今日の意見
2007年6月      

      2007年6月30日
                
     ラジオから聞いた話

 ラジオの情報です。
ガソリン代がまたあがるそうです。

ガソリン代を下げる一番いい方法は、税金を下げることです。

ガソリン1リットル当り53.8円の税金がかかっています。
本来の税金は1リットル当り28.7円だそうです。半額ですが、このころのことは30年前のことなので覚えていません。

オイルショックの時以来”暫定的に”2倍の税金になって、暫定が今まで続いているそうです。


  
     暑い日々

 昨日はとびきり暑かったですね。
真昼の外に数時間立っていると体に堪えました。

 暑かったおかげで、夕方から仕事をせずにはゆっくり休ませて貰いました。

この時期、外に何時間かいると、体に危ないことをしているという実感が湧いてきます。
生きている、体が動いているという実感とは違い、頭が日干しになっていく、体の血液が粘っこくなっていく、しかもじっとしておれなくなりながらも体と根性比べをしているような感覚です。

実感が湧く前に、中で休む方が得策です。たとえ根性比べで負けても・・・。


                                          行政書士 妹尾芳徳
 

      2007年6月29日
                
     「今年も『のうぜんかずら』が咲きました・・・」

 このところの暑さのせいか、今年もあっと言う間に「のうぜんかずら」が咲きました。

去年の『eー行政書士』の「今日の意見」を見てみると、何と、去年は7月25日にその記事がありますから、今年は1ケ月ほど早いことになりますね。

ツボミの先からオレンジ色が覗いているのに気がついたのが数日前。

それから、雨があって、暑さが照り付けて、今日はまあ、もう数えられないくらいのオレンジ色の花がいっぱい咲きました。

「のうぜんかずら」とは、「凌霄花」と書くらしいです。

むつかしい漢字ですね。もともと中国が原産のもののようです。
日本には平安時代頃に、主に薬草として入って来たようです。

「凌」は、「しのぐ」。「霄」は「空」という意味で、空っをしのぐほど背が高くその蔦が伸びる・・・というほどの意味だそうです。

この花が咲くと、庭の景色がいっぺんに夏色の染まります。
まあ、「鮮やかな自己主張」と言うべきでしょうか。

昨日は、この花の中を小さい蟻がたくさん出たり入ったりしていました。
甘い蜜でも出ているのでしょうか。

この花、花の形がらっぱのような形で、地面に落ちるときも全く同じ形のまま。

ちょうど椿の花が、首が落ちるようにそのままの形で落花するのと同じです。

   返事来ず のうぜん落花 地を焦がし

                   佐々木 玲子



                                          行政書士 八尾信一
 

      2007年6月28日
                
      「『週刊ダイヤモンド』6月23日号の記事から・・・」

 『週刊ダイヤモンド』6月23日号は、特集が「天下り全データ」となっています。

店頭で、この文字が目に飛び込んで来たとき、思わず買ってしまいました。

「天下り」「天下り」と新聞で報道されていても、それは「事件」となったほんの一部の悪質な「天下り」のみ。

「天下り」全体がどうなっているのか、なかなかその「全容」を俯瞰するように見ることが出来なかったのですが、この記事で、ほぼわかった感じになりました。

つまり、中央省庁に限った数字ではありますが、まず、現在日本全国には27,822人もの「天下り官僚」がおり、その天下り先の団体数たるや4,576団体。
この中には、指定法人、独立行政法人、認可法人、特定営利企業などが含まれるが、一番多いのが「公益法人」。

つまり、「天下り」団体のうち9割以上が「非営利団体」で、その団体を存続させるために国から6兆円ものお金が投下されているのである。
勿論、このお金は最後の1円に至るまで国民の血税である。

慄然とする数字です。

 「改革、改革」の名の下に国民は無残に痩せ細ってしまった。
しかし、その反対に「官僚」たちは「改革」の「焼け太り」状態にあると言っても過言ではない。

高級官僚たちは、今だに「年功序列」型の賃金体系のまま。
そして、何よりも「結果責任」は、絶対、取らない。
(「年金問題」で、ボーナスの一部カットなどというのは、「民間」からすればほとんど「責任」の名に値しないものだ。)

 やはり、ここが今の日本の最も「遅れた部分」。
日本の経済、政治、社会に対する「癌」だと言ってもいい。

ここを「抉り取る」政治(家)こそが必要かと思われる。

日本の「官僚」は世界に伍しても決して引けは取らぬ優秀な人材を揃えているはず。
おそらく誰よりも早く「官僚」自身が、このことに気が付くだろうとは思うのだが・・・


                                          行政書士 八尾信一
 

      2007年6月27日
                
      今日も手帳のこと

 手帳が完成した。
結局大きさはB5版にした。

裏表印刷できるようにはしていないので、これから改良していこう。

今までの手帳は使い勝手が悪いので、自分で一番使いやすい手帳を作るしかないですね。


 この手帳を鞄に入れて持ち歩いてみた。

 ”重い”

今年の私の手帳の歴史は、重たい物から軽い物へ変わり、軽い物は書くところが小さすぎて実質使えなくなり、今度は機能・装備を充実させたが、その分重くなってしまったと言うところです。

