今日の意見
2008年4月      

       2008年4月30日
                         
      「何だか悲しい『大国中国』・・・」

まあ、北京五輪ということで中国もやっと世界の国の仲間入りをするのかなと思っていたら、どうも完全にチベット問題で馬脚を現してしまったようで・・・

本当はもう少し奥深いところのある国だと思っていたのだけれど、まあ、チベット問題というのは、本当に中国の最も恐れる部分、外国からは絶対に触られたくない歴史の汚点だったのでしょうね。

問題が明らかになってからの中国の狼狽ぶりは尋常ではないです。
彼らが必死になって、「チベットは内政問題」「中国は一つ」を繰り返すたびに他の国の人々の気持ちはだんだん中国から離れていくように感じられます。

聖火リレーに見せる中国の狭量で独善的な態度は、おそらく世界の人々の中国に関する感情に長く残る汚点となるでしょう。

そもそもオリンピックは国際的な競技会です。
ある特定の「国家の威信」とやらのために開催されるものではありません。

もし中国が、オリンピックの国際的な精神に基づいて、あらゆる国の人々にその精神を伝えたいと思うのであれば、他国において我が物顔に五星紅旗を林立させて聖火を守ろうとするの愚は行うべきではなかった。

そうではなくて、例えば三分の一の人はオリンピックの旗を、また三分の一は聖火が走る国の国旗を、そして残りの三分の一を開催国である中国の旗を掲げて「聖火を守って」いたのであれば、世界は、さすが「大国中国」と感心したであ
ろうのに。

あまつさえ、韓国では五星紅旗の旗で隠して人権活動家やチベットに心を寄せる人に暴行を加えていたとは!

このような中国で、一体どんなオリンピックになるのか不安である。
「審判」や「判定」や「採点」において不公平が行われるのではないか、「応援」のルールや節度をきちんとわきまえているのだろうか。
「勝つ」ためにスポーツマンシップに反するようなラフ・プレイが行われる心配はないと言えるのか。

本当に中国が世界に恥ずかしくない国家であるかどうか、やがて北京で試されるのだろう・・・


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月29日
                         
      「ウィキペディアの思想――コピーレフト(12)」

 11回目で画像ファイル等に関しての「ウィキペディア・コモンズ」と「クリエイティブ・コモンズ」に触れました。その折に紹介したURLでウィキペディア上の「クリエイティブ・コモンズ」のライセンスに関する説明もありますが、そこでは「表示」、「非営利」、「改変禁止」、「継承」という4項目について、それを求めるかどうかをアイコンを使って明示することが示されています。

 例えば、ウィキペディアで「ヴェルサイユ宮殿」を検索すると、以下のURLで説明ページが開きます。

 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A6%E5%AE%AE%E6%AE%BF

 その右上方に、「ヴェルサイユ宮殿旧城」の写真が掲載されていますが、その写真をクリックすると、「ウィキペディア・コモンズ」に登録されたその写真そのもののページが開きます。以下のURLです。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Versailles_Palace.jpg

 そこには、かなり大型で高品質・高画質の写真画像と、その画像ファイルの説明が以下に続きます。

 まず、「Summary」ですが、この画像の場合は、フランス語で記述されています。次に「Licensing」ですが、そこでは、アイコンと英文での説明書きがあります。そして「ファイルの履歴」と「リンク」が続きますが、さて、この「ヴェルサイユ宮殿」の画像を、二次利用しようと思った場合、どのようにすればいいのでしょう。

 まず、「ウィキペディア・コモンズ」で前提となるGFDLを理解し、さらに「クリエイティブ・コモンズ」のライセンスについて理解する必要がある、ということになります。(この「ヴェルサイユ宮殿」の画像ファイルについては、「クリエイティブ・コモンズ」が中心。)

 さらに、この著作物についての「Summary」を理解するためにフランス語を読み(といっても、これはシンプルなものですから、フランス語の基礎をやったことがある人にはそれほど困難ではないでしょうが、フランス語に触れたことがないと、困難を伴います)、そして、核心である「Licensing」の状態を確認するということになるでしょう。そして、どのように二次利用できるのか出来ないのかがはっきりしてくるわけですが、このような分野の仕事は、なかなか刺激的だと思います。


                                         行政書士 寺見敬三
  

       2008年4月28日
                         
     「世の中は、大型連休突入とか・・・」

4月26日(土)から5月6日(火)まで、何と11日間の連休という会社もあったりして、世の中何となく「お休みモード」に突入というような雰囲気です。

この4月29日は、むかしは天皇誕生日。それからしばらくは「みどりの日」と呼ばれていましたが、今は「昭和の日」。

それかあらぬか、先日『昭和天皇』(原 武史著・岩波新書)を読みました。

このところ皇室の中がどうもぎくしゃくしているような報道が多いのですが、昭和天皇の時代もすでにそうであったらしいことが、この本でわかりましたね。(天皇家というのも、なかなか大変なんだ。)

昭和天皇の母であった貞明皇后や兄弟である秩父宮や高松宮との間においても根深い確執があったようです。こういう資料に接してみると、2・26事件のときや、敗戦後の天皇のとった行動についてその背景となったものが何であったのか鮮明になって来るように思えます。

昭和という時代を考える上では、なくてはならぬ1冊かも。

ところで、わずか11日の休日を「大型連休」などと呼んでいたらフランス人には嗤われそうですが、何とフランスの有給休暇は1年に35日もあるのだそうです。しかも有給の消化率はほとんど100%。(日本では最高で20日。しかもその消化率は50%がやっと)

で、このところ、こうしたお休みが長いフランスの新生児の出生率がどんどん上昇している、とか。
まあ、休みが増えたことだけが子供を生みやすい環境を作った・・・とも言えないでしょうが、ただ、こうした長い有給休暇や出産前後の手厚い休みや保護政策の存在が、出生率を押し上げる重要な要因になっていることは確か。

政府もこうした少子化の進行をストップさせる思い切った・大盤振る舞いの「抜本的な政策」を早く開始しないと、気がついたら日本列島に日本人が一人もいなくなっちゃってた・・・なんてことになっちゃうよ。


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月27日
                         
     (小旗を振って歓迎はなし)

