・・・?」 始まってもう4ケ月経つNHKの大河ドラマの「風林火山」。 どうも、もうひとつピリッとしませんね。 井上 靖の小説『風林火山』をドラマ化するという振れこみだが、最初はドラマのオリジナル設定から・・・ということだったので、いつから面白くなるのか楽しみに見ているのだが、まだ一向に面白くなってくれない。 ところで、先だって山本七平氏の『山本七平の武田信玄論・・・乱世の帝王学』(角川新書)を読みましたが、こちらはおもしろ面白かった。 武田信玄について非常に冷静で科学的に分析してあってとても面白いが、その山本七平氏が山本勘助について書いてあるくだりはまた面白い。 もともと、山本勘助は武田二十四将の一人に数えられていながら、ただ一人その実在の証しがほとんどない「謎の人物」(多くの歴史家は、その実在すら疑っている「架空の人物」である。) 山本七平氏もやはり、山本勘助なる一人の軍師がいたかどうか非常に怪しいと考えている。しかし、武田信玄のためにその「情報」や「諜略」を専門に行う「影の部隊」はいたのではないかと考えていたようだ。 山本勘助が、隻眼で足が不自由で、色浅黒く、醜悪な面体であったとされていることも、そうした「情報」「諜略」を行う集団の中に、隻眼の者もおり、足の不自由な者もおり、また一見して醜い面容な者もいたということであれば、理解し易い。 言い伝えによれば、山本勘助が信玄に仕えるようになったのは、51歳の時。 そして、討死したとされているのが永禄4年(1561年)、第四次の川中島の闘いの中でである。このとき、勘助は69歳。 このとき、自分の立てた作戦の失敗の責任をとって敵中に突入。獅子奮迅の働きをするが、信玄の弟の信繁や諸角虎定らとともに討死したとある。 さてさて、本当はどうであったのか・・・ ところで、「風林火山」の旗印も武田信玄のオリジナルではなかったらしい。 武田信玄よりも200年も前、南北朝時代にすでに北畠顕家がその「陣旗」として用いていたらしい。 いや、歴史というのは面白い・・・ 行政書士 八尾信一 |
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2007年4月24日 「九州大学にて――調停トレーニング(4)」 二日目の午後、ロールプレイがありました。「パラフレイジング」や「リフレイミング」といった個別技法のトレーニングは、「スキル・プラクティス」と呼んで、それらを総合しての事例体験トレーニングは「ロールプレイ」と区別されているようです。 これまで、日行連主催のADR研修で経験していたロールプレイは、ある意味、割と均質な受講者が似通った目的意識で同じ課題に取り組むということで、グループ分けしても、それほど大きな違いはなく体験できたような印象があるのですが、今回の研修は、受講者が様々な職種・経歴を持った方々の集まりだったこともあり、グループによって、いろんな局面が展開されました。それはそれで、いい経験になったと思います。 二日目のトレーニングが終わった後、福岡市在住の参加者(日行連ADR研修で1年前に知り合った方)に博多の夜の街を案内していただきました。6時過ぎから2時間程度食事してから、土産物店などにも連れて行っていただき、宅配で明太子などを送るようにしましたから、自宅への土産の手配も二日目に完了。10時頃にはホテルに戻り、三日目最終日の研修に備えました。 行政書士 寺見敬三 |
2007年4月23日 雨模様 日本列島には梅雨のような前線が横たわっているらしい。 雨模様です。 雨で雑草がぐんぐん伸びるのですが、うれしいこともある。 それは抜きやすいこと。 駐車場の草取りは、雨が降らないと途中でちぎれてしまう。 変わる行政書士のイメージ 最近行政書士のイメージが変わってきているように思う。 スタイルが多様化していると思います。 今はまだ色とりどりの桜草の花が咲いている程度ですが、いずれ本物の桜の木が何本も出てくるでしょうね。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月22日 「年年歳歳花相似たり・・・」 この季節になると、ふっと頭をよぎるのがタイトルの漢詩。 高校時代に一生懸命教えて下さった先生の熱っぽい声の調子までも思い出してしまいます。 年年歳歳花相似たり 歳歳年年人同じからず・・・ 花という花が一斉に開く春という景色にこそふさわしい名文句。 去年一緒にこの花を見た人が、今年はもういない。 