DN☆新聞-2000年8月29日号
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D.N.を語る上でラジオを外すことはできない。ラジオを通して様々な音楽を聴くことを知り、webサイトを作ることでネット上のいろんな人と知り合い、さらに普通の生活では会うことのないような人とも知り合うことができたからである。
☆ ラジオの利点
- 他の作業をしながら聴ける。
- 様々な新しい曲を知ることができる。
- 受信料がいらない。タダである。
- 目が疲れない。(ただし、同時にパソコンを使うことが多いので結局一緒の時も多い…)
- 電車・バスなど移動中も聴ける。
- (特に移動中)MDやCDよりコンパクト、かつソフトを持ち歩かずに済む。(ただし、本体をポケットなどに収納しないと競馬中のおっさんのように見えて不格好なこと甚だし。)
☆ ラジオ&音楽年表
- 1992年 中学2年生
オリコン年間1位 「君がいるだけで/愛してる」/米米CLUB:Japanese Dreamスーパーグランプリ「RISE」/SING LIKE TALKING
それまでの私は、音楽や芸能というものに全く関心がなかった。1992年にスタートしたAMステレオ放送への技術的な興味から、なけなしのお金をはたいてポケットラジオaiwa CR-D60を購入。ポケットラジオでありながらデジタル選局が可能なスグレモノであった。以後、AMラジオにはまる。AMは電波の特性から夜間は遠距離受信が可能なため、「ラジオ新番組 速報版」(三才ブックス)片手に地方の放送を聴くのが楽しみだった。中でも、札幌・STVラジオ(ラジオよりテレビが先に開局した珍しい放送局)の「明石英一郎のアタックヤング」がお気に入りだった。STV・明石アナのしゃべりは、当時、中学生だった私にとって大人と同じように接してくれているように感じられ、背伸びしたい年頃の中高生リスナーに人気があった。今のラジオに、彼のような"中高生のいい兄貴的なDJ"は、育っているのだろうか。
関西のラジオでは、MBSヤンタンミュージック・ネトランジェをよく聴いていた。ステレオ化された影響か、AMにありがちな音楽バラエティーではなく音楽が主役のリクエスト番組で、洋楽のないFMとAMの中間のような番組であった。ドリカム、チャゲアス、KAN、槇原あたりが全盛の時代で、この番組が私の音楽性の基礎を築いたと言っても過言ではない。
- 1993年 中学3年生
オリコン年間1位 「YAH YAH YAH/夢の番人」/CHAGE&ASKA:Japanese Dreamスーパーグランプリ「とりかえしのつかない二人」/米屋純
おそらくこの年にCDラジカセを買ってもらった。Panasonic製だったが、カセットデッキのヘッドがずれていて、録音したデッキで聴くと音質は良いが、同じラジカセのBデッキを含めて他のデッキで聴くと高域が出ないというシロモノ。AMチューナーは音があまり良くなく、AMはポケットラジオを使っていた。それでも、このデッキでCDを聴くようになった。初めて借りたCDはZARDと「夢のふるさと」/伊豆田洋之だったように思う。中学生がお金をたくさん持っているはずもなく、その後しばらくはCDを購入するという習慣はなかった。
- 1994年 高校1年生
オリコン年間1位 「innocent world」/Mr.Children:Japanese Dreamスーパーグランプリ「僕に必要なもの」/CALL
- 1995年 高校2年生
オリコン年間1位 「LOVE LOVE LOVE/嵐が来る」/Dreams Come True:Japanese Dreamスーパーグランプリ「Pure」/CALL
この年が一つの転機となる。それまでFMはあまり聴かなかったが、正月に年賀状を刷りながらたまたまα-Stationをかけていると、かかっていた曲に衝撃を受けた。「僕に必要なもの」/CALL(Japanese Dreamでは4月〜3月を1年度とするため、スーパーグランプリでは1994年度となる)である。当時、京阪電車のCMで流れていたものの、改めてフルコーラスを聴くと、メロディー・歌詞・声質・ハーモニーどれをとっても完璧な曲であった。私は未だこれを越える名曲に出会っていないし、おそらくこれからも私のNo.1ソングであり続けるだろう。そして、この曲が「私が初めて買ったCD」となり、「Japanese Dream」との出会いになった。JDは高校生のうちは一般リスナーとして毎週聞き、投票したい曲があるときだけ投票した。
