ISO取得と経営力向上のコンサル

 

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  テキスト ボックス: 2005〜2007年
品質に関する思い
 


第1回:
 
リスクマネジメントを考慮した品質管理診断表

 次のチェックシートは、リスクマネジメントの視点も考慮しました。これを活用し、自社の実力を評価し今後の活動にお役立てください。

 リスクマネジメントを考慮した品質管理診断表


 



第3回:
品質マニュアルについて思う

企業の品質マニュアルは、企業自身の考え方や品質マネジメントシステムがどうなっているかの表出であり、企業の特色がにじみ出ていなければならない。然るに、品質マニュアル自身がISO9001の規格の羅列に終始し、企業の顔が見えてこないものがある。これは、何かと問題である。その1つは、読んでも面白くないばかりでなく、役に立たないため、企業内部で活用されないことである。2つ目として、品質マネジメントシステムの運営が、品質マニュアルの下位文書(規定や手順書)で行われることになり、システム全体の把握が難しい。プロセスの考えやシステムとして適正か否かが、判断できなくなってしまう。仕事ができているから問題はないと言えなくもないが、品質マネジメントシステムの運営の面で、本来、機能すべき能力が発揮できない仕組みとなってしまっている危険性がある。

品質マニュアルは、ある意味で、企業の現状をそのまま表現し、トップの考えやシステムを記述してみることから始めたらよい。後から、規格に沿って見直す(訂正を加える)。専門家から質問をしてもらい、それに答える形で訂正するようにしていったらよい。当然、出来ていないものは、新たに仕組みを作ったり、整備することが必要になるが、品質マニュアルは、企業自身にとって役立つものになることは間違いない。品質マニュアルは、要点を箇条書きし結論を述べるだけでよい。「それは第何図の通りであり、何々規程がある」のように。

要するに、社会的使命に根ざした、トップの考え(経営思想)がまずあり、社会的に有益な製品やサービスを提供する仕組みがきちんと出来ていることが、肝要な点である。また、従業員や企業の関係者にわかるようになっておればよいのである。

ISOの認証取得が企業に役立つためのステップとして、大事な点がここにあると確信している。                  以上

                                        


 

第2回:
品質管理責任者を選ぶ

品質管理責任者とは企業のISOのとりまとめをする責任者である。企業内に品質管理部門が存在し、品質に関する統括機関として機能し、それなりの重きがある場合には問題にならないが、そうでないと意外に品質管理責任者の選定が問題になる場合がある。特に中小企業の場合、問題が多い。
以下は中小企業を想定して述べている。

経営の中枢幹部が財務、労務営業、営業、製造等の責任者が占めていて、品質の管理責任者が全くいないとき、誰がISOの認証取得を目指す責任者となるかが問題となる。そのような企業ではISOの認証取得活動を始める前に、まず、品質管理責任者を誰にするかから始めなければならない。

誰しも品質管理責任者となり、ISOの審査機関から品質に関する深い知識を問われることは好まないし、また、組織内の権力構造の軋轢の中で、システム作りを進めねばならぬ責任があり、調整に苦悩することも多い。経営幹部が品質管理責任者になることを避けて、逃げまどうことも珍しくない。ISO委員会発足時にも何とか仕事上の理由をつけて、出席を避けることもしばしば耳にする。

 このような時、私は社長に品質管理責任者を兼務することをお願いする。社長は企業の最高責任者であり、ISO認証取得をする上で中心的存在であり、最高責任者不在の受審は考えられないからである。

また、ISO認証取得を決意し、目標として掲げるのは基本的に社長であり、その意味でも責任感と取得への意欲はきわめて高い。兼務することによって、認証取得だけでなく、企業の進路を自ら示し、率先垂範して対処する姿勢は、経営的にも従業員すべてが追随することにつながり、良い意味で経営改革に結びつく機会を生ずる。
また、
ISOのシステム作りをする上でも一本筋が通り、基本事項が明確になる。兼務することで社長の負担は大きいけれども、社長の意思を担ってくれる人材がいないときにはこれも致し方ない。
その代わり、認証取得後は、一応システムも完成するのであるから、半年後を目処に新たに品質管理責任者を任命し、バトンを引き継ぐことが望ましい。

