2007年5月24日提出の
上告受理申立理由書

閲覧制限の申請がされているため
被告側の姓名は匿名として公開致します

尚以下は弁護団作成の上告理由書を元に
HP用に加工しております。




平成19年(ネ受)第257号 損害賠償請求上告受理申立事件
上  告  人
須 藤 光 男  外1名
被 上 告 人
栃 木 県  外2名

上 告 受 理 申 立 理 由 書

2007(平成19)年5月24日

最高裁判所 御中


上 告 人
須  藤  光  男
同           上
■  ■  ■  ■
上告人ら訴訟代理人弁護士
大  木  一  俊
同           上
若  狭  昌  稔
同           上
田 名 部   哲  史






(目次)

第一部   栃木県の責任
第1
  正和君に対する加害行為についての警察官の認識状況及び結果回避の可能性に  ついての原判決の法令解釈の誤りについて
  はじめに
  11月1日時点での警察官の認識状況及び結果回避可能性についての判断に経験  則ないし採証法則違反が存すること
  11月25日時点での警察官の認識状況及び結果回避の可能性についての判断にも 経験則違反ないし採証法則違反が存在する
第2   因果関係についての原判決の法令解釈の誤り・判例違反について
  原判決の因果関係論についての法令解釈の誤りと判例違反
  原判決の事実認定によっても、正和君救出の蓋燃性が認められるのであって、原判 決には経験則違反ないし相当因果関係に関する解釈の誤りが存する
第3   損害認定についての原判決の重大な法令解釈の誤り
  50パーセントの過失相殺をすることの法令解釈の誤り
  慰謝料額を減ずることの法令解釈の重大な誤り
  弁護士費用を認めないことの法令解釈の重大な誤り

第二部   親の責任
第1   被控訴人■■らの■■に対する監督義務違反の有無について原判決に最高裁判例 と相反する判断があること及び原判決の法令解釈の誤りについて
  原審の判断の問題点
  未成年者の監督義務者の義務違反に関する最高裁判所判例
  昭和49年3月22日最高裁判例を本件に具体的に当てはめた場合の結論
  まとめ
第2   「■■に対して一般的な監督義務を尽くしてもその効果を期待しがたい状況にあっ   た」とする原判決の判断の法令解釈の誤りについて
  原判決の問題点について
  そもそも被控訴人■■らは原判決の言う一般的監督義務すら果たしていなかった
  被控訴人■■らが監督義務を尽くせば本件犯行は回避できた点について
  最高裁平成18年2月24日第二小法廷判決(平成17年(受)内882号損害賠償請  求事件)と本件は事案を全く異にしている
  まとめ
結語



第一部 栃木県の責任

第1
  正和君に対する加害行為についての警察官の認識状況及び結  果回避の可能性についての原判決の法令解釈の誤りについて

  はじめに

  正和君に対する加害行為についての警察官の認識状況及び結果回避の可能性についての原判決には、以下に述べるとおり、民事訴訟法247条の解釈を誤った経験則ないしは採証法則違反があり、且つ、この違反がなければ原審の判断は異なったものとなっていたことが明らかであるから、速やかに取り消されなければならない。

  11月1日時点での警察官の認識状況及び結果回避可能性につ いての判断に経験則ないし採証法則違反が存すること

(1)
  1審判決と原判決の違い
 1審判決は、「■■主任ら石橋警察署警察官において、正和が、同行している加害者らから暴行を受けて借金の申入れをさせられ、加害者らが利得している可能性を想起することが可能であって、遅くとも11月1日には、正和に対する身体や生命等に対する危険が切迫していることを認識していたか、仮に認識していなくとも十分認識できたと認めるのが相当である。」として、11月1日時点での正和君の生命又は身体に対する危険について認識の可能性を認め(1審判決51頁)、「石橋警察署警察官が、■■及び■からの事情聴取等に基づいて、正和が、同行している加害者らから暴行あるいは強迫を受けて借金の申入れをさせられ、加害者らが利得している可能性を想起し、正和に対する身体や生命等に対する危険が切迫していることを認識できていたとすれば、■■及び■の被害届は当然受理されていたと認められるから、生活安全課から刑事課等へ事件の引継ぎはあるにせよ、加害者らによる正和に対する暴行や傷害をも視野に入れた形で、恐喝事案として捜査を開始することに何らの支障は認められない。」とした(1審判決59頁)。
 しかし、原判決はこの判断を覆し、「■■と■は、石橋警察署警察官の■■主任により、両名が詐欺又は恐喝の被害者として事件を立件できるかどうかの観点から事情を聴取され、■■主任に対して、■■は、9月30日に、■は、10月6日と同月25日に、それぞれ正和に金員を貸すことになった経緯について説明し、車の中に連れ込まれたこと等、同人らが威圧を受ける状況が存在したことについては説明がなされたが、正和が被害者であるかどうかについて話題が及ぶことはなく、正和がけがをしていた事実について、■■又は■が述べたことはあったが、正和を被害者とする監禁又は暴行を示唆するまでの内容ではなく、■■主任は、これを聞いても正和が監禁又は暴行行為の被害者となっていることを認識することはなく、■■及び■についても、同人らの説明した事実関係のみでは、正和が土下座をして借金を頼んでいたことなどの状況も考慮すると恐喝等の被害に遭ったと判断できなかった。」(原判決15頁)として、11月1日時点での正和君の生命又は身体に対する危険について認識の可能性を否定した。
このように、1審判決と原判決で判断が違った最大の原因は、11月1日に■■及び■が■■主任に対して正和君の怪我の状況を述べたかどうかについての事実認定に経験則違反ないし採証法則違反があるからである。