最も華やかで美しく生気にあふれているこの季節だからこそかえって不吉なことがわらわらと心に浮かんで来る・・・ 松柏は摧(くだか)れて薪となり 桑田は変じて海となる・・・ 松柏とは、墓標に使われた木。時代が過ぎるともうそこが墓地であったこともわからなくなって、そこにあった木が薪となって燃やされてしまう。 また、もっと時間が経ってしまえば、かつては桑が植えられていた田も海になってしまうこともある・・・ この世のすべては移り変わるものだ。 ひとつとしてじっと留まっているものなどはない。 作者は、劉 希夷(廷芝)という初唐の時代の詩人。 本人は、28歳という若さで亡くなった。 彼もまた、自分という存在は、泡の如く消えていくしかないことを知っていたのかも知れない。 今日、犬を連れて散歩をしていたとき、足許の草むらからタンポポの綿毛が音もなく舞いあがるのを見た。 行政書士 八尾信一 |
2007年4月21日 金曜日の夕方 あわただしい1週間が終わる金曜日の夕方が来ると、事務所が急に静かになるので「ほっ」とします。 来週はゴールデンウイーク前の週なので、忙しくなることを願っています。 ゴールデンウイークは、まず事務所の片付けです。 整理整頓。 今ある書類キャビネットを2台動かして、書類保管庫を2台設置しようという構想です。 幸い、キャビネットは、今設立中の会社が使ってくれることになり安心しました。 狭い事務所のこととて、使うには不便極まりないので、ムリ、ムダを思い切って省いていきたいと思っています。 片付けを金曜日からはじめました。 毎日片づけをします。 最初は、都計図の整理から入りました。 丸めて立てていたものを畳んでいます。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月20日 「恥ずべき暴力・・・長崎市での凶行を憎む」 長崎市において市長選挙の最中に、現職で候補者であった伊藤一長氏が凶弾に倒れた。 卑劣な犯行に及んだのは、暴力団の会長代行を名乗る男。 この事件の卑劣さは、まず、その犯行の状況そのものにある。 男は、 「待ち伏せし」て、 「丸腰の人間」を 「うしろから」 撃った。 武器を持った者どうし、堂々と正面から相手を見据えて挑んだものでは決して、ない。 「待ち伏せし」=「一方的に犯罪を準備」し、「全く丸腰の相手」を、こそこそと「背後から忍び寄って」射殺する、という犯行の卑劣さは全ての犯人側の弁明を無効にしてなお余りある。 このような「卑劣な行為」が、「正義の思想」から生まれたはずはない。 「市長を殺して自分も死ぬつもりだった」というようなことを犯人は言っているようだが、冗談もほどほどにしてほしい。 自分も死ぬつもりなら、相手を殺していい理屈などどこにもない。 しかも事実は、犯人は後ろから撃ったあと逃げようとして、周囲の人に取り押さえられている。撃った直後に、自分の脳天に引き金を引くなど容易い行為ではないか。 新聞報道などで見る限りでは、この男は、執拗に行政を脅したりして利益を得ようとしてきた経過があるようだ。 当人は「公憤」であるかのように言うかもしれないが、一般市民の目から見ればとことん「私憤」「私利私欲」にしか見えないという声がやはり正解だろう。 この男の犯行のあと、その所属していた組は、急いで警察に解散の届を出したそうだ。 ピストルの入手経路、方法などその背後関係はまだまだわからない。 こうした事件を根絶するためには、犯人に対する厳しい処罰も必要だが、その背後関係をも徹底的に解明しなければならないだろう。 こうした行政(人間)に対する暴力は絶対に容認されてはならない。 行政書士 八尾信一 |
2007年4月19日 「九州大学にて――調停トレーニング(3)」 二日目は、朝からスキル練習が中心でした。話し方の技法として、「パラフレイジング」、「リフレイミング」、「要約」などについて、午前中は説明を受けて実習を行いました。 午後は、話し合いの流れ(プロセス)として、「初めの言葉」から始まり、「イシュー」、「ポジション」、「ニーズ」の分析は特に興味深かったです。 「イシュー」とは、一般的には「争点」と訳される場合が多いそうですが、このトレーニングでは、「イシュー」という表現のままで使います。話し手が気にしている「事柄」として、できるだけそのものとしてくみ取るべき対象でしょうか。「争っている事柄」、「トラブルの直接的原因」、「当事者の収まらない感情」といったもの。 「ポジション」とは、「当事者が考えるトラブルの解決策」で「相手に対する要求」といしても主張されるもので、「ニーズ」は、当事者に特定の「ポジション」をとらせる理由、という説明がありました。 「イシュー」は、一つではなく、複数存在するのが通常で「イシューズ」として把握され、これらをパラフレイジングやリフレイミングを使って、把握していくことが、調停のプロセスとしては、「状況の把握」であり「解決の方向付け」というふうに位置づけられるのだそうです。このプロセスの説明も明快で理解しやすいものでした。 行政書士 寺見敬三 |
