ISO取得と経営力向上のコンサル

 

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マネジメント雑感
 
第4回:すべてに意味がある

白熱電球を発明したトーマス・エジソンの言葉に、「天才は1%のひらめきと99%の努力である 」というのがある。

しかし、これは記者の大衆受けを狙ったのか、努力の美徳を強調するニュアンスに勝手に書き換えて発表されたものと言われている。

最近読んだ本(アレックサンダー・ロックハート著 「自分を磨く方法」)にこのエピソードが載っており、そこでは次のようになっている。

記者:「電球を完成させるのに一年以上も実験し、五千回も失敗したそうですか、そのときはどういう気持ちでしたか?」 

エジソン:「五千回も失敗した? そんなことはないよ。うまくいかない五千通りの方法を発見するのに成功したんだからね」

 エジソンは失敗を成功のための布石と考えて努力を重ねていたのである。五千回の失敗なくして成功はなかったのである。

すべての実践したことに意味があったのである。

経営でも同じことが言える。失敗したことがその後の発見につながり、新たな道を見出すきっかけになったとか。とにかく失敗を恐れず、失敗を無駄としないことが大切である。

                                                       以上

 

 

 

第3回:フェスティナ・レンテ

 (注) 本文は1999年に作成したものである。私のホームページでも紹介した。当時、ビル・ゲーツの著書「スピード経営」が話題になっていましたが、私自身割り切れないものを感じ、提言したものである。その後の経過を見ると、ここで述べられていることは真実であることがわかります。

 

「フェスティナ・レンテ」 ゆっくり いそげ


 今回は、この話をしてみたい。スピード経営の"真髄"部分が何であるかを理解するのに役立つと思うからである。

スピード経営は、滅多やたら急ぐことを言っているのではない。勿論、火事場や地震に遭遇したときの緊急対応を想定した話は当然別扱いである。
 

1. PHP文庫:「人生を愉しむ知的時間術」
                        著者 : 外 山 滋 比 古

「フェスティナ・レンテ」は、この本の中で語られており、"ゆっくり・いそげ"という意味である。

 以下の内容は、これを参考に私の考えを展開したものである。

 

2. 富士通 :山 本 卓 真

私の履歴書(日経)-------戦後懸命に米国に追いつこうと努力し、経済復興に貢献した。

 反面、急ぎを優先させ大きな忘れものをした。「心」の問題であり、現在の青少年問題である。

 急ぎを優先させたための心残りを述懐されたものである。

 

3. スピード経営

「ファースト イート スロー」

 現代経営は、世の中の進歩が速いため、とりわけ情報革命が急激に進行しているから、スピード経営をうたっている。

 

4. 諺  (以下4.5.6.7は、前著「人生を愉しむ知的
時間術」より)

 「フェスティナ・レンテ」は、人類の貴重な知恵の遺産である。世界中のいたるところに同様の考えがある。

 

 @ ゆっくり行くことを怖れるな(中国)

 A ゆっくり行くものが遠くまで行く(イタリア)

 B 急ぐならもっとゆっくりせよ(イギリス)

 C 急いで行こうと思ったら古い道を行け(タイ)

 D ゆっくり行くものは確実に行く(フランス)

 E おそくても、全然しないよりはよい(ドイツ)

 F 急げば急ぐほどまずく行く(フランス)

 G 急がばまわれ(日本)

 

5. 自ら考える全ての人たちは根底において、よく一致する

                                       ショウペン・ハウエル

6. イギリス人は大声でしゃべると知恵が飛んでしまう。

   国会議事堂をあえて小さくした。

   思い切ってゆっくり話すと案外、たくさんのことが言える。

 

7. 真意

 この本で言おうとしたことは、

 「重要なものには時間をかけよ。 慌てずゆっくり腰を落ち着けよ。」ということである。
 

   森鴎外------どんな面倒なことでもひとつひとつ片づけてい
けば、必ず解決すると子供たちに教えていた。

 