(2)
  原判決の判断の根拠
 1審判決は、■の「また、そのころ石橋警察署に呼ばれて、警察の人からも、お金を貸したときの状況を聞かれたので、説明をしました。昨年10月25日に会ったとき、須藤君は、顔があちこち腫れ上がり、顔にいくつもの小さな傷があり、殴られているようであったことも話しました。」(甲55)、「1回目と2回目のことをひととおり全部話しました。(正和君が顔にけがをしているとか傷があるとか、そういうことは話しましたか。)話しました。(それと、あなたが無理やりのような形でお金を貸したことも話しましたか。)話しました。(4人に囲まれたことも話しましたか。)はい。」(証人■の証人調書47項〜51項)、「(警察でいろいろ聞かれて、あなたのほうでしゃべるということになると思うんですけれども、あなたの感じた構図ですね、須藤君はあなたに対してほかの3人と一緒にお金を要求しているけれども、須藤君も一緒に被害に遭っているんじゃないかというような構図は話したんですか。)多分、話したと思います。」(同172項)との供述に信用性を認めた。
 これに対して、原判決は、上記のとおり「正和が被害者であるかどうかについて話題が及ぶことはなく、正和がけがをしていた事実について、■■又は■が述べたことはあったが、正和を被害者とする監禁又は暴行を示唆するまでの内容ではなく、」とし、且つ、「この事実を社内で明言していたとすれば、正和に対する日産自動車の認識も前記と異なるものとなり、正和が諭旨免職となることもなかったと考えられる上、司法警察官に対する供述は、被害届の趣旨に従って聴取される可能性が高く、恐喝被害を離れて正和の負傷を積極的に申述したとの事情もうかがえないから、■■及び■が本件犯行期間(9月29日から12月2日まで)当時に栃木県警察官に対して正和の負傷について申述を行ったとは認め難い。」として、正和が負傷していた旨を■■主任に伝えたとの■の供述の信用性を否定してしまったことにより、11月1日時点での正和君の生命又は身体に対する危険について認識の可能性を否定してしまったのである。

(3)
  原判決が根拠とした事実認定自体に経験則違反ないし採証法   則違反が存在する

  ■及び■■が石橋警察署に出向くに至った経緯から導かれる石橋警察署での  聴取内容
 

 そもそも、■及び■■が11月1日に日産自動車株式会社工場(以下「日産」という)の上司に伴われて石橋警察署に出向くに至った経緯は次のとおりである。
10月28日、上告人光男から■■の言っていることが嘘であるのでもう一度調査をしてもらいたい旨の訴えがあり、丁度そのころ、■及び■■も正和君に金を貸していたことが判明したことから、日産の上司らが■及び■■から事情を聞いたところ、正和君は■■ら3名の男と一緒にいたことが明らかとなったにもかかわらず、■■にその事実を確認すると「知らない。」の一点張りで、嘘を言っているのは■■であることが判った(甲77の4〜7)。
 また、日産の上司らが、■及び■■から事情を聞いた際に、お金は正和君に対して貸したものの、■■ら3名も「貸してやれよ。」などと言っており、正和君は■■ら3名から暴行を受けて顔が腫れたりして様子で、もし、貸すのを断った場合には自分たちも正和君のようにされるのではないかと怖くなって貸したことが判明した。
そこで、日産の上司らは、■及び■■が恐喝の被害者として被害届を出せば、正和君の行方を辿ることができると考え、■及び■■を連れて計6名で石橋警察署に出向いたのである。
 甲77の7に「石橋警察へ被害届に行く」とあり、また甲77の4に「■■から正和君の所在を聞き出せなかったので、正和君の行方の糸口を探るべく、正和君が金を借りた■君、■■君と上司・・・の6人で石橋署へ事件相談に出向く。」とあるのは、このことを意味していると見るべきなのである。
 そうである以上、■及び■■において、正和君に金を貸したのは、■■ら3名から威圧を受け恐ろしくなったためであるということを警察官に説明するのは当然のことであり、これに加えて、正和君と■■ら3名との関係がどうであったのかを説明しないはずはない。また、正和君が■■ら3名に殴られ顔が腫れていたようであることも説明するのが、自然の流れであると見るべきが経験則に合致している。

  ■及び■■は正和君が被害者であることを警察官に説明したということを経験  則違反ないし採証法則違反により看過したことについて

 原判決は、「車の中に連れ込まれたこと等、同人らが威迫を受ける状況が存在したことについては説明がされたが、正和が被害者であるかどうかについて話題が及ぶことはなく」とする。
 しかし、■及び■■が正和君に金を貸した際に、威迫を受ける状況が存在したことを説明した以上、これを聴取した警察官としては4人の内の誰から威迫を受けたものかについて質問するのが当然である。そうすると、■及び■■において、それが正和君を除く3名からの威迫であることは当然述べるだろうし、その反面として、■及び■■において、正和君は他の3名から無理やり借用の申込みをさせられている状況にあると認識していたのは事実であるから、同人らがその認識を■■主任に説明するのも、これまた当然のことである。
 よって、「正和が被害者であるかどうかについて話題が及ぶことはなく」との原判決の認定は、明らかに経験則に反するものである。

  ■及び■■が正和君を被害者とする監禁又は暴行行為の存在を示唆する事  実を述べたということを経験則違反ないし採証法則違反により看過したことにつ  いて

 原判決は、「正和が怪我をしている事実について、■■又は■が述べたことはあったが、正和を被害者とする監禁又は暴行行為の存在を示唆するまでの内容はなく」と認定する。
 しかし、この点についても、正和君が怪我をしていることを説明する以上、怪我の状況や程度について説明するのは勿論のこと(警察官であれば当該事項についての質問をすることは当然である)、そうすると、■及び■■において、それが正和君と一緒にいた「■■ら3名の怖い奴らから受けた暴力によると思います。」、といったことを説明することは自然の流れであるから、この認定もまた明らかに経験則に反するものと言わなければならない。
 また、原判決が、「司法警察官に対する供述は、被害届の趣旨に従って聴取される可能性が高く、恐喝被害を離れて正和の負傷を積極的に申述したとの事情もうかがえない」と認定する点についても、「正和が怪我をしている事実について、■■又は■が述べたことはあったが」とする部分と矛盾する認定である上、上述した被害届に至った経緯、■及び■■が実際に体験した事実に照らすときは、■の供述調書(甲55)や法廷での証言(第17回口頭弁論磯証人調書49項〜51項、第18回口頭弁論証人調書87項、172項。〜177項)のとおり、少なくとも■において、積極的に正和君の負傷の事実を申告したと見るべきであるから、これまた経験則に反し、且つ、正当な理由もなしに本来信用性が認められるべき■の供述の信用性を否定した点において、採証法則に反する認定と言わなければならない。
 なお、■■は「正和君の顔の状況は話しましたか。」という質問に対して、「話したと思うんですけど、ちょっと記憶が・・・。」と答えているが、これは、■■においては、■■主任から「おまえがそういう格好をしているからそういう目に遭うんだ」等と言われて(第17回口頭弁論証人調書97項)、まともに話を聞いてもらえなかったという印象の方が強烈に残ってしまったからである(128項)。