2007年4月18日 「春の海・・・」 春の海 ひねもすのたり のたりかな ・・・とは、与謝蕪村の有名な俳句。 蕪村は、江戸時代中頃の俳人。 その頃は、日本周辺の春の海は、一日中のたりのたりだったのでしょうね。 先日、テレビのニュースで日本周辺の海が映っていたが、それは、海上自衛隊が初めてアメリカとインドと日本の三国での共同演習を行ったというもの。 まあ、どこの国とも仲良くするのはいいけれど、しかし、インドは「核保有国」なんだよね。つまり、核拡散防止条約(NPT)にインドは加盟していない。 アメリカは、このインドの核保有を容認する姿勢。 しかし、イランや北朝鮮の核保有は断固として許さないという態度。 インドが核を持っていいのなら、イランや北朝鮮が持ってはいけない理由はない。 あるとしたら、インドはまだアメリカから「ならず者」と思われていないだけのこと。 世界を貫く「正義」とか「原則」というのが、ある特定の大国の恣意的な意図によって決められているということは、世界を貫く論理が不在であることの証明のようなものだ。 核兵器を持つものは、すべて自分が持ちたいから持つのではなく、自分がいい関係を結べない国がそれを持つからだ、という論理を振り回す。 イスラエルが持つから、イランが持つ。パキスタンが持つからインドも持つ。 アメリカが持つから北朝鮮が持つ。 みんな相手のセイにしている。 なるほど、武装(核武装も含めて)は、「外交」と「政治」の恐るべき無能の産物。 ただ、今は、この「野蛮な無能」がもてはやされそうとしている。 愚劣な時代は、愚劣な頭脳によって支配される、か。 さてさて、春の海は軍艦の舳先で絶ち切られようとも、やがてまた、のたりのたりを繰り返すのだろう。 それを見る人類が一人もいなくなったあとも・・・ 行政書士 八尾信一 |
2007年4月17日 カーテン 事務所の入り口にカーテンがなかったので、日曜日に取り付けました。 この事務所は7,8年使っているのですが、今までカーテンの代わりに布を目玉クリップで留めて代用していました。 少し事務所らしくなりました。 おまじない 経営コンサルの言うことは、1回使ったら効果が消えてしまうおまじないのようなもの。 だからいくら高いお金を払ったとしても、教わったおまじないは中身が使われてしまっているので、効果があったと思うか思わないかのうちに消えてしまう。 トナーの空の容器を振って使っている様なものだから しかしこのようなおまじないは、少し変えるとまた効いてくる。 だから自分の頭で考えて、少しずつ違ったおまじないを使うこと。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月16日 「かくて高級官僚たちは枕を高くして眠る・・・」 公務員制度改革について、自民党と政府のなにやらもごもごした「争い」に決着がついて、どうやら法案が国会に出るらしい。 先の国民投票法案の時もそうだったが、すでに国会は審議の場ですらない。審議はどこやら闇の中で行われて、法案になって出てきたら、もうそれで「数」と頼んでのゴリ押しの一手。 確か大正時代だったか、昭和の初期だったか、ある政治家が国会で議事が行われず、どこか別のところで誰かがもぞもぞ集まって決めてしまったものを形式的に決議するためにだけ国会があるのなら、「国会議事堂」と呼ばずに「国会議決堂」と呼ぶベシ・・・と批判したそうだが、まさに今の国会はその頃と寸分異なっていないように思える。 今のような国会は危機だ。 きちんと公開の場で論議を尽くすという民主主義の根本が死にそうになっている。 今のような国会は危機だと察知する感覚をもって政治家が、「保守」にも「革新」にも少なくなってしまったのかも知れない。 ところで、今回は、日本の諸悪の根源である高級官僚たちの「天下り」を根絶することが狙いの公務員改革だったはず。 