K小学校のウサギ飼育レポート

●2002年「ウサギさんが・・・。」と学校の児童が相談にきました。私たちは部外者でしたが、どのように学校と関わりこの問題にとりくんでいったかを報告していきます。以下テイルズの通称「おばさんとおじさん」手記です。

●ポピーのこと
●子うさぎ育児日誌
●人工保育にあたって
●粉ミルクについて

こんなによくなる学校飼育

このページはひとつの学校をモデルに、がんばればよくなる例として、その流れと、かかる時間と、小さな努力をまとめてゆくものです。どの学校も、それぞれの家庭も「もうすこしよくなるかな」と考えてくださるきっかけと参考になれば幸いです。
レポートする私はうさぎさんと暮らしたことはありません、でもかわいいなと思うだけのふつうの大人です。うさぎさんの知識は本やネットで収集しています。


2002年1月
きっかけ
この年よりお店を営むこととなり、近所の子供達が遊びに来てくれるようになりました。
遊びに来る理由はちゃっかりしていて「犬見せてー」といったかんじです。
動物がいると、どの子の口からも会話があふれてきます。
「うちにも犬いるよ」
「あの家はこんな動物がいるよ」
「どんな動物が好き?」
などなど。

その会話の中で時々気になる話題もありました。
「学校のうさぎ小屋はひどいんだよ」
「赤ちゃん死んでいくから当番はいやだな」
「けがしてる子を離しても次の当番や先生が入れちゃうんだ」
「先生はべつに気にしてないみたい」
「どうせやるのは僕らだからね」
その時点では私達のできることは愚痴の聞き役しかありませんでした。
「水は迷信にまどわされずに必ず置いてほしい」と生徒にたのみ実現しました。

2002年2月
見学
KちゃんRちゃん(小学4年生)が思いつめた顔で
「いっせーの(いきおいをつけて)、おばさんお願いがあります」
と話しはじめました。

「学校のうさぎがひどいんです、すごく大きなキズの子や赤ちゃんもみんな死んでしまうんです」
『なぜキズができるの?』
と聞くと、
「うさぎどうしでけんかするし、にわとりにつつかれます」
『赤ちゃんはどうして死んでしまうの?』
「わからない、穴から出てしまう、にわとりにつつかれてるのも見た」
『どうして赤ちゃんができるの?』
「わからない、どの子がお母さんなのかもわからない」
『先生には相談した?』
「何度も何人もしました、でもしかたないからって」

思いつめた子供たちの訴えに、とりあえず薬を持ちいっしょにウサギ小屋まで出かけてみました。
(持参薬、消毒ポピドンヨード15倍希釈液+抗生剤ゲンタシン軟膏+レスキューレメディ)
※にわとり1、大人うさぎ10以上、若いうさぎ3以上、赤ちゃん不明。
(数は穴にかくれたり、走るので確認できませんでした。)
 だっこしているのはKちゃんRちゃん
※おしりに大きなケガをしたうさぎさん。こわがっているのでレスキューレメディを口にいれる。見えている部分を消毒し軟膏をぬる。ふわふわの毛の下には無数のかさぶたでいっぱいだ。だっこしているKちゃんRちゃんは真剣。

ウサギ小屋につくと、子供たちは今までたまった想いを各々しゃべりだしました。

「ここに真っ赤な赤ちゃんがころがっていたり、毛のはえた子うさぎも死んでしまってかじられていたりするの」
「赤ちゃんは足がなかったり手がなかったりするんだよ」
「死んだら小屋のうらに埋めることになってるの」

当番とはいえ子供たちは、よほどつらかったことでしょう。

現状の確認と応急の処置を終え小屋をあとにしました。
この日の子供の訴えと現場は大人の私でもショックな出来事でした。
飼育の現状もさることながら、子供たちの「かわいそう」「助けたい」とする訴えが学校内の問題とならずに放置のままというのも不思議でした。

