更新が大変遅れていて申し訳ない(^^;)。うちのHPは用語集がメインというのに(/
;)。シクシク
さて、まだまだ「パパ」というのが博雅君ではないか?!と誤解する方が多いようなのですが、ご安心ください(^^;)、「パパ」というのは博雅君ではなく、藤原朝成(ふじわらともひら)という太っちょのおっさん(^^;;)を指すものです。コミック7巻の巻末の「天徳内裏歌合復元図」の下方の右寄りに、「参議・藤原朝成」って名前入りで黒い服着て載ってるおじさんなのでご確認ください。また、コミック2巻の巻末の「系図」を見ると、村上天皇の奥さん(^^;?)の一人として上から7番目に「中将更衣:修子(ながこ)」と「父・大納言、民部卿藤原朝成」と記載されてますので同じくご確認ください。この修子さんは「近頃 帝のピチピチのお気に入り(^^;)」(>P52ページ参照)だそうで、左方の女房の筆頭としてに登場しますね。この絵の「扇の柄」をよくチェックすると、たしかに、P80で「ババったら食べ過ぎよ」と言っているのも、P126で「はやくパパの笙が聞きたいわ」と言っているのも修子さんだとわかります。よってパパとは、右方の筆頭女房の中将更衣:修子の父、藤原朝成さんです。
さて、この藤原朝成という人、実は結構オカルトっぽい逸話がある人なんです。死んでからは勿論の事(^^;?)、生きている間から怨霊になったらしいのですが、その辺の詳しい事は、志村有弘著『陰陽師 安倍晴明』(角川ソフィア文庫)のP170に「悪霊藤原朝成と鬼殿」というタイトルで紹介されていますので是非お読みになってくださいネ(^^:)。(>手抜き〜?) 怨霊話はさておき、この人は大変な大食漢で大柄で容貌醜悪、でも笙を吹くのが極めて上手な人物だったそうですよ〜〜。
余談:そいえば、ず〜〜と昔にどなたかから『怨霊になったのは藤原朝忠という人物で、藤原朝成では無い。名前が似ているうえ、どちらも体が大柄で、どちらも笙の名手であるので世間では間違えられているようだ』という内容のメールをいただいた事があるような記憶があります(^^;)。(>たしか藤原朝忠という人は百人一首の44番「逢うことの絶えてしなくば」という歌の作者だったかな、、?)その時は「そうなのか〜」と信じたのだけれど、上記の本には藤原朝成が怨霊になった人物だと、やっぱり書かれております。一体どちらが本当なのか?? 志村先生の方が間違っているなんて事があるのだろうか(^^?)、とか思いますが、もしもこの件で何かご存じの方がいらしゃいましたら、どうかお教えくださいませ。m(__)mm(__)mm(__)mm(__)m
[追記]:谷口@山陰亭様より寄せられた情報によりますと、藤原朝忠さんという人は、
藤原朝成さんの同母兄だそうです(^^:)。それじゃあ年格好が似ているのも無理ないわ!?
(スッキリと納得(^^))
&やっぱり怨霊になったのは「朝成」さんの方だそうです!情報感謝です。m(__)m