にもかかわらず、まとまった法案はアナだらけ。 これでは、「天下り」は今と同じやりたい放題のままだ。 そもそも、なんで高級官僚たちの再就職先を私たちの税金を使って作る「人材バンク」とやらがしてあげなければならないのか?(貧乏人が一所懸命、金持ちの世話をしているのと全く同じ構図だよ。) 厚生労働省の役人が製薬会社に天下り、警察署長がパチンコ遊戯協会に天下り国土交通省の役人がゼネコンに天下り・・・ 役人だって、何年か先には自分が天下ることになる所を徹底的に取り締まるはずもない。 官民の癒着から来る談合、税金の無駄遣い、無責任行政の横行、非効率的な経済運営・・・ 官僚が政治を動かせば、自分たちだけにおいしい国家を作ってしまう。 今回の公務員制度改正の動きを見れば、自民党は、その官僚たちを取り締まる能力も気概もなさそうだ。 行政書士 八尾信一 |
2007年4月15日 「九州大学にて――調停トレーニング(2)」 研修は9時受付開始で、講義開始は9時半でした。これは、三日間同じ。終了時間は、午後5時。最終日だけは午後4時の終了でした。 受講者は30名。最初、ごく簡単な自己紹介をしました。九州地方と中国地方からの参加が多かったです。職業などについては、行政書士が多かったようです(少なくとも10名)。それから調停委員(家事・民事いずれも)の方もおそらく10名以上おられました。 この研修では、日行連のADR研修などでおなじみになった方々との再会できることも楽しみのひとつでした。福岡会や山口会のかたがたとは、研修中はもちろん、研修後の時間もいろいろとお付き合いいただき、大変楽しい三日間になりました。 講義の初日午前中は、ADRの歴史的背景と社会科学的な理論面での説明がありました。歴史的背景というのは、アメリカでADRが利用されるようになる経緯とADRのさまざまな方法、そしてその中での「調停」の位置づけについてでした。 理論については、「紛争管理」という概念で、主に「交換理論」と「関係理論」が紹介されました。この部分は、これまで受講した日行連のADR研修ではそれほど時間を割いていない部分でしたから、興味深く聞きました。 午後にはスキル練習などにも徐々に入って行きました。最初は「傾聴」から。初日は、講義終了後、午後6時から懇親会が設定されていました。研修会場のすぐ近くに懇親会場が設けられており、立食形式で約2時間ほど歓談しました。もちろん、有志数人で二次会にも行きました。 行政書士 寺見敬三 |
2007年4月14日 曇り、雨、晴れ 天気が変わりやすいですね。 暖かかったり、寒かったり、晴れたり、曇ったり、黄砂でかすんだり。 天気が変わるのはいいのですが、字が変わると元には戻りません。 最近見た例です。 韓国の戸籍の本籍欄の住所にいきなり「4」という算用数字が出てきます。 よく考えると、日本の住所の中の「西」という字を韓国の戸籍係が「四」と読み、「4」と書いた様です。 韓国に帰化した人の名前が「由」が正しいところ「田」になっていてしかも韓国読みのハングルで戸籍名が書かれている。 もう一つは日行連のホームページ「行政書士の仕事」の中の運送業の「A」のところですが ”・・・資本金が14万円未満の有限会社の場合・・・” とあり会社法が出来る前の昔のままの仕事の紹介記事であるだろうと思いますが、原稿の「千」という字をホームページの作成会社の人が「4」と読み間違えたのでしょうね。 免許証と住民票 免許証の住所を変える為に「住民票」を取りに市役所に行くと、「本籍地」が変わらないなら本籍の記載された住民票は出せないと突っぱねられた。 県外から住所を変えたので不安だから本籍を入れてくださいとお願いしても、警察からそのように言われているとのこと。 たぶん「本籍地は変わっていませんか?」 という質問があると思う。 記載されていたなら、変わっているか変わっていないかすぐ解るのですが、記載がなければ解らないのではないかな? いっそのこと、”免許証の本籍欄も不要にしてしまえ” このアイデアは、すばらしい。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月13日 「おっ、もう、鯉のぼりが・・・」 昨日、仕事で郡部の方を車で走ることがありましたが、山間の家の庭に高々と翻る「鯉のぼり」を見ました。 まだ、ぽつりぽつりの数軒の家でしたが、きっと男の子供あるいは孫が生まれたお家なのでしょうか、屋根の上を誇らしげに鯉が舞っておりました。 