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2008年3月31日 いよいよ4月 新しい年度が始まります。 新年度からいろいろな役や出しゃばっていた事項を1つずつ見直すことにしています。 2年から3年のスパンを考えています。 当然任期は全うしますし、それなりに前から予告していきますので潮が引くようにごく自然にスムーズに行く予定です。 人前で行動したり、人前でしゃべったりするのは苦手で、身の丈に合ったポジションにいようと思います。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月30日 「負けたことに負けない人に・・・」 どこで読んだフレーズだったか思い出せないのですが、何かの本の中(の帯に?)に書いてあったと記憶していますが・・・ いい言葉ですよね。 「負けたことに負けない人」って。 人生って、どれくらい生きたら失敗や敗北や絶望なんてものがなくなってくれるのか、どこまで生きたら自分の生き方に自信らしきものが持てるのか・・・ どこまで生きたら、人と自分の人生を比較しなくなるのか・・・ 今は「自己を喪失する時代」。 築き上げたものは壊れ、信じていたものには裏切られ、夢や目標としていたものが簡単に消えてなくなってしまう。 最近よく聞くのは、職場に「うつ」の人が増えたという相談。 今の社会、「心を病む人」がもの凄い勢いで増えているような気がします。 「病気」と診断まではされなくても、それに近い感じの人はもっと多いですね。 おそらく自分に自信がなくなって、自分を取り戻せていないのに、心はそのことを認めることができるほど素直になれていない状態。 何度も何度も失意と絶望と自己嫌悪に襲われながら、それを何とか命がけで潜り抜けていくしか<成長>するはずもない「自我」という怪物。 自尊心など犬にくれてやれ・・・と叫んでみたいほど自我に執着している。 「臆病な自尊心」と「尊大な自己嫌悪」の相克。 つまりは屈折した自己愛。 どこまで行っても、とどのつまり大事なのは自分だけ。 そんな堂々巡りなんかすっぽり止めて、「負けたことに負けない自分」を目指してこつこつと壊れた自分を立て直していく。 そういう謙虚なひたむきさを続けることに夢中になってる間に、いつの間にか命が終わってくれれば、それは神さまに愛された人生だったと言えるの、かな・・・ 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月29日 「ウィキペディアの思想――コピーレフト(8)」 「ウィキペディア」上の「Wikipedhia:著作権」という項目に、「ウィキペディア」自体が目指すところについて、以下のような概要説明があります。 http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9 (2008年3月28日午後2時現在で引用) 「ウィキペディアの目標は自由に利用可能な百科事典形式の情報源を作成することです。我々が使うライセンスは、フリーソフトウェアのフリーライセンスと同じ意味で、コンテンツへの自由なアクセスを許可するものです。つまりウィキペディアのコンテンツは、他の人々に対して同様の自由を認め、ウィキペディアがそのソースであることを知らせる限りにおいて、複製、改変、再配布することができます。それゆえにウィキペディアの記事は、永遠にフリーであり続けるでしょう。改変や再配布などの利用に際して多少の制約条件はありますが、そのほとんどは、このような自由を保証するためのものです。」 文中にもありますように、「フリーソフトウェア」の「フリーライセンス」になじみのある人には、なんとなく内容の連想ができると思うのですが、著作権法等に規定された、著作物の定義とか著作者・著作権者の権利等に親しんでいる人にとっては、奇異な印象を受けるかもしれません。 例えば「コンテンツへの自由なアクセスを許可する」とか、「ウィキペディアがそのソースであることを知らせる限りにおいて、複製、改変、再配布することができ」るとかいう表現は、一見すると、著作権法などで著作者・著作権者の権利(コピーライト)として他者の利用を制限しているのとは逆向きになっていることに気づかれるでしょう。 それが「コピーレフト」と呼ばれる由縁ですが、ただ、ここで誤解してはいけないのは、制度的な枠組みに逆らってそれを壊すというような意図を持つものではなく、あくまで、その制度の中にあって、可能な限り知的財産(コンテンツ)の自由な流通を試みようというとするものなのです。それは、上記URLページの「総則」の冒頭に明示されています。 「GFDLは、他人の著作権、商標権その他の権利を侵害する形での利用を許諾するものと解されてはならず、また、日本国の法令その他一切の関係する法令に牴触する形での利用を許諾するものと解されてはなりません。」 (2008年3月28日午後2時現在で引用) 行政書士 寺見敬三 |
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2008年3月28日 医院で 医院で書類に印鑑を貰った後、世間話をしてきました。 医師の中にはパソコンを使うのが苦手と言うことで、開業を諦めて勤務医になったり、 年配の医師の中には廃業する人も出てきているそうです。 また、レセプトも細かい記入を求められて、事務は段々複雑になってきているそうです。 社会全体が複雑で難しくなってきているというのが実感です。 はなまる 3月中にすべき事を書き出して壁に貼り付けた。 全部で7つある。 27日にやり終えたものに「はなまる」を書いた。 「はなまる」は4つ。 28日の時点で後3つ残っている。 今週中に「はなまる」が7つ揃えばラッキー7です。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月27日 3月もあとわずかに・・・・・ いよいよ3月もあとわずかになってきました。 この年度末までに提出しなければならない申請を抱えている人は、忙しい毎日でしょう。 4月からは、建設業許可関係でも「登記のない証明書」「身分証明書」「工事経歴書」だけでなく、75歳以上の後期高齢者には一口では言えない様々な添付書類が求められます。 今はどこに行っても「年々書類が難しくなるなぁ。」といわれるのですが、全くそのようです。 さらに各市町村が一斉に、21年度の指名願いには改正経審の結果通知書を添付することのアナウンスが始まるような気がします。