歓迎するときには沿道では人々が小旗をふっているという光景は、子供の時から見慣れた風景です。。

大きな旗は、デモ行進のような示威行動か、サッカーの応援の時など、戦いの場で見られるのが通常です。

大きな旗を乱立させるのは、戦闘気分を盛り上げる時が多いように思う。

長野聖火リレーの感想です。


                                         行政書士 妹尾芳徳
  

       2008年4月26日
                         
      朝早く目が覚める

ここ数日はどこにも出かけなかったので、体が疲れていなくて朝早く目が覚めてしまった。
月に1回ほどは、睡眠時間の調整が来るって眠れない夜がやってきます。

眠むたく無くなったので、そのまま起きて新聞を読み、新聞の娯楽欄の「7つの間違い探し」を終わらせ、ついでに本を読み出した。

目が覚めたのが2時前だったので、これだけやってもまだ午前4時。

毎週金曜日の「7つの間違い探し」で鍛えたおかげで、誤字脱字の発見がハイスピードで出来るようになり、大きな実益がある。
例えば今年の医療法人の定款変更申請などはすべて補正無しの100点だった。
どこが間違っているか勘でわかるようになると、日頃の仕事に大変役立つものです。

とはいえ、皆さん真剣に「7つの間違い探し」ばかりやらないでください。
早起きした分、頭脳はもうろうとしていて夢と現実との融合が大きな空想を呼ぶようですので・・・。


                                         行政書士 妹尾芳徳
  

       2008年4月25日
                         
      「やめろ、硫化水素自殺・・・」

世の中、妙なことが流行れば流行るもので、このところ「硫化水素自殺」がマスコミを賑わせている。

それもそのはず、この半年ほどの間に、硫化水素を使った自殺とその自殺に巻き込まれて死んだ人は、すでに50人を超えているのだそうだ。

いっとき、「練炭と七輪」の組み合わせで一酸化炭素を発生させて自殺するのが流行った。
誰かがやると、それをモノ真似して追従する人間が出てくるから不思議だ。
服装や食べ物のハヤリ・スタリなら、まだ話はわかる。
しかし、ことは自殺の仕方だ。

一体、人の命をなんだと思っている。

世の中、ひたむきに生きる人がいる。
ひたむきに生きて生きて、重病のために生きたくても生きられない人もいる。
瀕死の体を病院のベッドに横たえながら、懸命に生きようとしている人もいる。

硫化水素を発生させて自殺する人が、不真面目に生きているとは思わないが、しかし、生きるために考えなければならないことが他にもあったのではないか。

硫化水素は一酸化炭素よりも毒性が強く、濃度によってはただの一息で失神・絶命することがある。
どう考えに考えても死ぬしかないと本人が思うのならそれは仕方がないが、しかし、廻りの人を巻き込んではいけないだろう。

「ガス発生中」なんてフザケタ張り紙などする前に、他人を絶対に巻き込まない死に方を探すだけの謙虚さもないのか。

まあ、振り返れば、今のニッポン、毎年3万人を超える人たちが自殺している。

その数も異常に多いが、しかし、自殺方法が流行するというのもやはり異常だ。

ともかく、若者よ死ぬな。
健康な命を自分の手で殺すのは、命に対するぬぐい難い冒涜だ。


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月24日
                         
      地  図

西日本の地図を見ていると、岡山県は他県より干拓面積が大きいことに気が付く。
瀬戸内海を挟んだ香川県と比べてみるとその差ははっきりします。

岡山県は大きな河川がゆったり南部を流れ、遠浅の海になり、古くから干拓が行われてきたからでしょう。
干拓の前には、塩田も広がっていました。

ところが香川県といえば、屋島や五台山、讃岐富士など溶岩の固まりです。
屋島のような形が、河川の浸食により讃岐富士になったといわれているように、河川の浸食パワーは十分にあるようです。
岡山県と同じように河口に平野が広がり、遠浅の海になるはずですが、香川県は山が近いので河川は小さく短く、また山からの距離を考えると河口から海底にかけて急に深くなっていると思われます。
そのような理由から、岡山県より干拓面積が小さいのでしょう。

自然条件の違いから、どちらかといえば岡山県民は農業に着目し、香川県民は自然の良港の恩恵から漁業に生業を求めたと考えます。
そのため県境は香川県の海がぐっと迫ってきたことになったのかもしれません。

香川とは地理的には川が少ないからよけいに「川」の字を使ったのだろうか?

狭い”せとねぇーけぇ”の地図を見ながら、空想を膨らませてきたのですが、今でこそ瀬戸大橋で地続きになっていますが、言葉1つとってみても大分違います。

関東方式の岡山弁と、京阪方式の讃岐弁。
あなたにはどちらがなじみやすいですか?

「ここまでごじゃやとどっちゃこっちゃならん」(讃岐弁)

「はよーしねー」(岡山弁)

                                         行政書士 妹尾芳徳
  

       2008年4月23日
                         
      「やっぱりおかしい裁判員制度・・・」

山口県光市の母子殺害事件の元少年に死刑判決が下りた。

この事件は、マスコミなどでさまざまに報道され、特に遺族と弁護団の対立という点が強調されたために、事件そのものの内容はどうだったのか、考えうる全ての事実(内心の事実をも含めて)がきちんと検証されたのかどうか、感情論に流されることはなかったのかどうか・・・などを考えていくと、いよいよますます裁判員制度が不安なものに見えて来る。

裁判員が審理することになるのは、まさにこうした「凶悪な事件」=最高刑が死刑、無期懲役、無期禁錮にあたるような事件などと定められているからだ。

こうした難しい裁判を、裁判員制度のもとでは一体何回の公判で結論を出さないといけないのか。まさか、4〜5回の公判で結審とは言うまいが、それにしても現在の裁判のスピードを自動車とするならば、裁判員制度はそれを超音速ジェット機並のスピードにアップすることになる。

本当に、それでいいのか・・・?

言っておくが、裁判員というのは法律の全くの素人だ。
散髪屋のオヤジさんだったり、魚屋のオカミさんだったり、化粧品のセールスマンだったり、トンネル工事のおじさんだったりする。

死刑や無期懲役に当る重大事件を、裁判制度や法律や法廷の決まりごとなどに全く無知で不慣れな人たちを交えて裁くことが、正しい裁判を行うにあたって本当に必要なことなのかどうか、どうも不安と不信を払拭できない。

きっとホンネを言えば、裁判員制度を作った人たちですら、裁判員の能力を信じてはいない。多数決といいながら、単純多数決ではないからだ。

例えば、法廷はプロの裁判官3名と素人の裁判員6名の合計9名で構成される。
そして、審理が終わって判決を出す場合、これは多数決によることとなっている。
ただし、有罪の判決を下す場合には、最低でも裁判官1人、裁判員1人が含まれていなければならないことになっている。

では、裁判官3名は全員が無罪と判断し、裁判員の6名は全員が有罪に投票した場合は、単純多数決では3対6で有罪となるはずだが、裁判官一人も有罪に加わっていないということで被告人は無罪となる。

逆に、裁判官全員が有罪とし、裁判員全員が無罪とした場合も、同じく無罪となる。

よくできているように見えて、でも、これって少しおかしくないか・・・?