もうそんな季節なんですね。 桜は散りかけて、山には躑躅が咲いています。 鯉のぼりというのは、どうも江戸時代の町人たちが始めたようですね。 鯉が滝を登って龍になったという中国の故事にならって、子供の立身出世を願ったイベントだったようですが、士・農・工・商という身分制度に縛られていた当時にあって「立身出世」とは具体的にはどういうことを願ったのか・・・まあ、たわいもない「親ばか」と思って見れば、それはそれでいいのかも。 これから、鯉のぼりの行事は全国各地で見られるようです。 特には、鯉のぼりの日本一の生産地である埼玉県の加須市や、熊本県の小国町の杖立温泉、あるいは、高知県の四万十川で有名な四万十町など多くの所で、鯉のぼりの川渡しが行われるらしい。 最近は、住宅事情や核家族化の傾向によって都会ではなかなか鯉のぼりを立てる余裕も空間もないかもしれない。 それでも、男の子であれ女の子であれ、子供がすくすく元気に育って欲しいと願うのは、おそらくどの親にも共通の気持ちであろうと思う。 「立身出世」などしなくていいから、親より早く子が死ぬことのないように、その順番だけは間違えるなよと、もう鯉のぼりなんぞには感動しなくなった子供たちに、最近は言い続けている私である。 行政書士 八尾信一 |
2007年4月12日 役員変更に注意 建設業の許可を持っているなど役員に変更が有れば届出が必要な会社は、この決算で注意する必要があります。 というのも、特殊支配同族会社の役員給与の損金不算入制度がの適用が本格的に始まるからです。 平成18年4月1日以降に開始する事業年度から適用なので、平成19年3月31日決算で、5月31日が確定申告の期限となる会社から適用されることが多いからです。 特殊支配同族会社かどうかの判定は、事業年度終了時の役員で判定されます。 ですからもう役員が変更されているかもしれません。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月11日 「やっぱり体質は、とことん保守・・・?」 ちょっと動きかけた民法改正。 でもここに来て、どうやら全部潰れそうな気配が濃厚。 「離婚後300日以内に生まれた子は、前夫の子」とする民法第772条の規定に例外規定をもうけようとする案は、どうやら「流産」。 女性にのみもうけられている「再婚禁止期間」を現行の半年から「100日」に短縮しようとした試みもどうやら頓挫する模様。 自民党も「改革」の政党であることを売り文句にしているくらいだから、もうちょっとは「革新的」なのかなと思っていたが、やはり、こういう種類の問題にはとことん保守的な体質は変っていないのだなと思える。 憲法が、国民主権、民主主義、戦争放棄をうたっても、日の丸だ、零戦だ、戦艦大和だ、とか言ったら血が騒いでしまう体質を持っている人々がまだ政府の中枢にしがみついているのだから仕方がないのだろう。 それにしても、長勢法相が、「貞操義務」とか「性道徳」とかの言葉を全面に出して反対していたのにはいささか唖然としてしまった。 きっと、「離婚する前に女性が夫以外の男性の子供を妊娠する」・・・という事態を認めたくない、ということだけの感性のように思えるのだが。 「離婚後300日」規定も、「再婚禁止期間」も生まれて来る子供の父親が誰であるかを判断するために設けられている条文だと言ってもいい。 そういう意味では、とことん「父権社会」を維持しようとするための条文。 しかし、断言するが、もう二度と日本が戦前のような「父権社会」に戻ることはない。 「強い父親」など、もう決して復活しない。これは、世界の趨勢なのだ。 そういう時代を見越しての「貞操義務」だとか「性道徳」を言うのならそれは面白いが、単に「父親」の権威付けのためだけに「貞操義務」や「性道徳」を振りまわされても国民は迷惑なだけ。 安倍総理は、離婚後300日以内に生まれた子でも離婚後の妊娠だと医師が証明すれば前夫の子としてでなく出生届を受理するとの通達を法務省が出すことで大半の子供を救済できるとしているが、果たしてそうなのだろうか・・・ 行政書士 八尾信一 |