例えば、瀬戸内市はその予定だそうです。 また倉敷市は既に3月25日付で、各登録業者に文書を送っています。 年度末は年度末であわただしいのですが、新年度は新年度でより複雑な仕組みになっていくようです。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月26日 「とっかいでは・・・じっさつする・・・わっかものが・・・ふえている・・・」 先日、突然カーラジオから流れ出した歌。 聞き間違いようのない、あの独特の、甘ったるい、甲高い声。 口の悪い人は、入れ歯で歌ってるような声・・・とも言ってた。(笑) 井上 陽水の『傘がない』である。 日本語のなめらかなイントネーションなんて全く無視してしまったメロディ・ライン。 常識破り、滅茶苦茶、無節操、伝統無視・・・と、非難はしながらも何となくその歌い方にどこか納得させられてしまうところがある。その居心地の悪さ。 「都会では、自殺する、若者が、増えている。 今朝来た 新聞の 片隅に 書いていた・・・」 たぶん、こんな強烈な歌詞とメロディで始まる歌なんて、今までなかった。 衝撃だった。 もう30年ほども前のことになる。面白がって彼の歌を探した。 『人生が二度あれば』を聞いた。 『心もよう』には心を揺さぶられた。捨ててきたままの故郷を思い出して胸が痛くなった。 『東へ西へ』では哄笑し、『氷の世界』ではリンゴ売りの真似をした。 『闇夜の国から』では、ちょっと心を休めたし、『夢の中へ』は今でも好きな歌だ。 これらの曲を陽水は、20歳代の中ごろに次々に発表している。 そのあと、彼は大麻事件で逮捕され、しばらく沈黙の時代が来る。 「お元気ですか・・・?」という車のッコマーシャルで再び彼の姿を見るようになって、それからまたしばらくして『リバーサイドホテル』を聞いた。 とても息の長いアーティスト。 アルバム『氷の世界』が年間売り上げのトップだった1974年のレコード大賞受賞曲が森 進一の襟裳岬だったって・・・うーん、思えば昭和は遠くなりにけり・・・ですね。 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月25日 暖かくなったけど 春らしく暖かくなってきました。 この日曜日で相撲は終わり、楽しみなセンバツ高校野球も興譲館高校が残念なことに敗れてしまいました。 この度は途中で見ていられなくなって、チャンネルを変えてしまいました。 本当のファンではなかったのかも。 窓の外では暖かさと雨で、肉厚の椎茸は順調に大きくなって収穫されています。 ところで、今静かなブームになっているものに、パズルがあります。 いろいろなパズルがある中で、「頭のよくなる数字パズル」などというものも出版されています。パズルのおもしろさは、頭を良くしようとか考えずに、また時間を気にせずに解くところだと思います。 パズル自体をじっくり楽しみたいものです。 所変わって英国では「数独」が盛んになっているらしいです。英語で言えば「ナンバー・プレイス」というのですが、英国ではタイムズ他各紙が「SUDOKU」と呼ばれる欄を設けて紙面に出題しているそうです。 数独の語源ですが、この数独は1から9までの独身の数字を並べて行くので「数独」と呼ばれるようです。本当かどうかは私は解りません。 椎茸の生長を見ているだけだと退屈な今年の春は、ちょっとブームに乗ってみるのもいいことかもしれません。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月24日 「『波の底にも都のさぶろうぞ・・・』」 「波の底にも都のさぶろぞ・・・」・・・というのは、二位の尼(平清盛の妻時子)が自分の孫である当時8歳の安徳天皇に語った最後のことば。 場所は、関門海峡は壇ノ浦の海上に浮かぶ御座船。 時は、1185年(文治元年)の今日、3月24日の午後1時過ぎ。 記録によれば、この日の午前6時ころには源平両軍は、壇ノ浦で対峙している。 海上の軍勢については多くの記述があり、どれが真実とも決めがたい。 しかし記録のほとんどは、源氏方の優勢を伝えている。 勿論、源氏方は、義経率いる海上の部隊だけでなく、源範頼率いる3万の軍勢がすでに九州を押さえていたのだから、たとえ平氏が壇ノ浦の船いくさに勝っていたとしても、平氏の逃げるべき背後はもうなかったと言える。 巷間、この壇ノ浦の合戦は、当初潮の流れを利用した平氏が有利に展開していたが潮の流れが逆になった午後からは一転して源氏方の優勢となり、平氏はついにここに滅んだ・・・とされている。 確かに潮の流れはその通りであったし、合戦の時間的な展開の仕方もその通りだったようだ。ただ、平氏敗戦のもうひとつの理由として、「兵糧」の問題を挙げて論じている例もある。 そもそも瀬戸内の水軍に関しては、源氏よりも平氏がその知識と経験は深かったはず。その平氏が、当日の潮の流れについて予見していなかったとは考えられない。 一の谷で破れ、屋島で破れ、瀬戸内海を敗走して行く平氏。 それを息をつがせず追う源氏は、すでに範頼率いる本隊が先回りして、平氏の兵站である九州を押さえ込み、正面からは別働隊を率いる義経が迫って来ている。 この敗走の過程で、平氏が大きな海戦に必要な兵糧を補填していたとは思えない。 おそらく午前中の激しい合戦だけで、ほとんどの弓矢を使い尽くしてしまっていたのではないだろうか。 船いくさはまず矢を射掛けて相手に接近し、相手の船に乗り込んでの白兵戦になる。 射掛ける矢がなくなっては、船はまるで裸の城のようなもの・・・ 平氏の最期と見て、入水しようとして二位の尼が安徳天皇を抱き上げたとき、安徳天皇は「尼御前、わたしをどこへ連れていくのか」と問うた。 その答えが、タイトルの「波の底にも都のさぶろうぞ・・・」である。 今から800年余り前の今日である。 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月23日 「沈丁花(じんちょうげ)の花が・・・」 庭にそれとわかる匂いがして、さて、沈丁花が咲きました。 雨上がりなどは、つとにその香りが強くなるように感じられます。 沈丁花は「じんちょうげ」と読むそうで、ただ最近は「ちんちょうげ」と読む人もチラホラ・・・というところらしいですね。 この花は、花そのものの美しさよりもその香りのよさが人を惹き付けてきたのですが、その香りが「沈香(じんこう)」や「丁子(ちょうじ)」に似ていることから、沈丁花という名前になったという由来があるようです。 