                                         行政書士 八尾信一
  

      2008年4月22日

      役不足

4月は多くの団体で役員の改選が予定されている。
町内会も新しい役員体制で、まず溝掃除から取りかかる模様。

案内文に、「役不足ですがよろしくお願いします・・・」とある。
ほとんどの人はおかしいことに気が付かないだろう。
本当は「力不足」、「役目不足」というらしいんです。

同窓会への出席をお願いに恩師を訪ねたときのこと。

恩師は 「枯れ木も山のにぎわい、というからな。」

教え子A 「そうですよ、先生。枯れ木に花を咲かせましょうよ。」

教え子B 「先生に来て頂いたら、もうがれきの山ですよ。にぎやかに楽しくやりましょう。」

恩師は、この子らにもう少し勉強を見てやらなくてはならないと、自分の力不足だったことを恥じた。


                                         行政書士 妹尾芳徳


       2008年4月21日
                         
      「4月20日ころから『穀雨』・・・」

4月20日ころから立夏までの間くらいを、二十四節気では『穀雨』とよんでいます。

この頃には、穀物の成長にとってよい雨が降るという意味なのだそうです。
そう言えば、このところ雨が多かったですね。

きっと穀物が成長していくためのいい雨になったことと思います。
田圃には、青々とした麦の穂が出始めています。

ところで、先日ふと耳に聞こえてきた童謡がありました。
ちょうど今の季節にぴったりなんですが・・・

 「菜の花畠に 入り日薄れ 見渡す山の端 霞ふかし・・・」

高野辰之さんという方の作詞された「朧月夜」という歌です。

子供の頃にこの歌を習ったときは、その歌詞の意味がよくわからなかったところがあったのですが、こうやって改めて聞いてみると、ああ、こういうことを歌っていたのか・・・と納得できたりして。

 「春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて におい淡し」

これは小学校六年生の唱歌になっているそうですが、しかし、「におい淡し」なんて情感は、たぶん、当時説明されていたとしてもわからなかったでしょうね。

今の日本の小学校六年生の子供たちに、この歌の情景がぼんやりとでもわかるのかどうか・・・あるいは、この歌に歌われているような春はもう日本のどこにもなくなってしまったのか。

歌の二番を次に書いてみます。

 「里わの火影も 森の色も 田中の小路(こみち)を たどる人も
 蛙(かわず)のなくねも かねの音も さながら霞める 朧月夜」

う〜ん、二番って、こんなだったけ・・・思い出せない。


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月20日
                         
      「イラクでの空輸活動は違憲の判決」

この17日に名古屋高等裁判所が、イラクでの航空自衛隊による空輸活動は憲法第9条に違反するとの判決を出しました。

判決理由も極めて明快です。

航空自衛隊はアメリカ軍の要請を受けて、一昨年の7月頃から3機の輸送機を使って、クウェートからバグダット空港まで週に4〜5回、武装した兵員を輸送していたことが事実として認定されている。

この場合の輸送機というのはC−130のことだろうと思われますが、この輸送機は完全武装の兵員であればおよそ60名、通常であれば90人を超える兵員を輸送する能力があるとされています。

現在もまだ戦闘行為が続いているイラクのバグダッド空港へ武装した兵員を定期的に輸送することが、「非戦闘地域における」「武力の行使と一体化していない行為」であるなどとは誰も思わないだろう。

しかし、悲しいかな、政府はこの判決をまるで尊重するつもりはないようだ。

「バグダッドは戦闘が行われていない地域」であって、「そうした地域に武装した兵士を輸送する行為は武力行使とは一体となっていない行為」であるという「虚構」がいつまでも世界に通用するとは思ってほしくない。

どこやらの国が、チベットは内政問題だと言っている嘘と同じレベルの嘘はやがて世界から手ひどいしっぺ返しを食うだろう。

ところで、もうひとつ言っておこう。

新聞に寄れば、この判決に関して防衛省の航空幕僚長が定例の記者会見で、隊員の心境を代弁すればと前置きして、近頃はやりのコメディアンの言葉を真似して「『そんなの関係ねえ』という状況だ」と発言していることだ。

こうした軍人の傲慢、司法の判断をコメディアンの言葉で揶揄するような思い上がりこそ実は最も恐ろしいことだ。

シビリアン・コントロールの危機ということについて、国民がもっと危機感を持たなければならないのかも・・・


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月19日
                         
      「ウィキペディアの思想――コピーレフト(番外編)」

 17日から、九州大学で紛争管理と調停に関するセミナーを受けるために福岡に来ています。これは、昨年の4月8日から28日にかけて5回の連続シリーズで、このコーナーで紹介したものと同じトレーニングですが、福岡に来るたびに尋ねる場所があります。それは、太宰府の九州国立博物館。

 現在、特別展として「国宝大絵巻展」を開催中で(3月22日から6月1日)、国宝の「絵因果経」や「粉河寺縁起」、「病草紙」、「餓鬼草紙」、「一遍聖絵」、「法然上人絵伝」等々が展示されています。

 これらは、それぞれの時代に強大な権力と富を把持した者たちが、莫大な財財と労力を投入して作り上げた品々です。それらの作品は、現在においても見る者の知的好奇心を呼び覚まし、様々な創造の源泉となっているものです。

 国宝として厳重に管理収蔵されてはいても、著作物としてはパブリックドメインとなっているそれらの品々。最新のデジタル著作物に関するコピーレフトの考え方との対比もあって、「国宝大絵巻展」の展示をみながら、著作権の保護と知的創造・知的生産の活性化のあり方について、考えさせられました。


                                         行政書士 寺見敬三
  

       2008年4月18日
                         
      「馬食い家内が象サイズになった・・・???」

京都市に(財)日本漢字能力検定協会というのがあるのだそうです。

で、ここがコンテストをやってまして、それが「変漢ミス・コンテスト」。
パソコンや携帯電話などで文章を入力して変換をかけるのですが、さてさて機械も時々は遊びたくなるのか、思わず笑ってしまったり、冷や汗をかいたりの「変換ミス」があるようで、まあ、パソコン・珍プレーとでも言ったらいいのでしょうか。