重たい物は携帯性を考えずに、外観ばかり気になり最初はハードカバーだった。
今回の重たい手帳も外観は凝った物です。

 手帳という物は紙1枚あればいい物なのですが、そこまでの境地に行き着くにはまだまだ時間が掛かるようです。


                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月26日
                
      「表示登記と保存登記」

 この春、転居した今の自宅は、3月に施工業者さんから引き渡しを受けたあと、知人の勧めで、表示登記と保存登記は自分でやりました。といっても、表示登記に必要な図面は、専門家であるその知人が作成してくれた上に、滅失登記申請書等、他の必要文書も、雛形を提供してくれたので、「自分でやりました」というのは、事実から少し外れるかもしれません。

 表示登記の申請日が3月26日。それが登記されたのが3月30日。そして保存登記の申請が4月3日でした。

 ところが、その保存登記の段階になって、表示登記時の所有者持ち分関係(この建物は、僕と妻と妻の母の三人共有なのです)の登記事項に錯誤があることが判明しました。

 これは、申請者である僕のミスではなくて、完全に登記官のミス。所有者から僕の名前が落ちていたのです。これは、持ち分関係からみても、全く不自然なことになるので、なんで間違うのか理解ができません。

 保存登記の申請をしたときに、法務局側が気づいて、4月3日付けで錯誤として登記しなおしてますが、全部事項証明を取ると、その「錯誤」表記も記載されてしまいます。保存登記は正規の持ち分関係で、きちんとできていますから問題はないのですが、申請者の錯誤ではないのに、こちらがミスしたように見えるのでちょっと不愉快です。

 今日、もう一件の登記があがってきました。これは、中古住宅(元借家の旧宅)の所有権移転ですが、売り主の抵当を外す必要があったため、登記は、当然、司法書士さんにお願いしました。この全部事項証明書には、「錯誤」なんて間抜けな記載はなく、きれいなものでした。これで、ここ3年来、悩まされた転居問題に、一応決着がつきました。


                                          行政書士 寺見敬三


      2007年6月25日
                
     手 帳

 長い間仕事用の手帳で悩んできた。
この欄にも手帳のことは何度か書いてきました。

最近考えているのことが、段々に詰まってきた。

その中身というのは、

A4の半分にするか、B5の半分にするかまだ決めていませんが、

日付はエクセルの日付関数を使う。

事務所用の業務日誌との一体化をする。

といったところです。


                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月24日
                
     「球場を小さくして高収益の謎・・・?」

 このところ低迷が続いている日本のプロ野球。

それに比べて、ますます人気が高まっているアメリカ大リーグ野球。
日本の最高レベルの選手たちが数多くアメリカに行ってしまって、この傾向はますます拍車がかかる感じです。

正直言って、テレビでの大リーグ中継は迫力があって面白いですね。

 そんな風に思っていたら、『日経ビジネス』の6月25日号。
アメリカ大リーグについて、そのビジネスとしての側面を特集してます。
題して、「松阪に120億円投じられるわけ・・・」。

中の記事で、こんなことを言ってます。

 アメリカの大リーグの平均的な球団収入の内訳は、半分の50%が球場の入場券(チケット)販売。20%がテレビなどの放映権収入。そしてあとの30%が、選手や球団のグッ ズ販売なのだそうだ。

となると、球場にいかに多くのお客さんに足を運んでもらうか、つまりいかに多くのチケット
を買ってもらえるかが非常に大きな問題となる。

普通考えるならば、いかに球場を「大きく」するか・・・ということのように思えるが、どうも大リーグがやったことは、この反対だったらしい。

 その典型は、クリーブランド・インディアンズ。
同チームは、74,400人も収容できる巨大球場をもっていたが、いつも閑古鳥が鳴いて いた。球団は、この球場を捨て、4割近くも観客数を減らした狭い球場に移った。

ただし、単に小さくしただけではない。
まず野球専用のグラウンドとし、ファールグラウンドを狭くして選手と観客の距離を縮め、左右非対称の古風な球場にしたところ、観客が戻って来始めた。

 松阪が入団したボストン・レッドソックスのフェンウェイ球場は、名物が二つもある。
グリンモンスターと呼ばれる高さ11mの高いフェンスと、バドワイザーデッキだ。いずれも、広い球場を作れなかった結果からの「苦肉の策」だが、今や観客に大うけになっている。

この先、ニューヨークヤンキースとメッツも球場を1割から2割座席数を減らす計画を進めているそうだ。

勿論、座席数を単に減らしただけで収益が改善するわけはない。
座席数は減らすが、しかし、球場に足を運べば確実に面白いものがある・・・という仕掛けをきっと考えているのだろう。

 さてさて、日本のプロ野球も一皮剥けないと、どこかの「国技」みたいになっちゃうぞ・・・(笑)