と言うことが本当なら、やっぱり「じんちょうげ」でしょうね。 ところで「沈香」というのは、「沈水香木」のこと。 これは、もともとある種の植物が風雨や病害虫などによって自らの木部を損傷されたときに、樹脂を分泌してその損傷を受けた部分を自己修復する機能があるらしいのですが、この樹脂が付着し固まったために比重が重くなって、水に沈むまでになったところから「沈水香木」と呼ばれるようになったらしいです。 で、こうしたものの中で最も香りの良いものが「伽羅(きゃら)」と呼ばれているそうで、とても高価で貴重なものなのだそうですね。 沈丁花は中国原産。 室町時代には日本に入ってきた記録があるようです。 その頃から、きっと春が来たことを日本人にその香りで伝えていたのでしょう。 ただ、この香り、強すぎるのであまり近づいて嗅いでみるものではないようです。 少し離れて、風にのって漂ってくるのを楽しむのがいいようですね。 沈丁の香にひたりゐて過去は過去 上村 占魚 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月22日 大きな椎茸の収穫 椎茸がここのところの雨でぐんぐん生長し、先日収穫した。 数年前になったときには、ナメクジにやられてしまったので、今度は工夫してナメクジを寄せ付けないように気を配った。 椎茸の原木になる樫の木は、我が家の裏山に行けばたぶんあるはずなので、切ってきて本格的に菌の植え付けから始めようかと夢が膨らむ。 職業 椎茸栽培農家 これもなかなかいいです。 趣味 椎茸の栽培 これでもいいです。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月21日 「ウィキペディアの思想――コピーレフト(7)」 ウィキペディアのシステム部分に関連して、GPLのバージョン3への移行のことなどを前回までに話題にしました。バージョン2からバージョン3への変更は、かなり大幅なものですので、簡単に新バージョンへの移行が進まないかもしれません。 さらにバージョン3のライセンス構造を複雑にしているのは、「Affero GPL」の存在です。これは、ソフトウェアがネットワークを介してサービスとして提供されることが多くみられるようになった現状に対応した条項を含む新しいライセンスとされ、GPLバージョン3の第13条に盛り込まれています。 しかし、これは、ただでさえ分かりにくいGPLバージョン3をさらに難解なものにしており、多くのソフトウェアで、バージョン2に基づいた運用が当面続く可能性はあります。ただ、その基本的な思想について、立場が変わったわけではないので、いずれバージョン3が普及してくることになるでしょう。 さて次は、ウィキペディアのシステム面からコンテンツに視点を移していきたいと思います。コンテンツの著作権について、ウィキペディアの基本方針は、「Wikipedhia:著作権」という項目で、以下のURLで方針が示されています。 http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9 次回からは、これらのページを参考にして、コンテンツ、とりわけ文書(ドキュメント)に関して、ウィキペディアにおける著作権の扱いがどのようになっているのかを見ていきたいと思います。 行政書士 寺見敬三 |
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2008年3月20日 「チベットから見えて来る中国という国・・・」 最初は、僧侶たちを中心とする静かな抗議のデモだったらしい。 それが瞬く間に、死者まで出る大きな抗議行動となった。 チベット側が発表する死者数と中国が発表する死者数は大きく異なっているし死者が出た原因についても、全く異なっている。 ただ、私たちが見るのは「チベットを支配する漢民族の国=中国」という構造だ。 中国は、チベットは中国の内政問題であって他国から干渉される問題ではないと主張している。この部分について、他国に触れられることを病的なまでに嫌ってきている。 チベットで、大規模な反中国の行動が起こったには、これが最初ではない。 1989年にも流血の動乱が発生しており、このすぐあと、北京で民主化を求めた学生たちを武力で押さえ込んだあの「天安門事件」が起こっている。 現在チベットでは、抗議行動を起こした者たちに自首を促すとともに、政治的な活動家などの捜索が行われていると報道されている。 逮捕・拘禁された者は、数百にのぼると言われているが、数百という単位でおさまるのかどうか・・・ 中国軍の武力を背景に、一軒一軒シラミ潰しに家宅捜索をしてダライ・ラマの写真が飾ってあろう家にはさらに厳重な捜索などが行われているとの報道もある。 問題は、中国が外国人記者が現地に入って取材することを禁止しているために本当は何が起こっているのかがほとんどわからないことだ。 (このあたりの事情は、あの「天安門事件」とそっくりだ。) 中国は、軍隊や警察を大量動員して完全に武力鎮圧してしてしまったあとの「平和になったチベット」だけを取材させるつもりなのだろう。 このままだと、「中国に併合されたらどうなるか、チベットを見よ」と台湾の独立を目指す人たちが叫んでいる言葉に真実味がある。 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月19日 改正生協法 生協法は1948年に制定され、2007年6月の通常国会で60年ぶりに全面的に改正され、2008年4月から施行されます。 改正点を一口で言えば、企業統治(ガバナンス)が強化されたことです。 1.理事会権限の強化・明確化 2.監事の権限と独立性の強化 3.役員の責任の明確化と役員体制・選出方法の選択肢の増加 4.開示制度・第三者の関与の義務付け・組合員の直接請求 などです。 このため今年の通常総会(総代会)では全生協で定款変更・諸規約の変更又は新設がなされることでしょう。 自分に関係するところでは、監事は組合員でなくても良くなりました。 反面、理事会への出席が義務づけられたので、自分の仕事を持っている者は理事会に出席できないので、当然この任期で退任ということになります。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月18日 「ウィキペディアの思想――コピーレフト(6)」 ライセンスの国際化対応というのは、GPLを採用したソフトの国際的な性格を反映して、ライセンスの用語として、国際的に中立的な用語を導入するというものです。