昭和19年の暗渠

記録:平成19年9月15日
掲載:平成21年8月1日

チーム田力の高奥

 農薬を使わない稲作を考えるため、時間を見つけては各地の田んぼを観察していますが「これが確実」といった稲作には未だ出会ったことがありません。それぞれの田んぼで、それぞれの農家が「農薬を使わない」ために試行錯誤しているのが実態です。
 考えてみると各地の水田は、それぞれ立地条件が異なるわけですから、ある田んぼにとってベストな稲作があったとしても、それが他の田んぼにとってもベストであるかどうかは水田の条件により異なってくるはずです。
現在の広渕沼、水田が広がる
 そして、毎年の気象条件も変化するわけで、「その年」にベストであった稲作が、次の年にもベストであるかどうかは皆目不明でしょう。
 さらに言えば、今までの営農履歴による土壌の変化や、雑草条件なども毎年変化しているでしょうし、そして時代をとりまく経済情勢や社会情勢によっても、ベストな稲作は異なってくるはずです。
 このように農薬を使わないためのベストな稲作を考えるためには、多種多様な変数(立地条件、土壌条件、雑草条件、営農履歴、経済情勢、etc・・・)を考慮せねばならず、なかなかこれといった解を出すのは難しいのかもしれません。
 以前、仲間内で江戸時代の農法が現在にも適用できるかどうかで論争したことがありましたが、私は「できない」説を主張しました。なぜなら、現在と江戸時代では、「経済情勢」、この変数が全く異なるからです。
 
昭和初期の広渕沼、文字通り沼
10aもあれば家族が養えた時代と400a(4ha)あっても稲作だけでは経営の確立が困難な現在とでは、経済情勢が大きく異なります。
 しかしながら、人の体力は昔も今もそんな大き変わりませんから、江戸時代に比べて大面積の水田を経営する現在の農家は、結果として機械作業に頼らざるおえません。
 とは言え、そのまま現在には適用し難い江戸時代の稲作であっても、いろいろとヒントになることも多いもので、そのため江戸時代の農業を記録した「日本農業全集」には、時々目を通しています。これは農文協さんから出版されている書籍ですが「いい仕事してるな。」そう感心いたします。
 また宮城県には農地開拓などの歴史を綴った「宮城県土地改良史」という分厚い資料があり、「田力つながりの田んぼ」を編集する際には、その田んぼがどういった経緯で変遷したきたのか、今一度目を通すように心がけました。
  で、この「田力つながりの田んぼ」の編集作業での話です。この作業で石巻市北村(旧河南町)で農薬を使わない稲作に取り組んでいる「遠藤水田」についても調べたのですが、この水田は「ほ場整備」が未実施ですし、排水路も深堀になっていません。
 そのため「暗渠排水」が未設置であろうと考えていました。そう思いながら件の「宮城県土地改良史」を開いていくと、下記の記述に出会いました。


「昭和16年10月31日 官有地耕作者289名(中略)一丸となって干拓地を美田にする執念に燃え耕作者総動員、悪戦苦闘の末、昭和19年4月20日 506.1ha余の完全暗渠が竣工したのである。本工事の施行を知らず太平洋戦争に出征していた人達は、広淵沼の湿田を戦友と語り合い復員後も湿田を耕作する覚悟であったが、その変貌ぶりに驚嘆し暗渠排水事業の効果の大きさに、只々感銘したとのことである。」
「宮城県土地改良史」(平成6年2月 宮城県発刊)

 この記述に出会い、
「昭和19年の暗渠か・・・今でも生きている(使われている)のかな?」
 そう思い、遠藤さんに電話したところ、
「そういえば以前、田んぼに暗渠が埋まっているらしいとのことで、その場所を記載した図面を土地改良区からもらって掘ったところ、暗渠が出てきましたよ。」
60年ぶりに姿を現した暗渠

 とのことである。遠藤さんは写真も撮ってたので、それを送っていただきました。
 たぶん、この土管は昭和19年に竣工した暗渠です。
 60年の時を経て、この暗渠は現在でも稲刈り時期に田んぼを乾かし、そして泥濘の上で働く人々の足下を支えていたのでしょう。以下、遠藤さんからのメールを紹介します。


「ところで広渕沼の歴史について西村さんに聞いたところ、暗渠の土管製作は茨城県で行われ、この周辺の小作人の方々も茨城に出稼ぎに行ったそうです。かなり多くの農家さんの努力でこの暗渠が作られたことに感謝でいっぱいです。
 今回の台風を乗り切るために8月上旬から暗渠で水を抜いたおかげで、強風にも稲は倒れずにすみました。時間を越えて田んぼの地下にある暗渠、ただの暗渠に思えなくなりました。」
平成19年9月7日 石巻の遠藤さんから受信メール )


 
昭和19年の素焼きの暗渠
「人に歴史あり」と言われます。同じように「田んぼ」に歴史ありとも言えます。「稲と雑草と白鳥と人間と」では米を知る、そのために稲を観察し、そして田んぼを観察し続けているわけですが、「知る」ということは本当に奥が深く大変で壮大な作業なのだと気がつかされるのでありました。


本コラムでご紹介しました遠藤さんの田んぼのブログです。田んぼを取り巻く自然の話題満載です。by 高奥


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