2007年4月10日 ある日ばたりと・・・ ある日”ばたり”と倒れる話じゃなくて、ある日ばたりと原稿が書けなくなるときがあります。 今がちょうどその時です。 頭の中にはいろいろな言葉が渦巻いているのですが、書くのが苦手なのです。 そんな訳で今日はなかなか筆が進みません。 今考えていることは、仕事の中身じゃなくて進め方です。 お金を出せばいろいろなことを教えてくれるのでしょうが、こちらにはその余裕がないので、自分で考えるしか有りません。 いろいろなところから”こうすればいい””ああすればいい””この話を聞けばいい”といった案内を送ってもらっても、そういう理由で行かれませんよ〜。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月9日 「国民投票法案に異議あり!」 今年の1月25日に、「日本国憲法の改正手続に関する法律案」(国民投票法案)が上程され、審議が始まっていますが、国民の関心はいまひとつというところでしょうか。 ありていに言えば、今回の国民投票法案の提出は、憲法の第9条を変えて、日本が堂々と外国に軍隊を送りこむことができるようにしたいというのが直接の、そして一番大きな、差し迫った目的です。 それ以外の目的はない、と言ってもいいくらいです。 しかし、ことは国民にとって一番大切な憲法に関する事項です。 慎重の上に慎重に審議されて当然でしょう。 某「友好国」からの「干渉」や「忠告」はこの際、二の次でいいはずです。 今回提出されている国民投票法案には、いくつもの重大な欠陥があります。 その一番大きなものは、最低投票率を定めていないことです。 憲法とは、日本の最高法規であり、国民主権の原則を高々とうたいあげています。 当然、それには国民の多数の意見がきっちり反映されていなくてはなりません。 ことろが、憲法改正の手続における国民投票の最低投票率が定められていないということは、ほんの少数の人が投票を行ってもそれで手続が成立してしまうこととなります。 せめて、有権者数の過半数の投票がなければ、その国民投票は無効とすべきでしょう。ことは、通常の法律ではなくいやしくも憲法なのですから。 与党の改正案に、こうした最低投票率の規定がないことは、逆に言えば与党が憲法をどのように見ているかが露呈している感じがします。 この最低投票率に関連してもうひとつ重大なことは、「過半数」が、「有効投票数の過半数」とされていることです。これは「過半数」の数え方としては、最低の基準に合わせたものです。 これであれば、例えば、全有権者の30%程度が投票して、その過半数が賛成した場合は、全有権者の15%程度の賛成で憲法は改正されてしまうことになります。 「最低投票率を50%とし、それ以下の国民投票は無効である」とするか、あるいは最低投票率を定めないのであれば「全有権者数の過半数の賛成がなければならない」とするか、いずれかでなければ真に国民の意思を反映した改正とは呼べないものになってしまいます。 そうした国民の意思を正確に反映しない手続方法が、まさか政府・与党の狙いとも思えませんが・・・ 行政書士 八尾信一 |
2007年4月8日 「九州大学にて――調停トレーニング(1)」 4月6日から三日間の調停トレーニングを受けるために、九州大学に来ています。これは、九州大学法学研究院紛争管理研究センターが実施する公開トレーニングで、以下のURLに情報があります。 http://quris.law.kyushu-u.ac.jp/~cms/ 6日の午前9時半から開始ということもあり、前日から福岡入りして、まず会場の下見をしました。福岡市東区箱崎にある九大理系キャンパス内の21世紀交流プラザがトレーニング会場です。 JR鹿児島本線の箱崎駅で降りて九州大学構内に入り、地図を見ながら歩きましたが、海洋船舶工学や宇宙工学の研究施設などが建ち並び、思えば小中学生の頃は、こういう分野の研究にあこがれていたなと、ふと思い出して妙な感慨にひたりました。 桜は見頃を過ぎたとはいえ、キャンパス内の至る所に桜の花が咲き、新入生が入ってくるシーズンです。そんな活気のある大学で、調停トレーニングという新しい経験をすることに新鮮な喜びを感じつつ、前日の下見を終えたのです。 行政書士 寺見敬三 |