  正和君の諭旨退職を根拠に警察の認識を認定することは不合理である


 原判決は、「この事実(正和君が監禁又は暴行被害に遭っていたこと)を(■及び■■が)社内で明言していたとすれば、正和に対する日産自動車の認識も前記と異なるものとなり、正和が諭旨免職となることもなかったと考えられる」とする。
 しかし、日産では無断欠勤が続いた場合は、通常であれば懲戒解雇となるのに対して、正和君から11月24日付けの退職届けが出されたことから同日付けの諭旨退職としたに過ぎず(丙33)、正和君が被害に会っているかどうか詳しく詮議してのものではない。
 上記のとおり、日産の上司が■及び■■を伴って石橋警察署を訪れたのは、日産の上司としても正和君が犯罪被害に遭っていると推測されることから、警察に詳しい調査をして欲しいと考えたからであり、石橋警察署の署員らがこれに答えてきちんと捜査をし、正和君が監禁及び傷害の被害者であることを明確にしていれば、正和君は諭旨退職となることもなかったのである。
 諭旨退職となったのは、捜査機関によって事実関係が明らかにされなかった結果に過ぎない。■及び■■は、日産の上司に対しても石橋警察署署員らにも正和君が犯罪被害に遭っていると推測される事実を話していたのである。
 それにもかかわらず、石橋警察署署員らの偏見と怠慢による結果を以て、■及び■■の法廷での証言を退けただけでなく、同人らが日産の上司に対しても、正和君が暴行の被害を受けていることを話さなかったから正和君は諭旨退職になったなどとするのは、明らかに経験則ないし採証法則違反が存在する。

  1審判決の判断の正当性について

 上記(1)ないし(4)の事実に加えて、■の検察官に対する供述(甲55)及び法廷での供述(第17回口頭弁論及び第18回口頭弁論証人調書)の内容は自然で無理がなく、また、同人には嘘を述べる理由もないことから、同人の供述に信用性を認めて、11月1日に■及び■■から事情聴取を行った時点で、石橋警察署署員らには正和君の生命又は身体に対する具体的危険性の予見可能性があったとした1審判決の認定は、これこそが採証法則を適法に行った結果であり経験則に合致した判断というべきである。

  結論(11月1日の時点における警察における認識可能性と結果回避可能性)

 以上のとおりであるから、11月1日時点では石橋警察署署員らには正和君の生命又は身体に対する具体的危険性の予見可能性がなかった、とする原判決の認定には、経験則及び採証拠法則に反する違法がある。
 そして、この時点で、1審判決がいうように「石橋警察署警察官が、■■及び■からの事情聴取等に基づいて、正和が、同行している加害者らから暴行あるいは脅迫を受けて借金の申入れをさせられ、加害者らが利得している可能性を想起し、正和に対する身体や生命等に対する危険が切迫していることを認識できていたとすれば、■■及び■の被害届は当然受理されていたと認められるから、生活安全課から刑事課等への事件の引継ぎはあるにせよ、加害者らによる正和に対する暴行や傷害をも視野に入れた形で、恐喝事案として捜査を開始することに何らの支障は認められない。」(59頁)のであり、この時点で、石橋警察署警察官において、正和君が借金をした相手からの事情聴取を手始めに捜査を開始していれば、正和君が12月2に殺害される以前にその身柄を確保し得た蓋然性は極めて高いというべきである。
 にもかかわらず、原判決は、そもそも11月1日時点では石橋警察署警察官らには正和君の生命又は身体に対する具体的危険性の予見可能性がなかったとして、1審判決を覆す判断をしたのであり、これは民事訴訟法318条1項の「法令の解釈に関する重要な事項を含む」ものに該当するから、本件上告受理申立が認められた上で、原判決は破棄されなければならない。
 なお、仮に、11月1日時点では予見可能性が認められないとしても、11月3日には、上告人光男において、■■主任に対し、正和君が同級生の■■に借金の申入みに来た際に、右腕の肘から先に包帯が巻かれており、右ほほには新しいあざがあったことを伝え、さらに、11月9日には、少年補導嘱託員に対して、■■が10月27日に「正和の他に3人居るので逆恨みが怖い」と述べたことや「(正和君は)右腕に包帯を巻いていた。」と述べていたこと、11月2日には「正和は頬にまだ新しい傷が有った。」と述べていた旨の記載のある「須藤正和の動き」(丙8の1)を渡していることに照らせば、遅くとも、11月9日の時点では、石橋警察署警察官らには正和君の生命又は身体に対する具体的危険性の予見可能性があったと見るべきである。
 そして、この時点において捜査を開始したとしても、正和君が12月2日に殺害される以前にその身柄を確保し得た蓋然性は極めて高いというべきであるから、これを認めない原判決の認定には、経験則に反する違法があり、これは民事訴訟法318条1項の「法令の解釈に関する重要な事項を含む」ものに該当するから、本件上告受理申立が認められた上で、原判決は破棄されなければならないのである。



  11月25日時点での警察官の認識状況及び結果回避の可能性  についての判断にも経験則違反ないし採証法則違反が存在する

(1)
  はじめに

 前述のように、11月1日、遅くとも9日には警察の過失が認められるべきであるが、仮に11月25日時点で初めて過失があったとしたとしても、原判決の事実認定は経験則に違反する。

(2)
  警察官職務執行法に対する誤った解釈

  原判決の内容
 原判決は、11月25日に亡洋子が東京の銀行から連絡があったことを警察に連絡したことについて、「正和が重大な暴行、傷害事犯の被害者となっているとの認識までには至っておらず、亡洋子が、同日、このような切迫した事実を告げて救済を求めたものと認めることはできない。」が、「東京の銀行からの連絡内容から正和の負傷を懸念して正和の救済を求める気持ちから警察に連絡を入れたものであり、亡洋子が告げた東京の銀行からの連絡内容は、東京の銀行での第三者(銀行員)が異常と感じた火傷の状況であり、その程度は、現認した者が直ちに地元警察に連絡するほどではなかったとしても、正和の負傷に関する客観的資料に関わるという点て、財産犯という枠組みから正和への傷害に関する捜査の依頼という性格を持つものであるから、栃木県警警察官としては、これを真摯に受け止め、東京の銀行からの撮影画像の取寄せなど、適切な対応をとるべき義務があったということができ、失念により、これを怠ったことには職務上求められる注意義務違反(過失)があったというべきである。」としている。