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月23日
                
      「機器の故障」

 使わないと機械は壊れる、とよく言いますが、今回、転居にともなって、古いビデオ機器などをどう処理するか、悩まされています。

 ビデオは、ベータ、VHS、8ミリ等等、ここ二十年来、規格がどんどん変わり、映像記録がデジタル化して以降は、テープではなくて、DVD記録やHDD記録するものが主流になってきています。

 ただ、ずっと以前にとりためていた映像は、ベータやVHSや8ミリのものです。最近、必要があって、8ミリのビデオ(いわゆるソニーの”Hi8”という規格のものです)を再生しようとしたら、ビデオデッキがどれも故障してしまっていて再生できません。

 ここ数年、電源入れることもなかったので、知らぬ間に壊れてしまったのでしょう。予備機を必ず確保しておく性格なのですが、複数台あるものがすべてダメになっていて、ちょっとショックでした。

 ベータはすでに10年近く前にビデオデッキがだめになり、録画したテープがあるだけで再生できない状態です。これで、8ミリビデオも実家においているビデオデッキもだめになっていたら、手持ちで再生できる機器がないことになります。

 VHSも、まともに動くのがあと1台か2台になってしまいました。ベータや、VHS、8ミリビデオでとりためてきたものを、何とか再生可能な状態で保存したいところですが、DVD化するのにはひどく時間がかかるし、そもそも、それぞれの媒体を再生できるビデオ機器が少なくとも一台は必要です。

 死屍累々という感のある複数の壊れたビデオデッキを前に、途方にくれているところです。


                                          行政書士 寺見敬三


      2007年6月22日
                
     「素麺の美味しい季節に・・・」


 素麺の美味しい季節になりましたね。

カッと照ってくれたら、もっと美味しいでしょう。

子供の頃にはあまり好きだとは思わなかった素麺ですが、ひと年とると、何故かうまく感じられます。(ま、これも年をとることの「効用」。老いることは悪いことばかりじゃないてことですな。)

 ところで、素麺というのは随分昔からあったんです。

どうも奈良時代に、遣唐使が唐から持ちかえったもののようで、たぶん、奈良県の三輪素麺あたりが有名なのもそのせいかと思われます。

ただ、最初は細くする技術が発達していなかったために縄状のものだったようで、素麺が今のように細長くなったのは、どうも室町時代以降のようです。

 現在、素麺の製造分布を見てみると、奈良県の三輪、兵庫県の揖保、小豆島・・・という具合に、近畿地方から小豆島あたりの小さな円の中にあるようです。

ところが、ここにひとつ近畿から遠く離れた場所に素麺の生産地があります。

それは、長崎県は島原地方なんです。

寛永14年(1637年)、島原・天草地方にはわずか16歳の少年・天草(益田)四郎時貞を総大将として巨大な一揆が起こります。世に言う「島原の乱」です。

4ケ月にわたって幕府軍をさんざん悩ませたこの乱は、最後、原城に篭城した一揆軍3万人の老若男女を皆殺しにすることで終息します。文字通りの「皆殺し」でした。

天草・島原地方の切支丹農民やその家族を皆殺しにしてまったために、田畑を耕す人もいなくなりました。そこで、幕府は全国の諸大名に命じてその石高につき割り当てられた人数を強制的に天草・島原地方へ移住させたのです。

当時、小豆島からもこの天草地方に移住を命ぜられた中に素麺の製法に習熟した者たちがおり、それが今日、島原地方の素麺生産の基になっているのだそうです。

 そう思って素麺の白い糸を見ると、感慨深いものがありますね。


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月21日
                
     ハイライトと曇り空

 雨が降るか降らないかという微妙な季節の今頃が昼の時間が一番長くて、ハイライトの真夏は徐々に夜の時間が長くなっています。
誰でも知っていることです。

この微妙なずれが、さまざまな趣になっているようです。


     利休鼠

 正確には「りきゅうねず」と読むそうです。
今日の新聞に出ていました。

灰色に利休色といわれる抹茶の色が混ざったねずみ色です。

このような色の雨が降るのが城ヶ島。
詩的な風情がある雨ですね。

ここ倉敷地方は詩人がいないためなのか、ただの乾いたねずみ色の空です。


                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月20日
                
     「パソコンは叩いて直せ・・・!」

 何かの本で読んだ記憶があるのですが・・・

団塊の世代の特徴のひとつに「電気製品の故障は、叩いて直そうとする・・・」というのがあるんだそうですね。

しかし、これは私に関してはよく当ってますね。

電気製品が動かなくなると、まず、何はともあれ、叩いてみる。

ラジオから始まって、テレビも映りが悪いとまず叩いてみる。
小は懐中電灯から、大は冷蔵庫まで、叩かれなかった電気製品はない。レンジやトースターも勿論、洗濯機やアイロンまで、とにかく叩いて使った。

最近は、パソコンの調子が悪いときもまず叩いてみる。
原始的であって科学的な根拠などどこにもないが、しかし、この叩いて直す方法は意外と「成功」するのである。

かく言う筆者も、この方法で何度もパソコンを「立ち直らせた」経験者である。(苦笑)


