今日の意見
2007年12月      

       2007年12月31日

      「大晦日に」

 行政書士法改正案が、参議院本会議での審議を残して年越しを迎えたことに象徴されるように、今年は、変化を予感させつつも、具体的な成果が先送りにされているような、何かもどかしさを感じさせる一年でした。

 私事で言えば、3月に転居して、4月には娘の小学校入学というふうに、大きな変化の年になりました。しかし、振り返ってみると、転居に付随する混乱の影響が今も残っているようなありさまで、公事私事ともに、何か達成感の乏しい一年だったという反省があります。来年は心機一転していろんな課題に決着をつけるべく、取り組んでいきたいものです。

 行政書士をとりまく状況も、大きく変化してきています。ADRなどその典型的な例だと考えますが、これも具体的な成果が見えてこず、時に苛立ちを感じ、無力感・脱力感さえ漂ってきます。しかし、個々人の情熱のひとつひとつの積み重ねが、人を、そして社会を動かしていくものと信じたいと思います。

 みなさん、来年も宜しくお願い致します。


                                        行政書士 寺見敬三
  

       2007年12月30日

 今年の特徴

危機感をバネに緻密な計画を立てて自力でピンチを乗り越えた。
行政書士の仕事とは、結局こういう事だったのか。



 今年の反省

行政書士の仕事も世の中の景気の影響を受けている。

今年気がついたことの1つはこのことです。

2つめには、経営資源が乏しいにも拘わらず、戦線を拡大しすぎた結果、兵站がのびきってくる。
今年は思い切って戦線を縮小したのですが、まだまだ身の丈に合わない前線が残っている。

3つめは、まだぼんやりとしか考えていませんが、いくつかの分析が必要です。


                                        行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月29日

      「今年の仕事がやっと終わって・・・」

昨日で、お役所は一応の「御用納め」。

私たちの仕事も、ここで一息つくことになります。
毎年、出し忘れた書類があって大汗をかく・・・という悪夢でうなされるのが行政書士の職業病(?)みたいなもので、まあ、それはそれでどっと寝汗をかくことにしましょう。


とにかく、休み。
しばらく電話には出ない。
パソコンでは、ゲームしかしない。
古い書類は、ひっちゃぶいて捨てる。

あとは、カミさんの目を何とかゴマかして大掃除をサボる。(笑)


ところで、天気予報によれば、どうやらこれからしばらく非常に寒くなるらしい。
年末・年始は天気も崩れるらしいですね。

慌しい年末に雨や雪が降った道路は、大変危険です。

それに帰省客が増えて、地元の地理が不案内な県外ナンバーの車がモタモタ走ることも増えるでしょう。

どうか落ち着いて、品位ある紳士・淑女のごときゆとりある運転を心がけてほしいもの。

しかし、「年の瀬」とはまったくよく言ったものです。

「瀬」とは、水などが浅く早く流れる「急流」のことを言うそうで、すなわち、「年」が「急流」のように流れ始めるこの時を「年の瀬」と表現するのだそうです。

      年暮るる 目のなき魚の 如く生き
                    
                    稲垣 きくの

       冬空に 倦み人に倦み 母校の樹

                    斉藤 史子


                                        行政書士 八尾信一
  

       2007年12月28日

      仕事納め

ついに仕事納めの日がやってきました。

今年1年よかった人も、悪かった人も最後に仕事が収まりますように!

私は、これからじたばたしても始まらないので、じっくり最後の段取りで走ろうと思います。



      雨か雪か?

今はまだ雨は降っていませんが、午後あたりから雨になるようです。

晦日の30日は岡山県の南部でも雪の予報です。

お墓掃除は早めにしておこう。



      今日も歯医者通い

昨夜はまた歯が痛み出し、とんぷくを飲んで患部を冷やした。
今日は歯医者の予約日。

この1年間の「今日の意見」を読み返すと、歯が痛む記事がよく出てきます。
こう書いている間も、薬が切れたのかうずき始めました。



                                        行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月27日

      「2007年の10大ニュース発表・・・」

新聞社やテレビ・ラジオなどの報道責任者たちが選ぶ「2007年10大ニュース」が発表されました。

国内の分をざっと書き出すと以下の通りです。

  1.参議院選挙で自民党が歴史的惨敗。「ねじれ国会」に。
  2.安倍首相の突然辞任。後継に、福田康夫氏。
  3.「消えた年金」で社会保険庁に怒り沸騰。
  4.防衛装備疑惑・守屋防衛次官を逮捕。
  5.「白い恋人」から船場吉兆まで止まらぬ食品疑惑。
  6.「政治と金」問題。松岡農相の自殺。
  7.震度6強の能登、中越沖地震で原発の安全性に疑問。
  8.テロ特措法期限切れ。海上自衛隊がインド洋から撤収。
  9.憲法改正手続きの定めた国民投票法が成立。
  10.伊藤一長・長崎市長が射殺される。