ISO認証取得までの過程を通して、社内の人材も育ってきて、必ずや品質に関して責任感の強いリーダーが輩出してくる。そのような人材を抜擢して、バトンを引き継ぐことが最も望ましいと私は思っている。

 ここで、社長の品質管理責任者として兼務することのマイナス点を上げるのなら、経営全体に占める社長の注力が品質管理にかなり削がれること、あるいは、品質管理責任者が別にいる場合に比較し、二人の知恵ではなく、一人の知恵でシステム作りを推し進めることになる点である。社長がこのようなマイナス点を配慮し、システム作りに多くの人の意見を積極的に聞き、取り入れるのなら、この弊害もカバーできるだろう。マイナスよりもメリットが大きいと思っている。

 

本稿に対して、ご意見があれば遠慮なくメールをお寄せ下さい。(2003.10.18)

                                         以上



第1回:
ビジネスマン失格の感想
(品質保証・検査部門の一員として)

 

某メールマガジンの中で、会社でも批評するばかりで何ら前向きの行動をしないサラリーマンは失格であるという一文があった。

言われていることはもっともではあるが、何か割り切れないものを感じて、その文章を掲載した経営者の方に送付した内容を以下に紹介します。

 毎回、面白いテーマを提供頂き、考えさせられます。

小生、定年まで製造メーカーに勤めましたが、品質保証・検査が最も長かったと思います。主な業務は、「製品のあら捜し」です。開発者に憎まれたり、納期が間に合わなく、営業に叱られたりして、勤め上げたという気がしています。出来上がった最終の製品の出荷可否の権限は、品質保証・検査部門が握っておりましたので、たとえ、役職の位が低くとも、権力は絶大でした。トップは、品質保証・検査部門の判断に従って製品を世の中に出すことがシステム化されており、行われていた。しかし、中には出荷に対してお客様の要望とか、トップの納期厳守の指示とか、あらゆる難題を押し付けて、早期に売上げの増大を果たしたいという社内要望に対して、毅然と「だめなものはだめ」というのが、責任であり、義務であったと思います。この勢いに負けたら、やがて製品の信頼を傷つけ、企業の信用を失うことになったでしょう。多分、多くの中小企業では、トップの権力が絶大で、「製品の質の見極め」をおろそかにして、トップの思い通りに、出荷してしまうのではないでしょうか。

また、マイナスを指摘する人材を育成しているだろうか。私たちは、製品の最終出荷の検討会で、「すべてがステップにのっとりチェックされており、指摘事項はありません」と申し上げたら、トップから「君たちは開発部門、製造部門におんぶされているのか。君たちの仕事は、社会の動きを見たうえで、開発部門、製造部門の上手を行くことだ。給料に見合う仕事をしてくれ。」といわれた。

かように品質保証・検査部門への要望はきつかったと思います。

 某メーカーの検査5訓:

@       疑うことからはじめよ。

A      疑わしきは罰せよ。(出荷するな)

B      納期、費用に妥協するな。

C      常に顧客の立場にたて。

D      くさいものに蓋をするな。

小生も、全く同感です。

自分の周りにイエスマンを集めるのは、やさしい。しかし、多くの場合これが命取りになる。マイナスの発想をする人をいかに育てるか。今は、リスク管理の時代です。以上、小生の勝手に言い放題感想です。

 田中経営研究所
 田中 実
 
Email:happiness@ag.wakwak.com

  更に、追加するならば、出荷停止をかけることは、その後の再検査のために、開発部門、製造部門、営業・サービス部門等の相談にのり、無事に製品を合格させ、出荷まで漕ぎ着けさせるために品質保証・検査部門が同時に責任を持つことを意味します。それを成し遂げるから、周囲部門から信頼され、敬意を払われ、一目置かれると解釈しております。決して言いっ放しではありません。
                         以上
                                                              


第7回: 製品安全と素人の活用

一般大衆の安全を守るということから、製品開発時には、安全確保について並々ならぬ努力が払われている。開発部門の情報蓄積の中には、安全に対するクレーム、PL訴訟情報からそれらの分析に基き対策が盛り込まれている。

