重箱モードの話です(^^;)。峠に出る「童子」の怪かしの相談に来た博雅に対して晴明が、『なぜおれに頼む?比叡の僧にでも頼めばよかろう。童子ときけば嬉戯としてとんでいくぞ』なんておっしゃってますが、いやはや、この言葉の裏には深い意味(事実)?があったんですね(^^;)。今昔物語にある「僧の稚児さんが黄金を生む話」というのを読んで納得がいきました。巻の十七第四十四話ですので読んでみて欲しいのですが、早い話、当時の(比叡の?)坊さんはお金で稚児(美少年)を愛玩用に購入する習慣があった??らしいのです。(それって立派な人身売買&男色??) で、美しい稚児さんを連れている坊さんは仲間の坊さんから褒められるんです。(>公認されてたって事ですね(^^;))逆に、今昔物語の主人公の比叡の坊さんのように、貧乏なのに美しい稚児さんを連れていると、「貧乏な坊主のくせに、どうしてまたあんな立派な稚児さんが買えたものだろう?」と仲間の坊さん達から噂されるわけです。実はこの話、稚児(美少年)と見えたは実は女性であって、しかも身ごもって子供を生む(^^;)という荒筋なんですが、結末は、子供を生んだ稚児さんは行方不明になり、生まれた子供と見えたは実は金塊で(^^;;;;)、貧しかった坊さんも金塊を削っては売りなどして裕福になる、、というシュールな話なんです(^^;)。
いわく、『それで初めは黄金(きがね)と言っていたのをこのことから子金(こがね)というのであろう(^^)』
、、、なんてオチもついていました(^^;)。
「陰陽師」が縁で読み始めた『今昔物語』ですが、私ってあまり小説とか読まない分?どの話も非常に面白く読めました。(「胡桃酒を飲んで溶けうせる話」とか、、好みだわ、、?)