  ざんぎり頭を叩いてみれば 文明開花の音がする

と歌ったのは、明治の人。

ばっさりちょんまげを切り落としたさっぱりした頭を叩いてみたら、確かにこれで社会が変ったのだ、という音もしたのだろう。

 ところで、昨今の日本は、「業界トップ」と呼ばれていた会社が、その中味が腐っていたことが知られて来た。

介護をビジネスと考えて急成長したコムスンしかり。
英会話のNOVA、しかり。

何より許せないのは、この会社は二つとも国民の税金を食って急成長したことだ。

国民の税金を食い物にして、しかも「法を無視」した経営を行って、それで経済が「成長」したとして、それが何になるというのだろう。

社会保険庁のズサンな年金管理にもあきれ果てるが、こうした「無法な経営」が「業界トップ」になることができる日本の民間の経済界にもあきれるしかない。

こうした連中は、電気製品ではないから、まさか叩いて直すというわけにもいかないのだろうし、叩いてみるべき立派なざんぎり頭も持ち合わせてはいないのだろう・・・


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月19日
                
     事業に対する嗅覚


 事業で成功している人とそうでない人の違いを知りたい。

それは1つには、事業に対する嗅覚があるかないかであろう。
この辺りには自分の仕事があるとわかるような感覚が、鋭くなっているかどうかです。


どのような仕事が求められているか?

どのくらいのお金なら出せるか?

そういったことが分かるほど鋭くなった勘が必要です。


                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月18日
                
     力をみなぎらせる

 草刈りでクタクタになったあとで、5,6百キロの物を運ぶことになった。
10回ほどに分けて2人で運ぶのですが、軽い物もあれば重い物もある。
足場はいいとは言えない状態で、しかも廻りは薄暗くなっている。

 こういう場合には中途半端な気持ちでは運びきれないし、ギックリ腰などけがの心配もあるので、全部やり遂げるという固い決意をし、歯を食いしばり気合いを入れて作業することにした。

無事運び出して、そのあと大工仕事までして終わったら丁度暗くなっていた。

 翌日仮置場からまた運ぶことになった。

前日はとても元気だった相棒が、今日は途中でダウンした。
距離は前日とは比べものにならないほど短いのだが、やる気が違うのだと思う。
けがをしたらいけないので、無理は言えない。

自分一人でやり遂げなければ・・・。

歯を食いしばり、腹に力を入れて全身に力をみなぎらせて一人で運搬した。

この感じは、日常生活で忘れていたような気がする。
決意をすれば、どんどん力が出る。

                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月17日
                
     「自殺者9年連続3万人を超す・・・」

 警察庁のこのほどまとめたところによれば、昨年1年間に日本国内で自殺した者は、32,155人。
9年連続で3万人を超えた、とある。

実に、実に、猛烈な数字である。
この9年間、毎日、ほぼ100人の人間が自殺し続けているのだ。

統計の数字は、冷たく、表情もない。単に3万人とか言われるが、その数字には一人一人のかけがえのない人生の不幸があったことを忘れるわけにはいかない。

 死ねば死に切り。二度と再び生れて来ることがないたった一度だけ与えられた命を自ら絶たなければならなかったその痛切な心情とはいかなるものであっただろう。

それを思うと「統計」の数字のなんと無残で空疎なことか。

 しかも、この自殺者の数。
警察庁と厚労省ではカウントの仕方が異なるという。
(死者を数えるその数え方が「異なる」のだろうか。それとも、自殺か自殺で江ないかの判断の根拠が行政機関によって異なるというのだろうか・・・)

統計のいう自殺者の中では、60歳以上と19歳以下の自殺が増えているそうだ。
やはり、社会的な「弱者」が追い詰められているのかもしれない。

 また、自殺者の3割近くの人が「遺書」を残しているという。
「遺書」を残すということは、この世との何らかの関わりを無にしてしまいたくないという心の表れなのだろうから、この人たちは、あるいは止めて止まったかもしれない人たちだった可能性がある。


 ところで、6月19日は、「桜桃忌」である。
昭和23年6月13日に、玉川上水に入水心中した太宰 治の遺体が発見されたのが19日だったそうだ。6月19日は、また太宰の誕生日でもあったらしい。

東京の三鷹の禅林寺では毎年供養が行われている。

 さてさて、行政の統計では、太宰の自殺はどう分類されているのだろうか?


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月16日
                
     礼儀正しい若者

 事務所の駐車場から出る車を誘導している時、若者が自転車で近づいてきたので、バックしていた車を止めたら、自転車も止まって待っていた。
自転車に「どうぞ」と進むように促したら、若者は、「済みません、ありがとうございます」と言う言葉を残して進んでいった、さわやかな風とともに。


     子供のプレゼント

 子供が何か送ってきた思ったら、缶ビールらしい。
父の日が近づいているからだろうか?

