丁度1月中旬のTV「知ってるつもり?!」でも取り上げられてましたが、菅原道真といえば『学問の神様』で『大宰府』で『天神様』で『梅』(^^;)
という有名な方です。(845〜903)
代々学者の家柄に生まれ、抜群の頭脳で数々の試験を驚異的な早さでパスし、学者として最高の位置の「文章博士」となり、父祖伝来の私塾「菅家廊下」を主催したくさんの学者を育てた。また天成の詩人で、漢詩はむろん、和歌もよくした。 →→→『学問の神様』。
が、学者でありながら宇多天皇に重用され右大臣にまで登り詰めた事が晩年の悲劇の元となる。宇多天皇が位を譲った醍醐天皇の時代、菅原排除を狙う藤原時平の中傷がもとで道真は九州の大宰府に左遷され、一族は離散、罪人としての過酷な境遇の中で深い深い(^^;)恨みを残しその地で没する。 →→→『大宰府』。
ところが道真亡き後、都では天変地異が相次ぎ、また藤原時平一族は相次いで早死にするなどで人々は「道真の怨霊」のたたりだと噂する。そんな中、ついに930年、宮中への落雷(雷の直撃)で人が数人死んで、このショックがもとで醍醐天皇も亡くなってしまう。為に、以後「北野天満宮」に菅原道真を神として祀り、怨霊を鎮めたそうな、、。 →→→『天神様』(ちなみに天神とは雷の事とか)。
なお菅原家の家紋は「梅」で、道真は梅が大好き?で、大宰府に流される時に残した『東風(こち)吹かば、においおこせよ梅の花、あるじなしとて春を忘るな』の歌が古来有名です。「北野天満宮」も「大宰府天満宮」も共に梅の名所で、梅の花咲く受験シーズン頃の菅原道真の人気はまさに絶大です(^^;)。 →→→『梅』
コミックの中で晴明らが出会う道真は、年代的にも丁度宮中へ雷を落としにいく途中だったんでしょうね(^^;)。
あとひとつ、菅原道真の歌は百人一首にも入っています。『この度は、幣も取りあえず手向け山、紅葉の錦、神のまにまに』という歌ですが、こちらはまだ右大臣として得意絶頂期の明るい歌です。
道真が怨霊