広沢の遍照寺(へんしょうじ)

実は、いまさらながら『今昔物語』を図書館で借りてきて読んでいるのですが(^^;)、いやはや、第一話と第二話ってある意味、「とっても原典(>今昔物語)に忠実であったのだ(・_・)」と感心している次第であります。ほとんどストレートに今昔物語の様々のエピソードが反映されていたのね、、、。
つまり、この第二話の「広沢での蛙潰し」と「蔀戸の上げ下げ話」、第一話の「百鬼夜行遭遇」、第十一話の「式神隠し」の4つは全て今昔物語第二十四巻の『安倍晴明、忠行に従い道を習うこと』の中に記されており、また、「博雅の逢坂通い」は同じく『源博雅朝臣、逢坂の盲の許に通うこと』に、「玄象の紛失」も同じく『玄象の琵琶、鬼の為に取られること』に書かれていたんですね〜。ああ、もっと早く『今昔物語』第二十四巻を読んでおくべきであった(^^;)と悔やまれます。(>まだ読んで無い人は是非読みましょうね(^^))

前ふりが長くなりましたが(^^;)、そんな訳で「広沢での蛙潰し」は『今昔物語』に書かれていたわけです。また、晴明と話をしている寛朝というお坊さん、この人のエピソードもちやんと『今昔物語』に載っていました。それが例の「ここにはちょいと蹴り上げただけで盗人を仁和寺の門の棟へめり込ませた怪力の寛朝殿がおられましょう」の話で、第二十三巻『広沢の寛朝僧正の強力のこと』に収められております。もちろん『今昔物語』に入るくらいなので、とっても有名な人だったようです。解説によりますと、、、

寛朝:宇多天皇の皇子敦実親王の二男。東西両寺の別当。大僧正。東大寺・仁和寺の別当。994年没、83才。広沢の遍照寺に住み、真言宗広沢流の開祖。
とありました。単純に計算して晴明より10才位年上の人のようです。天皇の孫ですから、もちろんやんごとないお方でしょう。(>ひょっとして博雅とも血縁(^^?)。父親のイトコ?) コミックではとてもそんな強力には見えないが、とにかく、そんな偉い人とお友達の晴明様って凄い事かも(^^:)。

というわけで(^^)、特に『今昔物語』第二十四巻あたりはあちこちで見聞きしたエピソードの元がいっぱいで超超面白いんですが、私がそれにも増して感心するのは、この原典と夢枕さんの原作から、あの「第一話」と「第二話」をあのように構成しなおした岡野さんの腕力(^^;?)にです。「第一話」は短か目ながら百鬼夜行!で読者のド胆を抜き(^^;)、「第ニ話」は頭から蛙潰しでグッと関心を掴んで、式神、呪、琵琶、羅城門と物語がドンドン深くなっていく構成が実に見事(^^)です。夢枕さん原作の「玄象を取り返す話」では確か壬生忠見の幽霊とかも出てきたはずですが、そこいら辺の枝葉は整理されて、逆に、冒頭に別途第一話「百鬼夜行」を持ってきた切り分け方が本当に本当に素晴しい。オチも面白いし(^^)。絵の細部の魅力、原作のエピソードの面白さもそうですが、この構成力の素晴しさゆえに、多くの人が魅了された(>はめられた?)のも無理は無いです(^^;;)。

なんだか「広沢の遍照寺」そっちのけでしたが、いまさらながら、いろいろ感心した話でした(^^)。

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