まだまだ仕送りしているのだが、自分の小遣いを削って送ってくれたのだろう。

ところで、世の男性には、奥様思いが結構多いのだと思う。
私もそうだ。
妻おもいの一人です。

漢字で書くと ”妻、重い” です。

                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月15日
                
     「『蒙古』は『漢民族が作った蔑称』・・・」

 世界に「蔑称」の数は多い。
戦争や侵略・掠奪などが多かった国家間では、何百年も人々の心の中に根強くこの「蔑称」は残っている。

まるで、心に刺さった毒の刺のように。

悲しいことだが、人間の心の醜さの分だけ「蔑称」は存在すると言ってもいいのかも知れません。

 このほど、「蒙古」というのはモンゴルに対する蔑称だということを知りました。

たしかに、この「蒙古」という漢字は、「無知で古い」という意味だそうで、国号に使われる漢字としてはいささかふさわしくない。

おそらく、中国の中華思想から来ていると思われる。
世界の中心である自分たちは気高く尊いが、その周辺は野蛮な未開国ばかりだという考え。

「東夷」「西戎」「北狄」「南蛮」・・・

日本も、かつて東南アジアを経由して来るものを「南蛮」とよんでいたが、これは中国の中華思想を借りて来て使っていたのだろう。

 「蔑称」は、それを蔑称であるとして不快に思う人から指摘されたら、やはり使うのをやめるべきだ。

ただ、言葉は生き物。
使われる時代や状況によって、刻々と変化する。

そういう意味では、言葉をやめることも大切であるが、「差別」する心、自分以外のものを蔑むことによって、相対的に自分の優越感をつかむことができるという実に「さもしい」心をこそ無くすように努めることが大切なのだろう。

しかし、その言葉が「蔑称」であるということも知らないで日々使っているとしたら、これは本当に情けないこと。

 心や意識(言葉)は、その時代の束縛を離れて存在することはむつかしいのだろう。


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月14日
                
     夕方が長くなった

 あと1週間ほどで夏至になります。
夕方が長くなって、車で移動するときには助かります。

その反面、事務所に帰って、ちょっとパソコンを見ているとすぐに遅い時間になってしまいます。
朝が早いので、要するに寝る時間になってしまいます。

ちなみに今日の日の出は、4:51 日没は、19:18 昼時間は14時間28分です。
22日の夏至になると、日の出は今と変わらず、日没が1分遅くなるだけになります。

したがって昼時間は、14時間29分です。

夏至にならなくても、数日すれば日の出、日没時間は夏至時間と同じになります。
同じ昼時間が続くのですが、22日がなぜ夏至かというと、きっと秒で計ったら一番昼時間が長いのでしょう。
 
正月が終わったばかり?
ゴールデンウイークに行き損なったところがあるなどと暢気な感覚のあなた、もうそんな季節なのですよ。


                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月13日
                
     真夏のような日射、スコールのような土砂降りの雨
     そして梅雨入り

 梅雨の準備が刻々とできあがっている。
後は本物の梅雨前線が来るのを待つだけになりました。

明日夕方からいよいよですね。


 最近自動車での走行距離が伸びてきた。
月曜日はなんと130キロに。
それでも土、日にゆっくり休んでいたから何とか走れた。

 昨日は、近くに抱き合わせで出かけるようにした。
これからこの方法を徹底させよう。

 梅雨に備えて、タイヤも新調している。
雨の降りしきる道路を走るのは嫌になります。

せめてタイヤは安心できる物をと思っている。


                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月12日
                
     「あじさい・・・」

 もうすっかり6月で、あちこちにあじさいの花を見るようになりました。

雨にあじさいはよく似合いますが、今年は、あじさいは咲けども梅雨らしい雨が少なくて、いきなり真夏日が来たりしてどうも季節感にズレがありますね。

ちなみに、日中の最高気温が25℃以上30℃未満は「夏日」、30℃以上は「真夏日」、35℃を超えると「酷暑日」というのだそうであります。

それでは、40℃を超えたら何と言うか?
それは、「インフルエンザ」と言うのであります。(うそ!)

 えー、話をあじさいに戻して・・・

あじさいは、日本原産の植物なんだそうですね。

古くは、すでに万葉集にも詠われています。
平安時代には、結構、人気のある花だったようです。

小さな花が固まって咲くようすや、土壌の養分によって花の色が変化することも楽しみだったようですね。

一般的には、土壌が酸性のときは青い色の花が、アルカリ性の時にはピンク色の花になるようです。
また、肥料による色の違いもあって、「青」「紫」「紅」の三色を中心にその濃淡が揺れ動きます。

そんなこともあって、このあじさいの花言葉は「移り気」・・・とか。

 ところで、全国には「あじさい寺」と名付けられた寺がたくさんあるらしいですね。
まあ、それほど人々に愛されて来た庶民的な花ということでもあります。

この岡山県にも、津山に長法寺という「あじさい寺」があるそうです。

残念ながら、小生はまだ出かけたことがありませんが・・・


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月11日
                
     アンケート

 何かの講演や研修の後に、アンケートが良く配られる。

    良かった  ふつう  良くなかった

の様におおざっぱに感想を求め、どこが良かったか、良くなかったか記入させる形式が一般的です。

さて回答者としては、どう答えたらいいのか迷う。
要らぬことまで考えてしまう。

 ここはもっと答えやすい設問がいいなぁ。

  ・テーマが斬新  陳腐  
  ・テーマに関心あり  関心薄し
  ・切り口が斬新  陳腐
  ・解説が丁寧   ぞんざい

 というようなアンケートだったら答えやすい。



      毎日降る雨、洗い流してもすぐ、

 毎日のように雷が鳴り、朝昼問わず夕立が降っている。
夕立の後は、すぐ日が照り、洗われたようなすっきりした天気です。

 ところが、せっかく夕立できれいになっても、すぐに汚れてしまうのでしょうか?
何度も何度も夕立が降ってすべてを洗い流していろようです。
今の汚れはよっぽどしぶといのでしょうね。
何度も何度も土砂降りの雨で洗ってもまたすぐにくもってしまいます。