私たちの子供の頃と何も変わっていないのです。
子供時代の切ない思い出も今なら何かできるかもしれないとも感じました。

『明日、先生に今日やったことを伝えてね、正直に全部話してね。大人に理解してもらうのには時間がかかるけど、卒業までにがんばろう』
と子供たちに時間がかかることも伝えました。

「うんわかった・・・。でも、もし明日赤い赤ちゃんがころがってたらどうしたらいいの?」
「赤ちゃんのお腹に血だらけのヒモや内臓みたいのがついてることもあるんだよ」
今の子供たちの一番の不安は血まみれの赤ちゃんであり、明日起きるかもしれない切実な問題なのでした。
内臓だと思えたものは、きっとへその緒と胎盤だよと説明をしました。
子供たちも少し落ち着き、その日は解散しました。

学校飼育動物については今まで直接には関わったことがなかったので、子供たちと別れたあと早速ネットで調べてみました。
すると他の学校でも同じ問題を抱えているらしく、文部省の指導要綱まである始末。
それだけ根深い問題なのでした。

とはいってもちゃんとした環境で飼育している学校もあるわけで、「だから仕方がない」で片付けてしまう問題でもありません。

子供は飽きっぽい、夢中になってもすぐまた他のことに集中してしまうのも事実です。
だから大人が少しだけ介入していかないとこの問題は解決しないと判断しました。

不幸の連鎖はどこかで断ち切らなくては、人も動物たちも幸せにはなれません・・。

※ウサギ小屋全景と内部風景

ウサギ飼育の要点を整理してみました。

●良い点
 1-二重のトビラは脱走が防止できる。
 2-水が置いてある。
 3-給食センターからごはんがもらえる。
 4-土が適度にかたくて穴を掘れる。
 5-U字溝が置いてあり身を隠す場所がある。
 6-コンクリートの地下基礎工事もやってあり広くて立派な新しい施設。

×悪い点
 1-種類の違う動物が同じ部屋にいる=ストレスの原因(ウサギとニワトリ)
 2-女の子と男の子が同じ部屋にいる=赤ちゃんがうまれすぎる。
   (うまれてもすぐ死んでしまう。)
 3-ごはんの回数が少ない。量が少ない=ごはんを奪い合いけんかする。
   (ウサギさんの数が多すぎる)
 4-どの子も背中をなでるとかさぶたがある=けんかが多いことがわかる。
 5-世話をする人に動物の知識がない。正しい知識が伝達されていない。

2002年3月春休み前
お願い
学校に良い点、悪い点を写真付きで校長先生に書類提出させていただきました。
年度末ということもあり、どのくらい改善を望めるかわからないことを子供達に伝えました。動物担当の先生も転任されるということでした。

世話係のKちゃんはあせります。
「赤ちゃんが産まれちゃう」
『もしも、もしもだよ、Kちゃんだけがそう思って他の誰もどうでもいいって思ってたら問題は改善されるかな?』
「・・・みんなもいやだって思ってるよきっと」
『どうしてそう思う?』
「・・・みんなに聞いてみる、うさぎさん達をどう思うか」
『先生に必ず相談するんだよ〜』
一人の問題をみんなの問題として考えてほしいと思い、Kちゃんたちに問いかけてみました。
アンケート
その結果、アンケートを自分たちのクラスのみですがまとめてくれました.。
私達が「かわいそう」と思っても先生や生徒が「どうでもいい」ならばただのおせっかいになってしまいます。(アンケートに使用したノートは先生転任のために紛失していますがメモが残っていました。)
ウサギ小屋をどう思うかのアンケートの結果は「かわいそう」が23名「どちらでもいい、わからない」は3名でした。
「なぜかわいそうか」については「にわとりにつつかれる」「ケンカする」「赤ちゃんが死んでしまう」等の意見がたくさん出たそうです。
「赤ちゃんを見たいか、ほしいか」については「見たくない、かわいそう」ほぼ全員。
「どうしたらいいか」には「うさぎの雄と雌を分ける」というところまでを生徒達だけでこたえを出してくれました。