2007年4月7日 花は桜木、人は・・・・ 週末はお花見の真っ盛りですね。 天気は持ちそうです。 しかし、この調子なら、天気の急変も想定された方がいいかなと。 目にしみる 若葉が目にしみる季節がまもなくやってきますが、顔を洗っていて石鹸が目にしみる話です。 刺激は弱いはずの石鹸ですが、目に入ってしまいシャワーの湯で洗っても洗っても目が開けられなくて、痛くて痛くて、鼻は出てくるし、鼻をかむと左はかめるけど右はかめない。 右の痛みがひどいようです。 目薬は化学反応を警戒して使えません。 水で洗って何とか少しの間ですが薄目が開けられるようになりました。 鏡で顔をよく見ると、右目と左目は同じではないことに気が付きました。 右目の方が石鹸が入りやすい形をしていました。 歯は長い間医者に通って、一応しみないようになったのですが、今度のように石鹸が目にしみるとは思いませんでした。子供ならいざ知らず・・・。 今度はどうせなら心にしみる話でも聞きたいところです。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月6日 選挙真っ盛り どこへ行っても選挙カーに出会うほど選挙のまっただ中です。 今まで2年間選挙の投票の立ち会いをしていたのですが、今年ははずれました。 やれやれです。 立ち会いといっても立っているわけではなくて、13時間じっと座っているのです。 立つより楽か、といえば座っているほうが楽でしょうけど、座れば居眠りが出てきますので、 どんな格好をしていても13時間はいい修行になります。 でも修行しているような立会人は、怠け者の立会人です。 立ち会いの仕事を全うしようと思うと、ボウッとはしておれません。 立会人がしっかり働いたかどうかは、翌日の選管の発表のデータに依って推し量ることも出来ます。 13時間の緊張を選ぶか、じっと座っておく修行になるかは、民主主義の隠れたポイントです。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月5日 「世の中は 三日見ぬ間の 桜かな・・・」 冬がずいぶん短くて、あっという間に春が来たと思ったら、このところまた寒さが戻って来たりしています。 そのせいか、今年の桜はどうも妙な具合です。 何だか咲いているのかいないのか、もう散ってしまったのか、それともまだこれから咲くのか・・・あちこちで、まだらに咲いて、まだらに散って・・・ 『世の中は 三日見ぬ間の 桜かな』(大島 蓼太)という俳句のように、この季節はきっぱりと咲くときは咲いて、一度咲いたらあとはきっぱりと散って、次なる花にバトン・タッチしてほしいものですね。 ただ、この俳句は正しくは「三日見ぬ間に桜かな」だったそうで、それが人々の口に伝わっていく過程で、「三日見ぬ間の桜かな」になってしまったようです。 確かに「に」を「の」に変えたことで、世の中の有為転変の激しいことに関する一般的な「警句」として使われ易くなったことは否めないでしょう。 勿論、ここで言う「三日」とは、「二日」とか「三日」とかという具体的な日数を指してはいないようです。たぶん、時間がうんと短いことを指しています。 「三日坊主」とか「三日天下」という場合の「三日」と同じ意味だと思います。 つまり、「あっという間」という意味なのですね。 昨年までの桜は、まさにそんな桜でした。 桜が咲くことで、町の景色が一瞬で変ってしまう・・・そんな咲き方でした。 桜は、「滅びの美学」とでもいうべきものを、感じさせる花です。 美しすぎるものは却って呪わしい。 ああ、この季節には決まって思い出す、坂口 安吾の『桜の森の満開の下』・・・ 行政書士 八尾信一 |
2007年4月4日 第2志望も悪くない さぁ、新入生や新入社員の季節です。 残念ながら当事務所には新入社員はいません。 ところで、いろいろな人と話していると、第2志望の学校や会社に入ってよかったという話をよく聞きます。 第1志望は、自分の実力よりちょっと上を狙ってたり、実力を買いかぶっていたりしているからでしょうか。 案外力を発揮しているのは、この第2志望かな。 統計をとった訳じゃなく、たまたま第2志望が重なったからかもしれませんが・・・。 行政書士 妹尾芳徳 |
2007年4月3日 「島尾ミホさんの死・・・」 先日、新聞の片隅の小さな記事で、島尾ミホさんの死を知った。 87歳だったそうだ。 3月27日の午前に、自宅を訪ねたお孫さんである漫画家のしまおまほさんがミホさんの死を発見。 脳内出血によるもので、おそらく25日頃には一人で亡くなっていたようだ、と伝えられている。 島尾ミホさんは、小説家の島尾敏雄の妻。 自身も『海辺の生と死』などの作品で知られている。 あるいは、夫である島尾敏雄の書いた『死の刺』という作品のモデルでもあったと言った方がわかりやすいのだろうか。 ミホさんは、鹿児島県の加計呂麻(かけろま)島の出身。 