長岡京(ながおかきょう)&早良親王(さわらしんのう)

『因果は巡る糸車』とでも申しましょうか(^^;)。やっと天武系から天智系に戻ってきた王権ですのに、ここに来ていにしえの天智&天武のような兄弟間の王権争いが勃発します。当時者は、兄/桓武天皇と、弟であり皇太子であった/早良親王。(このふたりは同母兄弟です。) 

784年に長岡京に遷都をした翌年、垣武天皇の寵臣であり造長岡京使であった藤原種継が暗殺されます。調査の結果、首謀者は大伴家持(^^;)とわかり、それに関連して早良親王も逮捕・幽閉されます。ところが早良親王は断固無実を主張して飲食を絶ち、ついには淡路島に配される途中に壮絶な死を遂げてしまいます(^^;;)。これがいわゆる早良親王の怨霊化の原因事件です。その後、桓武天皇のまわりには次々に不幸(身内の死)がおこります。また巷には疫病がはやり、跡継ぎの皇太子はノイローゼになるわ、洪水はおこるわで陰陽師に占わせたところ「早良親王の怨霊のせい」という事で(^^;;)、結局はこの呪われた長岡京をわずか10年で捨ててあたらしい都/平安京に遷都する事になったそうです。(早良親王にはのちに崇道天皇の名が贈られます。)

「兄弟間の争い」って(^^;)ホントにありがちで恐いですね。

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