つまり、特定の国の著作権法上の法律用語法に偏ることなく、どの国の制度にこのGPLを持ち込んでも、不整合を生じないように配慮してある、ということです。 例えば、「propagate(普及)」は、「準拠法となる著作権法の下で許諾を必要とする行為を行うこと」を意味し、日本法では著作権法の各支分権に該当する行為です。日本の著作権法上、この支分権とは具体的には、複製権、上演権・演奏権、上映権、公衆送信権、口述権、展示権、頒布権、譲渡権、貸与権、翻訳権・翻案権、二次的著作物の利用に関する原著作者の権利などを指しますが、これを、GPLバージョン3では、「propagate(普及)」という用語で包括します。 さらに、旧バージョンでは「distribute(頒布)」という用語で示されていた概念は、「convey(伝達)」という概念に置き換えられ、「第三者がコピーを作成あるいは受領することを可能とする普及すべて」と定義されます。 この、GPLの国際化対応にともなう新用語・新概念と、各国著作権法の構造については、それを個別に調べていくと、各国における著作権の位置づけ等について、制度的な違いなども明確になるでしょうから、とても興味深い問題を含んでいると思います。しかし、著作権に関する条約やこれらの各国における著作権法について、それぞれ原文の用語の概念や定義を比較検討していくというのは、大変な作業になるでしょう。このGPLのバージョンを2から3に改訂する作業というのは、全世界の専門家がその知識を持ち寄って、その困難を克服して実現されたようです。 そこではもちろん、さまざまな考え方が提出されて、数多くの議論があったでしょうが、GPLに体現される「コピーレフト」の思想は、そのGPL自身を作り上げる知的生産の現場でも、貫徹されているといえるでしょう。ここでは、手段と目的の間にも、望ましい整合性があるわけです。 行政書士 寺見敬三 |
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2008年3月17日 「石原さん、もう銀行やめたら・・・」 このところ何かと話題の「新銀行東京」。 世上では、「石原銀行」とも呼ばれているそうですが、まあ、平成15年の東京都知事選での石原都知事の選挙公約であった「東京発金融改革」の中の目玉政策であったことは衆目の一致するところ。 その目的は、「大手銀行が貸し渋りをしている中小企業を救済する」・・・ということ。 設立当時から、無担保・無保証の融資はきわめて危険であるとか、金融の素人ばかりではあまりにも危険が大きいとか、これは地方自治体による民業圧迫であるとか、さまざまな批判・危惧があったものを都が強力に推し進めてしまったもの。 で、やっぱりと言うか、懸念した通りと言うか、現在、瀕死の状態。 5年前に、税金1,000億円を投入して開業。 それが、昨年の9月の中間決算の発表では、何と累積赤字が936億円。 で、この20年3月決算では、累積赤字は1,260億円の水準になるだろうと予測されている。 しかも、中小企業向けの貸出は貸出全体の47.2%と半分を切り、当初の理念であった「中小企業の救済」がメインではなくなって来ている。 また貸出先の2割が、東京都以外の企業とあっては東京都の税金を使って設立された銀行としてははなはだ芳しくない。 (つまり、中小企業や都内の企業だけを相手として商売をしていたら銀行としての経営が成り立たないのでしょう。それこそが、まあ経済活動の怖ろしい「リアリティ」) 石原都知事は、ここに至ってさらに400億円の追加融資を税金で投入することを求めている。 普通なら、金が足りなければ銀行で借りてくる。常識だ。 新銀行東京も、当然、他の銀行から融資を受ければいいのだが、どうもどの金融機関からも大手企業からも融資を断られたらしく、最後の奥の手として税金の投入という手段に訴えているようだ。 しかし、そんな銀行に追加融資してそれで今回の問題が全て解決し、これからは収益が増えていく・・・と考える識者は少ない。 400億円の追加のあとまだどれくらいの追加が必要になるのか、それを考えると、「ここで撤退」が、最も智恵と勇気のある解決方法ではないかと思える。 石原都知事は、理念はよかったがそれを実行した経営者たちが悪かったのだとして、都の責任を回避する言動を行っているようだが、都が84%以上も出資している銀行について、経営者だけが悪いという言い方は出来まい。 最高責任者こそが、まず自らの責任を明らかにし、しかる後に他の責任に言及すべきであるというのが「男らしい」責任の取り方だろう。 敗軍の将が兵を語ってはならないし、一将功成って万骨が枯れては石原さんの名誉は長い目で見れば泥だらけになる・・・ 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月16日 椎茸の栽培 椎茸の成長が始まった。 数年前にホダ木を買ってきて、庭においていたところ、一度発生した残りが今年大量に発生成長している。 樹皮を持ち上げているのとか、すでに傘が成長しているのとかを合わせて数えてみると、20ほど出ている。 今回は椎茸の大敵ナメクジにさらわれないように、ブロック塀の上に立てかけている。 ナメクジには乾燥したところなので、椎茸の為に毎日水やりもしている。 菌を植えつけているところ以外からも芽が出ているので、椎茸菌がホダ木いっぱいに繁殖したのだろう。 楽しみですな。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月15日 「まだまだ続くぞ生活苦・・・」 この12日に、金属労協に加盟する大手製造業の経営側が組合の賃上げ要求に対して一斉に回答をしたことが報じられている。 金属労協は、金属関連産業の労働組合が集まって構成している団体で、加盟は次の五つ、「基幹労連(造船、重機、鉄鋼、非鉄など)」、「JAM(建設機械、工作機械)」、「自動車総連」「電機連合」「全電線」。 ここで働く労働者は約200万人で、その影響力は強く、「春闘」の相場を決めると言われている。 その回答は、一応「三年連続の賃上げ」となったが、この4月から予想されている食料品や医療費の増加等を勘案すれば、実質の賃上げは「ゼロ回答」に等しく、「格差是正」や「内需拡大」はまたしても遠ざかるしかないようだ。 