その島で教員をしていた頃、特攻隊長として赴任してきた島尾敏雄で出会って激しい恋に落ちる。 そのあたりの事情は、敏雄の小説『出発は遂に訪れず』などに詳しい。 特攻隊長として「出撃命令」を待ちながら、遂に「出撃命令」は出ず、敗戦で命ながらえた敏雄とミホは結婚して本土で暮し始める・・・ しかし、夫の女性問題をきっかけにミホは精神に変調をきたし、ここから夫婦の凄まじい葛藤が始まる。 『死の刺』は、こうした二人の合作とも言うべき作品で、間違いなく戦後の日本文学の代表作のひとつである。 『コリント人への手紙』によれば、「死の刺」とは「罪」のこと。 人間とは、「罪深い」生き物である。罪なくして生きている人間など一人もいないが、しかし、人間が人間であるためのギリギリの条件の中で苦しみ悶えているのが島尾敏雄・ミホ夫婦の生き方だったのかも知れないと思う。 ミホさんには、一男一女の二人の子供があった。 一人は、写真家の島尾伸三さんであり、ときどきその活躍が伝えられることがある。 しかし、長女のマヤさんは、すでに2002年8月3日に亡くなられていたことを今回始めて知った。 敏雄の作品である『マヤと一緒に』には、この長女のマヤさんが言葉を失っていく過程が描かれているが、彼女は52歳の生涯を閉じるまでこの「失語症」のため言葉を回復できなかったようだ。 ところで、ミホさんは敏雄がなくなってからずっと喪服を通していたという。 奄美の加計呂麻島には一度行ってみたい気がする・・・ 行政書士 八尾信一 |
2007年4月2日 「転居の混乱」 2月に予定よりかなり遅れて新居がほぼ完成しました。仮住まいの明け渡しの必要がありましたので、取り急ぎ、義母の引っ越しを数日かけて処理しました。 荷物移動だけでなく、当然、後の掃除も高齢の義母には無理ですから、こちらで処理して、2月半ばに一つ目の引っ越しが完了。 4月から娘が小学校に入学しますから、今度は我々自身が新居で生活するための引っ越しをしなければなりません。ただ、自宅事務所でしたので、居住部分と仕事部分の切り分けが難しく、相当混乱しています。 とりあえず、4月から生活できるようなところまでは荷物の移動はしましたが、新居の荷物の整理はもちろん必要な上に、旧宅は事務所として仕事に使える状態に保つ必要があり、その荷物移動後の整理も結構大変です。 それに輪をかけるように、事務所のネットワーク・サーバがクラッシュしてしまいました。忙しい時に限って、面倒なことがおきます。 行政書士 寺見敬三 |
2007年4月1日 「子供に「嘘はいけません」と言う前に・・・」 このところ、「権力の嘘」がニュースを賑わせていますね。 靖国神社への「戦犯合祀」は、国の側が主導的にたちまわっていたことが今回公表された文書の中で明かにされたことが、そのひとつ。 これまでは政府は、「合祀作業には関係していない」とか「A級戦犯の合祀は、神社の判断」と言っていたことがどうやら事実ではなかったらしい。 「らしい」と言うのは、まだ、実際に合祀が行われた78年当時の資料が明らかになっていないからであるが、それにしても、今回明らかになった資料だけでも国が「戦犯合祀」に深くかかわっていたという事実は動きそうにない。 安倍総理は、この資料が公表された後も「合祀は神社の判断」との見解を示しているようだが、国の関わりを認めようとしないこの強弁は一種のデマゴーグですらある。 ここで問題になっているのは、「戦犯合祀」に賛成か否かの問題ではなく、「戦犯合祀」に国が主導的な役割を果たしたのかどうか、という事実に関する問題だ。 「果たした」のなら、「果たした」と堂々とその事実を認めればいいではないか。 せんだって問題になった、沖縄返還にあたってアメリカが支払うことになっていた400万ドルを実際は日本が肩代わりする「密約」があったかどうか、という問題も単純な事実の有無の問題だ。 この「密約」については、アメリカの「ニクソン政権関連公文書」の中にその存在を示す文書があり、また、当時の外務省アメリカ局長であった吉野文六氏も「密約」があったことを認める発言をしている。 しかし、日本政府はいまだに「密約はなかった」と言い張っている。 見解が異なる、とか、意見が違うとかの次元の問題ではない。 事実かどうかの問題において、このような「嘘にしがみつく権力」は最低である。 ところで、今日は全国的に4月1日、エイプリルフールだ。 さてさて、ユーモアあふれる暖かい嘘にこそ騙されたいものである。 行政書士 八尾信一 |