その「変換ミス」を集めた「年間変漢賞」を、このほど発表したそうです。

で、その中の上位作品がタイトルのもの。

タイトルの変換だと、「馬を食った奥さんが象くらいの大きさになった・・・」という意味のようですが、正しくは、「うまくいかない画像サイズになった」とうったつもりだったようです。

他には・・・

「新宿花園郵便局」→「新宿は謎の郵便局」

うん、これは、まあキレイな部類ですね。

「部隊活動」→「豚以下集う」

う〜ん、この部隊、どこかの国の軍隊じゃないことを祈ってますが・・・

「裏金はいいんでしょうか?」→「裏金は委員で消化?」

お、おい、それってヤバイよ。

「6個作って下さい。」→「肋骨食って下さい。」

食えるか!!

「裸のままなんですが、包装紙ないんですか?」→「裸のままなんですが、放送しないんですか?」

う〜ん、視聴者としては、してもらってもいいと思いますが・・・

「何かと胡散臭い時がある。」→「何か父さん臭い時がある。」

えっ!? ほんとう?(汗・・・)

実は、私も変換ミスで思わず笑ってしまったことがあります。
それは、「世紀末」と入力したのに変換されたものは・・・「性器待つ」。
んなモン、待ってないって、と思って、もう一度変換したら今度は「性器松」。

一体どんな松の木なのか、一度見てみたいのですが・・・(笑)


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月17日
                         
      新入社員

街に新入社員が目立ちます。
一目で新入社員だとわかるフレッシュさにあふれています。

そろそろ新入社員教育も終わる頃でしょう。

ある教官の話では、この教育課程が修了した途端に退社する者がいるそうです。
それどころか、入社1日目で退社する強者が出てくるそうな。

自分に合わないと感じたのか、社会の厳しさに嫌気がしたのか、その人たちの決断は早いようです。

このことだけで、いいことか悪いことかはわかりませんが、フリーターが増えるのはわかるような気がします。



ツツジの取り木

薄いピンクと濃いピンクのツツジがまだらの花をきれいに咲かせていた。

取り木をしようとしたら、濃いピンクの花は、濃い方に。
薄いピンクの花は薄い方に分かれてしまった。

せっかくの花が取り木をしたことで、ただの花になってしまいました。

細胞の中の遺伝子が2種類あったと言うことなのでしょう。

ところで、このことは遺伝情報が1種類ではなく2種類以上あると言うことなのかもしれません。

そこで素人が考えるに、遺伝子組み換え作物が出来て1つの遺伝子からクローン技術によって生物を作ったとしても、思った通りの遺伝子が伝わっているかどうかわからないのではないかと思います。

また、万能細胞の研究によって人間のパーツを作ったとしても、そのパーツが本当にその人の遺伝子を正しく持っているかわからないのではと心配してしまう。

咲きそうなツツジを見ながら、今日は妄想が広がってしまいました。


                                         行政書士 妹尾芳徳
  

       2008年4月16日
                         
    「ウィキペディアの思想――コピーレフト(11)」

 ウィキペディアにおける著作権の扱いについて、そのコンテンツ、とりわけ文書(ドキュメント)を中心に見てきましたが、次に、画像等について見ていきます。ウィキペディアでは、画像や音声、動画ファイルについては、文書(ドキュメント)とはちょっと違った扱いを推奨しています。

 ウィキペディア自体に画像ファイルなどを文書とあわせてアップロードすることは可能なのですが、言語による仕様の違いなどから、効率的な活用ができないため(他言語のウィキペディアや姉妹プロジェクトでのファイル共有が出来ないといった制約があるため)、画像ファイル等を共有するための「ウィキメディア・コモンズ(Wikimedhia Commons)」という別プロジェク
トがあります。その解説は以下のURLにあります。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikimedia_Commons

 さらに、このウィキメディア・コモンズに画像をアップしようというキャンペーンの説明ページもあります。以下のURLです。

 
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:Wikimedia_Commons%E3%81%AB%E7%94%BB%E5%83%8F%E3%82%92%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97%E3%81%97%E3%82%88%E3%81%86

 このページの中ほどに、「デュアルライセンスのすすめ」という説明があるのですが、そこでは、画像等のファイルについては、GFDLだけでなく、「クリエイティブ・コモンズ(CC)」でもライセンスすることが推奨されています。この「クリエイティブ・コモンズ」については、ウィキペディアの以下のURLに解説がありますが、その「概要」部分をあわせて引用し紹介します。
 
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%BA

 「情報を共有しようとすると、知的所有権法や著作権法が障害になる場合があるが、この運動の基本的なねらいは、そのような法的問題を回避することにある。
これを達成するために同プロジェクトは、著作権者が作品のリリースにあたって無料で利用できるようなライセンスのプロトタイプを作成、提供し、作品がウェブ上で公開される際に検索や機械処理をしやすいようなRDF(XML)によるメタデータのフォーマットを提案している。
著作権を全て留保する"All Rights Reserved"と、いわゆるパブリックドメインである"No Rights Reserved"の中間の"Some Rights Reserved"が、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスが規定する領域である。
発起人は、ローレンス・レッシグを始め、知的所有権問題、インターネット法などの専門家を多く含む。
ライセンス(Licence)は文書、動画、音楽、写真など多様な作品を前提としている。ただし、ソフトウェアについては既にGPLなどが存在することから特に対象としていない、としている。
ネットワーク上でのリソースの流通に寄与する活動が認められ、2004年アルス・エレクトロニカ賞を受賞した。」
 (2008年4月15日午後6時現在で引用)


                                         行政書士 寺見敬三
  

       2008年4月15日
                    
     「『かぐや』からの映像・・・」

みなさんもきっと新聞などでご覧になったと思いますが・・・
ちょっと感動モノでした、「満地球(?)」の写真。

『かぐや』は、昨年の9月に打ち上げられた月周回の人工衛星。

その『かぐや』が送ってきた地球の写真。
くっきり、きれいに真ん丸い地球。
月ならさしずめ「満月」なのですが、これが地球だと「満地球」とでも呼ぶしかない。

この写真を撮るためには、月、地球、太陽、『かぐや』が一直線に並ぶ瞬間にしか撮れないそうで、そのチャンスは年に2回しかないのだそうです。

その写真は、宇宙航空研究開発機構のホーム・ページで見ることが出来るのですが、まあ、世界で始めて撮影されたハイビジョンの地球。

下の方には月の灰色の大地があって、上の真っ暗闇の宇宙にはぽっかりと青い地球が浮かんでいます。

こんな映像は、かの大天才レオナルド・ダ・ビンチも見ることは出来なかった。
モーツァルトもピカソも見ていない。
ニュートンもガリレオもアインシュタインですら、見ることは出来なかった。

