葛城(かつらぎ)&役行者(えんのぎょうじゃ)

最近用語集の更新があまり進まない(^^;)のは、まあ会社勤めのお仕事が忙しいのもあるんですが、もう一つの理由には、いま残っている調べるべき用語が結構難しいのが残っているから、、でもあります。 この「葛城&役行者」もそうです。結局、昔の事すぎて真相がわからない、、?? で、なんで歴史がはっきりわからないかというと、当時の歴史の勝者(藤原氏と大和朝廷)によって、記録が改暫されたから、、という事で(^^;)、「それじゃあ真実は??」っていってちまたの古代史の世界に迷い込んでしまうと、あとはもう何が何やら混乱して余計さっぱりわからなくなってしまうのであります(^^;)。(いわゆる日本の古代史という諸氏百説のジャンルですネ)(>って、長い前置きですいません(^^;)) 

で、結局私もよく理解してないんですが、、、どうやら昔昔、大和王朝成立以前に?葛城山のまわりに葛城王朝と呼ばれる王朝があったらしい。。が、その王朝は大和王朝に破れた。。王朝に伝わる特殊技能を持った人々は迫害を避けて山間(吉野?熊野?)や海浜に散った。。(ちなみに神事を司る古い家柄である加茂氏も葛城族の出身だとか。。) 古代の超能力者?「役行者」(加茂役君小角:かものえだちのきみのおずの)(役小角:えんのおづぬ)も加茂氏で葛城の神官の家系の出である。。でその「役行者(役小角)」は葛城で幼少の頃からひろく学び、特に仏教をおさめ三十二歳のときに出家して葛城山に入り岩窟に住むこと三十年以上、籐ギを衣とし松果を食料とし孔雀明王呪を唱えて仙術をよくした。。雲に乗り鬼神を駆使したともいう。。たまたま讒言によってとらえられて西暦699年に伊豆に流されたが、仏教を学び山間に修行し特殊の能力をそなえていて民間にも信望厚く、政府も無視する事ができなくなってまもなく釈放せざるをえなかった。。そんな役小角は、のちに修験道の祖とされた。。。。

と(^^;)、、なんだか自分でもさっぱりわからないんですが、まあ特に吉野、熊野のような山はみな古代のミステリースポット??で、怪しい密教(空海以前の密教)??の技術が伝わっている場所だったようなのです。ですので晴明も、高野へ行った帰り道に葛城に寄ったりしたというわけでした(^^;)?? 

〜(付け足し)〜

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