開発部門の人は殆どが玄人である。専門家としての長年の経験と熟練から、開発段階で不安全を惹起する原因は対策されているのが通常である。

しかし、尚、玄人ゆえの思い込み、熟練者であるが故に見落としてしまう項目があるといって過言ではない。それらを赤裸々に表出させるのは、大抵開発部門以外の第三者であり、中でもユーザー(素人)の取扱いである。ユーザーの中には勿論玄人もいる。しかし、殆どは素人であり、少なくとも初めて発表された新製品を使用しなければならない時は、素人と考えて良いだろう。

新製品を初めて取扱う時、素人は玄人には考えられないような行動をする。殆どの人は取説を読まない。中には警告ラベルも読まない人がいる。それでも尚、動かそうとするのである。危険なものは、この段階で容易に起動できないようにしておくことは絶対必要な要件になる。

起動できなければ取説を読む。あるいはラベルを読む。そして正しく起動できる。それならば良いのである。問題は取説を読んでも分からず、途方にくれてしまう場合である。理想からいえば取説を読まなくても、操作パネルを見るだけで全ての操作ができれば、申し分ないであろうが、なかなかそうはいかない。

マイクロソフトがソフト開発時に実施している素人の操作状況をつぶさに観察し、素人の陥りやすい誤りを積極的に改善するやり方を採用しているが、ユーザーにとって、より使い勝手の良いものに仕上げることが出来るという点で、高く評価できる。

実は、この辺に重要なことが隠されていると私は考える。一般大衆をどのように観るかの視点である。一般大衆を素人とみるか、玄人とみるかである。玄人の使いやすい機械は、必ずしも素人向けではないのである。

誰しも素人の使いやすい機械を開発するべきであると言うけれども、実施段階になると甚だ疑問だと思われるのである。目的を達成するためには、使い勝手については玄人の判断は適切でない。テストは素人で行うべきなのである。即ち、製品評価という活動の中で、一般大衆を使ったモニター評価が必要なのである。(勿論、玄人向けの製品を開発するなら、玄人にも満足のいくような仕様にしなければならない)

不人気な商品は、大抵、素人への配慮が中途半端であり、玄人向けの仕様も加味するために、どっちつかずになっていることが多いのではなかろうか。カタログの比較だけで、沢山の機能を付け、特色として売り出すのは、ユーザーの側にも勿論問題があるが、メーカー側の責任も大きく、従来の慣習から一歩も抜け出していなく、一考を要すると思われるのである。安全についての評価も、素人をいかに活用するかが、ポイントだと考えている。
                                    以上


第6回: 役立つこと

 
この「品質」シリーズを掲載することについて、私なりに迷ったことがある。それは読者に役立つ話が出来るだろうかという点である。

「品質」には、20数年携わってきたため、一通りのことは言えるだろうが、役に立つか否かについては自信がない。品質重視の思想を持つことがいかに大切かは、仕事柄十分すぎるほど認識しているものの、長年やってきた割には、魅力的なものが少なく、寧ろ常識の上に構築されたものが大半であり、それがベースであるからである。特殊なものはなく、常識の枠を出ないのである。

あくまでも仕事を通して、品質を考えて行くのが基本であり、私もそういう立場で品質管理を学んできた。

根本は、お客様のために良い品質は何かを考え、それの実現のために定められた職務分掌に従って、その任務を全うしてきたというのが実状だろう。

 ただ、常識とはいえ、トヨタの看板方式でも、品質管理が導入され、TQCが根づいた基盤の上に構築されたからこそ、成功したのであり、ただ単に看板方式の形を真似してもうまくいかないことは、追随した経験者が相応に述べている通りである。
故人で元東京工業大学の水野滋教授が、トヨタの看板方式の生みの親、大野耐一氏と対談した話を伺ったことがある。その中でも、基盤となる品質に対する考え方の重要性がいかに大切であるかを共に指摘されたという。

品質の良いことが、日本の製品を海外で有名にし、輸出を伸ばし、黒字化に貢献してきたことは間違いない。確かに常識の上に築かれた考え方ではあるが、「合理的」な側面があり、効率も追求している。