でも、私たちは、簡単に茶の間のパソコンでそれを見ることが出来る。
「時代」というものの凄さがここにはあります。

宇宙空間に浮かぶ小さなありふれた星としての地球・・・ということを頭で考えている時代ではなく、いま、それを完全に目で見ることの出来る時代になったのですね。

それも、一部の選ばれた特権階級の者しか見ることができないのではなく、おそらく何億人という単位の人たちが・・・

こういう衝撃的な映像からは、本当は「新しい哲学」が生まれてもいいのだけれど・・・



                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月14日
                    
     「小次郎、敗れたり・・・!」

昨4月13日は、巌流島の決闘の日でした。

慶長17年(1612年)ですから、396年前のことになります。
巌流島の決闘の次第は、歴史的な事実よりもたぶん吉川英治の小説の方が一般に広く流布してしまっているために、本当はどんなことが起こったのかわかりません。

決闘の時刻に2時間以上も遅れて来た武蔵を、焦れて水打際まで駆けつけて、いきなり刀を抜き放つとそのサヤを波打ち際に捨てた小次郎に、武蔵が言い放つ言葉がタイトルのセリフですが・・・

ただ・・・いろんな資料を見ていくと、どうもこの日、武蔵は決闘の時刻に遅参していなかったようですね。

そうなると、この決闘がどのような展開だったのか、かなりイメージが違ってきてしまいそうです。

そういうことからすると、だいたい佐々木小次郎なる人物もこれが生年不明。出生地も不明の人物。従って、巌流島の決闘の際にはすでに老人だったという説もあれば、いやまだ前髪の若武者だったという説もある。

いや、そもそも、宮本武蔵という人物もわからない。

彼が晩年に熊本県の何とかという洞窟で書いたという『五輪書』には、自らを新免武蔵守藤原玄信(しんめんむさしのかみふじわらのはるのぶ)と名乗っている。

「武蔵」は、個人の名前ではあるが、「武蔵守」ならばこれは官職名である。

確か、記憶では武蔵は、美作は宮本村の新免武蔵(しんめんたけぞう)であったものを改心して、宮本武蔵と名乗るようになった・・・ということになっていたはず。
それが、最晩年になってから「新免武蔵守」ではちょっと誤差が大きいです。

それから、武蔵は関が原の合戦では西軍についたために落ち武者として追われる身になったとされているが、実は、武蔵の父はそれ以前から九州の黒田家に仕えていて、従って、武蔵はどう考えても東軍(徳川方)についていたとしか考えられないようだ。

(おそらく武蔵は、関が原にはいなかった。いたとしたら、黒田如水とともに九州にいた可能性の方が高い。)

面白いことに、何と、武蔵はその晩年に「島原の乱」の幕府方の鎮圧軍の一人として出陣している。
ただこの時は、一揆勢の投げた石が脛に当たってケガをしたりで、何とも剣豪らしからぬことではあったようだ。

いずれにしても、400年ほどの時間が経てばかくの如く「事実」は霧の中・・・である。



                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月13日
                    
     暖かい日が続きます

桜の花も満開です。
暖かい日が続いています。
日曜日の天気は下り坂とか?

桜もここあたりが見頃でしょう。

阪神金本も2000本安打を達成し、ハラハラです。
というのも、ラジオを捨ててしまったので、パソコンの試合速報で経過を見ているだけだからです。
この速報は名前だけで、大分遅い更新になっています。


                                         行政書士 妹尾芳徳
  

       2008年4月12日
                    
     「タンポポ・・・」

犬を連れて歩いていると、道の端に転々とタンポポが咲いている。

意識して見ると、なるほど、田圃のあぜ道などはいくつかの黄色の小さな帯ができているようだ。

道路のアスファルトの切れ目からひょいと頭を出して、春風に揺られながらその小さな花を精一杯開いているさまなどからすると、このタンポポ、そのか細い外見にもかかわらず、相当に生命力の強いヤツに違いない。

タンポポには多くの呼び名がある。
「蒲公英」と書くのは、漢語からのものらしい。
そして、古くは日本では「鼓草(つづみぐさ)」と呼ばれていたようだ。
この花の蕾のときの形が鼓に似ているからだそうだ。
また、タンポポと呼ばれるようになったのは、その昔、子供たちが鼓の音をタン、ポン、タン、ポンと発音していたことから訛ってタンポポと呼ばれるようになった・・・というまことしやかな説もあるようだが、どうも首肯しかねる。

もっとも、それでは何故「タンポポ」と呼ばれるようになったのかは、やはりわからない、としか言いようがない。

西洋では、タンポポはその葉のギザギザの形から、「ライオンの歯」という呼ばれ方をしているようだ。

いずれにしても、タンポポは、その葉、蕾、花、そして最後はその綿毛までもが人々に注目され、愛されてきた。

まあるく膨らんだタンポポの綿毛を、ふっと息で飛ばして遊ばなかった子供なんて、たぶん、一人もいないのではないか・・・

ともあれ、このタンポポが咲いて、しっかり春が来た。

  蒲公英の絮(わた)吹いてわが顔に会ふ

              中島 秀子

  たんぽぽに囲まれてゐてあたたかし

               古谷 のぶ子


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月11日
                    
      「こんな人は絶対に政治家にしてはいけない・・・!」

少し前から問題になっていたことですが・・・映画の『靖国 ヤスクニ』。

この映画をこころよく思わない政治団体からの上映妨害行動が起こされるのを恐れて上映を中止したりするところも出てきているようだ。
(こうしたことが、実は、ファッショへの危険な道なのだが・・・)