しかし、興味深いアンケートであっても隔離の工事になるにはまだ時間が必要でした。

伝達式
Kちゃんがアンケートしている同じ時期、学校側から4年生から次の飼育学年になる3年生への伝達式に動物物知りおばさんとして呼んでいただきました。

伝達式は体育館で行われました。
4年生が大きな紙数枚にウサギさんの当番のやることを絵と文で書いてあり、代表者が大きな声で読みあげます。

小屋の鍵の場所、そこは絶対に秘密であること、えさの場所、ペレットと野菜のこと、水の交換、うんちのそうじと捨てる場所、扉の開け閉めの注意、にわとりにおそわれたら逃げること。

そして死体があった時のことの説明。
「もし、死んでたら、ちり取りで拾い小屋の裏にスコップで穴を掘り埋めてください」
上級生の元気な声が体育館に響きました。

毎年行なわれているウサギの伝達式。
子供達の掛け合いは微笑ましいのですが、冷静に考えると首を傾げざるを得ない内容もありました。
動物物知りおばさんは、ウサギさんの世話について話す予定が、言葉を失い少し考えました。

『ウサギさんの飼い方は今の説明のとうりです。本もあります。ネットでも調べられます。詳しい人に聞くこともできます。昔、動物には心がないと言う偉い人たちがいました。でも動物にも心があるのは皆さんの知っているとうりです。ウサギさんは今たくさん増えてしまいごはんが足りません。鶏がいっしょにいてノイローゼかもしれません。春までには先生方ががんばってくださるのでみんなで応援しましょう』

少しの時間でしたが、「大人も頑張るからね。みんなもしっかり世話をしてくださいね」との想いを込めてお話しをしました。

2002年3月日曜日

雄雌分け
伝達式から数日後。
数名の生徒が大きな声で走ってきました。

「毛のはえた子ウサギが出てきてるけど死んでく!」
『水は?ごはんは?なんで死ぬの?』
「土日はごはんがないから子ウサギがねらわれるんだと思う」
『どうしよう・・・もうじき春休みだから先生忙しいんだね』
「もう分けるしかないよ、子ウサギと雄と雌を分けたいけど、どうしたらいいかわからない」
『先生はいないの?まずは聞いてからでないと』
「日曜だからいないよ、秘密の鍵置き場知ってるからできる」
『柵だけで囲っても兎は穴を掘ってしまうから地下からやらないといけないよ』

かなり迷いはありましたが、めずらしくやっと育った子ウサギが背中をつつかれたり、追い掛けられたり、また死んでしまう姿を見たくないという子供たちの必死の思いに知恵を貸すことになりました。
みんなそれぞれの家に戻り、家の裏に捨てられていそうな物やスコップを持ちレスキュー開始です。

とりあえずは子ウサギさんを次々につかまえて箱の中へ入れたいのですが、これがなかなか難しい。
水をたっぷり用意してごはんを置くと、大人ウサギさんが一気に集まります。

「やっぱね、おなかすいてるんだよ」
「ほらウサギをどかそうとして鶏がつつくでしょ、かさぶたができるんだ」
「大人ウサギがむきになってるから子ウサギは食べれないんだよ」

『今のうちに子ウサギさんゲットだよ、この箱の中にキャベツ入れたよ』
※空腹な大人ウサギさんと鶏さん、必死で食べる。   おびえる7匹の子供ウサギさん
※ウサギさんの食べっぷりにほっとしながら隔離作戦開始。
小屋の下は固い土、まわりは地下の基礎がしっかりしているので脱走はしない。大きなシャベルで掘る人、小さなシャベルで土をかきだす人、自然と役割分担ができていました。
※丈夫なプラスチックの波板を2枚重ねて埋めてゆく、土で固定。波板にはさんで柵をたてる。
お庭で長年ウサギさんを飼っている私の友人も駆けつけてくれ知恵をくれました。。
※出入りできる所も作った。
運動場で遊んでいた子供も手伝ってくれました。
※鶏さんは二重扉の間へ移動、子ウサギさんはいったん女の子グループへ。

