丹波康頼(たんばのやすより)

平安中期、912年〜995年を生きた人ですから、ほぼ晴明や博雅達と同時代の人です。晴明が陰陽道の祖といわれるならば、丹波康頼は針灸などの東洋医学の祖といわれる偉い偉い人だったらしいです。丹波氏は後漢の霊帝の子孫といわれ、和気氏と並ぶ医師の家柄。なかでも丹波康頼という人は『医心方』という30巻もの我が国最古の医学書を著した方だそーです(^^;)。ちなみに、丹波哲朗さんの先祖かどうかは、、、よく知りません(^^;)。

[追記]:とある方より、興味あるメールをいただきましたのでご紹介させていただきます。
(Tさん、感謝です。m(__)m) 
そのお手紙によりますと、『丹波哲郎の家は平安時代以来の医学の家、とのことですから、おそらく丹波康頼、あるいはその関係者の子孫でしょう。おじいさんは薬学博士で東京帝大教授、男爵で、家屋敷は大久保に3000坪(!)だったとか。』との事。
(^^;;;)おお、私は単に同姓だったんでシャレで書いたのですが、そんな事実があったとは! まさに『その家柄から霊界おじさん...(^^;)』の驚きです。丹波康頼も安倍晴明と並ぶ五行に通じた人だったので、いずれタダ者ではなかったはず。丹波哲郎おじさんが霊界のメッセンジャーであるのも、きっと平安時代からの因縁なのでしょう。

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