『あわわの辻であわわ(^^;)』の「あわわの辻」ですが、大鏡には「あははの辻」という名前で出てきます。場所的には『平安京の大内裏前、有名な朱雀門を出てすぐの道(二条大路)と、朱雀門東の美福門前の神泉苑と冷泉院が挟む四つ辻』だそうです。。。って、こういう時は視覚的に見た方がわかりやすいですね(^^)
ってんで、ハイ、地図です。

で、名前の由来ですが、『楽しくて笑えるから付いた名前ではない。諸説あるのだが、驚きのあまり声が出せずにいる状態の時「あわあわ・・・」と口ごもるところからそれが変形して「あはは」となったらしい。古い文献を見ると、『大鏡』や『宝物集』等に、この辻で百鬼夜行にでくわしたという記録が残っている。そのように驚くべき怪異が多く起こる辻だったので、わざわざ『あははの辻』等と名前をつけられたわけである。』との事。(望月かや
『未確認生物交流記』その9【四つ辻の話】より) また、諸本によっては「あはのの辻」「あのの辻」「ああの辻」「あほの辻(^^;)」等いろいろあって、確定した名称ではなかったようです。
前述した『大鏡』では、兼家公の父にあたる藤原師輔公が、このあははの辻で百鬼夜行にであった様子が記されております。その際、師輔公は尊勝陀羅尼を懸命に唱えてやりすごしたようですが、その間、お供の人たちには何が起こっているかが全然わからなかったようです。(百鬼夜行って、見える人には見えるが見えない人には見えないんですね。)