特に、統計的手法の中の実験計画法、QC7つ道具など、第3者への説明が分かりやすいばかりでなく、要因を効率よく絞り、成果に結び付ける技術が盛り込まれている。

米国の製造業を蘇らせたのも、手法が整備されており、有効に活用できる普遍性を備えていたためである。中には難しい統計手法もあるが、各々の実力に応じて活用したら良いのではないかと思っている。7〜8割のことはQC7つ道具で大抵片付いてしまう。

 あまり、肩肘はらずに、役立つ部分を吸収していけば、「QC人生」もまんざらではないとこの頃思うのである。 また、ユーザーにとって役立つことがないのなら、私の述べることは無意味であるし、一度ホームページを覗いて、二度と訪れることはないだろう。
                                    以上


第5回: 重要品質問題

前回、「重点管理」の重要性について述べたけれども、今回は、「重点管理」の一つとして実際に行われている「重要品質問題」を取上げる。

企業として「重要品質問題」を明確にしておくことは、とりわけ大切であり、この問題の決裁については、経営トップがあたることが望ましい。あるいは、それを代行できるNO2があたることが必要である。

重要品質問題とは経営の根幹にかかわる重要な品質問題を言い、ある意味では、企業の死命を制するもの、あるいは企業の由って立つ基盤となる品質を確保し維持する技術の問題である。それを「重要品質問題」として、特別管理をするのである。

経営を続ける限り、何としても、品質を確保しなければならない基本的なものがある。 この中に安全がらみの重大クレーム、リコール、排ガスなど法規制問題が含まれ、社会に対して、正しく対応することが求められる。

ただ、お断りしておかねばならないが、「重要品質問題」は、会社によって中身が異なっているのが現状である。あるいは「重要品質問題」と言わずに、別の名称を用いて、同様のことを行っている場合もある。

いずれにしても、「重要品質問題」の運営については、社内的に制度化し、きちんと管理する仕組みを作っておくことが必要である。

この種の問題が起こった時には、通常、既販売機にまで対策を打つことが求められる。それはリコールであったり、改善であったりする。道路運送車両法の保安基準に不適合の場合は、運輸大臣に届け出て行うのがリコールである。改善は通常では、その必要がないが、内容によっては、運輸省に届け出ることが必要である。

上記で、「死命を制する」という言葉を使ったけれども、その製品の命取りになるもの、強いては企業としての存亡を左右するものになる「品質問題」が、ここで言う「重要品質問題」である。

リコールは後ろ向きの対処であるが、前向きに「重要品質問題は何か」から、企業の中で明確にしておくことが、まず必要なことだと私には思われる。

                                      以上


第4回: 「重点管理」

長くQCをやっている人に、「結局、QCとはどんなことなのか」と尋ねたら、「重点管理」だと答えるだろうと思う。

QCの切り口はたくさんあるが、その中でもひときわ重要なものとして、私は「重点管理」があると思う。

例として、ある製品の開発を取上げても、押さえておかねばならない品質確認項目は多く、全て同等に扱うことは、所詮所要能力から言って困難であることが多い。どこかで省略(以下スキップという)すべき項目を作らないと、納期を守ることは難しい。

しかし、納期のために安易にスキップを採用すべきではなく、自ずからそこに基準があり、絶対省いてはならない項目がある。その考えがきちんと層別されて出来ていないと、QCをやっているにも拘わらず、結局、手抜きをしたために、クレームを出し命取りになる。

従って、何に対して重点を置き、絶対確認すべき項目は何かについては、ノウハウの問題であり、社内基準として明確にしておくことが大切である。現代では他社より優れたメリハリのあるQCをすることがいかに大切であるかは、特に声を大きくしなくとも理解のできることである。そうでないと、現在のスピードの速い世の中の動きに対して、ついて行くのはきわめて難しいだろう。