この映画が「反日的」(?)であるとして、自民党の稲田議員が事前に見せろと要求した。

この映画の制作に、文化庁から750万円の助成金が支出されていたことにことよせて「国政調査権」を振りかざしての「事前検閲」である。

当人は、決して事前検閲ではないと言っているそうだが、それであれば公開されてから自分でお金を払って見ればいい。

自分の意見とは異なる意見だからと、「政治家の特権」を使って封殺しようとするような政治家は決して政治の世界にいてはいけない。

こういう政治家は、無能な政治家の不作為よりももっと深いところで政治を腐らせる。

自分とは違った意見やものの見方があるからこの世界は人間的であり、発展の可能性を秘めている。そこが民主主義のいいところだ。

自分とは意見や考え方の異なる人も、自分と同じだけの表現の自由を持っている。
その事実を認め、その権利をお互いが命がけで守りあうことこそが民主主義の原点。

その勘所をしっかりとわかっていない者は、政治の世界に置いてはいけない。

ところが、今回、この稲田議員の上をいくような事実が起こった。

同じく自民党の有村議員が、何と、『靖国 ヤスクニ』の映画の中でインタビューに応じている出演者に電話をかけて事情を聞き、そのインタビューの部分を削除したいと言っている・・・と主張ているのだそうだ。

この政治家が、何でそうした行為をしたのかその見識を疑いたくなる。
「政治家の驕り」というには余りにもお粗末なその人権意識である。

言っておくが、「文化」は「国境」を越えたものだ。まして、「反日」だの「親日」だのによって「文化の質」が左右されるものではない。
「親日」だからといって作品の質(文化)がよくなるものでもないし、「反日」だからといって作品の質(文化)が下がるものでもない。

文化は国境を越えたものであり、まして、人の人たるの権利は国家・民族を超えたものだ。こんなことは、イ、ロ、ハのイ、だ。

まあ、先の戦争で何百万という人が死んでも、人はすぐにその原因を忘れるのか、ね?



                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月10日
                    
      
    「ウィキペディアの思想――コピーレフト(10)」

 前回、「GFDL」に言及しましたが、これは「GNU Free Documentation License」の略です。これについて「ウィキペディア」では、以下のURLに解説があります。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/GNU_Free_Documentation_License

 その概要の冒頭部分を少し長いですが以下に引用します。

「このライセンスは、文書たる著作物につき、営利・非営利を問わず著作権者が著作権者以外の者に対して改変、複製、頒布することを一定の制約条件の下に許諾するものである。大まかに言えば、GPL と同様に著作権者が
次のような許可を与えるライセンスである。
・この文書を無断で複製してよい。
・この文書を無断で改変してよい。
・この文書を無断で頒布・販売してよい。ただし、頒布を受けた者や購入した者に対して、上記の許可を与えなければならない。
甲が、他人に対して、自己の創作による著作物Aの自由な利用を許す方法としては、甲が著作物Aに係る著作権をすべて放棄して著作物Aをパブリックドメインに帰属させる方法がまず考えられる。しかし、この方法によれば、他人が著作物Aを改変、翻訳することによって創作した二次的著作物A'の著作権の処分は当該他人の自由意思に委ねられるため、著作物A'の自由利用は保証されず、いわゆるコピーレフトの実現が不十分となる。
そこで甲が、著作物Aの著作権を放棄することなく、他人に対して著作物Aの改変、翻訳を許諾する条件として、当該他人が著作物Aの改変、翻訳により創作した二次的著作物A'もまた、乙以外の他人に自由に利用させる義務を課すことにより、上記問題を解決しようとするのがGFDLの骨子である。なお、GPL が主にコンピュータプログラムの配布を目的とし
たライセンスであるのに対し、GFDL は文書の配布を目的としており、文書に特化した条項が定められている。」
  (2008年4月5月9日午前6時現在で引用)

 つまり、著作物について、著作権を完全に放棄した「パブリックドメイン」の状態におくのではなく、著作権を保持したまま著作物の自由な利用をライセンスとして工夫し表現しようとしたのが「GFDL」ということになるわけですが、それにともない、未解決の法的な問題も抱え込むことになります。

 以下のURLで、「著作者・著作権の表示」に関する問題点や、「国際私法上の問題」等についての解説があります。「コピーレフト」の思想を貫徹しようとすると、準拠法とのかねあいで、このような問題を抱え込んでしまう、ということで各国の著作権法体系の違いなども関連してくる興味深い問題を含んでいますので、ご参照ください。

 
http://ja.wikipedia.org/wiki/GNU_Free_Documentation_License#.E6.B3.95.E7.9A.84.E3.81.AA.E5.95.8F.E9.A1.8C


                                         行政書士 寺見敬三
  

       2008年4月9日
                    
      「本当に始めちゃっていいんですか?・・・裁判員制度。」

昨8日に、法務省は裁判員制度を来年の5月21日からスタートすることに決めたそうですね。
このことを受けて、来週にもこのことは閣議決定して政令として出されるようです。

法律が決まってから5年以内の施行としうことだったのですが、来年の5月がそのまるまる5年目に当たるところから、今回の決定となったようです。

ただ、その理由として、「内閣府や最高裁判所の調査で6割が参加の意向がある」と判断されたようで、ここはかなり疑問だなアという気がします。

最高裁判所の行った意識調査の中身は、以下の通り。

参加したい                            ・・・・・・ 4.4%
参加してもよい                         ・・・・・・・11.1%
あまり参加したくないが、義務なら参加せざるをえない  ・・・・・・・44.8%
義務であっても参加したくない                ・・・・・・・・37.6%
わからない                           ・・・・・・・・・ 2.0%