おそらくこのころ、MBSヤンタンミュージック・ネトランジェが終了した。ネトランジェの後に同じ枠で始まった番組が最悪のバラエティーで(当時無名の神田うのが出ていた)、激怒した私は以後AMをほとんど聞かなくなり、本格的にFMを聞くようになった。
当時FM802は洋楽を中心とした取っつきにくいイメージがあり、802との対抗上完全に邦楽色を強めたfmosakaをメインで聞いていた。邦楽新譜を幅広く扱うリクエスト番組「Jay Land Shuffle」は、初代DJ吉田真人さんの時代からのリスナーである。
Jay-Lanと金曜の「COUNT DOWN KANSAI」以外の時間、特にJFNネットの時間はおもしろくないので地元のα-stationを聞いていた。「Love Track Kyoto」や「マジカルストリーム」など。懐かしい。「パークサイドジャム」での川村結花さんのしゃべりは、今では信じられないほど爆裂していた。書くのを忘れていたが、谷口キヨコの「J-AC TOP40」は、93年頃に「J-AC TOP30」で始まった時代から聞いている。
FM802も、例外的に日曜日の「MUSIC GUMBO」だけは聞いていた。DJはKANと桜井和寿が週替わりで務めており、特にKANさんの独特のしゃべりが好きだった。半年に一度のツインDJの時には、桜井さんのエロジジィぶりが露呈し話題となった。その後KANさんのお相手はトータス松本→宮本浩次(ソロの方)と変わったが、98年9月のGUMBO最終回まで聞き続けた。
- 1996年 高校3年生
オリコン年間1位 「名もなき詩」/Mr.Children:Japanese Dreamスーパーグランプリ「STAND」/L<->R
96年4月から、平日夜10時-12時α-station「STARDUST PARADE」が始まった。番組の冒頭、DJのコント(コントは1年程度で終了)でスタートするという異色のリクエスト番組で、DJ:長田和彦の渋い声と選曲(邦:洋=7:3 新譜から懐かしい曲まで)に魅せられ、私はこの番組のヘビーリスナーとなり、現在に至る。
- 1997年 大学1回生
オリコン年間1位 「CAN YOU CELEBRATE?」/安室奈美恵:Japanese Dreamスーパーグランプリ「長い間」/Kiroro
大学生になり時間に余裕ができたこともあって、ミュージックジャッジマンとしてJapanese Dreamに参加するようになる。さらに、Japanese Dream情報を提供するwebサイト「JD☆新聞」を運営するようになる。
- 1998年 大学2回生
オリコン年間1位 「誘惑」/GLAY:Japanese Dreamスーパーグランプリ「火の川」/ 小谷美紗子
FM802が秋改編で大改革を行った。各時間帯でDJを入れ替えてDJの若返りを図り、fmosaka対策か邦楽のウェイトをかなり高めた。さまざまなアーティストがDJを務める帯番組のMUSIC GUMBOがなくなったのはショック(谷村有美さんの番組をもっと早くから聞いておけば良かった)であったが、802のポリシーを持った選曲で多くの邦楽が聴けるようになり、802が好きになった。アイドルからビジュアル系まで幅広い選曲のfmosakaも好きなのだが、玉石混淆であり辟易することもある。ともかく、リスナーにとって有力な選択肢が複数あるという現状は歓迎すべきであると考える。
正月に、ようやくMDミニコンポを購入した。SHARP MD-X3。チューナーやCDの音質はそこそこ良いものの、MDドライブの動作ノイズがスピーカーやヘッドホンへの音声出力に混じり、甚だ不快であったが、先日無料で修理してもらった。コンデンサを2個交換したとのこと。リモコンでスリープタイマーをかけられないのが不満だが、基本性能に不満はないのでしばらく使い続けるだろう。
- 1999年 大学3回生
オリコン年間1位 (資料がありません。ごめんなさい) :Japanese Dreamスーパーグランプリ「TSUNAMI」/サザンオールスターズ