1週間後
「やっぱりだめだ・・・すきまから出入りしてる」
雄と雌の間に柵をさらにもう1列、同じように追加しました。(写真なし)
1週間後
「だめだ・・・ちょっとの隙間からむりやり出入りしてるよー」

その度に雄雌をわけても結局混ざってしまい元の木阿弥。
先生が工事してくださると約束してくれたのでその日を待つこととしました。。

2002 4月
工事終了
きちんとした立派な仕切りが完成したと生徒がうれしそうに話しにきてくれました。
聞くと柵は背の高さほどあり、よりかかっても大丈夫なくらいで、地下にも掘り下げされているようです。
子供達はとてもうれしそうでした。

2002 夏 秋 
不思議
遊びに来た子供達がどうにも不思議だという顔で話しています。
「また全滅だよ」
「なーんで赤ちゃんが生まれるんだろう?」
「あの柵を越えるのかな?」
「あんなに高いとこウサギが上れるか?まじ無理だよ。おれらの身長くらいあんだぜ」

聞くと時々女の子グループに赤ちゃんがいて死んでいるようです。
女の子側に男の子が入っているか、もしかしたら先生が計画的に赤ちゃんを産めるようにしているかもしれないね、と話しました。

「産ませたって死ぬのに意味ないじゃん」
「にわとりいるし、生まれたって危険だよ、大人のウサギだって怪我して死ぬしさ」
「お母さんうさぎが育てないんならかわいそうだよ」

解決するには今はひたすら先生に相談すること、何人もで相談すること、問題が起きていることを生徒が気づいているなら先生に伝えてゆくほかありません。

父兄の様子
はじめの頃から父兄の様子はさまざまでした。言葉は少ないのですがとてもわかりやすいと思いました。パターンをまとめてみました。

a-「お世話になって・・」
  私達にひたすらあやまり迷惑をかけたと詫びる。
b-「親はできなくて・・」
  学校に子供を人質にとられているので親は意見できないとのこと。
c-「昔からのことだから・・」
  いくら子供ががんばっても無理だという意味。
d-「・・・(沈黙)」
  動物ごときに夢中になっていいかげんにしなさい、と子供が後でしかれらる。
等。

知り合いが他の学校のPTA会長の経験があるので聞いてみました。
「無理無理、こちらが問題だとさわいでいる時だけだよ、とりあえず先生は言葉をにごして転任を待つだけだからね。うちの学校も小屋はひどいね、しかたないよ。」

なるほどという感じでした。

大人社会と同じだと思いました。
問題を感じてもらえない事柄は、下から多数が動かすか、もしくはもっと大きな権力に動いてもらうしかありません。
ましてその多数が子供ならさらに難しいはずです。第三者の介入はきわめて難しいと思える月日でした。
しかし学校飼育の新しい動きは、全国でもすでにはじまっていますから、その流れが普通のこととして田舎に来るまでなんとか子供達のためにつないでゆこうと日々を過ごしました。

2003 5月
さよならポピーちゃん
生徒2名がやって来ました。
生きている赤ちゃんを助けようとした子ははじめてです。 参照 ポピーちゃんのこと
その時に小屋で以前とは違うと感じたのは

-以前よりもくさくない
-女の子グループは抱けるほどおだやか
-ウサギさんが太っている
-にわとりさんの攻撃がはげしくない
-水は必ずあり、土日も世話されていること
-先生が協力的

結局、この命を救うことはできませんでした。

ポピーちゃんを失ったのは生徒も私達にも悲しい出来事でした。
はじめて命ある時に救い出され、K小ではじめて名前をもらいました。
命の犠牲はありましたが、きっかけ作りになってくれました。
翌々日先生が来てくれて、亡くなった時のようすを報告できたこと、問題を未然にふせぐ案などのお話しをすることができました。
そして、さっそく実行してくださったのです。