しかも設問には、「義務である」旨がしっかり書いてあってその上で回答させるという、まあちょっと素人でも恥ずかしくなるような「誘導尋問」型の質問。

これで「6割の賛成」があったとするのは数字のインチキみたいなもんです。

むしろ、「義務であっても参加したくない」と答えた人が4割近くもいたことの方が重大で深刻だと思われます。

ここへきて、何のために裁判員制度を作ったのか・・・ということが改めて根本から問われそうな気がしますが、どうなんでしょう。

重大事件についてのみ、法律の素人を参加させるこの裁判員制度で本当に日本の裁判が今よりよくなる・・・とは、どうも私などは信じられない話です。

現役の裁判官、検察官、弁護士の人たちもこの制度に疑問を抱いている方は多いと聞いています。

マズイ制度なら、いっそ始まる前に止めた方がいいんですがね・・・


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月8日
                    
      官報の回答

前回書いた官報の閲覧方法ですが、電話をする前にメールで問い合わせていました。
その回答が本日送られてきました。

国立印刷局と言うところは親切です。


      わかりやすいテレビ

日曜日の朝6時に起きて、テレビの「太閤記」を見ている。
ストーリーが大変わかりやすいので、休みなのについ早起きしてしまいます。

そういえば、最近のテレビは見ていて疲れるものがある。
大河ドラマなどがそのタイプにはいる。

また、おどろきの結果はCMの後にと言って、何度も何度も引っ張られるのもいい加減にして欲しいと思う。

その点、「太閤記」は素朴なストーリーで気負いもなく安心してみておれるドラマです。


      今日は花祭り

仏教徒ならこれだけは書いておこう。
今日は花祭り、すなわちお釈迦様の誕生日です。

江戸時代に鍛冶屋の火が強くてあぶり物の金物が台無し火が強かったしがつよかった(江戸っ子ですね)四月八日→おしゃかになる


                                         行政書士 妹尾芳徳
  

       2008年4月7日
                    
       「ウィキペディアの思想――コピーレフト(9)」

 年度末から年度初めで予想外の雑務が重なり、しばらく中断していましたが、再開いたします。

 前回、「ウィキペディア」上の「Wikipedhia:著作権」という項目を参考にして、そこに見られるいわゆる「コピーレフト」の主張は、制度的な枠組みを前提としながら、その中で、可能な限り知的財産(コンテンツ)の自由な流通を図ろうとするものである、と指摘しました。

 しかし、それがゆえに、「コピーレフト」的なコンテンツを再利用しようとしたときに、逆説的な困難さが表面化します。つまり、各国の著作権法体系に則した著作物の取り扱いが要求されるのに加えて、GFDLが規定するライセンス条項に沿った取り扱いも要求されることになり、ただでさえ複雑な著作物の扱いが、自由な流通を図るということを目的としたルールにしばられて、さらに複雑化してしまうという皮肉な逆説が生じるのです。

 例えば、「二次的著作物」の扱いについては、以下のURLに「複製、改変、再配布などの利用をされる方へ」として、その権利と義務が記述されています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E8%91%97%E4%BD%9C%E6%A8%A9#.E8.A4.87.E8.A3.BD.E3.80.81.E6.94.B9.E5.A4.89.E3.80.81.E5.86.8D.E9.85.8D.E5.B8.83.E3.81.AA
.E3.81.A9.E3.81.AE.E5.88.A9.E7.94.A8.E3.82.92.E3.81.95.E3.82.8C.E3.82.8B.E6.96.B9.E3.81.B8


「他人により作成されたウィキペディアの記事を、あなた自身の本、記事、ウェブサイトその他の著作物(ここでは、以下「当該二次的著作物」と呼びます)で利用することは可能です。この場合、あなたは、GFDLによる義務を負います。特に、次に掲げる諸点に注意してください。なお、あなたの著作物において「タイトル・ページ」がどこであるかは、GFDL1条の定義によって判断してください。
 当該二次的著作物も同様に GFDL下でライセンスされなければなりません(4条1項1文)。また、あなたは、当該二次的著作物がGFDLによってライセンスされることを明記しなければなりません(4条1項2文D号、E号及びF号)。
あなたは、関係する記事の「変更履歴」をコピーし………(後略)」
  (2008年4月5日午後1時現在で引用)

 上記引用中、「当該二次的著作物も同様に GFDL下でライセンスされなければなりません(4条1項1文)」ということがたちまちに影響してくるわけですが、GFDLでライセンスされた著作物というのは、二次利用をするのは自由なのだけれども、しかし、その二次的著作物もGFDLが規定するフリーなライセンスで運用されるものとしなければならない、という制約があるのです。逆に言えば、GFDLを拒絶する形での二次利用は出来ない、ということになりますね。

 つまり、GFDLでライセンスされた著作物を二次利用しようとした場合、著作権法体系の知識は当然として、さらに、GFDLのライセンス条項についてきちんと理解した上で利用しなければ、ライセンス違反を犯す恐れが生じるわけです。しかも、このGFDLのライセンス自体が結構難解なものなのですから始末が悪いわけでして、ウェブコンテンツの再利用について、行政書士として相談に応じることがしばしばありますが、GFDLでライセンスされたコンテンツの場合、この点について、特に注意が必要ということになるでしょう。


                                         行政書士 寺見敬三
  

       2008年4月6日
                    
      「陽炎(かげろう)のような・・・」

暖かくなって空気がゆらゆらと立ち昇り、それにあわせるかのように草や木もゆらゆらと揺れているように見える。
最近では、遠くを重そうに走る黒い電車がかげろうで揺らめいて見える様子がテレビなどで映し出されることがある。

物理学的な説明では、温度差によって発生した空気の密度の不均衡によって起こる光の異常屈折現象・・・だ、そうだ。

しかし、まるですべてが、夢の中の情景のよう。人を夢幻の世界に導いてくれる。
(「夢」と「現実」とどちらが「実体」か・・・は、実に深〜い哲学的命題)

人も木もビルも船も、一様に夢の中の出来事であるかのように思えるこの季節。

かつては「糸遊」とも「野馬」とも書いていたようだ。
確かに、下から吹き上げる空気に乗って糸が遊んでいるようにも見え、野性の馬が無心で草原にタテガミをなびかせているイメージはある。

   かげろふと字にかくようにかげろへる

            富安 風生

という俳句などもあって、確かに「かげろふ」という字の形や配り自身がゆらゆらとしている。

人の世のはかなさや実体のないあやふやさを、ふわふわした感触とともに思い浮かべるのにこれほどふさわしい自然現象はないだろう。

かげろうとは、また蜉蝣という昆虫の名前でもある。
この虫はその姿もはかなく弱々しげで、一夜で死んでしまうもののように思われている。しかし、実は幼虫の頃からの寿命としては結構長くて、他の昆虫と比較しても決して「短命」ではないようだ。

   野馬(かげろう)に子供遊ばす狐哉

                 野沢 凡兆

   陽炎や砂より萌ゆる月見草

                 水原 秋桜子


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月5日
                    
      官報のページ

例えば、4月4日付の官報の1ページは開くのですが、2ページが読めなかったので、国立印刷局に電話して開き方を尋ねた。

今まではどうしてたかといえば、「官報目次」から読みたいページを開いていました。

実はそうするのではなく、上の灰色の帯に「次ページ」と書かれているところをクリックすると次ページに行くと教わったのでした。

この帯は目の前に書かれていても、全く見ていませんでした。

これで前ページの閲覧が出来ます。



      もう土曜日??