  原判決には警察官職務執行法に関する重大な解釈違反がある

 しかし、亡洋子が、正和君が重大な暴行、傷害事犯の被害者となっているとの認識までには至っていないという事実認定自体およそ経験則に反するものであるが、原判決が根本的に誤っているのは、警察の捜査内容が被害者の依頼内容に依存すると判断していることである。警察は、被害者からの依頼に基づいてその範囲で捜査等を行うものではない。警察は一審判決が認め、原判決も是認しているとおり、警察法2条1項により、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他の公共の安全と秩序の維持に当たることをもってその責務とされていることに基づいて捜査等の必要な権限行使をするのであり、その責務を達成するために、警察官職務執行法5条により、警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のために関係者に必要な警告を発し、また、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受けるおそれがあって、急を要する場合においては、その行為を制止することができるとされているのである。そしてそれは権限であると同時に職務上の義務なのである。

  小括

 このように、警察官は、被害者からの依頼に基づいてその範囲で捜査等を行うものではないのであって、亡洋子が、正和君が重大な暴行、傷害事犯の被害者となっているとの認識までには至っていないからといって、警察官は正和君を被害者とする重大な暴行事件ないし傷害事件について認識しなくて良いとか、真剣に対応しなくても良いとか、そういうことにはならないのである。


(3)
  11月25日時点の警察官の認識可能性

 そもそも正和君の両親は、11月1日に会社の■及び■■が石橋警察署を訪問した事実を全く知らず、乏しい情報からしか正和君の現状を判断できなかったのであった。
これに対し、石橋警察署警察官は、■■からの聞き込みによって恐喝の前歴のある■■が関与していることや11月1日の■及び■■の供述によって正和君が■■らから暴行を受けている事実を把握していたことに加えて、上告人光男からの11月3日の「右腕の包帯やほほのあざ」の情報、11月9日の「須藤正和の動き」の提出により、情報を蓄積してきていたのであり、そのうえ11月25日に亡洋子から上記銀行での情報がもたらされたものであるから、これらの情報を踏まえて正しく判断するならば、石橋警察署署員が11月25日時点で「正和が重大な暴行、傷害事犯の被害者となっている」と認識すべきであったことは誰の目にも明らかである。

(4)
  結論

 以上のとおり、主要命題である警察官の認識を何ら吟味することなく、両親の認識のみで、職務上の義務を論じるのは、そもそも論理飛躍であって、およそ経験則に則った判断とは言えないものであるが,それにとどまらず、原判決には、警察法・警職法についての重大な解釈の誤りが存在し、ひいては国家賠償法1条1項の解釈についての重大な解釈の誤りが存在する。

 
第2
  因果関係論についての原判決の法令解釈の誤り・判例違反につ いて

  原判決の因果関係論についての法令解釈の誤りと判例違反

(1)
  原判決の因果関係論

 原判決は、前記のような誤った姿勢のもと、「上記過失がなかったとしても、正和の殺害を阻止し得たとは認められないが、正和の殺害を阻止することにつき3割程度の可能性はあったというべきであり」、「以上によれば、11月25日の亡洋子の捜査依頼を失念したことは、国家賠償法1条1項との関係において違法と評価することができ、また、これにより正和の死亡を阻止する可能性(3割程度の生存可能利益)が侵害されたものということができる。なお、ある過失がなければ有意の割合による延命可能性がある場合の延命可能利益の侵害による損害は、医療過誤に伴う不法行為においては論じられているところであり、過失が認められるが、この過失と生命といった重大な法益侵害との間に相当因果関係が認められないものの、有意な割合での結果回避の可能性(生存可能利益)が認められる場合には、同様の取扱を否定すべき理由はない。」などとして、医療過誤における延命可能利益の侵害の論理を本件に適用している。

(2)
  医療過誤における延命可能性についての判例

 原判決が根拠とする医療過誤における延命可能性についての最高裁判例は、医師の過失と患者の死亡との間に因果関係があるというためには、当該過失が患者の当該時点における死亡を招来したこと、すなわち、医師が注意義務を尽くして適切な診療を行っていたならば、患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認し得る高度の蓋然性が証明されれば足り(最一小判平成11年2月25日民集53巻2号235頁)、また、死亡時点での延命可能性についての高度の蓋然性すら認められない場合でも、適切な医療が行われていたならば患者がその時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明される場合には、医師は患者がその可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う(最二小判平成12年9月22日民衆54巻7号2574頁・最三小判平成15年11月11日民集57巻10号1466頁)というものである。
 原判決は、本件警察の行為に後者の判例の事案と同様の判断をしようとしたものと思われる。
 なお、下級審ではあるが、交通事故車内で倒れていたのを酔って寝ていると思って救護せずに立ち去った警察官の行為について、救命できたとまではいえないが、相当程度の延命可能性が認められるとして、医療過誤事件でない事案に同様の判断を下して損害賠償を認めている例がある(横浜地判平成18年4月25日判決判例時報1935号113頁)。しかし、当該裁判例と本件とは、警察官の行為が介在する点で共通するものであるが、当該判例は、警察官が立ち去らずに適切な対応を執ったとしても結果発生を回避し得た事案ではなく、本件のごとく警察官が適切な警察権の行使を行ったとしたならば正和君殺害という結果を回避し得た事案とは全く異なる。

(3)
  原判決の判例違反

 上記最高裁判例は、「その死亡の時点」での生存可能性を判断することにより、従来極めて困難であった医療過誤における患者側の因果関係の証明責任の負担を軽減することに意義があるものであるが、いずれの事案も、病気等により早晩死の結果は免れなかったという事案であるが故に、生存可能性自体が過失行為との因果関係の存否に直結する事案である。

 ところが、本件では、正和君は病気等により早晩死の結果は免れなかったという状況にはなく、警察が行動を起こしてさえいればまさしく結果回避、すなわち正和君の無事な救出ができていたものであり、「生存可能性」というようなものが問題となる事案ではない。警察の違法な不作為が認定されるのであれば、まさに「あれなければこれなし」の関係,すなわち因果関係が認められるべき事案である。

 したがって、原判決には、上記最高裁判例と同様に論じることのできない本件に対して、上記最高裁判例の解釈を誤って適用したという最高裁判例と相反する判断が存在する。
 また、原判決には、民法709条の相当因果関係の解釈に関する重要な事項についての判断の誤りが存在する。
 よって、民事訴訟法318条1項によって上告受理されるべきである。

(4)
  原判決の理由不備

 さらに、原判決の延命可能性「30パーセント」という確率には何の根拠も論証もなく、「このくらいは助かったかもしれない」という裁判官の感想を述べるに過ぎないものであるところ、このように何らの理由も示さずにした「30パーセント」という判示には、民事訴訟法253条第1項3号が判決に理由を記載しなければならないとする解釈を誤った違法があり、民事訴訟法318条1項によって上告受理されるべきである。