                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月10日
                
     「許せない、自衛隊の市民監視!」

 このほど、陸上自衛隊の情報保全隊が、自衛隊の存在や活動などに批判的な市民や団体あるいは政党、労働組合、マスコミ、ジャーナリスト、宗教団体を監視していた驚くべき「内部文書」の存在が明らかとなった。

この自衛隊の監視のターゲットにされていたのは、全国で289の団体や個人、中には高校生も含まれているという。
文書は、11部、166ページにも上るものだ。

この事件を聞いて、自衛隊が戦前の憲兵や特高警察と同じ役割を果たそうとしていると感じた人は多いと思う。

 特高警察は、旧大日本帝国憲法下にあって、天皇制を維持するために徹底的な思想弾圧、言論弾圧の先頭に立っていた機関。
小説家の小林多喜二を獄中で拷問死させたのも、この特高警察である。

時代は戦後になったから、もうそのようなことはない、などとノウ天気なことは言っていられなくなりつつあるのがこんにちだ。

 そもそも、シビリアン・コントロール下にあっては、国民が自衛隊を監視するのが当たり前。自衛隊が、国民を(それも自衛隊に批判的な市民・団体のみを)監視するなどとは本末転倒もはなはだしい。

久間防衛相は、「自衛隊が情報収集活動をするのは当り前」、と語っているようだが「自衛隊に批判的な市民・団体のみを調査、監視すること」がいかなる法律で当り前になるのか明かにすべきだろう。

「自衛隊(軍事組織)による市民監視」という事実に対して、ビビッドな危惧意識を持たない鈍感な政治家は、過去の戦争から何も学ばなかったことになる。
そこまで、日本の政治レベルが劣化しているとは思いたくないのだが・・・

 もうひとつ、今は法的には自衛隊の最高責任者は内閣総理大臣である。

とすれば、安倍総理が自衛隊に命じてかかる「市民監視」を行わせているということになるが、さて、自民党、公明党ともその解釈でよろしいのかな?


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月9日
                
      「雷雨」

 ここ二日ほど、岡山県南部では夕方から夜にかけて雷が鳴り、雨が降る日が続いています。梅雨明け時の雷ならわかるのですが、ちょっと変な時期の雷雨ですね。今年は暖冬からはじまり、天候不順が続いていますが、梅雨から夏にかけてどのような天候になるのか、心配されます。

 3月に転居し、生活環境が大きく変わったところにこの天候不順が重なって、生活のリズムが狂っています。思考を要する作業は、明け方に処理するのが習慣になっていたのですが、夜、熟睡できないせいか、早朝に起きることができず、どうもいろんな作業が滞っています。

 転居するまでは自宅事務所だったのが、今は、事務所(元の自宅事務所のことですが)に通勤せねばならず、それも少しやっかいです。そろそろ頭を切り換えて新しい生活のリズムをつかまなければならないですね。
 

                                          行政書士 寺見敬三


      2007年6月8日
           
     時代劇の言葉

 年齢とともにテレビの好みも時代劇が入ってくるようになる。
さて、江戸城に各国の大名が集まっている。

その時の言葉は結構方言が多いと思うのだが、実際はどうなんだろうか?
通じるのだろうか?

 さらにある場面では、各国に間者が送り込まれている。
天井裏や、床下からはかりごとを盗み聞きしている。
どんな謀り事を企んでいるのか、理解できているのだろうか?

高家なら公家言葉が話されているだろう。
また、「この田舎侍」とかなんとかは、訛りの強い言葉に対して使われたのかもしれない。
「松の廊下」での出来事です。

江戸時代からさかのぼって、関ヶ原の戦いはどのような言葉が飛び交ったのだろうか?

 さらに源平の時代は?