-小屋の仕切り上を網でふさいでくれました。
-ワラを入れていただけるようになりました。

先生の一人が「男の子ウサギが壁の金網を横向きに走るのを見た」とのことでした。
今は先生も準備に追われ、忙しくなってしまいましたが、どんどんよくなり、よい芽の根をはり「これがあたりまえ」と定着してくれれば、それが受け継がれてゆきます。

2003 6月
がんばれパピーちゃん
朝、先生から電話をいただきました。赤ちゃんが4匹ころがっているとのことであずかりの依頼でした。
お母さんうさぎは赤ちゃんを噛んだり、けってしまい小屋のあちこちにころがってしまいます。
3匹は残念ながらその日のうちに次々他界し、なんとか1匹が育っています。

様子を聞きに来てくれた先生とお話しもできました。

-道徳の時間に小屋でウサギの男の子の見分け方をしたこと。
-1匹づつにお名前募集して名前がつく日がくること。
-1匹づつの小屋を検討してくれること。

4匹を発見した生徒や他の子もパピーの様子が気になり、私達のもとをおとずれます。
パピーを見たいようなのですが、人が育てるのは難しいことを説明して、成長記録写真を見てもらいます。
はだかで胎盤のついている写真など、真剣な顔で見ています。

「おへそでつながってたんだ、ふーん・・」
生後2〜3日の写真になると産毛もはえ、育っているとわかると、
「わぁーかわいい!」

笑顔で成長を楽しんでいます。
一羽だけですが、ここまで成長してくれたパピーに感謝しています。

人工保育なのでまだまだ安心はできませんが、この子はこれからのK小をかえる大事なウサギさんなのです。

ポピーちゃんの名付け親RちゃんとSちゃんも遊びに来てくれました。パピーの写真を見せると
「ポピーのぶんも生きているんだ」
とてもうれしそうです。

私の子供の頃の話しをしました。
「私が小学生の頃違う学校だったけどね、ウサギ当番がいやだったの。暗くてじめじめしてて、野菜がくさってて、鶏たちがおそいかかってくるし、赤ちゃんが死んでいるしこわかった。でも言えなかった。それは30年前になるんだよ。」
ふたりは顔をあげつぶやきました。
「30年・・誰も気づかなかった・・30年も・・誰にもできなかったんだ・・・」

30年前ただ怖いだけで何もできなかった子供が大人になり先生や親と同じ年齢になり、今の子供と気持ちを共にして行動する。ただそれだけのような気がします。
すでに学校飼育の問題はさまざまな方面から取り組まれていますから、今をつないでいこうと思うのです。

2003 7月
ニワトリさん安心皆安心
ニワトリさんを別にスペースを取ることは先生もずいぶん悩みました。
「犬などが使うゲージに入れたらどうだろうか?それはちょっと狭いかな」
「小屋をもうひとつ作る?話しが大きくなりすぎるかな」
「なにか良い案はないだろうか?」

結果、男の子ウサギさんのスペース1/2ほどの中二階を作りそこで独立することができました。
これならニワトリさんは羽ばたいてウサギさんにいやがられたりしませんし、ごはんをウサギさんと奪い合うこともありません。ウサギさんもつつかれずにすみます。
のぞいてもニワトリさんは半目でちらりとこちらを見るだけでした。
「まあ悪くはないな」という感じでしょうか。

2003 10月
作文
学校の創立祝いの日、先生がいらしてくれて飼育当番の学年全員から作文をいただきました。
日頃こちらへ来る顔なじみの子の字もあったり、一度もあったことのない子の手記がなかなか興味深いとも感じました。
抜粋です。
「朝昼夜もいつも赤ちゃんを育ててくれてありがとう。うさぎ当番がんばります。」
「ほんとはうさぎはすきではないけど正しい育てかたで死なせないようにがんばります。」
「今まで生まれてもつぎつぎしんでしまってこまったものでした。なんでか今はしななくなりました。」
「育てるのはじゅういさんでもできないくらいむずかしいしすごすぎと思いました。」
「いろいろな動物を大切にしようと思いました。」
「まえうさぎはこわかった、でも生まれてかわいかった、しんで悲しかった、生きてあんしんした。」
「あんまりだいたりしないようにします。」
「せわでいちばんむずかしいのはうんことりです。おばさんもがんばってください。」
「うさぎの世話をありがとう。ほんとうはいっぱいいたほうがいいけど、でも世話をしなくてしなせてしまうと思います。がっかりです。」
「ほんとうはうさぎとかかうのはかわいそうだと思っていました。でもいっしょうけんめいなら安心しました。」