8.私のメール交流から

 ここで、私と親交のあるCSKのT氏とのメール内容を紹介したい。スピード時代を生きる者同士の意見交流である。事業をするものの心構え等に関する紹介に対して答えたものです。

 

T様

  毎回、貴重な情報を有り難うございます。

いい話が、随所にあります。

 私も事業をするなら生かしてみたい「心構え・気持ち・精神」が多く語られています。

事業のことを考えなくても、「感謝の心」などは、大いに自らの健康維持のためにも大切なことであると思います。

 近代社会は、やたらと物を多くし、欲望を駆り立て、競争を促し、本来持っている人間の胃や腸の容量以上の物を、飲み食いさせたり、本来必要な休息を犠牲にしてまでも、過度の労働を強いる社会になっているように思います。

 自らの健康や精神的な安寧を忘れ、過度の欲望をかりたたせるスピード狂社会をまともに受け止め、そのような生活を続けるなら、いつか屹度、肉体的にも精神的にも釣り合いをとることができなく、病気になったり、死を招くことにことになると思います。

 何が大切なことか考えたら、自ずから答えは出てくるのではないでしょうか。

神や自然や人々との暖かい生活に感謝し、自らを痛めることなく生きることこそ、何よりも大切なのではないでしょうか。

 

 釈迦の言葉 「天上天下我一人尊」も、俗世の欲望を切り捨てたとき、悟ったものではないでしょうか。 今回の私の感想です。                            

                            以上

田中様

 ご返事ありがとうございます。

田中様からいただく内容は、私のほうが勉強になることばかりで、うれしくなります
本当にありがとうございます。 いただくことによって、大切なところが、 さらにフイードバックされます。

  「天上天下我一人尊」-->天上天下唯我独尊

と理解してよろしいのでしょうか

 

 天上天下唯我独尊

 広辞苑(第四版)によると、「宇宙空間に自分より尊いものはない」とでています。このように世間一般では、世の中で自分一人だけが優れているとすること、独りよがりといったあまりよくない意味で使われています。

 しかし、本来お釈迦さまがおっしゃったその意味は、あなたも私もこの世界にたった一人のかけがえのない存在である、ということなのです。

これは生命の尊厳を説かれたものです。つまり、今この命を授かったありがたさに気づき、一人ひとりが自分の命を輝かすことができること、自分の心の花を咲かせられるということを教えられたのです。

それとも別の意味があるのでしょうか。       

                           深謝

T様

 私が間違えたようです。

>「天上天下我一人尊」-->天上天下唯我独尊

>と理解してよろしいのでしょうか

「ユイガドクソン」と言っていますから、「天上天下唯我独尊」が正しいです。 

 

>天上天下唯我独尊

> 広辞苑(第四版)によると、「宇宙空間に自分

>より尊いものはない」とでています。

>これは生命の尊厳を説かれたものです。

>つまり、今この命を授かったありがたさに気づき、

>一人ひとりが自分の命を輝かすことができること、

>自分の心の花を咲かせられるということを教えら

>れたのです。

 

上記の通りです。ただ、私の言いたかったことは、その当時の社会も、欲望渦巻く社会であり、現在と変わらなかったのではないかと思ったことです。

もしも、その中におぼれたら、決して上記のような「唯我独尊」の思想は出てこなかったのではないでしょうか。

名誉や地位も捨てても、「唯我独尊」の価値を示されたのではないでしょうか。

とはいえ、私は宗教家ではありませんのであくまで推測です。 

                           以上

9.まとめ

 スピード経営の結論は、"ゆっくり、いそげ"であり、決断を速くして行動し、失敗はしないように確実に考えて行動するのが良いわけであるが、仮に失敗しても早かに軌道修正することが大切である、ということになると思う。スピードを優先するあまり、健康を損ねるようなハードな生き方をすることを言っているのではない。

                           終わり


                                                                                 第2回: 原子力発電を考える

 (注) 本文は1999年に作成したものである。最近の東京電力の事件など思うとき、原子力の管理の難しさを痛感します。しかし、なお基本的な考えは変わらないと思っています。