  原判決の事実認定によっても、正和君救出の蓋然性が認められる のであって、原判決には経験則違反ないし相当因果関係に関する解 釈の誤りが存する

(1)
  警察の作為義務の内容

 そもそも、原判決は、強制捜査が不当に広く認められてはならないという理を持ち出して、警察の為すべき行為の範囲を極めて狭く解しているが、本件で求められる行為は、正和君の所在を確認して安全を確保することであり、被疑者を殺人罪や傷害罪で逮捕することではない。

(2)
  原判決が認定する警察の作為義務

 原判決は、@銀行窓口の撮影画像を取り寄せ、A正和君の両親の意見を聞き、B東京の窓口行員から正和を現認した際の状態を聴取すれば、「正和が重度の火傷を負っていたことを把握することが可能であり」、これと平行してC■、■■、■■に対して正和への暴行、傷害事犯という観点から事情を聴取し、D既に借入額は11月26日時点て判明していた額でも516万円(甲57)という、勤労青年の立場では考えられない金額に達していること、E不良グループには恐喝の少年犯歴のある■■が加わっていることも考慮すれば、「11月28日ないし29日には、正和の不良グループヘの参加が暴力による強制に基づくという可能性も考慮することが可能となり、正和の負傷が十分に事件性を有するとの嫌疑に達し得たものということができる。」と認定し、「上記嫌疑に基づく捜査手順としては、」「正和の生命への切迫した危険を予想しての緊急、広範かつ集中的な捜査の必要性までを認識し得たということはできないが、正和の所在を確認して、職務質問をするなどの強制捜査によらない方法によって正和の負傷の程度を確認し、その身柄を保護することは検討し得たものといえる。」としているのであるが、ここで述べられていることは、両親の捜査の依頼に基づいて警察がなすべき義務がありながらそれを怠ったという「適切な対応」そのものであり、ただ、「検討しえた」というものではなく、警察法・警職法上の義務として、「そうすべきであった」というだけのことである。

(3)
  原判決の経験則違反

 そして、これらの行為をしてさえいれば、正和君を殺害前に発見し、身柄を確保することはできたと誰もが考えるであろう。ところが原判決は「加害者ら及び正和は、車を使用するなどして居所を転々としており、加害者らが正和に対する家出人捜索願が提出されていることを認識していたこと」のみによって「正和君の殺害を阻止し得たと高度の蓋然性をもって認めるには足りない。」とするのである。明らかに経験則に反する。

(4)
  原判決の事実認定によれば、11月25日以降も結果回避の蓋然性が認められ るべきこと

 さらに原判決は、高度の蓋然性はないといいつつ、「@11月26日以降も正和から正和両親に対する無心の電話が頻繁にあり、従前の加害者らの行動の態様からすれば、これらを利用して正和の居所を探知したり正和を誘い出す余地は十分にあったとみられること、A加害者らが移動に使用している車両の登録番号は既に判明していたこと、B加害者らが11月28日には■■の両親の家に立ち寄り、C12月1日には■■が被上告人■■らの家に立ち寄っていること、さらには、D11月28日から12月2日の開け加害者らは栃木県内において行動していたこと」を考慮して、「殺害前に正和を発見し得た可能性も3割程度はあったものと認めることが相当」とするのであるが、これだけの事実があれば、警察が動いてさえいれば、正和君が無事救出された可能性は100パーセント、そうでなくとも十中八九は救出可能であったと考えるのが、経験則に従った常識的な判断であろう。これが30パーセントしか無いなどと誰が言えるのであろうか。
したがって、11月25日以降も十分に正和君を救える高度の蓋然性があったというのが、原判決の認定事実から導かれるべき結論である。

(5)
  結論

 原判決はその事実認定においては警察の作為義務違反を認めつつ、結論においては、経験則上これと相反すると思料される認定を行っているのであり、明らかに論理矛盾に陥っている。
 本件は、重大な経験則違反が存在するのであるから、民事訴訟法318条1項によって上告受理されるべきである。



第3
  損害認定についての原判決の重大な法令解釈の誤り

  50パーセントの過失相殺をすることの法令解釈の誤り

(1)
  原判決の認定

 原判決は、さらに、損害額の認定において、「本件は、正和の無断欠勤の当初から、加害者らの威迫により正和が加害者らへの従属関係に陥ったために被害者である正和が衆人環視の中を加害者らと行動を共にし、勤務先、同僚のみならず、両親に対しても、自らの意思による如くにうそをついたり金員を無心したりすることを強制されながら、2か月という短期間で破局に至った事案であり、このような立場に追い込まれた正和の立場は極めて痛ましいものであり、正和本人に非難されるべき点はないが、控訴人栃木県に対する正和の請求権として考慮する限り、正和の上記行動が、栃木県警警察官に対して、被害者であることを認識することの妨げとなり、正和を素行不良者グループの一員であると誤認させる原因となった」などと全くの被害者であった正和君の行動に基づいて過失を認め、「損害の分担という観点からは、控訴人栃木県において全額を負担すべきものではなく、民法722条2項を類推し、控訴人栃木県が負担すべき範囲は5割をもって相当と解される。」として、損害額について50パーセントの過失相殺をしている。

(2)
  法令解釈の誤り

 原判決が過失相殺をする根拠として上げる正和君の言動は、■■らの壮絶なリンチによって強制されていたものであり、正和君の自由意思によるものでないことは、関係証拠から明らかである。しかも、栃木県警察は、正和君の両親や同僚らの訴えにもかかわらず、正和君がこのような状況にあることを見抜けず、正和君を死に追いやってしまったこともまた明らかである。加えて、原判決が過失相殺をする根拠として上げる正和君の言動は、前述した生存の可能性を30パーセントとした根拠と本質的に同一のものであり、原判決は、正和君の生命侵害に対する賠償額を認定するに当たって、正和君が強制されて行った言動を、二重に不利益な方向で用いている。
 にもかかわらず、正和君の言動を栃木県警察の責任を軽減する方向で過失相殺に用いるのは、過失相殺制度の根幹にある損害の公平な分担の指導理念に反し、民法722条2項の解釈を誤ったものと言わなければならない。

(3)
  したがって、原判決には、民法709条、722条の不法行為及びこの根底にある被害者救済と損害の公平な分担に解釈に関する重要な事項についての判断の誤りが存在する。
よって、民事訴訟法318条1項によって上告受理されるべきである。