今週は早く日にちが経ちました。
県庁のコンピューターが休みなので、当方もそれに合わせたシフトを敷いたからでしょうか?

それとも、昼間は高校野球に聞き入ってたからなのかな?

そういえば、桜もちらほら咲きから満開になりつつあります。

来週は入学式の週で、その次から家庭訪問の週が始まり、そうこうするうちに、ゴールデンウイークが・・・。

 ああ、人生、桜花のごとし。


                                         行政書士 妹尾芳徳
  

       2008年4月4日
                    
      「名前を変えてみたって・・・?」

始まってからいよいよ評判の悪い「後期高齢者医療制度」。

今まで子供などの扶養家族になっていて保険料が要らなかった人も、75歳以上であれば、強制的に社会保険の扶養家族であることをやめさせられ、後期高齢者としての医療保険制度に組み入れられる。

しかも、保険料は介護保険料と併せて年金から天引きされるというから、これもまたムゴイやり方だ。

こうした批判が強くなってきている世論を気にしてか、福田首相は「後期高齢者医療制度」という呼び方をやめて「長寿医療制度」にしよう・・・とか言い出したそうだ。

確かに「後期高齢者」なんて、いかにも「長生きし過ぎた人」みたいな呼び方は失礼のレベルを超えている。いかにも血が通っていない「官僚ことば」だ。

しかし、問題は、制度の本質をそのままにして名前さえ変えればどうにかなるというものでもないし、名前が変わったからそれでお年寄りが生き易い世の中になるわけでもないことははっきりしている。

腹立たしいのは、こういう「貧相で姑息な発想」そのものだ。

厚生労働省なんてところは、きっと優秀な頭脳の人たちが集まっているのだと信じてはいるが、このところの余りのテイタラクにはちょっと国民も怒りをぶつけたくなる。

産婦人科や小児科の医師が不足していたり、救急車がなかなか緊急の場合には対応できなくなっている・・・とかの事態も、国としての医療制度の設計(予測)に不備があったからに違いない。

年金制度にしても、しかり。医師不足問題にしてもしかり。
彼らの計算は狂ってばかりだ。

医師不足の解消は時間がかかる。
今すぐ大学の医学部を充実させて学生を受け入れ始めても、それが医師になるには最低でも6年先のことだ。

国家の一番大事な役割は、国民の生活福祉の充実・向上にある。
それが出来ない国家は、国家としては落第点しかつけられない。

働き終えたあとの豊で安穏な生活を保障してこそ、いい国家、いい社会と呼べるのだろう。


                                         行政書士 八尾信一
  

       2008年4月3日
                    
      押収物還付公告

押収物の還付を受けるべき者の所在が解らないときには、官報に公告しなければならない。
そこで官報の公告を見てみると、

平成20年検第102091号覚せい剤取締法違反疑義事件で押収した
1.覚せい剤5袋。
2.注射器10本。
3.・・・・・・・・・・・・

などとある。

たぶん逮捕された容疑者は、自分の所有物ではないと言い張った為、還付できない物だろう。
こういう物は没収されないのですね。
そこである人が、還付の手続をしたらどうなるか、手続完了と同時に逮捕かな?

世の中の普段触れない一こまでした。



      プロ野球界でもデジタル化進む!?

先日低気圧が台風並みに発達して、北海道東部に地吹雪と共に大きな被害をもたらした。
冬のエベレストか極地のブリザード並み。 
地球規模で気象の極端化が目立ってきているようです。

雨が全く降らなくなった乾燥地帯があるかと思えば、ある場所に集中して豪雨が発生している。
こういうのを100か0かというデジタル化というのだろうか?

そんな影響ではないだろうが、プロ野球セリーグでも勝率10割が2チーム。
かたや勝率0割が2チームという0,100という珍しい成績になっている。

5試合経過して10割のチームは、阪神と中日。
0割は広島とGです。

                                         行政書士 妹尾芳徳
  

       2008年4月2日
                    
      桜

いよいよ旭川の桜も咲き出しました。

ここで困ることが、この季節、運転中の眠気に度々おそわれます。

一頃は、あのきついガムを噛んだり飴をなめていましたが、歯の治療中とあっては詰め物がとれるので今は中止しています。

その代わり、昼食後と夕方は、ちょっと仮眠をするのが日課になりそうです。


                                         行政書士 妹尾芳徳
  
 
       2008年4月1日
                    
      「4月1日によせて・・・」

嘘のような本当の話がある。

苗字で「四月一日」さんという方がいらっしゃるそうだ。
何とお読みするのか。
答えは、「ワタヌキ」さんだそうだ。

4月1日になると暖かくなって、それまで着ていた綿入れを脱ぐ「衣替えの日」だから「ワタヌキ」さんというのだそうだが、実に凝ったお名前。

くれぐれも「和狸」さんではない。

4月1日は年度替り。
会社や官公署のあちこちで異動があって、その挨拶のせいもあってか、普段は静かなお役所の廊下あたりで、すれ違ってはやや長めの挨拶をする人で混雑しています。

私の目の前で挨拶していた方が、バサッいう音がして何やら落とされたのだが、見ると、何とそれはお餞別らしきものの熨斗のついた袋の束。

まあ、裏金が熨斗袋に入って飛び交っているのではない・・・とは思うのだが・・・

ところで、春の季語に「春愁」というのがある。
万物が芽吹くこの命の季節に何の愁いか・・・とも思うが、春は出会いと別れの季節。
あるいは、自然界が一斉に芽吹くこの季節にこそ万物の霊長たる人間は、そこはかと愁いを感じてしまうものなのかも・・・

   春愁やむしろちまたの人むれに

             岡野 由次


                                        行政書士 八尾信一

          


         パズルやクイズの遊び方

最近は新聞などにパズルが良く掲載されている。
根強い人気があるのでしょう。

中には時間を設けて、初心者、中級、上級とランクをつけているものがある。
趣味の時間も競争なのか?
ただの遊びではいけないのか?

などと、考えること自体しないで取り組みます。

息抜きの時間には、思い切ってそうした煽りをスイスイとかわして、ゆっくり取り組んでもいいではないかとおもう。

余りせかせかと解いてしまうと、せっかくの回答時間が短くなって楽しみが少なくなります。



      ふりがな

すべての漢字にふりがなが振ってある本を手に取ってみたとき、読みにくい本だと思ったのですが、読み始めるとふりがなは全く気にならなくなっていました。

不思議なものだと感じた次第。 


                                         行政書士 妹尾芳徳