昨年9月の(株)JCOのウラン加工施設での臨界事故の発生により、改めて原子力の威力の恐ろしさを知った。

2次世界大戦時の広島・長崎への原爆投下により多くの命を失ったこと、その後の被爆者の原爆後遺症の悲惨さを目の当りにして、原子力の威力の恐ろしさは、十分認識しているはずであった。

しかし、現実に(株)JCOで発生した事故の実態の要因を考えてみるとき、今振り返っても、きわめてずさんな取り扱いをしていたことに驚きを禁じえない。

直接原因は、事故調査委員会の報告でも指摘されているように、国の許可した基準書を無視して、規定等の約7倍のウラン溶液を沈殿槽に注入したため、槽内で核分裂が急激に進み、臨界状態になったものである。

 しかし、私には間接原因の方にも、直接原因以上に大きな問題があったと思っている。核燃料加工施設に対する定期検査や事業者・従業員が保安規定を守っているかどうかをチェックする第三者機関の検査が欠落していたことである。

これは昨年十二月の臨時国会で、「原子炉等規制法の一部改定する法案」を成立させることで、一応決着をみている。

要するに、原子力に対する安易な考え方が、末端の(株)JCOの現場から、上部構造である国の保安管理体制に至るまで沁み通っていたと言われても、仕方がないものがあったということである。

 さて、ところで本題の原子力発電に対する考え方に対して、疑問に思うところがあるので述べてみたい。

わが国では、被爆国としての経験から、核アレルギーがあり、原子力発電に対しても反対者が多い。これは何も日本だけに限らない。最近では欧州でも原発を閉鎖する国が現れたと報じられている。(スイス、スェーデン)そもそものきっかけは、79年のスリーマイルアイランド原発の炉心溶融事故、ついで86年のソ連チェルノブィリ原発

事故が引き金となり、被害の大きさから、脱原発路線をとる国が増えてきたものである。しかし、一方では、欧州でも良質で大量の代替エネルギーがないために、現状維持もやむなしとする国も依然として多い。

私たちは今こそ、もっと真剣に原発問題にどう対処するべきか考える時期がきていると思う。

私は、原発事故は恐ろしいけれども、日本の技術と管理の力で乗り越えることが出来ると信じている。ただ、いたずらに委棄するのではなく、我々国民が真剣に討議をする必要があると思うし、希望は捨てるべきではないと考えている。

 例えば、飛行機でも墜落したら多数の人命を喪失する。人工衛星も間違えれば人命を損なう。石炭採掘で地下を掘り、落盤で生き埋めになったり、埃の多い環境で長年仕事をしたために塵肺で死んでいく人も多い。石油も海中油田の採掘の危険性、あるいは燃やすことによる空気汚染は、喘息等各種の病気を引き起こしている。要するに、その他のエネルギーと言えども、危険性は長期にわたり、引き起こされると言うことである。

原子力は、使用済み燃料の管理等の問題はあるものの、きちんとした管理と事故を防ぐことに最善の努力を惜しまなければ、きわめて安全で良質のエネルギーを供給することが可能ではないのかと思われるのである。

また、資源のない日本にとって、優秀な開発技術や管理技術を生かすのに、ぴったりでコンパクトなエネルギーであると思われる。

折から、JR西日本のトンネルのコンクリート落下事故、H2ミュー人工衛星の打ち上げの失敗等、日本の科学技術は曲がり角にさしかかっている。

原子力の安全な利用(原発)を仕上げることこそ、日本の技術が世界に認められ、貢献できるチャンスになると思われる。

アメリカの地球探査衛星の打ち上げは、ある意味で国家の威信をかけた技術開発である。危険に対しても十分配慮し、真剣に対処している様子は、テレビの映像から我々の茶の間にまで伝わってきている。国民の応援なくしては、成立しない国家プロジェクトといってよい。

日本は原発の安全利用で貢献しては如何だろうかと思うのである。  皆さんも、一度日本の将来と原子力について考えてみてください。原子力施設を何処に設置するのかという問題はあるにしても、日本の将来への責任ある答えは、各々の中にあると確信しています。                                             以上