  慰謝料額を減ずることの法令解釈の重大な誤り

(1)
  原判決の慰謝料額認定

 また、原判決は、その前段において、慰謝料額についても警察は加害者と同列に論じられないなどとして警察の過失に基づく独自の慰謝料額を認定している。

(2)
  原判決の法令解釈の誤り

 しかしながら、前述のとおり、遅くとも11月9日には栃木県警察の過失が認められるべきであるが、しかし、仮に11月25日時点で初めて過失があったとしても、真摯な対応をしていれば、正和君が十分救出しえたにもかかわらず、何ら対応をせずに、死に至らしめてしまったものであり、非難の程度は極めて高いものである。したがって、原判決の認定する慰謝料額認定は誤りである。
 さらに前項のごとき「損害の分担」に基づく過失相殺をしているものであり、民法709条及び722条を超えた損害の分担を正和君に課している。
このような原判決の判断は、民法709条及び722条の解釈を誤っただけでなく、後述のように弁護士費用を認めないことも含め不法行為における損害賠償額認定の確立した判例理論にも全く反するものである。
 したがって、民事訴訟法318条1項によって上告受理されるべきである。

  弁護士費用を認めないことの法令解釈の重大な誤り

(1)
  原判決は最高裁判所の判例と相反する判断が存する

 原判決は第1審で認定された弁護士費用について認めないという判断をした。しかし、この判断は、最高裁判所第一小法廷昭和44年2月27日(昭和41(オ)第280号・民集23巻2号441頁)と相反する判断である。

(2)
  最高裁昭和44年判決の要旨

 思うに、わが国の現行法は弁護士強制主義を採ることなく、訴訟追行を本人が行なうか、弁護士を選任して行なうかの選択の余地が当事者に残されているのみならず、弁護士費用は訴訟費用に含まれていないのであるが、現在の訴訟はますます専門化され技術化された訴訟追行を当事者に対して要求する以上、一般人が単独にて十分な訴訟活動を展開することはほとんど不可能に近いのである。従って、相手方の故意又は過失によって自己の権利を侵害された者が損害賠償義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合においては、一般人は弁護士に委任するにあらざれば、十分な訴訟活動をなし得ないのである。そして現在においては、このようなことが通常と認められるからには、訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。

(3)
  原判決の判例違反

 本件のこれまでの審理経過に鑑みれば、本件は、上告人が単独で十分な訴訟活動をすることが不可能なことは明らかな専門訴訟の範疇に属することは明らかである。
しかるに、原審は、控訴人県の過失を認め、被控訴人らの損害賠償請求を一部認容しながら、第1審で認容された弁護士費用の全部について何ら判断することなく判決を言い渡した。
よって、原審の判断は、最高裁昭和44年判決の判断と相反している。





第二部   親の責任


第1
   被上告人■■らの■■に対する監督義務違反の有無について  原判決に最高裁判例と相反する判断があること及び原判決の法令 解釈の誤りについて


  原審の判断の問題点

 原判決は、「被控訴人■■らにおいて、本件事件の発生を具体的に予見し又は認識し得たと認めるべき証拠はないから、上記予見、認識に基づき(この上記予見及び認識が何を指すのかについても原判決からは不明確ではある)、本件事件の発生を防止又は中止させるための具体的な監督義務」は存在しないとして、被上告人■■らの■■に対する監督義務違反を否定した。
しかし、この判断は、以下に述べるとおり、最高裁判所の判例に反し、民法709条の解釈を誤ったものといわなければならない。

  未成年者の監督義務者の義務違反に関する最高裁判所判例

 最高裁判所昭和49年3月22日第二小法廷判決(昭和47年(オ)第1067号・民集28巻2号347頁、以下「昭和49年3月22日最高裁判例」という)は、「未成年者が責任能力を有する場合であっても監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係を認めうるときには、監督義務者につき民法709条に基づく不法行為が成立する」としたが、文言から明らかなとおり、この判例は、監督義務者における未成年者の不法行為についての具体的予見可能性を監督義務者の義務違反の要件とはしていない。
 また、当該最高裁の事案は、中学生である未成年者Aが中学生Bに対して強盗殺人を行ったものであるところ、第1審判決及び第2審判決の内容からして、Aの親権者らにおいて、未成年者AがBに対して強盗殺人に及ぶとことについて具体的に予見し又は認識し得たとは考えられないにもかかわらず、Aの親権者らのBに対する不法行為責任を認めている。すなわち、この判決は、親権者らにおいて、未成年者Aが不良交友や万引き、喫煙、怠学などの悪性癖を有していたことを認識していたのにもかかわらず、これに真剣に対処しなかったことをもって、Aの親権者らの監督義務違反及びこれとAのBに対する強盗殺人の結果との間の相当因果関係を認定しているのであって、Aの親権者らにおいて、AがBに対して強盗殺人に及ぶことを具体的に予見しまたは予見し得たことまでを具体的に認定した上で、監督義務違反及びこれとAのBに対する強盗殺人の結果との間の相当因果関係を認めているわけではないのである。
 なお、原判決のように、未成年者の不法行為についての具体的予見可能性を監督義務者の義務違反の要件としてしまうと、未成年者を監督する親権者らにおいて、未成年者が具体的に、いつ、どこで、誰に(何に)対して、どのような不法行為に及ぶということについての予見(可能性)がなければ、親権者らには、未成年者が不法行為に及ばないように監督すべき義務が発生しないということになってしまう。しかし、これでは、監督義務者に不作為犯やが生じるような場合でもない限り、不法行為責任も負わないとするに等しく、被害者救済、損害の公平な分担をその趣旨とする民法709条以下の不法行為責任の制度趣旨を著しく阻害することになる。
 以上のとおりであるから、原判決のように、事件の発生を具体的に予見し又は認識し得たことを監督義務者の不法行為責任を認める要件とすることは、上記最高裁判例に違反し、民法709条の解釈を誤ったものという他ない。