まさに、QCに対して効率が求められているのであり、より速く成果を出すように、「重点管理」を進めることこそが、それを解決する唯一の手法ということになると思う。

また、限られた資源で最大の効果を上げるために、「重点管理」の思想が無いと、石橋を叩くばかりで時間がかかり、せっかく間違いのない製品が出来た時にはタイミングを失することにもなってしまう。要は、バランスの問題であり、スキップをする以上、リスクもそれなりにあるわけであるから、リスク管理を十分実施し、適期に製品を出すように努力することが求められている。

最後に、又、「品質管理とは何か」と尋ねられたら、「多くの要因の中から、パレート分析をすること」と答えるのも、要点を突いていると私は思いますが、皆さんはいかに考えるでしょうか。「80対20の法則」も同じことを言っていると私には思われる。

                                      以上


第3回: 「管理のサイクル(Plan-Do-Study-Act)」

品質管理をしている者には、管理のサイクルは馴染みやすいものである。通常、品質管理では、Plan-Do-Check-Action(PDCA)のサイクルを言う。

一方、経営管理では、Plan-Do-Seeと言っている。いずれも管理のサイクルを回すことに変わりはない。 内容的には、計画を立て、それを実行し、結果(成果)をチェックすることで、うまく行かない点があれば修正を加えるという一連の活動を繰り返していくことを表したものである。

しかし、最近、この管理のサイクルについて、Plan-Do-Study-Actという考えが述べられるようになってきた。元来、ディミング博士はPlan-Do-Study-Actと言っていたものが、博士の英語が聞き取りにくく、(解釈が加えられたのか)Plan-Do-Check-Actionに変わってしまったと、朝尾正先生(元、田辺製薬)は、述べておられる。

ディミング博士が活躍された終戦後まもない時期と現代では、時代背景に大きな差異がある。 改めて、最近Plan-Do-Study-Actと言われるようになったことを考えてみるのは、意義深いことではないかと思う。

計画を立て、それに基づき実行したら、次に評価する段階になるわけであるが、期待通りの成果が出ていれば問題無いが、大抵、何らかの問題があり、うまく行っていないことが殆どである。 ここで即、対策に結びつく手が打てるならば良いが、中には研究をし、中身を補強しないと解決しないものもある。これはStudyに属する。

特に、昨今のように競争が激化し、新しい技術開発を迫られている場合、最初の計画だけでうまく行くことは殆ど無いのではないかと思う。最近の企業は常に、新しいことに挑戦し、成果を上げることで経営が回っている。現況を素直にみればStudyの重要性が増しており、Checkと捉えるよりもStudyの方がより適切ではないかと思われるのである。

と、いうふうに現在、私は理解しているわけであるが、勿論、別の捉えかたも当然あるだろうと思う。

ただ、断っておかねばならないが、だからといって全て、Plan-Do-Study-Actにすべきであるとも思わない。やはり基本はPDCAで、これで解決できるものも尚多いと思われる。品質管理を最初に勉強するなら、PDCAが分かりやすく良いのではないかと思っている。

どちらでも良さそうであるが、内容的には、かなり異なるものだと認識しており、別のものと考えるのか良いのではなかろうか。

                                    以上


第2回: PAFコスト

品質コストは、P(予防)コスト、A(評価)コスト、F(失敗)コストと分類できるけれども、これを上手に活用している企業は少ないように思う。

 

大抵の企業はFコストの把握が殆どである。Fコストは社内失敗コストと社外失敗コストがあるわけであるが、多くの企業が把握しているのは、社外失敗コスト---クレーム費である。クレーム費は損失コストであり、発生が0ならば、本来は利益計上出来るものである。

従って、クレーム費の低減が焦眉の課題であり、低減に余念がないことになる。

しかし、一方Pコスト、Aコストについては、あまり真剣に検討されていなく、経営的に自由裁量コストと捉え、管理可能費であるという考えで運営していることが多い。

全く誤りというわけではないが、経営的に厳しい状況に陥ると安易に削ることになる。これは考えものである。

Pコスト、Aコストの上手な掛けかたによって(適切な人材を確保し、目的に添った活動をする)、Fコストを抑え、利益の改善に結びついていく。

従って、Fコストが上昇している状況で、PコストやAコストの削減を思考し、実行することは自らの首を絞めることになる。良い品質は経営存続の要であり、明日の飯の種である。その辺の事情をよく考えてリストラ(人員整理)はなさねばならない。