こうして見ると、今年は事件、事件の連続ですね。
明るい話題がひとつもない。
(強いて言えば、海上自衛隊が一人も殺さず、一人も死なず帰国したこと、かも・・・)

事件の中身も、今年になって突発したものでなくこれまで隠蔽されてきた日本社会の内部にある色々な「まがごと」が一挙に外に出て、それによって、国民があきれたり怒ったりの1年だったようです。

私個人の感じで言えば、一番衝撃的だったのは安倍総理の突然の辞任劇でした。

日本のトップを任されていた筈の人の何と危うく、脆いことか・・・と失望、落胆しましたが、このことが日本のトップ層の「劣化」の甚だしさを感じさせたという意味でも今年は「画期的な」年でしたね。

本当は、格差問題の空恐ろしくなるような拡大や、相次ぐ凶悪犯罪などがベスト・テンに入って来るかとも思っていましたが、まあ、こうして眺めてみると「10大ニュース」としてはこれで納得、かな・・・と思います。

さてさて、今年、一挙に暴露されてしまった日本内部の劣化と腐敗。
出すべき膿は、きちんと出し切らないと、いつまでも「傷」は完治しないよ・・・ね。


                                        行政書士 八尾信一
  

       2007年12月26日

      すがすがしい朝

よく晴れた朝です。
西の空には昨夜の月が残っています。

今朝の月は、昨夜の忘年会で遅くまで楽しんだのはいいのですが、まだ頭に酒が残っている様な顔をしています。

騒いだ分だけ寝そびれてしまったのでしょう。



           
      押し迫ってきた

そろそろ押し迫ってきました。
連休明けの昨日は早朝から仕事の準備です。

早朝といっても、起きたのは3時。
ナカにはまだ昨晩から仕事中の人もいるかも。

押し迫ってくると、お客さんも朝早くから夜遅くまで仕事があるので、こちらもそれに合わせて早朝から夜まで走り回っています。

今朝も朝1番に税務署に走ります。



      階層社会から階級社会

今までの日本は階層社会であったが、これから階級社会にはいるという意見がある。

フリーターが増えて、収入の少ないフリーターの子供は職業選択の幅が狭くなってくるからだそうです。

自営をしていても、その様なシステムになってきていると思う。

というのは、多少頑張って収入を増やしても、税金や健康保険などの大幅に持っていかれ、生活自体は税金に追われ困窮してくるのです。



                                        行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月25日
           
      「世の中、クリスマスですが・・・」

みなさん、今日は、ちょっとお疲れモードではありませんか?

三日間も休みだと、家の中では大掃除だの買い物だのに引きずりまわされた上に溜まっている年賀状書きに精出されたのではないでしょうか?

しかし、今年の年賀状の宛名書きにはちょっとリキが要りましたね。
市町村合併の影響で、今年のお正月に戴いた年賀状と引き比べて住所が変わっているお方が随分たくさんいらっしゃいました。

間違った住所を書いてしまったり、あるいは全く届かないことがありましても、今回ばかりはヒラにご容赦をお願いします。
(出さない前から謝っておきますので、よろしく・・・)

平成20年の年賀状は、書くのも大変、配達するのも大変、かも知れませんね。


ところで、ところで、クリスマスなので聖書の中から何か好きな言葉をひとつ・・・

『野の百合を見よ。労せず、紡がざるなり。
されど、神、これを養い給う。
栄華を極めたるソロモンだに、その装いこの花のひとつにも如かず。
今日ありて明日は炉に投げ入れらるる野の花だに神はかく装い給う。
さらば何を食らい、何を着んとて思い煩うな。
明日は明日みずからが思い煩わん。一日の苦労は、一日にて足れり・・・』

イスラム教徒の方も、ヒンズー教徒の方も、浄土真宗の方も、メリー・クリスマス!


                                        行政書士 八尾信一
  

       2007年12月24日
           
      12月に入って

 12月に入って民生委員の仕事が急に増えた。
会議やイベントの前は準備があり、後は支払が出てくる。

1日中掛かりきりの時もあるし、時間にすれば数十分でもほぼ毎日何かしら作業している。

 昨日は歳末の仕事で10数軒回り、今日は数件回った。
出来るだけ早めに訪問しておきたかったので、今日の夕方の訪問が最後で、この業務が完了してほっとした。
これで今年の民生委員の仕事は終わり・・・・突発がなければだが。


      来年の予想

 今までは考えていなかったのですが、従業員が増えるにつれて来年の予想をしなければならないと思うようになった。

来年も成り行きで乗り越えられるかと言えば、それを調べる為にも予想が必要です。



                                        行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月23日
           
      「冬至も過ぎたし・・・」

冬至も過ぎたし、そうそうみなさん、かぼちゃは召し上がりましたか?

冬至にかぼちゃを食べると、脳卒中にかからないそうです。
かぼちゃを食って、柚子湯に入って過ごすのが「理想」だそうですが、みなさんは如何でしたでしょう?

