敦忠卿(あつただきょう)

藤原敦忠:菅原道真の怨霊のせいで一族が若死にした藤原時平の三男で、38才で亡くなってます。優れた歌人で、また管弦の道も博雅以上に優れていたようです。
コミックの中では、晴明を尋ねて来た博雅に対し、桜の精が『熱心なのは認めるけど(管弦の腕は)敦忠卿ほどではないわ』と言ってるのは、大鏡にある以下のエピソードに依ると思われます。

『この方(敦忠中納言)は優れた歌人で、また管弦の道にも優れていた。この方が亡くなられた後、管弦の御遊がある時には、博雅の三位が用られた。が都合わるく参内できぬ時は「困った。今日の御遊は中止になってしまう」と度々御使が立った。ようやく博雅の参内するのを見て、古老の人たちは「末世は情けない。敦忠の中納言のご在世の当時には、管弦の道にこの博雅などが、朝廷はじめ、世間にこれほど重要な人として迎えられるとは、思いもよらなかった」と言っていた。』(博雅、随分な言われ様です(^^;;))

また敦忠卿の母はかの在原業平の孫で美しき人妻であったのを、藤原時平が伯父である老人の夫から奪い取ったというエピソードもあります。つまり、家柄良し、容貌美麗、才能抜群の三拍子そろった素晴しい人だったようですが、えてしてそういう人に限って早死にするもんなんですよね(^^;)。

歌人としても有名だった敦忠卿の歌は百人一首にも入っております。


『あひみての のちの心に くらぶれば 昔はものを思はざりけり』
(権中納言敦忠)

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