一般に、経営が悪くなるとリストラをする。大抵、間接部門から削る。この中に品質管理部門、検査部門も含まれているのであるが、果たして間接部門と考えるだけで、上手く行くのであろうか。私には疑問に思えるし、こういう考えだけで運営している企業がうまく行った試しはないのではないか。

品質コストを売上の比率と捉えて運営していることもある。これも上記の考えで、管理可能費と捉え、増減を繰り返すのは如何なものだろうと思う。

                                      以上


第1回: 「良い品質のものをつくる」から「良いものをつくる」へ

長年、品質管理の仕事をしてきて、最近の「品質」に関する考え方の変化について、感ずるところを述べてみたい。

最も大きな変化は、全社的な品質管理(TQC)が、品質経営(TQM)という言葉に代わり、より経営に深く関わっているということが認識されるようになったことである。このことに関して異存はないが、しからば、今後はどんな姿勢で「品質」に関わるべきかについては、私なりの考えがあり、それらについてを述べてみたいと思う。

標題も一見同じように思われるかも知れない。その相違を以下に述べてみたい。 率直な感想として、TQCからTQMに代わっても、ベースは「良い品質のものをつくる」ということが第一であり、これを達成できなければ事業の遂行は難しいということに変わりはないと思っている。勿論、品質だけではなく、適切な価格、タイミングの良いデリバリィが確保されねばならないことは言うまでもない。とりわけ、「良い品質のものをつくる」技術、管理が重要なわけで、基本的に変わりはないが、更にそれ以外のものが求められるようになってきたと理解している。即ち、今までは、商品が明確であり、それを使用する消費者もはっきりしており、消費者の望みも明確であったからこそ、「良い品質のものをつくる」ことで、経営の目的(一部ではあるが)を達成できたと思われるのである。

しかし、ご存知のように、今は物の豊かな時代であり、殆どの商品は街にあふれている。品質も良くなり、寿命も長く、過剰品質のものすらある。逆に、ありきたりの商品に不満を感ずる消費者は、よほどのことのない限り買い替えをしなくなってきている。今までの考えだけで事業を遂行することは難しくなってきている。品質に関する考え方の転換が求められるようになってきたわけである。消費者指向に立った「良いものをつくる」ことこそが課題となったのである。

「良いもの」と言っても、商品が明確ではなく、場合によっては、消費者が誰か分からないこともありうる。それでも消費者の求めている「良いものをつくる」ことが大切であり、これが実現できなくては、企業の存続も危ういと言わざるをえない。

「良いものをつくる」とは、まず第一に、「何をつくるか」である。つくると言っても全く斬新なものは難しいので、自社としての制約条件があるわけであるが、自社の都合だけを優先させては、せっかくの消費者のために「良いものをつくる」思想が活かされない。「何をつくるか」は何よりも消費者を優先させ、消費者に役立ち、歓びや誇りにつながるものでなければならない。それは自らの力を上回るものかも知れない。それをいかに実現させるかが腕の見せ所であり、「良いものをつくる」という新たなる出発への思想であり、TQMの実践であると私は思っている。しかし、これは言うは易く、行うは難しい。

また、全くの新製品であるのならば、それはどこにも比較対象がないのであり、開発者が良かれと思うものをまず、モニターとして提供することから始めねばならない。商品を通して、消費者から意見を聞き、対話することで完成を目指さねばならない。消費者志向といっても難しさはその辺りにある。

                                    以上

  1999〜2002年
  第1回
  良い品質から良いものを作る

  第2回
  PAFコスト

  第3回
  管理のサイクル

  第4回
  重点管理

  第5回
  重要品質問題

  第6回
  役立つこと

  第7回
  製品安全と素人の活用


  2003〜2004年
  第1回
  ビジネスマン失格の感想(品質保証・検査部門の一員として)

  第2回
  品質管理責任者を選ぶ

  第3回
  品質マニュアルについて思う


 2005〜2007年
 
第1回
 リスクマネジメントを考慮した品質管理診断表