私は、かぼちゃも柚子湯もなく、従って脳卒中の危機に晒されながら来年も生きていくことになります。(笑)

ところで、1年もこのくらい押し詰まって来ると、もう来年の話をしても鬼が笑うこともないでしょう。

来年は、2008年、平成も数えること20年になります。
つまりは、平成元年に生まれた子供が二十歳になるわけです。

昭和は遠くなりにけり・・・なんて、感傷も出て来ますね。

2008年は、子年。ネズミ年ですね。

ところで、下記は過去のネズミ年に起こった主な事件です。

 940年(天慶3年) 瀬戸内海に藤原純友の乱が起こる。
1192年(建久3年) 源頼朝が征夷大将軍になる。
1600年(慶長5年) 関ケ原の戦いが起こる。
1864年(元治元年) 新撰組が池田屋を襲撃。
1912年(明治45年) 明治天皇崩御。
1936年(昭和11年) 2・26事件起こる。

子年は、勿論12年に一度めぐってくるわけで、2000年の歴史の間には、約166回もの子年があります。

と、こう見てみると、子年というのはおおむね平穏な年なのかな・・・?


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月22日
           
      変質者の出没

日本各地で変質者による小中学生への加害行為が多く発生し、老人会などが通学途上を警戒しています。
ところが部活などで遅く帰宅する子供は、守られていないようです。

私の学区でも、中学生の男の子が最近車に無理矢理乗せられそうになるという事件がありました。

ほんのちょっとでも隙あらばという、今までの常識では考えられない社会になっています。



      ゴミの不法投棄

最近、用水にゴミを投げ込んだ者がいた。
調べてみると、履歴書の書きかけが出てきて犯人は突き止められ、犯人の学生は友人の学生の協力を得てゴミの掃除をした。

ゴミの不法投棄は、市役所に連絡すると警察に通報され、犯人は、5年以下の懲役又は1000万円以下の罰金もしくはこの併科です。
未遂も同罪です。

この学生の場合にいくらの罰金が科されたかは知りませんが、最近はゆるめないそうです。


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月21日
           
      1週間後は仕事納め

今年もあとわずか、1週間後の金曜日は多くの事務所や会社の仕事納めになるようです。

明日から、土、日、祝日と3連休が続きますから、今年も今日を入れて5日の稼働です。



      岡山駅・駅ナカ

岡山駅の駅ナカとそれに続く地下街をさっと通り過ぎただけですが、大変にぎわっているようです。
 
駅という移動通過施設が、通過客だけの利便性を計るという領域から、更に人を集めるという集客施設に変わりつつあるのでしょう。
施設に対する発想が変わってきているのかもしれません。


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月20日
           
      「サンタクロースは、いる? いない?・・・」

何の本で読んだのかはよく覚えていないのだけれど、こんなことが書いてあった。

「サンタクロースは本当はいない、と知ったときに子供は少年になる・・」と。

また、ある人に言わせれば、サンタクロースがいるかいないかという問題は、極めて「哲学的な問題」なのだそうだ。
「神学的な問題」でないというところがミソだ。

赤い派手な衣装に身を包み、白い髭をはやした小太りのお爺さんがトナカイの曳くソリに乗って子供たちにプレゼントをしてまわる・・・

まあ、そんな不可思議な話を信じるかどうか。
つまり目には見えない不可思議な出来事が存在するということを心が了解するのか、それとも現実的にありえないことは信じないと心が拒否をするのか・・・まさに「哲学的な問題」ではある。

そういった、まあ、こむつかしいことはさておいて、親としては自分の子供が幼い頃にはサンタクロースがいると信じ、少し大きくなってからは、あれは親がついた楽しい嘘だと思ってもらいたいのだろう。

大きくなってからも、サンタクロースは本当にいるとわが子が頭から信じて疑わなかったならば、親はむしろ子供の頭の中身が心配になる。

サンタクロースはいないかも知れないが、神さまはいる・・・って、信じます?

神さまはいないけれど、悪魔ならいる・・・って、信じます?

悪魔はいないけど、ときどき、人間は悪魔になる・・・って、信じます?

・・・さてさて、サンタクロースのお爺さんは、今頃、どのあたりまで来ているのかな?