                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月7日
           
     「もうちょっと議論のレベルを上げた方が・・・」

 このところ安倍内閣の支持率は、急降下して35%程度になってしまったときくがまあ、さもありなん。

この人、空疎な理念だけしゃべっているうちは、そうボロも出ないが、具体的な問題になるととたんにダメぶりを発揮するようだ。

 今回の、「5,000万件の宙に浮いた年金問題」への対処がそうだ。

 何度か言い方を変えたようだが、今は、この5,000万件の「突合(とつごう)を1年間でやります」ということらしい。
現在でも、「氏名、生年月日、性別」が一致した人たちに積極的に問い合わせを続けても、ここ10ケ月で減らすことができたのは、百数十万件に過ぎない。
同じペースで休み無く継続しても、ざっと30年はかかる計算である。

「5,000万件」を「突合」するのに、どれだけの人力と予算がかかるか、具体的に計算してから方針を発表しているのか、それとも選挙前だからとにかく国民に耳ざわりのいいことを言ってその場だけ繕うつもりなのか・・・

 例えば、5,000万件を1年実労働日300日で「突合」するとして、

5,000万件÷300日=16.7万件(1日で「突合」すべき件数)

人間一人が一日に40件分を「突合」できるとして、

167,000件÷40件=4,175人

この4,175人の人に、1時間1,000円で1日8時間、1年300日働いてもらったとして、これだけで悠に100億円は超える。

4,175人の人に働いてもらう事務所の確保とその費用、パソコンの設置、「突合」のためのソフトの開発費、メンテ費用、通信費、調査諸経費エトセトラ・・・を入れると、この何十倍になるかわからない。

確か、最初は1年間、10億円くらいの予算で・・・と政府は言っていたはずだが・・・

 こんな簡単な計算の出来ない今の政府に、「戦争の費用」の計算などは無理なこと。

「集団的自衛権の行使は可能か?」・・・だって?

いやいや、安倍内閣の計算能力ではどだい無理ですね、あぶなくって。


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月6日
           
      謝罪広告と商品広告

 最近商品の不具合から新聞には「お知らせ広告」や「謝罪広告」が多く見受けられる。

私のところでは現在は「乾燥機」が引っかかっている。

 目に付いた新聞の謝罪広告では、健康食品の輸入材料が見開き2ページの下段を占めていたことです。
いろいろな健康食品製造会社が関わっていたらしく、何社もが同じ形式で謝罪広告を載せていたので、いやでも目に付いた。
その一番左には、今がシーズンの「果実酒用ガラス瓶」に欠陥があったらしく、謝罪広告していた。
普通に言えば、「梅酒瓶」です。
その真下は、チョーヤの梅酒の商品広告であった。

一見して、チョーヤの梅酒も何か欠陥があったのかと思わせるようなポジションに、広告は掲載されている。

チョーヤの梅酒もタイミングが悪いところに広告を出したものです。

これは、全国紙の先週の土曜日の新聞でした。



      草刈りは癖になる(かも?)

 草刈りをやったばかりの人と話していると、草刈りをしたあと、すぐに刈りたくなるらしい。
草刈りの作業の何がそのような心地よさの素になるのだろうか?
 エンジンの振動で手が震えて、それが脳に伝わって快楽物質でも出しているのだろうか?
そこは解らない。

草刈り機を持たせたら、隣近所を刈りまくっている人を知りませんか?
いますよね、そんな人。
また田に面したのり面をなめるように刈っている人。よく見かけるでしょ。
そんな人は、必要以上に刈り込んでいるのです。

   なぜか?

 刈った後のすがすがしさが心地よいのか、刈り込み中のエンジン音に神経が共鳴するのか、あるいはばったばったと刈り込む破壊力に征服欲が満たされるのか?

 ダイナミックさもあるが、一度刈り込んでも翌日には仕上げのようになめるように刈り込みたくなる気持ちを考えると、草刈りの魔力とは、きれいになった自分の世界をよりきれいにしておきたいという保守的な意志の表現のようです。

飛躍した言い方ですが、何かしら精神のバランスをとる作用があるのかもしれません。


                                          行政書士 妹尾芳徳


      2007年6月5日
           
      「明日香」

 前の週末、金曜日に大阪で入管実務研修会に参加したついでに、土曜日曜は奈良方面に小旅行してきました。

 特に土曜日は快晴で、初めて訪れた明日香路では、とても気持ちのいい散策ができました。高松塚古墳は周りを仮設テントで覆われていて、風情もなにもなかったですが、周辺の整備された公園を歩き、壁画の複製を展示している資料館を見学してきました。

 また、石舞台から飛鳥川沿いの遊歩道を歩いて聖徳太子ゆかりの橘寺を訪ね、そして亀岩も見学してきました。初夏の日差しがここちよく、田植え前の田を吹き渡る風も涼やかで、日頃の慌ただしさを忘れることができるひとときでした。

 その後は、甘樫丘から雷丘、そして天香具山の脇を通り抜けて、西ノ京の新薬師寺と唐招提寺方面に移動しましたが、昔、ちょっとなじんだ、『万葉集』や『古事記』、『日本書紀』、そして『日本霊異記』の舞台として有名な明日香地方は、やはりとても印象的でした。

 今、小学校一年生の子供が歴史好きの娘に成長したら、明日香路は、是非、一緒に訪ねて歩き回りたいものだと思いました。


                                          行政書士 寺見敬三


      2007年6月4日
           
      「水無月(みなづき)は・・・」

 世の中、全国的に六月ですが、昔は陰暦六月のことを水無月(みなづき)とよんでいたそうです。

陰暦六月は、太陽暦でいうと七月のことで、確かに梅雨も上がって「水が無い月」とも思えるのですが、それにしてもこの時期に「水が無い月」とは妙な命名だなと思っていましたら、やっぱり、本当の意味は違っていたようです。

もともと「みなづき」という音から「水無月」という漢字を当てたようですが、混乱の原因は、この「な」という音に間違って「無」の漢字を使ったことにあったようです。

この「な」は、実は、「の」なんだそうです。
(う〜ん、日本語はむつかし〜いっ!)