政府は、まず企業が儲かって、そのことによって働く従業員の生活アップに繋がる・・・という御伽噺のような「経済論」をかざして、企業の税金は安くし、一般国民からは重い税金を取り立てて来た。 企業が好成績をあげたからと言って、それが直接、働く従業員の賃金アップに繋がるわけではないことはずいぶん前から指摘されていたことだが、それがまた今回も見事に(?)「実証」されたことになる。 史上空前の利益をあげた企業ですら、この先の経済が不安だからという理由で従業員にお金を廻さない。 お金が従業員(国民)に廻らないと、従業員はモノを買うことが出来ない。 買うことが出来ないから、内需は拡大せず、工場が作ったモノは外国で売るしかなくなる。 ところが、ここで円高になってモノが外国に出て行かない。 売り場を失った品物が溜まれば、今度は生産している会社が危機になる。 経済は絶えず循環するものであって、循環が止まったら経済も死ぬ。 日本の企業は思い切って内需拡大に努力しないと、自分で自分の首を絞めているようなものなのだが・・・ま、日本の経営者も決してバカばかりではいから、ね。 わかっている人は、わかっているんでしょう、きっと。 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月14日 「ウィキペディアの思想――コピーレフト(5)」 前回の最後で、ウィキペディアは、システム部分で「GPL」に沿った運用がなされていると書きましたが、この「GPL」については、以下のURL、ウィキペディアの「GNU General Public License」項目で説明が加えられています。 http://ja.wikipedia.org/wiki/GPL#.E4.B8.BB.E3.81.AA.E7.89.B9.E5.BE.B4 その説明にありますように、現在のバージョンは、3です。GPL初版(バージョン1)は、1989年に登場し、それがバージョン2になったのは1991年で、二年後のことです。そして、バージョン3がリリースされたのは、それから16年後の2007年6月。つまり、昨年のことです。 この間、コンピュータ技術やソフトウェアめぐる環境は、通信技術の飛躍的な発展などともあいまって、1990年代初頭とは大きく様変わりしていました。このバージョンアップに伴う変更点は膨大ですが、その主な背景としては、ソフトウェア特許への対応や、ライセンス国際化への対応があげられています。 前者は、ソフトウェア工学の発展に伴い、欧米をはじめとして、各国でソフトウェア特許の可否をめぐる論争がまきおこったことを背景としています。ソフトウェアを著作権による保護だけでなく、特許制度の中でどう位置づけるか、という難しい問題とからんでいます。 後者は、用語に関するものですが、米国著作権法に依拠しない国際的に中立な用語を、ライセンス条項中で使用するという工夫です。各国で、著作権法の枠組みが異なっていることもあり、その差異を吸収できるようなしくみを、ライセンス条項の中で実現しようとしたものといえるでしょう。 行政書士 寺見敬三 |
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2008年3月13日 「受験シーズン真っ盛り・・・」 春の足音とともに訪れるのは、学生諸君にとっては鬼よりコワイ「お受験」。 最近はそうでもなくなったとは聞いていますが、それでも合格・不合格がはっきり出てしまう「受験」というものはともかくも乗り越えなければならない「人生の関門」のひとつでしょう。 どんなにヘ理屈をつけてみても、「合格」と「不合格」では雲泥の差がありますからね。 ところで、「試験」と呼ばれるものの中で一番むつかしい試験だっただろうと考えられているのは、中国の「科挙」です。 これは、「隋」の時代から「清」の時代まで約1,300年余りにわたって行われていた官僚の登用試験制度ですね。 「儒教」の考え方は、基本的には「祖先崇拝」です。 祖先は絶対にえらいもの。祖先のそのまた祖先はもっとえらいもの・・・という考え方ですよね。 この考えでいくと「皇帝」や「高級官僚」たちは、とてつもなくえらい祖先から生まれたものということになるので、人はその生まれによって「身分(社会的地位)」が決定されてしまいます。 皇帝の子は皇帝に、官僚の子は官僚に・・・ということで身分(社会的役割)が決定してしまった社会は「安定」はいいかも知れないが、しかし、「発展」は望めない。 こうした決定論的な身分制度に風穴をあけて、社会に「新しい血」を導入しようとする方策が「科挙」だったわけで、つまり「科挙」に合格した者は、その身分・出身を問わず官僚に登用する・・・という制度だったわけです。 「科挙」は、身分(生まれ)がその生涯を決定してしまう閉塞社会から脱出する唯一の突破口だったとも言えますね。 話は、現代の日本に戻って・・・ 私たち団塊の世代と呼ばれている人間たちは、こうした一時は「受験戦争」とまで呼ばれたの中を生き抜いて来たわけですが、このところ聞かなくなって久しいのが「表札泥棒」。 昔、よく学校の先生の表札がこの時期に盗まれたものです。 それも、四軒分セットで。(笑) つまり・・・「四軒、取る」→「しけん、とる」→「試験、通る」という単なる語呂合わせだったのですが、まあ、「取る」方も、「取られる」方も、大いに楽しんでいたわけで・・・特に、人気のある先生の表札はよく取られたので、先生の方も、何枚も表札を作っていたり・・・合格した生徒たちが、あとでこっそり返しに来て、またどっと数が増えてしまったり・・・(笑) ・・・ともあれ、もう少しのところです。 受験生諸君、最後まで、夢のために、ガンバレ!! 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月12日 パソコンを叩いて壊す 今、msnのポータルサイトに富士通のパソコンを叩いて壊そうというCMが出てきた。 壊すパソコンはノートパソコンで、ハンマーで画面を叩いたり、キーボードを叩いたり、5回目に壊れ去り、本番のCMパソコンがお目見えします。 面白いのでつい20台ほどたたき壊した。 ストレスたまってるのかな? 道口サービスエリアで 山陽自動車道道口サービスエリアでPに車を止め建物の方に行こうとしたら、左から尋常でない運転の自家用車がこっちに向かってきた。 さすが広島ナンバー、車はマツダ車。 前を渡ると危険に思えたので、立ち止まって待った。 タイヤの悲鳴が聞こえる。 あぁあ、縁石で大分タイヤをこすっているよ! 目の前の通行区分に止まったが、Pがすぐ傍にあるのに、なにをか焦っている模様。 