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月19日
           
      風  呂

 1日目は体が壊れて風呂に入れなかった。

 2日目はボイラーが壊れて風呂に入れなかった。

 3日目は部品がなく修理できず風呂に入れなかったがスーパー銭湯に行った。

 4日目にはボイラーは直ったがスーパー銭湯のバブルで腰を痛めた。

 5日目にやっと普段の生活に戻った。


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月18日
           
      「再生治療法が産む奇跡・・・」

先日の新聞が、ひとつの奇跡とも呼べることを報じていた。

大阪大学病院が臓器移植を待つしかなかった患者の足の筋肉の細胞から、筋肉の細胞のもとになる「筋芽細胞」のシートを作り、それを患者の心臓に貼り付けることによって、重症の心臓疾患の患者がほぼ正常な日常生活ができるまでに回復した・・・というのが、それである。

心臓が肥大してポンプとして血液を全身に送り出す機能を失ってしまう拡張型心筋症は、従来、心臓移植によってしか救えないと考えられて来た。

しかし、今回の大阪大学の例は、心臓移植待機患者が他人の臓器によってではなく、自分の体から取った細胞を使った治療によって退院をかちとった世界で初めての出来事だそうだ。

成人した人の心臓の筋肉は、ひとたび損傷を受けると永久に回復しないものというのが数十年前までは医学の常識だった。

しかし、「幹細胞」というものがあって、これによって「心筋は回復する」ものであることが新しい常識となりつつある。

こうした事実を踏まえるならば、「他人の死」と「死ぬまで欠かせない免疫抑制剤の摂取」という条件を背負った「移植治療」に代わって、自分自身の細胞を用いる「再生治療」の道こそが、未来の医学の主流であって欲しいと思う。

今回の大阪大学の例は、「筋芽細胞」によって新たに「心筋」が形成されたものではないようだ。しかし、何らかのかたちで「筋芽細胞」から「心筋」の働きを活性化する物質が出たものと解釈されている。

これが「幹細胞」であれば、「心筋」そのものを再生する道が開ける。

具体的な治療の中では、予想もつかないことが起こる可能性はある。
しかし、治療の主流が「移植治療」から「再生治療」に向かっていることは確かだろう。

人の体の中には、私たちが知らないだけでまだまだ多くの謎や可能性が秘められているに違いない。その謎や可能性の解明に、人類の叡智が使われることを信じたいものだ。


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月17日
           
      気合い切れ

 気合いが切れてしまって、土、日とまるで病人のような生活を送ってしまった。
我ながら情けなや!

精神だけは、はつらつとして躍動した時間を送りたいものです。

 月曜日の朝から元気を出してまたがんばろう。

 

      しもやけ

 先日、年配者と話しているとしもやけが話題が上った。
子供の頃は耳たぶや手足がしもやけで赤くなり、よくキンカンを塗ったものです。

最近しもやけにかからないのは、暖かくなっている為か、栄養がよくなったり、寒い作業をしなくなった為か。

 日本では子供のしもやけは東北地方などではまだ見られるものでしょうか?



                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月16日
           
      「ああ、年の瀬・・・」

 このところちょっと寒くなりまして、油断していた気持ちに冷たい風が吹き込んで来たような日々です。

昨日は、この冬になって初めて背中にホッカイロを貼って仕事してました。(苦笑)

この数日、急に「年の瀬」を感じます。
スーパーなどは、クリスマス商品と正月用品がヤマになって売られています。

 それに、年末ジャンボ宝くじの発売!
(へへ・・・今年は、またまた性懲りもなく買いました。ま、3,000円しか買わないで3億円当てようというのですから、どだい欲が深いことで。呵呵・・・)

それに何でしょう、普通の民家なのにキラキラのイルミネーション。
やってる家が増えましたね。

クリスチャンの家なのかな、と思ったりもしたのですが、どうもそうでもないみたい。

 今年も役所が開いてるのはあと何日・・・と、カレンダーとにらめっこの日々が続いていますが、期限があるのに一向にデータを出してくれないお客さん。

こういうお客さんが一番つらい!

まるで、両足に鉛の塊でも括りつけて走らされているみたい。

 でも、カレンダーを見てもうひとつ驚いたのは、来年の年始のスケジュール。

1月4日が金曜日だから、下手したら、来年の仕事始めは1月7日からというお客さんも多いかも・・・

うー、こ、これは、きつそう・・・


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月15日
           
      いよいよ半ばに

 12月も中旬にさしかかりました。
年末年始の休みの期待が少しづつ高まります。

年末年始にしたいことがいろいろ出てきていますので、いよいよお正月が来る実感が湧いてきます。



      セレモニーのあとは・・・

 民生委員の新旧交代に伴うセレモニーの際には、いろいろしなければならないことがある。
更に、その翌日にも、支払や募金管理等の仕事があって1日の半分はそれに費やされている気がしてきた。

 パソコンを駆使して、なるべく手が掛からないようにしていこうと思う。


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月14日
           
      「12月14日は、赤穂浪士討ち入りの日・・・」

 今から305年前の元禄15年12月14日、赤穂の浪人たちが吉良邸に討ち入りました。世に言う「忠臣蔵」事件の勃発、ですね。

 事件のあらましは、みなさんよくご存知の通り。
事件そのものに関する解釈や評価は、時代とともにどんどん変わっていきますが、この事件のもっている奥の深さは、まだまだ語り尽くせていないのでしょう。

 赤穂事件=忠臣蔵に関係する本の夥しさからみても、どうもこの事件は人の興味を惹きつけてやまないところがあるようです。

 実は、かく言う私にも気になっていることがいくつかあります。
最近気になって来たのは、討ち入りの時の47人の年齢と討ち入り時における役割に関することです。

 47人の年齢構成は、以下の通りです。

  10代・・・ 2人。
  20代・・・13人。
  30代・・・16人。
  40代・・・ 6人。
  50代・・・ 4人。
  60代・・・ 5人。
そして、何と70代(77歳)・・・1人。

 吉良邸に討ち入ったのは、確かに47人だったかも知れませんが、実際に戦闘行為に耐えられたのは、20代、30代、40代の合計35人に過ぎなかったのではないでしょうか?