  昭和49年3月22日最高裁判例を本件に具体的にあてはめた場合の結論

 原判決は、被上告人■■らにおいて、■■が従前から悪性癖(恐喝、暴行、傷害、暴走族や暴力団との交友等)を有していたことを認識していたとした上で、さらに、「■■が、本件犯行期間において、遊興費を得るため恐喝等の犯罪行為に及ぶことについて、一般的な予見可能性があった」と認定しているところ、この原判決の認定した「恐喝等の犯罪行為に及ぶことについての一般的な予見可能性」は、昭和49年3月22日最高裁判例を前提とする限り,同最高裁判例と第1審判決及び第2審判決の事実認定から想定される未成年者の監督義務者の義務違反の根拠となる予見可能性の内容と同程度のものなのである。すなわち、最高裁判例が要求する未成年者の監督義務者の義務違反の根拠としての予見可能性とは、未成年者が犯罪行為に及び他人に危害を加えるであろうという程度のもので十分なのであり、この判例以降に監督義務者の責任を認めた裁判例も、予見可能性については、それで十分としているのである。
 例えば、金沢地裁輪島支部昭和53年3月23日判決(判時907号94頁)では、当時17歳であった未成年者Aが、日頃から悪感情を抱いていたBに対し、飲酒酩酊の上暴行を加えて死亡させた事案であるが、Aの両親らに対し、同人らにおいて、Aの暴行事件や窃盗事件等の非行事実を認識していたとして、Aが他人に暴行を加え、その結果死亡に至らせることのあるべきことは通常予見し得べきことであるとして、家庭外で粗暴な行動に出ることを防止するため、その指導監督を全うすべき注意義務があったとしている。しかし、この裁判例では、Aの両親らにおいて、Aが日頃からBに悪感情を抱いていたことを知っていたとか、Aの両親らにおいて、AがBに対して暴行を加えてその結果死亡に至らせることについての具体的予見可能性があったなどとは認定していないし、そのような予見可能性を要件としてAの両親らの家庭外で粗暴な行動に出ることを防止すべき注意義務違反を認定しているわけではない。また、東京地裁昭和56年7月16日判決(判時1010号3頁)では、被害者Yに大けがを負わせた未成年者Xの親権者らにおいて、Xが中学生三年生の頃から酒を飲んだり、けんかして相手に傷害を負わせたりしていることを知りながら放置し、他人に危害を加えるような行為をしないようにとの一般的な生活指導を怠った結果」Xが被害者に大けがを負わせたもので、右監督義務の懈怠と本件傷害との間には、相当因果関係を認めることができるとしている。ここでも、Xの親権者らにおいて、XがYに対し、いつ、どこで、どのような不法行為に及ぶのかについての具体的予見可能性を要件とはしていないのである(ほかに、浦和地裁昭和58年11月21日判決・判タ521号169頁など)。
 そうすると、本件においても、被上告人■■らにおいて、■■が恐喝等の犯罪行為に及ぶことについての一般的な予見可能性があったのであるから、被上告人■■らには、■■をして、他人の財物、身体、自由に対して危害に及ばないように監督する義務、■■をして、暴行、傷害、監禁、恐喝、強盗、殺人行為に及ばないように監督する一般的な監督義務があったのである。
 したがって、後記のとおり、被上告人■■らは、■■に対して、上記監督義務を果たしていなかったのであるから、本件においても、被上告人■■らに対しては、■■に対する監督義務違反があったことが認められなければならない。

  まとめ

 このように、原判決には、監督義務者において、未成年者の不法行為についての極めて詳細な内容を持った具体的予見可能性がなければ、未成年者が不法行為に及んだ場合の監督義務者の民法709条に基づく不法行為が成立しないとしている点で、昭和49年3月22日最高裁判例に反する。
 また、原判決の認定した上記内容の予見可能性(これを一般的予見可能性と呼ぶならば、一般的予見可能性があれば民法709条の要件として足るということになるし、民法709条の過失の要件として、結果に対する具体的予見可能性が必要と解したとした場合であっても、原判決の認定した程度の予見可能性をもって、未成年者の不法行為に基づく結果に対する具体的予見可能性と解することができる)をもって、被上告人■■らの監督義務の発生根拠であり且つそれで足りるのであり、本件でも、被上告人■■らに対し、■■に対する監督義務違反があったと判断されなければならない。
 よって、被上告人■■らの■■に対する監督義務違反の有無についての原判決の判断には、最高裁判所の判例に反し、民法709条の解釈を誤った法令違反があり、且つ、この違反がなければ原審の判断は異なっていたことが明らかであるから、民事訴訟法328条1項により上告受理決定の上、原判決は破棄されなければならない。



第2
 「■■に対して一般的な監督義務を尽くしてもその効果を期待しが たい状況にあった」とする原判決の判断の法令解釈の誤りについて


  原判決の問題点について

 原判決は、被上告人■■らに対して、■■に対する一般的監督義務の存在を認めるものの(もっとも、原判決が一般的な監督義務とは、最高裁判例に従えば、原判決が呼ぶところの具体的監督義務と同じである)、被上告人■■らにおいて、■■に対する監督義務を尽くしていたことを理由とし、また結果の回避を期待しがたい状況であったなどとして、監督義務違反を否定した。
 しかし、原判決の事実認定に照らせば、以下に述べるとおり、被上告人■■らが、■■に対して、その当時の認識に基づき適切な指導監督を行っていたとは到底言えないものである。したがって、原判決には、民事訴訟法247条の解釈を誤った経験則違反が存在する。
 また、原判決は、監督義務を尽くしてもその効果を期待しがたい状況にあった理由について何ら合理的に説明しておらず、もって、民事訴訟法312条2項6号に基づいて判決に記載されなければならない理由を何ら示さず、したがって、同条同項同号の解釈に関して重大な誤りが存在する。

 そもそも被上告人■■らは原判決の言う一般的監督義務すら果たしていなかた

 原判決は、被上告人らは■■が本件犯行期間に恐喝等に及ぶことを予見しえたと認定しているが、それはとりもなおさず、本件事件当時、客観的に■■が恐喝等に及ぶような事実ないし状況が存在していたことを意味しているが、これに対して、被上告人■■らにおいて、■■を一般的に監督していたとは、原判決の認定した事実からしても、到底言えない。
 ところで、原判決は、被上告人■■らは、「車両事故に対して叱責するなどしていた」とか、「違法な行為を犯してはならないことへの注意をしていた」などと、お門違いのことや至極当然のことを持ち出して、監督義務を尽くしていたとしているが、■■が恐喝等の犯罪行為に及ぶであろうことを認識していた被上告人■■らに求められる監督とは、その程度のものではなく、■■をして、「他人の身体・自由・財産」に対して危害を及ぼす行為に及ばないように指導・監督することなのである。
 原判決は、被上告人■■らの本件犯行期間当時の認識にしたがった指導監督を、同人らが現実に行ったか否かに触れずに、監督義務を尽くしたと認定しており、理由不備、理由齟齬あるいは経験則違反に陥っている。

