<玄象という琵琶、鬼のために盗られる事>は今昔物語由来の琵琶を鬼から取り返すシンプルな話なのですが、これに陰陽師をからめ、晴明が「『呪』とは、、」と酒を飲みつつ話をする展開あたりがなんとも素晴しいと思います。ちょっと神秘的な、この世の奥義、普通は知りえない世界をかいま見る気がして、、「おおっ、奥が深そう、、」とはまってしまいます(^^;)。(はめられてるのか?)でも人間ってなぜだかこういう話好きなんですよね。(「神々の指紋」しかり、、(^^;;))
それはさておき、晴明は『この世で一番短い呪とは「名」だ。』というのですが、結局は物語後半でこの言葉を伏線としてとある状態が起こるわけです。そのあたりはお見事としか言いようがないです。(プロは凄い)
こういう発想を作者はどこで仕入れるんでしょうか?案外、広く存在する考え方なんでしょうか?昔読んだファンタジーにも似た話が出て来るのを思いだしました。子供向けですが知る人ぞ知る「ゲド戦記」の魔法の在りようがとっても似ているんです。まさに「名前で縛る」呪に近い世界で、そこでは「真の名前」を知る事によって動物とかいろいろな精霊をあやつる事もできるみたいなのです。これって、晴明が「式神」をどうやって使役できるかのヒントではないかな?とも思います(^^;)。ゲド戦記の作者の父も文化人類学者だというし、掘っていけばなんか共通した根っこがあるのかも知れません。
というわけで、なぜか『晴明は西洋でいえば「魔法使い」であった(^^)』という落ちでひとまず閉めようかと思います(^^;)。(そうすると博雅は武士という事にして、「剣と魔法の世界」のでき上がり〜(^^)ワイワイ。ここはひとつ龍(ドラゴン)とか出てくれないかな?!っと、、(^^;)。イヤ、もう出てるか、、?)