 考えてみると、表門隊の主将(大石内蔵助)や副将(小野寺十内)、裏門隊の主将(大石主税)や副将(吉田忠左衛門)が戦闘に加わったはずはない。
また表門隊、裏門隊あわせて6人もの「後詰」がいる。その大部分は、60代の者たち。
彼らもまた、とても戦闘部隊ではない。
そして、討ち入り後ただ一人姿を消した寺坂吉右衛門は「表門伝令」を命ぜられており、これも戦闘に参加していたとは思えない。

 大石内蔵助は、実働35人で吉良邸に討ち入らなければならないと覚悟したとき、一体どんな思いでいたのか・・・そのとき、彼の胸を去来していたのは何だったのか・・・

・・・やはり、忠臣蔵は面白いですね。


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月13日
           
      「今年の漢字は、『偽』・・・」

 日本漢字能力検定協会が、平成7年から一般に公募している「今年の漢字」。

 今年も9万通を越える応募があったそうだが、その中でダントツに一番だったのが「偽」という漢字。
全体の18%を超える得票で、2位の「食」に一桁違いの大差をつけたそうだ。

 思えば、今年1年は、ホントに「偽物」が「偽物」であることがバレてしまった年だったようだ。(つまり、「偽」であることが発覚したのが今年だったということで、「偽」は実はずっと前からこの国に蔓延していた、とも言える。)

 中でも、食品の「偽装」は多かった。
材料や産地の偽装、はたまた賞味期限の偽装に至っては、信用を誇るべき「老舗」までもが次々と発覚して、テレビをつければどこかの老舗が紋切り型の謝罪をしている場面を見せられたものだ。

 年金記録や政治資金(政治活動費)の杜撰な管理や偽装にも国民は驚いた。

 年金記録に至っては、厚生労働大臣までがその調査はエンドレスになる、という趣旨の発言をして失笑をかっている。
(政治に対する国民の不信感こそエンドレス、だよ。)
首相に至っては、「最後の一人までつきとめます。」と選挙で叫んでいたことがウソのような顔で、「公約、でしたか、ねえ?」なんて言い出した。

 ま、いいさ。

 所詮、日本の役人も老舗の企業もその程度。
保身や利益のためなら、「真実」など犬のウンコほどの価値もないと思っている。

 誰もが信用ならない世の中なら、こちらもとことん誰も信用しないのにしくはない。

 誰も信用しないというのは易しいが、しかし、よく考えれば一番信用ならないのは他ならぬ自分のような気もする。

 自分とは何か。本当の自分とは、何か・・・

 「汝、自身を知れ」・・・とは、かのソクラテスの言葉。

 「偽り」を排し「真実」のみに殉ずるのは、悲しいかな、誰にでも出来ることではないのでしょう。


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月12日
           
        「山茶花の花が・・・」

 今年も山茶花の花がきれいに咲きました。
桃色の可憐な花です。
今は、木いっぱいに花をつけています。

ちょうど南天の実が赤く色づいているのと並んで、庭が明るくなった感じがします。

 モノの本によると、山茶花は日本が原産。
もともとは「山茶花(さんさか)」と読んでいたものが、いつしか訛って「さざんか」という読みになって、それが定着してしまったとか。

確かに「さざんか」の方が、どうも語呂がよさそうだ。

 また、ほぼ同じ時期に開花する「寒椿」とは、なかなか見分けがつかないほどよく似ているらしい。「寒椿」と「山茶花」が取り違えられていることもよくあるそうで、この花、どうも名前にしても種類にしても「御難」続きのようだ。

 その昔、「椿」は散るときに花全体が一度に落ちるために、まるでバッサリ首を刎ねられるようだとして、武士たちはこの花を嫌った。
(「椿 三十郎」は別だったのかな・・・?)

