桃園の邸に到着した博雅を見て、高明公が言った言葉です。『しかしまた博雅の中将、随分とお気楽ななりだな』と、、。博雅はそれを聞いて赤面するんですが(^^;)、このほど、平安男子貴族装束のランク付けを勉強して、やっとこれがどういう事を意味するのかがわかりました。 早い話、博雅が着ているのは『狩衣(かりぎぬ)』というカジュアルな衣装だったってわけで、本当は『直衣(のうし))』というよそゆきを着た方がこの場合良かったようです。 くわしくはおまけ頁の衣装イロイロをご覧下さいませ。