 


 第1回: 上杉鷹山、恩田木工から学ぶ

 藤沢周平作「漆の実のみのる国」を読んだ。

上杉鷹山の米沢藩における経営のやりくりが記されたものでであるが、読了して思ったことは、「生きるということは、誰しも同じ思いを抱くものなのだな」、ということであった。

領民のために懸命に努力し、藩を豊にすべく腐心、奮闘した歳月も、鷹山50歳になっても、尚、報われず、藩を豊にすることの難しさを感慨を持って噛みしめる終末が、ことのほか印象的であった。

全てが思い通りに行かなかったとしても、幾らかの幸せを感ずる終りかたが作者の思いとして伝わってくる。

  ただ、倹約を推し進めることだけでなく、藩を立て直すためには、夢や希望が必要なこと、たとえ大風呂敷と言われようとも、目標のあることの大切さが示されている。守りの経営だけでは、結局ジリ貧であるということ。

それをこの小説の最後の方で示している。

 全く、現代の経営の抱えているものと同様だ。

 政治は領民のためのものであり、幕府のためのものでないことを鷹山は知っていた。鷹山にとって、政治とは領民を富まし、豊な暮らしを送れるようにさせることである。

日本全体に自らの手腕を発揮させたいと、幕府の要職につく松平定信のような人物と対比しており、また、別の生き方をした人として鷹山を捉えているところが印象深い。

 今回この本をひも解いたのは、日本的経営の原点を上杉鷹山から学びたいと思ったためである。

  また、日暮硯をひも解いた。

 信州松代藩の恩田木工の藩の経済の立て直しを記したものである。恩田木工の場合は、組織に対して改革をなす際の基本的な筋道を確実に踏んでおり、巧みに藩の立て直しを完遂させているいることが素晴らしい。

まず、領主の考えとの間に不一致のないように、心を一つにして、重臣から誓約書を取り、組織を固めている。

ついで、自ら発言することに偽りのないようにと、身内から質素な食事の摂取が守られるように、妻子を離縁することを覚悟で説得し、身内を固めている。

組織も大きくなり、人も多くなると上位者の方針を隅々まで貫徹することは難しくなる。組織の末端に行くほど手前勝手な解釈が横行し、優れた方針も何ら効果のないものになっていることが多い。

恩田木工は、賄賂を取る役人を敢えて糾弾することなく、それも本人の器量無くしては出来ないこととして、

上に立つ者の力量一つでカバーできるものと考えて、彼らの面目も立て、遂には味方にしてしまっている。

人事の妙、知恵を感じさせる対処である。総合力を生かし、皆んなの協力を得たがゆえに、5年を待たず、藩を豊にすることが出来たと記述されている。

 上杉鷹山、恩田木工に関する両書を読み、現代により役立つのはどちらかと言えば、上杉鷹山の場合であると思う。敢えてそれを言うならば、藩を立て直すための挑戦目標の設定であり、そのことにより人々のやる気を引き出し、実行する過程を通して、新たに生まれてくるものが、結局藩を豊にするという考え方である。

 まず、「挑戦目標の設定から始めよ」である。

 上記の両書を学んで、ジョン・F・ウエルチのGEの改革を思い出した。

GEのリーダーに必要な「4つのE」である。

・エネルギー(Energy)   ‐‐‐‐‐過酷なスケジュールに耐えられるエネルギー

・活気付ける能力(Energize) ‐‐‐‐社員を活気付ける能力

・厳しさ(Edge)      ‐‐‐‐‐時には部下に過酷な要求が出来る厳しさ、イエス/ノーをハッキリ言える

                    決断力

・実行力(Execution)    ‐‐‐‐ビジョンを結果につなげる一貫した能力

 である。ウエルチが優れたリーダーであることは言うまでもないことであるが、上杉鷹山、恩田木工も共に優れたリーダーであったことである。                                                                                                                                        以上

 

 

テキスト ボックス: 大連港