 しかし、山茶花は花びらが一枚一枚散っていくので、その点は嫌われなかったようだ。

とまれ、花が切れるこの冬の時期にはなかなか清楚で美しい花である。

    
     山茶花の みだれやうすき 天の川

                       渡辺 水巴


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月11日
           
        街路風景

 信号待ちをしているときに街角の銀行を見ると、すでに師走の風景が見られます。
五十日の10日だからよけいにそうかもわかりませんが、銀行に出入りする人は年末が近ずいた足取りになっていました。



        日曜日のテレビ番組

 日曜日には、楽しみなテレビ番組、「新婚さんいらっしゃい」「笑点」「いつみても波瀾万丈」などがあり、テレビの前に座りっぱなしです。
ところで先の日曜日の「新婚さんいらっしゃい」は、倉敷(真備町マービーふれあいセンター)が会場になりました。


 放送は、12月9日と次の日曜日の16日の2回。

 わざとらしい岡山弁が鼻につくが、おおむね好評だったみたいです。
次回放送される新夫(再婚)の話に、三枝が思わず涙ぐむシーンもあるとか。

 この番組は倉敷市の広報にも載っています。
倉敷市40周年事業として公開録画が行われたからだそうです。

 倉敷市の公式事業なので当然予算も付いています。
ある市会議員のミニコミ誌によればその額82万円。

 もしかして、「笑点」などの落語家や、「NHKのど自慢」の歌手がご当地をほめあげるのも、こういった予算が付いているからかと思ったら納得いく。

 では、なぜ倉敷市40周年事業として「新婚さんいらっしゃい」が選ばれたかご存じですか?

 記念事業となった40年前の昭和42年2月1日に合併したのは、倉敷・児島・玉島の”3市”だからです。

    お後がよろしいようで。


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月10日
           
     人生なめてる

 車を運転していて、すれ違った私のよりちょっと高そうな車とすれ違った。

運転しているのは、若い女性だ。

おまけに携帯で話し中。

とっさに思った。

「人生舐めてる! 人生は携帯でおしゃべりしながらわたって行かれるほど甘くない!」



      岡山バイパス

 国道2号線バイパス高架工事で、1車線が高架を仮通行できるようになっている。
車だと工事中の時の下の道と比べたら、ずいぶん楽に走行できる。

走っていて、若いとき走った甲府バイパスを思い出した。
開通したばかりの甲府バイパスも、アップダウンの連続だった。
走るのに苦労した覚えがあります。

 山梨県の出身者に言わせると、甲府バイパスが開通したおかげで、時間がずいぶん早くなったそうです。

車での走行なら岡山バイパスと同じくルンルンだったのでしょうが、自転車で東京岡山間を走っている最中でした。


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月9日
           
     「携帯電話の契約が1億件を超えた・・・」

 電気通信事業者協会がこの7日に発表したところによれば、国内での携帯電話の契約件数が1億件を超えたそうです。

 携帯電話の契約件数は、今から11年前の1996年(平成8年)の3月にやっと1,000万件を超えて、2000年(平成12年)の3月には5,000万件を超えたまではモノ凄い勢いでしたが、その流れは少し鈍って、今年の11月でついに1億件、ということになったようですね。

 日本の人口は、この11月の概算では約1億2,779万人。
うち、15歳〜64歳までの人口は約8,318万人ですから、まあ一人で2個以上持っている人がずいぶんいるってことでしょう。

 首から2〜3個ぶら下げて、何だかガチャガチャいわせている人もちょくちょく見かけますが、正直言ってあまり見栄えのいいものではないですね。

 あるいは、会社が何個も契約して持っているってことも増えたのかも知れません。
(「迷惑電話」をかける目的で多数の契約している会社もあるのでしょう。)

 携帯会社ごとの件数で言えば、

   NTTドコモ  ・・・ 5,303万件
   KDDI     ・・・ 2,942万件
   ソフトバンク ・・・ 1,740万件

 その他、イーモバイル社などを加算すれば、1億件を超えるのだそうです。
件数の半分をNTTドコモが抑えているようですが、ただ、最近の勢いではソフトバンクの強さが目だっています。

 今後とも、携帯電話が仕事や日常生活の上で果たしていく役割は大変大きいと思います。

勿論、いいことにも、悪いことにも・・・


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月8日
           
     「12月8日は、日米開戦の日・・・」

 1941年の12月8日は、日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃し、日本がアメリカとの戦争に飛び込んでしまった日です。

 ひところは、戦争史上稀に見る成功した「奇襲作戦」の典型のように言われていたのですが、今頃は一部に、真珠湾攻撃謀略論まで出ているようで・・・

 つまりアメリカは日本が真珠湾を攻撃することは百も承知だったのだが、アメリカ国内の世論を戦争賛成へと向かわせるためにわざと知らないフリをして攻撃させた・・・というものです。

 まあ、何の証拠らしい証拠もないのにこんな謀略論が出て来る背景には、きっと真珠湾攻撃は間違いだったという潜在意識があるからなんでしょうね。

 もっとも、この「間違い」という意味が問題です。

 先ずは、宣戦布告なき攻撃だったため、日本軍=卑怯者というレッテルから逃れたい・・・
あるいは、せっかく真珠湾で戦果はあっても結局のところ惨敗してしまった原因となった攻撃だから、自分たちが積極的に行った作戦だとは認めたくない・・・