2004年9月 房の社秋の合同慰霊祭文集「狛の文」より


学校飼育動物ピョン太のお葬式


房の社は動物NPOテイルズが母体となって運営されています。今回はそのテイルズが関わった話。
以前より近所の小学生から学校のウサギについて、相談を受けていました。
「ウサギの赤ちゃんが産まれるけどみんな死んじゃう。死体を小屋のウラにうめると前のウサギの骨が出てきてつらい」と。
私たちは部外者でもあり、学校飼育動物については詳しくもなかったのですが、ネット等でいろいろ調べ、学校飼育という問題の根深さを知り、関わることを決めました。

当時の子達はすでに中学生だから三年越しでのことになります。
最初はとりあえず、赤ちゃんが産まれないよう雌雄を分けました。
ありあわせの材料での作業だったため、どうやらその後混ざってしまったようで、またやり直し・・。
学校も次年度には予算を取ってくれて、立派な仕切りができるに至りました。
しかし、それでも本能というものは凄いものでオスが脱走し、メスを妊娠させていたのです。

母ウサギが子育てをしてくれれば良かったのですが、育児放棄でほとんどの赤ちゃんは遺体で朝、子供たちがみつけることになったのです。

そんな状況で一匹だけ生き残った赤ちゃんウサギがいて、テイルズにて人工保育をすることになりました。
その経過は逐一ホームページにアップし、児童たちにもビデオで成長した様子を授業中にみてもらったりもし、動物飼育についての感想文をいただいたりもしました。

生き残ったウサギはパピーと名づけ、結局は里親を捜しました。
子供たちは学校に戻ってくると思っていたようですが、先生の了解の元、この子にとって本当に幸せな場所へと送り出すこととしたのです。
その後、ウサギ小屋は頑丈に整備され、不幸な出産の話は聞くこともなく、次の年度を迎えました。

そして今年の9月6日、この学校の新しい担当の先生より電話が入りました。

内心、またかと不安な予感もありましたが、用件はぜんぜん違ったものでした。
「大人のウサギが亡くなったので、よければ火葬をお願いしたいのですが、子供たちも連れていって良いでしょうか?」
午後になり、ウサギ飼育の4年生が先生といっしょにやってきました。当初、ウサギ当番の子達だけといっていましたが、30人以上はいたでしょうか。

皆でウサギにお別れをいい、お線香をあげました。
涙を流す子もいました。
合同慰霊碑の前にいき、
「ここに赤ちゃんウサギや交通事故でなくなった動物やいろいろなペットたちが眠っているから、今日の子も火葬後ここに眠ることになるからね。」と説明すると、子供たちは「よろしくおねがいしま〜す。」と頭をさげ、帰っていきました。

ウサギの名前は「ピョン太」。

以前はオスもメスもわからず、名前すらなかったのにこの子には名前がありました。

亡くなってしまったことは悲しいことです。しかし、それ以上に、みんなで弔うという気持ちが大変うれしくもありました。
この三年間が無駄でなかったと、今まで亡くなったウサギたちにもやっと報いることのできた出来事でした。

文責:黒田
2008 0622 追記(詠田)
現在この小学校は静岡県中東遠地区でのお手本学校となり、市内外の学校から視察が訪れる。

正しい愛情や飼育とは、きちんとした知識を入れ正しく管理する、たったこれだけなのかもしれない。

参考:K小学校HP掲示板への書き込み
日誌:赤ちゃんうさぎ「パピー」の人工保育2003.6.6〜
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