出てきたのはおじいさん1人。 トイレの方に向かっている。 あれ、我慢できなくなったのかと思い見るとはなく見ていると、タオルを出して手洗いの水で洗っている。 タイヤの脇ををすり減らしながら(高速では危険な状態になるかも)、通行のじゃまになるところに止める理由が未だにわからない。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月11日 いきなりの一撃 ポカポカ陽気の土曜日、大きなウエーブがやって来ました。 すなわち 歯痛の一撃! 日曜日にかけて、またもや大きなダメージを貰いました。 おかげで月曜日も物を食べることあたわず。 元気な内は多少痛くても我慢我慢とうそぶいていても、いざとなるとからきしだめですね。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月10日 「ウィキペディアの思想――コピーレフト(4)」 「ウィキペディア」上で、「ウィキソフトウェア」に関する項目には、以下のような概要説明があります。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A2 (2008年3月6日午前8時現在で引用) 「ウィキソフトウェアまたはウィキエンジンはグループウェアの一種で、ウィキを実装したソフトウェアである。そのようなソフトウェアはオリジナルのWikiWikiWebに対してウィキクローンと呼ばれることもある。 ウィキソフトウェアを使うと、一般のウェブブラウザを使ってウェブページの作成・編集ができるようになる。ウィキソフトウェアは、たいていサーバサイドスクリプトとして、つまり1つ以上のウェブサーバ上で動作するプログラムとして実装される。多くのものは関係データベース管理システムにデータを格納するが、サーバのファイルシステムを利用するものもある。」 一般のグループウェアでは、会議室や掲示板、アナウンスといった個別の機能として、ウェブ上のページを作成・編集できるようになっていますが、どれも、サーバ上のデータベースソフト(リレーショナルデータベース=関係データベース= relational database management system, RDBMS)と連携して、その機能を実現しているものです。 それらデータベースソフトと、ウィキソフトウェアを連携させて、それをウェブサーバ上で運用することによって「ウィキペディア」が実現されているわけですが、これらのソフトウェアを動作させている基盤として基本OS(通常、UNIX系OS)があることはいうまでもありません。 その基本OSを始め、ウェブサーバソフト、データベースソフト、ウィキソフトウェアなど、「ウィキペディア」構築に関連したそれらのソフトは、基本的に、「コピーレフト」な「GPL」(GNU General Public License = GNU一般公衆利用許諾契約書)に沿った運用がなされているソフト群なのです。それがため、このシリーズの第二回冒頭で書きましたように「ウィキペディア」は、まず、システムの部分で、この「GPL」に沿った運用がなされている、ということになるわけです。 行政書士 寺見敬三 |
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2008年3月9日 「透明人間の散歩・・・?」 春である。真昼間である。 所要で街へ車で出て、帰っていたときのことである。 目の前の押しボタン式の信号が、黄色に変わった。 このまま突っ切ってもよいくらいのタイミングだったが、まあ、急ぐ道でもなし、ブレーキを踏んで止まった。 が・・・そこで不思議なことに気がついた。 押しボタン式の信号機なのだから、誰かがボタンを押したはずなのだが、そこに人の姿がない、全くない。 ただ、白い犬が一匹、自分の進行方向にむかってきちんとお座りをしている。 で、信号機が青に変わると、何とその犬はまるで信号が変わるのを待っていたかのように、すたすたと横断歩道を歩き始めたではないか。 まっすぐに首をあげ、ためらいもせず、きょろきょろもせず、軽やかな歩調も変えず、むしろ誇らしげな様子とも言えるほどである。 あきれて思わず笑ったら、隣に停車していた車の運転席の女性も笑っていた。 やがてその犬は、信号を渡り切ると街並みのどこかに消えて見えなくなった。 車を走らせ始めてしばらくしてから気がついた。 あれは、透明人間が犬を散歩させていたのだ。 きっと、あの犬にはその透明人間が見えていたに違いない。 ああ、空はまぎれもなく春である。 春には、いろんなモノが出て来ても不思議ではない・・・ 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月8日 3月半ば 3月もそろそろ中旬にさしかかります。 真冬並みの寒さだと思ったら、弥生の陽気だったりで、季節の移り変わりが感じられます。 来週から小中学校の卒業式が行われるようです。 私も、仕事柄今年は小学校の卒業式に呼ばれています。 自分の子供の卒業式は、母親任せで1度も出たことはなかったので、何か変です。 我が子の成長の節目としての卒業式と、社会的行事としての卒業式の2種類があるのかも解りません。 まあ、これも1つの骨力ということで心の中にしまっておきましょう。 来週後半から次の週にかけてそういった行事がぎっしり詰まっていて、今から頭を悩ましそうです。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月7日 「ウィキペディアの思想――コピーレフト(3)」 ソフトウェアとしての「ウィキ」というのは、「ウェブブラウザを利用してWebサーバ上のハイパーテキスト文書を書き換えるシステムの一種である。このシステムに使われるソフトウェア自体や、このシステムを利用して作成された文書群全体を指してウィキと呼ぶこともある」とされています。その一般的な用途については、「ウィキペディア」の「ウィキ」に関する項目で、次のように説明されます。 「ウィキでは通常、誰でも、ネットワーク上のどこからでも、文書の書き換えができるようになっているので、共同作業で文書を作成するのに向いている。この特徴から、ウィキはコラボレーションツールやグループウェアであるとも評される。ソフトウェアとしては、初めに登場したプログラムに改良を加え、あるいはそれを参考にしたりして、現在では多くのウィキが出回っている。」 http://ja.wikipedia.org/wiki/Wiki (2008年3月6日午前8時現在で引用) 「今日の意見」でも、以前、グループウェアに関するシリーズを書いたことがありますが、この「ウィキ」というソフトウェアは、グループウェアの一種とも、あるいはコラボレーションツールの一種ともみなされるということです。 グループウェアは、閉じた集団(例えば企業の一部門のようなグループ)の内部で、構成員の有する知識を相互に共有し、それによって、集団全体としての知的生産性を高めることを目的としたツールでした。コラボレーションツールにしても同様ですが、「ウィキ」もその一種である、というわけです。 若干性格が異なるのは、「ウィキペディア」に端的にあらわれているように、閉じた集団で運用がなされるのではなくて、さらに開かれたものになっている、という点ですね。 行政書士 寺見敬三 |