 ともあれ、そんな荒唐無稽な論議で歴史の真実が覆るわけではありません。

 山本五十六は、アメリカとの戦争について尋ねられた時に、「最初の半年は暴れてみせます。しかし、それ以降は・・・」と語ったとされています。

 まあ、こんな無責任な「展望」で国民を戦争の泥沼に叩き込むことが犯罪的であることを誰も咎めなかった、その時代の「異常」を恨むべきでしょうか。

 冷静に考えれば、真珠湾で予想される最大の戦果をあげえたとしても、なお日本は戦略的には不利な状況に変わりないという冷厳な事実を語るだけの勇気もなかった時代。

 軍人の空威張りはあっても、真実に立脚した勇気はなかった時代の不幸を今はじっと思い浮かべることが大事なのでしょう・・・


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月7日
           
     12月初の金曜日

 金曜日がやってきました。
12月になって1週間が過ぎました。

 この調子で2週間、3週間と過ぎていったらたまりません。
何とかしないと、「ふう!」


     雲が多いが

 今朝は雲が多いのですが、天気予報では晴れのようです。

 私が生まれ育った岡山県の山間部では、冬には霧が発生し、朝から曇り空に見えます。
ところが11時頃になって霧が晴れると、太陽が顔を出し、実はいい天気なのです。

 本当に曇りの天気には、放射冷熱は発生しませんから、霧はなくて雲が見える曇り空です。


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月6日
           
     「インフルエンザの流行が・・・」

 このところぐっと寒さが増して来ました。
寒さと風邪は直接関係がないとは言うけれど、関東より東の方では、インフルエンザの流行が始まったと言われています。

 例年よりもずいぶん早い流行だそうですね。

 インンフルエンザは昔、りゅうかん=(流行性感冒)と言っていましたよね。
ワクチンがなくて、何万人もの人がなくなる怖い病気だとさんざん聞かされた記憶があります。

 インフルエンザにはタミフルという薬がありましたが、これが「異常行動」の原因になったとかならないとかの論議が一時ありましたが、結果はどうなったんでしょう。

 当面、10代の子供には用いない・・・ということで決着しちゃったのかな?

 ともかく、今のところインフルエンザにはやはり予防接種が一番。

 接種してから2週間くらいで抗体が出来て、効果は5ケ月ほど持続するようで、小生もだいぶ前から受けよう、受けようと思っているのですが、はっと気がついたらもう夜になっていた、とか、やっと時間が出来て行ってみたら「午後休診」の看板が出ていた、とかで、どうもタイミングが合いません。

 当面のところ、外出から帰ったらうがいと手洗いの励行しかないありさま。

 まあ、あまり人ごみに行かないことでしょうか。

 ひと年とると、普通の鼻風邪もなかなか治りませんよね。
これがホント、情けないところ。
ただ、やはりインフルエンザは鼻風邪ではすみませんから要注意です。

 みなさんも、どうぞお気をつけて!


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月5日
           
     急に寒くなってきました

 天気予報によれば、岡山県でも北部の山間部では雪が見られる季節になりました。
ここ県南でも寒さが一段と厳しくなっています。

さて今月は大掃除の月です。
今まで整理整頓を目指してきました。
整理整頓された事務所は当たり前です。これからはきれいな事務所にしようと思っています。

これは「思っている、心がけましょう」という精神条項ではいつまで経ってもきれいにはなりません。

まず、整理します。価値があるものでも不要なものは捨てます。



     限界を低く見積もりすぎている

 今朝の日経新聞の朝刊に1面広告でYKK吉田社長と齋藤孝明大教授の対談が載っています。
今日の記事は齋藤教授の持ち味は出ていないが、次回はどんな対談になるか興味深い。

 齋藤教授は、今の教育の現状を「子供たちの限界を低く見積もりすぎている。」、「一晩で読める国語の教科書を1年かけている。」と分析し、自ら小学生に夏目漱石の「坊ちゃん」を6時間かけて音読させています。

 このときに得た身体感覚によって自分の限界を突破することも可能だと説いています。

 「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とする。」(五輪書)


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月4日
           
     メモリーの増設

 貰ったインクジェットプリンターのインクボックス(インク内蔵でした)とインクを買って設定してみたが、動かない。
仕方なく、開封していないインクだけを買った店に引き取って貰うことにした。

 その代金でメモリーを2個買ったら、そっちの方が大幅に高く、長〜い足が出てしまった。
メモリーの値段は最近あがっているようです。

 動かないプリンターのインクボックスを買ったり、変動相場の品を急がないのに値段にお構いなしに買うのですから、自分でも気持ちが落ち込みそう。


 メモリーを増設する為にパソコンを開けると、案の定パソコン内はホコリが多い。
でも床に直接おいてあるときは、ホコリまみれでしたが、テーブルの上ではまだましか。

 ついでに事務所内の掃除もしてこの日は終わり。


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月3日
           
     「もう師走・・・」

 あっと言う間に、もう師走ですね。

 人間も中年を過ぎる頃から、年月の流れの速いこと、速いこと・・・

 そう感じるのは、たぶん、その頃から「自分のために」生きていないからでしょうね。
自分ために時間が流れていないから時間が速く過ぎているわけで、ただそのことのみをもって幸とすべきか、不幸とすべきかはこれはわからない。