99年3月をもって、Japanese Dreamの関西地区での放送が終了してしまった。なんともやりきれないが、「JD☆新聞」では、web署名運動を展開するなどした。α-stationに署名を持ち込んだり電話したりしたが放送再開に至らず、今に至る。
- 2000年 大学4回生
まだまだ先だと思っていた就職活動がやってきてしまい、大学の授業にほとんど出なくなった。家にいる時間と移動時間はラジオを聴くことができるようになり、朝から晩までずっとラジオを聴くようになった。もはや、テレビを見ている時間の何倍もラジオを聴いている。
これまで移動用に使用してきたポケットラジオがついに天に召された。一応聞くことはできるのだが、ステレオL-Rのバランスがおかしい。チューナーの問題というよりヘッドホン端子がおかしいようだが、最近は新しい物が安く買えるので、買い換えることにした。先代に続いてaiwaのCR-LA5である。もう以前のように、周波数を頼りに各地のAM局を聞くという聞き方をしないので、AMステレオ非対応でダイヤル選局のポケットラジオだ。2700円という安さの上、単4電池1本で驚くほど長く動作する。先代は単3を2本入れてもしょっちゅう電池交換が必要だったので、やはりデジタル選局ではかなり電力を消費するようだ。地元のFMを聞く程度なら、ダイヤル選局のポケットラジオをお奨めしたい。電池の持ちが全然違う。
2000年8月現在
- 月-木
| 起床-10:00 | ヒロT's MONING JAM | ヒロ寺平 | FM802 |
| 10:00-13:00 | HAPPY FUN RADIO | 中島ヒロト | FM802 |
| 13:00-15:00 | FLOWER AFTERNOON | 加藤美紀・仁井聡子 | FM802 |
| 15:00-16:00 | AFTERNOON BREATH | - | α-Station |
| 16:00-19:00 | Jay Land Shuffle | KOJI・山本シュウ・庄司悟・大塚由美 | fmosaka |
| 22:00-24:00 | STARDUST PARADE | 長田和彦 | α-Station |
| 24:00-25:00 | MAGICAL STREAM | MINAMI(火) 大木彩乃(木) | α-Station |
- 金
| 起床-12:00 | ヒロT's FRIDAY MONING JAM | ヒロ寺平 | FM802 |
| 12:00-13:00 | FRIDAY COSMIC COASTER | 久保田コージ | FM802 |
| 13:00-19:00 | チャミートレイン | 谷口キヨコ | α-Station |
- 土
| 起床-11:00 | C's Navigation | 川島郁子 | α-Station |
| 11:00-14:00 | α-Day Light Call | 森夏子 | α-Station |
| 14:00-18:00 | J-AC TOP40 | 谷口キヨコ | α-Station |
| 18:00-21:00 | RADIO M@SSIVE 0609 | 中島ヒロト | FM802 |
| 21:00-24:00 | POWER CHORD802 | ちわきまゆみ | FM802 |
- 日
| 起床-11:00 | α Sweet Cafe | 茂山千三郎 | α-Station |
| 11:00-14:00 | α-Day Light Call | よしみなおみ | α-Station |
| 14:00-14:54 | SUNDAY SONG BOOK | 山下達郎 | fmosaka |
| 16:00-16:54 | TALKING F.M. | 福山雅治 | fmosaka |
| 20:00-22:00 | SUPER J-HITS RADIO | 加藤美紀 | FM802 |
| 22:00-24:00 | MUSIC FREAKS | 我那覇美奈・岸田繁 | FM802 |
| 25:00-26:00 | Live in Clover | つじあやの | α-Station |

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