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2008年3月6日 「昨日(5日)は、寒い『啓蟄』でした・・・」 このところ仕事と、自分の確定申告の準備で追われに追われていて、毎日自分が何をしているのか、ちょっと頭がフラフラする感じです。(苦笑) 「仕事に追われている」という状態は、実は、未処理のままの仕事が同時進行している時で、こういう時こそミスが出る可能性が一番大きいんですね。 忙しくても、仕事が順調に片付いているときはそんなにアブナクないのですが、仕懸かりのままの仕事が20件近くも同時進行していると、お客さんから電話をもらってもすぐには何の用件だったかが頭に浮かばなくなります。 二言、三言話しているうちに、どの仕事の件だったかは思い出すのですが・・・(苦笑) まあ、頭蓋骨の中の灰色の臓器が、ちょうど「啓蟄」で長い冬の眠りから覚めたばかりの虫の動きみたいなもん、ですな。 仕方がない。 こういう時は、せっせとメモを取ります。 意識的に、書かなくてもいいことも含めて、いつもより丁寧にメモを取ります。 それと、どんなに他の仕事が気になっても、自分で考えた仕事の順番に従って一つ一つをともかく「完成」させるまでやってしまうよう心掛けます。 これが、まあ、口で言うほど容易くない。 依頼主からのデータ提供もまちまちで飛び込んで来ますから、どうしても、あっちの仕事をちょい、こっちの仕事をちょい・・・と、出来るところから手を付けて、「完成」させないまま、また別の仕事に手を付けざるをえなくなってしまいます。 この「悪循環」から脱却するためには、ともかく無理にでも一つ一つの仕事を「各個撃破」して、「済んだ仕事」と「進行中の仕事」をきちんと分離して頭の中に整理して詰め込んでいくしかないんですね。 これが出来て来始めると、「仕事に追われる」という受身の状態から、「仕事を追いかける」というポジティブな状態になることが出来るんです。 今日、仕事で走る車のラジオで、「蕾(つぼみ)」というのは、その漢字を見る通り「くさ(かんむり)」に「雷」が落ちて出来るもの・・・ということなんだと話しているのを聴きました。 「草」が「雷」からエネルギーを与えられて「蕾」を作り、春が来る。 なるほど、なあ・・・もう、そろそろ「春雷」かな・・・(・・・っと、仕事、仕事!) 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月5日 「ウィキペディアの思想――コピーレフト(2)」 前回、「コピーレフト」の代表的なものとして「GPL」(GNU General Public License = GNU一般公衆利用許諾契約書)があり、これはソフトウェアに関するライセンス条項ですと書きました。「ウィキペディア」は、まず、システムの部分で、この「GPL」に沿った運用がなされています。 「ウィキペディア」の検索で「ウィキペディア」自体を検索語として指定して開いたページの「概要」冒頭に、以下の説明があります。 「Wikipedia(ウィキペディア)という名前はウィキペディアが使用している Wiki ソフトウェアであるMediaWikiの『Wiki (ウィキ)』と、百科事典を意味する英語『encyclopedia(エンサイクロペディア)』から合成されたものである(よって日本国内では、元々のWikiシステムを知らない層からはWikipediaをWikiと略して呼ばれることが多いが、これは誤用であり、混乱の元である)。」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2 (2008年3月4日午前8時現在で引用) つまり、この「フリー百科事典」は、「ウィキ(Wiki)」というソフトウェアで構築されており、それが「ウィキペディア(Wikipedia)」という命名の元になっているということ。そして、ソフトウェアとしての「ウィキ(Wiki)」の機能を使って、「新規記事の執筆や既存の記事の編集について、専門家でなく、インターネットを通じ、アカウントを取得しないでも誰もが無料で参加でき、参加者の共同作業で記事は日々追加・更新される。」という「フリー百科事典」が実現されているというわけです。 この、ソフトウェア「ウィキ(Wiki)」については、「ウィキペディア」の以下のページ、 http://ja.wikipedia.org/wiki/Wiki 或いは、「ウィキソフトウェア」項目で検索した以下のページに説明があります。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%AD%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A2 まず、このソフトウェアとしての「ウィキ(Wiki)」について見ていきましょう。 行政書士 寺見敬三 |