 ところで、明治5年12月2日は、ちょっと特別なことがあったようですね。
明治5年には12月2日はあっても、12月3日はなくて、その日は何と明治6年の1月1日となってしまいました。

 つまり、このとき太陰暦から太陽暦への変更が行われたわけで、12月31日が期限だった集金ができなくて商売人たちは青くなり、逆に、月給取りたちは2ケ月の給料がもらえると喜んだそうですが、本当はどんな「騒ぎ」があったのかわかりません。

 日本が太陰暦を使い始めたのは、持統天皇の頃(692年頃)とされています。
この後、大陰暦は何度も改正されながら、明治5年(1873年)まで続いたわけですから、日本では1200年近くずっと大陰暦だったことになります。

 日本が太陽暦を採用したのは、欧米化に伴ってのことでしたが、現在でも大陰暦はイスラム圏では広く使われています。

 現在のイスラム圏で使われている太陰暦は、2千数百年に1日の誤差が出る程度になっているそうで、そうすると、現在使われている太陽暦(グレゴリオ暦)が3千年に1日の誤差が出ることから考えてもかなり精度の高いものだと言えそうです。


 ところで、ここ数日、「喪中につき・・・」のお葉書を戴くことが多くなりました。
この1年のうちに永訣した友人たちに思いを馳せる日々でもあります。


                                     行政書士 八尾信一
  

       2007年12月2日
           
     民生委員の委嘱状伝達式

 12月1日は、倉敷市民会館で3年に一度の民生委員・児童委員の委嘱状伝達式があり、出かけてきました。
誰からの委嘱状かと言えば、舛添要一厚生労働大臣と古市健三倉敷市長です。

 1時間以上前に会場に行ったのですが、周りには私の地区の委員の半数はすでに来ていました。
1,400名集まる会場では、庄地区の人ばかりが目立っていました。

 式典の後、地区の新年度の役員を決めました。
私はなんと会計担当に決められてしまいました。
いつも家にいてぶらぶらしていると思われたのか、法人や個人の募金は誰よりも早く集めて回ったところが評価されたのかは解りませんが、会計は大変な仕事です。
今の民生委員の仕事の数倍は時間と手間が掛かるので、相当の覚悟が必要です。

 民生委員の仕事の内、高齢者・身障者支援、生活困窮家庭支援、諸証明業務など様々な仕事は委員個人が行うのですが、民生委員会全体にわたる表だった仕事の大部分は募金活動とそれに付随する活動費の受け渡しです。

 民生委員会という団体の入金出金管理はもとより、活動の根幹をなす募金活動全般の仕事は、この3年間傍から見ていても大変そうでした。
これを自分の受け持ちの仕事とは別に行うわけです。

 その上、昭和46年に庄村が倉敷市に合併しているという地域の特殊性がより仕事を難しくしているように思われます。
このことは後から少し触れる機会があると思います。


                                     行政書士 妹尾芳徳
  

       2007年12月1日
           
      「狐の嫁入り・・・」

 先日のある午後のこと、青空が見えているのに、車のウィンドにポツポツと雨粒が・・・

あれれ・・・と思っているまもなく、バラバラと激しくなって、なったかと思ったとたんにさっとかき消すように止んでしまった。

久しぶりに見る「狐の嫁入り」。

でも、よく考えてみると、何故晴れた青空から雨が降って来ることを「狐の嫁入り」と言うのか、わからない。

まあ、晴れてると思って安心していたらザッと雨が来て、あわててバタバタしているうちにまたウソのように雨は止んで、真っ青な空が戻って来る・・・というのがまるで狐が人をからかっているようだ、くらいの意味かもしれないが・・・

しかし、それが「嫁入り」とは解せぬ話ではある。

 古くから日本の民話の中では、狐は霊獣だった。
従って、人を化かすものであり、しかも女として男を化かす話が多い。

そもそも、キツネという名前の由来からして少々色っぽい。
昔、女に化けたキツネと結婚し、子供までなした男がいたが、女の正体がキツネであることを犬に見破られて女は逃げてしまった。

その逃げた女を慕って、男が「オレを忘れてしまったのか。子までなした仲ではないか。来つ寝(キツネ=来て寝よ)。」と言ったことから、キツネと呼ばれるようになったそうだ。

 そうそう陰陽師で有名な安部晴明は、「葛の葉」として知られる信太の狐」を母として生まれたことになっている。

  恋しくば尋ね来てみよ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉

・・・なんて、歌まで詠んじゃうんだから、少々の人間の女以上だったかも知れないですね。(笑)

 さてさて、先日の「狐の嫁入り」は、どこの狐がどこにお嫁に行ったのだろう。


                                     行政書士 八尾信一