  被上告人■■らが監督義務を尽くせば本件犯行は回避できた点について

 原判決は、「■■の年齢等において、就職への指導、違法な行為をしないようにとの一般的な注意、外出先や交友関係の確認、遊興費の入手経路や使途の確認等といった一般的な監督義務を尽くしても、その効果を期待しがたい状況になっていた」などと判断している。
 しかし、前述のように、本件犯行期間において■■が恐喝等の犯罪行為に及ぶであろうことを認識することができた被上告人■■らのなすべき監督は、単なる「就職への指導」や「一般的に違法行為をしないようとの注意」ではなく、「恐喝等をしないように指導・監督」することである。しかも、第1審も原判決もその事実認定において、被上告人■■らが、■■に対し、「就職への指導」「外出先や交友関係の確認」「遊興費の入手経路や使途の確認」をした事実を何ら認定していない。
 しかるに、被上告人■■らが、■■に対し、「就職への指導」「外出先や交友関係の確認」「遊興費の入手経路や使途の確認」をしたことを前提にして、その効果を期待しがたい状況になっていたなどという判断は、論理的前提を欠く全く不合理な経験則違反の判断であり、理由不備ともいうべきものである。
 また、ここで原判決が指摘する「その効果」とは、「本件犯行を回避する」という効果でなければならないところ、「就職への指導」が本件犯行を回避する効果をもたらすとは到底言えるところではなく、論理に飛躍がある。
 ここで、被上告人■■らがなすべきであった■■に対する指導監督とは、前述のとおり、「他人の身体・自由・財産」に対して危害を加えないように監督することであり、具体的には、原判決の言うところの「外出先や交友関係の確認」「遊興費の入手経路や使途の確認」だけでは足りず、これが確認できなかったり、■■の言動に不自然な点があれば(もっとも、被上告人■■らにおいては、■■が本件犯行期間中、仕事もしていないのにもかかわらず、自動車で遊び回り、外泊を繰り返していたこと、高額な旅費がかかると思われる北海道旅行に行っていたことについての認識があったのであるから、■■を問いただして事実確認することができなかったとしても、このような認識があればそれだけで、■■の行動を不自然と考えるのが常識的である)、例えば外出や外泊を制限するとか、あるいは門限を設けるとか、少なくとも自動車での行動を制限するなどして、■■に対する指導監督を効果的に行うことができるようにすべきだったのである。
 被上告人■■らにおいて、■■に対し、「外出先や交友関係の確認」「遊興費の入手経路や使途の確認」を真摯に行い、それによって、■■や■■と行動をともにしていたこと、正和君もそこにいたこと、さらに遊興費は正和君から巻き上げたということが確認されたとすれば、■■らによる正和君殺害という本件犯行を未然に防げたことは明らかであるし、また、このような事実が確認し得ず、又は■■の言動に不自然さが認められた時点で、■■の行動の詳細が分かるまでの間、自宅謹慎や、自動車のキーを被上告人■■らにおいて取り上げるなどして、被上告人らの監督が十分及ぶ範囲に■■の行動を制限していれば、本件犯行を回避し得たことは明白なのである。

  最高裁平成18年2月24日第二小法廷判決(平成17年(受)第882号損害賠  償請求事件)と本件は事案を全く異にしている

 なお、原判決は、■■の年齢を理由の一つにあげて、被上告人■■らの監督の効果が期待しがたい状況になっていたとする。
 ■■が本件犯行期間当時19歳という年齢にあったことはたしかであるが、本件当時、就職もしておらず、もちろん就学もしていなかったものである。このような■■にあっては、経済的にも精神的にも物理的にも自律して生活する能力は無く、経済的、精神的、物理的に被上告人■■らに依存していたことは明らかである。すなわち、■■は、成人近い年齢にありながらも、被上告人■■らから金銭的な援助を受けなければ生きていけず(それ以外に正当に金銭を得る手段を持っておらず)、同人ら以外に人道を説く人物もおらず(職場の上司や学校の教師等の先人による指導・教育を期待できず)、生活の本拠としては被上告人■■らの住居しかなかった(■■が正和君殺害後に戻ってきたのも実家であった)。このような、■■を指導監督すべき監督者は、被上告人■■らの他に何人も存在しなかったのであり、また、■■は、被上告人■■らのみに依存するしか正当な生活手段を持っていなかったことからすれば、かえって、被上告人■■らにおいては、■■を監督することは容易であったとさえいえるのである。
 これに対して、平成18年2月24日第二小法廷判決の事案は、未成年者が不法行為に及んだ当時、親権者らにおいて、原判決の言う一般的予見可能性すら存在しなかった事案であり、また、未成年者が親権者らの下を離れて生活していたという事案である。したがって、上記最高裁判例は、そのような予見可能性がなく、また未成年者とは別々に生活していた親権者らにおいては、未成年者に対して及ぼしうる影響力は限定的なものであるとしたのである。
 被上告人■■らにおいて、■■が恐喝等に及ぶ一般的予見可能性を有していて、しかも■■において、被上告人■■らのみに依存するしか正当な生活手段を持っていなかった、すなわち、被上告人■■らにおいて、■■を監督することが容易であった本件とは全く事案が異なる。
よって、本件においては、■■の年齢を理由として、監督不能と即断するのは不当であって、被上告人■■らは、より真摯に■■を監督すべきあったのである。
 なお、原判決は、被上告人■■らが、過去に■■に対して行った監督、教育が結果的に適切でなかったと認められるとしても、そのことと■■の本件事件に係る行為との間に相当因果関係は認められないとするが、被上告人■■らにおいて、■■の成長過程から同人の悪性癖を認識し、過去の教育、監督の不適切さを自覚しており、そしてさらに本件犯行期間中もなお、■■が恐喝等に及ぶ一般的予見可能性を有していてのであれば、より一層真剣に■■を指導監督すべき義務が存在していたのであって、より一層真剣に■■が本件事件に及ぶことを食い止めるべき義務があったのである。

  まとめ

 以上論じたとおり、原判決には、そもそも被上告人人■■らが、原判決の言うところの一般的監督義務すら果たしていなかったにもかかわらず、これを尽くしていたとする点及び被上告人■■らが監督義務を尽くせば■■の本件犯行は回避できたにもかかわらずその効果を期待しがたい状況にあったとする点で、民事訴訟法247条の解釈を誤った経験則違反が存在するのであるから、本件を法令の解釈に関する重要な事項を含む事件であるとして、民事訴訟法328条第1項により上告受理決定の上、原判決を破棄されるべきである。


結語

 よって、本件は、原判決に最高裁判所の判例と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件に該当するのであるから、民事訴訟法318条基づいて、上告人らは、本件上告受理申立が上告審として受理されること及び原判決が取り消されること並びに相当な裁判を求める次第である。

以上





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