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2008年3月4日 「昨日は、全国的に(?)お雛さま・・・」 お雛さまとして知られる3月3日のお祝いは、「上巳(じょうし)の節句」と呼ばれていたのだそうですね。 この「上巳の節句」というのは、五節句のひとつ。 五節句とは、以下の通りです。みんな、食べ物に繋がってますね。 1月7日 人日(じんじつ)の節句。七草の日。七草粥。 3月3日 上巳の節句。お雛さま。白酒。 5月5日 端午の節句。ちまき。 7月7日 七夕(しちせき)。そうめん。 9月9日 重陽(ちょうよう)の節句。菊酒。 上巳というのは、陰暦3月の最初の巳(み)の日の意味だったそうで、それが3月3日だったようです。 昔の中国では、上巳の日に川で身を清めて穢れを祓う習慣があったようですが、それが平安時代に日本に入って来て、今の「お雛さま」の行事の原型になったと考えられているようですね。 川などに紙で作った人の形をした形代(かたしろ)を流して、罪や穢れを流したというのも「流し雛」の原型かもしれません。 人間という生き物は、清めても清めてもすぐに「穢れ」が身についてしまう、どうしようもない生き物だと考えられていたのでしょう。 毎年、毎年、春が来れば身を清め、邪気を払わないと安心できなかったのでしょうね。 思えば、因果な生き物ではあります。 流し雛見えなくなりて子の手とる 能村 登四郎 雛を流そうにも、近くに川などがないところでは、辻の祠などに雛を置いて帰ったそうですが、そういう雛を「捨て雛」と言ったそうですが・・・ 捨雛の遥かなる山見給えり 白岩 三郎 行政書士 八尾信一 |
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2008年3月3日 基幹技能者と実務経験 国土交通省が発表した改正経審を同省のホームページで見ていて、あっ!と驚いたところがあった。 基幹技能者について「1年の実務経験」が必要と記載されていたからです。 02 【改める文】建設業法施行規則の一部を改正する省令 http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/const/kengyo/keishinkaisei/siryouitiran/02.pdf の50ページに、別表(四)中 063計装 について記載されています。 ところが同じく同省のこちらには、 ○ 規則別表4 http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/const/kengyo/keishinkaisei/siryouitiran/youshikiitirann/beppyou4.pdf 「1年の実務経験」は、「基幹技能者」ではなく、「計装」についています。 たぶんこちらが正しいのだろうと思います。 そういえば、計装の実務経験については、大成出版社の「建設業の許可の手びき」改訂19版 256pでも、「1年」が漏れています。 このことは、メールで同社に連絡したのですが、未だ返答はなしのつぶてです。 大成出版社の「建設業の許可の手びき」改訂19版における誤記といえば、179pの株主資本等変動計算書の様式の表 「自己株式」の列 「前期末残高」の項とその下の「当期末残高」の項 に「△」が付いているのですが、これは不要です。 そのことは同社発行の正誤表にて訂正されています。また、「3刷」以降で訂正されていますが、県のホームページによっては、「△」が付いたままになっていたりします。 このミスは、そのまま販売されている経審の用紙に反映されて残っていることもあります。 記載が間違っているところは、心の中で読替が必要です。 行政書士 妹尾芳徳 |
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2008年3月2日 「ウィキペディアの思想――コピーレフト(1)」 インターネット上で利用できる「フリー」の百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』は、「今日の意見」の読者のみなさんも、ほとんどの方が活用されていると思います。以下のURLで表示されますが、”google”などで言葉を検索しても、その多くがこのサイトにヒットします。 http://ja.wikipedia.org/wiki/ ここで言う「フリー」の意味は、もちろん「無料」ということも含んでいるのですが、しかし、著作権に関連して、より重要な意味で「フリー」なのです。ただしこれは、著作権を全て放棄している、というような単純なものではなく、通常の著作権概念「コピーライト(Copyright)」に相対する概念として規定された「コピーレフト(Copyleft)」の思想に基づいています。 「コピーレフト」は、簡単に言えば、著作物を誰でも自由に複製し改変し頒布できるようにするという考え方ですが、もとはコンピュータのソフトウェアの開発に関連して生まれてきた思想です。 この「コピーレフト」の代表的なものとして「GPL」(GNU General Public License = GNU一般公衆利用許諾契約書)がありますが、これはまさにソフトウェアに関するライセンス条項です。 この「GNU」というのは、「グニュー」と発音しますが、これ自体、コンピュータの基本OSである”UNIX”の開発に起源を持つ用語です。 同様の趣旨で、文書を対象としたライセンス条項が、「GFDL」(GNU Free Documentation License = GNU フリー文書利用許諾契約書)であり、「ウィキペディア」上の文章は、このライセンスに基づいて管理運用されています。また、「ウィキペディア」上の画像等については、また別のライセンス条項がありますが、基本的には、「コピーレフト」の思想に基づくものです。 「ウィキペディア」を利用する上ではあまり意識されることのない、この著作権に関する独自の思想を、少し見ていきたいと思います。 行政書士 寺見敬三 |
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2008年3月1日 寒かったり、暖かかったり 昼間は暖かく感じるが、外は冷たい風がびゅんびゅんと吹きまくっている。 最近では夜の寒さも大分慣れてきたのか、そう寒く感じなくなりました。 今日から明日が始まり・・・じゃなかった、今日から3月です。 高校は今日が卒業式です。 朝スムーズに 歯医者に行く日です。 珍しく信号をスムーズに通り抜けられたので、朝9時前には治療席に着き大きな口を開けることになった。 駐車場は、先に来ている車で入れにくく、出るときの苦労(おそらく出られない)が予想されていたのですが、治療後いざ帰る段になるとなんと、障害になる車は2台とも出ていて、今はいない。 駐車場から公道に出るときも、いつもなら頭からでも信号待ちの車で反対車線には出られない場合が多いのだが、今朝はバックで思う方向に出られた。 すこぶる順調な3月初日の朝でした。 行政書士 妹尾芳徳 |