例えば、水の表面のことを「みなも」と言いますね。(「みのも」とも言いますが。)
「水面」と書きます。これは、「水の表面」という意味ですよね。

つまり、「な」が「の」の意味で使われている例ですね。

それでは、「みなづき」はどうなるか。

おわかりですね。「みなづき」は「みのつき」、つまり「水の月」という意味で、「水が無い月」という意味ではなく、「水の(ある)月」という意味だったんです。

 日本列島は、面積が狭く、山岳地帯がすぐ海につながる地形で、降った雨は急流となってすばやく海に逃げてしまう。

大水も困るが、水不足にもおおいに困る。昔から、この水を治めていくことは行政担当者の重大な仕事でした。

少し前から、四国地方ではもうはや水不足の声が上がっています。

毎年毎年のことなのに、日本の行政はまだこれしきのことも解決できていないんでしょうか・・・


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月3日
           
      草刈りの季節

 草刈りの季節になりました。
例年は7月からはじめる為、堅く刈りにくくなっているのですが、6月のこの頃からはじめると刈りやすさは大分違います。

他の人は田植えで忙しくしているときに自分だけのんびり草刈りもいいものです。
ふと自分も農業をしている様な気分になることもあります。

 最近は仕事や勉強にしても掛かった時間ではなく、効率よく集中した時間や、記憶した量だという物差しが使われています。
私の青い時代には、「四当五落」などというそのものズバリの費やした時間の物差しが使われていました。
量の物差しで育った私には、草刈りの精神はあっているのかもわかりません。
草刈りは、焦っても早く刈れません。刈る量は費やした時間に比例するものです。

 余暇に草刈りは出来ますが、草刈りの発注は炎天下の頃が多いので、仕事で草刈りをしたらすぐばててしまうでしょう。

 などと、いろいろなことが頭をかけていく中、じっと草を刈る。 

                                          行政書士 妹尾芳徳

 
      2007年6月2日
           
      「敵は本能寺にあり・・・」

 天正10年(1582年)6月2日未明、1万3千人の兵が京都は四条西洞院の本能寺を取り囲んだ。

率いるは、惟任日向守明智光秀。

中国地方で苦戦している羽柴秀吉軍を支援するために、織田信長から出動を命じられ、進軍中だった。
光秀は、「中国へ進発するわが軍勢を信長公にご覧いただく」と告げて、全軍を京都に向わせる。

その時、信長の重臣たちは、柴田勝家が北陸、滝川一政は関東、そして羽柴秀吉は中国地方にいて、京にいる信長は裸同然だった。

いかな信長でも、100に倍する敵と戦えるわけはなく、本能寺の火焔の中に没する。

 光秀謀反の理由に関しては、長い間ずっと論じられ続けている。
しかし、いまだ、万人を納得させる説明はないようだ。

大きくは、三つあるようで、

1は、怨恨説。信長との性格の根本的な相違、信長からの数々のイジメ、あるいは苛烈な信長の統治方針に対する恐怖、離反説。

2は、野望説。光秀の天下に対する野心から、この挙に出たとするもの。

3は、陰謀説。光秀は単なるあやつり人形に過ぎなかった。光秀の背後にいて、光秀に謀反をそそのかした者がいる・・・との説。その黒幕には、秀吉、徳川家康、イエズス会そして朝廷(天皇)説まである。

日本の歴史が大きく転換したこの光秀謀反については、これからもまだまだ諸説が現れ、現れては消えるのだろう。

信長亡き後、秀吉、家康が天下を握っていく過程で、光秀悪者説はどんどん増幅されたことは想像できる。

それにしても、知将とうたわれた光秀にして何故かかる無謀な謀反に踏み切ったものか・・・


 ところで、かの「敵は本能寺にあり」との光秀の有名な言葉は、実は光秀が言った言葉ではなかったという説もあるらしい。

江戸時代、歴史家であり漢詩人でもあった頼山陽が作ったとの説があるようだが、さてさて・・・

 ときはいま あめがしたしる さつきかな

五月雨が激しくて、真実もかすんで見える、のかも。


                                          行政書士 八尾信一


      2007年6月1日
           
      瀬戸内海満喫

 友人と二人で瀬戸内海のドライブを楽しんだ。

行きは瀬戸大橋を渡り、少し高いところから昼の瀬戸内海のゆったりした時間を走り抜けた。
帰りはフェリーで船上から直接潮風を受ながら変わりゆく島々や行き交う船舶を眺めながら初夏の潮風に浸った。

 平日の為かどこもすいていて、楽々移動できます。
こういった点は、地元の人は、こんなものだという感覚があり実は小旅行にはとてもいい場所だと気がつかないのでしょう。
 すいていると言うことは大きな観光資源だと思うのですが・・・。

                                          行政書士 妹尾芳徳