上申書

平成19年7月23日

最高裁判所 御中

栃木県■■■■■■■■■■■■
須藤 光男


 本年3月28日、東京高等裁判所の判決を受けました栃木リンチ殺人事件の被害者須藤正和の父須藤光男でございます。
 富越和厚裁判長が読み上げる主文に聞き入っていた私は耳を疑いました。これまでの審理において、栃木県警察の責任を認めた第1審の判断が覆される要素は何もない、また、主犯者である■■■■の両親の監督責任も必ずや認められると確信していた私は、一瞬にして司法が信じられないという疑心暗鬼に陥らされたのでした。
 しかし、まだ上告審があることに希望をつなぎ、最高裁の適正な判断を求めるために上告及び上告受理申立を行いました。最高裁におかれましては、この度、私どもが提出しました上告理由書及び上告受理申立理由書に理解を示され、■■■■及び■■■の監督義務違反、及び栃木県警察の権限の不行使の違法性並びに被害者である正和の死亡との因果関係を認めて頂きたく上申致します。



■■の両親に監督義務違反を認めて下さい

 これまで私は多くの少年事件の被害を受けた当事者と交流を持って参りましたが、被害者の多くは被害を受けなければならない原因や過失は見られず、一方的に被害者の立場にたたされ理不尽な最期を遂げています。他方、加害者側は多くのケースで、些細な理由と自己中心的な欲望から他人に危害を与え、被害者の人権をないがしろにしています。
 しかし、はじめから加害者となるために生まれてきた人はいません。多くの場合は、家庭教育に問題があるのです。
私は、宇都宮地裁での刑事裁判及び民事裁判における■■■■及び■■■■■の供述調書や法廷での証言から、■■がどのような家庭環境で育ち、教育やしつけを受けてきたのかを知ることができました。一言で言うと、警察官としての体面ばかりをつくろう厳しいだけの父■■と■■の現実の姿を見ないでただ甘やかすだけの母■■■です。また、■■■の法廷での供述は、■■への監督を間違ったことを真摯に認めることなく、自己防衛に徹する証言を繰り返し、責任をごまかそうとする姿勢が強くめだつもので、開き直りとも取れる不誠実なものでした。
■■及び■■■の両名は、定職にも付かず、従って収入もない■■に高額の乗用車を買い与え、ローンの支払いだけを■■に負わせていました。このローンは、誰が見ても、真面目に働き、無駄遣いをしないようにしなければ支払いができないものであることは明らかです。しかし、■■の恋人が、髪や服装の汚れのないことから、■■が仕事に就いていないことを容易に察したにもかかわらず、■■及び■■■はそのことに無頓着で、北海道旅行の資金や自動車ローン支払いの資金の出所についても、同様に無頓着でした。■■及び■■■が、自動車の使用とローンの支払い状況を管理する立場にあったにもかかわらず、これを怠ったことは明白です。
また、■■及び■■■は、■■が恐喝を働く可能性は十二分に認識できていました。このことは、■■の「又、恐喝でもやっているのかも」との供述から明らかです。■■及び■■■が■■に対する監督もしつけも人並みに行っていなかったためにこの事件が起きたのです。■■の凶悪な人間性を作り上げてきたのは学校の教師でもなく、ましてや地域の住民でもないのであり、■■及び■■■の無責任な子育てが原因になっているのです。
ですから、私は、同人らに、■■が正和を凄惨なリンチの挙げ句殺したことの責任があると強く思えるのです。
 近年増加をたどる凶悪少年事件を食い止めるためにも、家庭内での子供の行動を適正に監視し監督させることが抑止につながるものと私は考えております。また、子供が罪を犯した最悪の状況においては、被害者に謝罪する親の姿を子供に見せ、心から犯した罪を悔い改めさせることが本来の道であるとも思っています。
正和は殺害されずに平穏な生活を続けていればすでに27歳になります。恋愛を経験し、結婚もしていてもおかしくない歳で、もしかすると私も正和たちの子供の顔を見られていたかも知れないのです。■■及び■■■からは、他の加害者らの親達からあったような被害弁償も謝罪の言葉もありませんが、それでいいのでしょうか。それで許されるとしたら、私は非常に残念でなりません。

上告審においては、是非とも、■■及び■■■に■■の監督義務違反を認めて頂きたくお願い申し上げます。



栃木県の責任と被害者正和の死亡との因果関係を認めて下さい

栃木県の責任は100パーセントです

 第1審の宇都宮地裁では、栃木県警察の権限の不行使の違法性及びそれと被害者正和の死亡との因果関係を認めて頂きました。
 しかし、一審で栃木県の責任が100パーセントと認定されたものが、どうして30パーセントに責任を後退させられたのか、私には納得できるものではありません。
 そもそも、私たちからの調査要請に対する栃木県側の調査回答書において、被害者の捜索要請に適切な権限を行使しなかったことが、被害者の身柄を無事に保護できなかった要因であると認めたうえで、栃木県警の謝罪会見が開かれ関係署員の懲戒処分も発表されているのです。
 一審の宇都宮地方裁判所では4年の歳月をかけて詳細に審理した結果、11月1日に正和の同僚■■及び■の両名が栃木県警察石橋警察署への被害届を提出しようとしたことを認定し、この時点で捜査を開始すれば被害者を無事保護することは十分可能であったとして被害者の死亡との間に因果関係も認めました。
控訴審ではそれを覆せるだけの新しい証拠が出されなかったために、栃木県側からの控訴は棄却されるものと信じていた私は司法に裏切られた思いでいるのです。
 証人■■及び■の証言を覆せる証拠といって思い浮かぶものはただ一つ、栃木県側が警察庁に送ったとされるねつ造された疑いが濃いFAXです。これに対して、私たちは、■■及び■の両名に再度事情を聞くなどして、栃木県側の証拠は事実に反していることを改めて陳述書として提出させて頂きました。高裁の富越裁判官もその証拠に信憑性の疑いを持ち、証拠として信用しないことを明言し、一審の証拠をもって判断するとしていたのです。
 にもかかわらず、高裁は、栃木県警察の主張に引きずられ、■及び■■の供述に信用性を認めませんでした。このような裁判がまかり通るようでは今後裁判に協力しようとする証人はいなくなり、これからの裁判に悪い影響ばかりが出てくるのではないでしょうか。
 また、高裁は、栃木県警察が被害者救出のために権限を行使しなければならなかった日を11月25日に後退させ、100パーセントの責任を30パーセントにしたのですが、なぜ11月25日に変更したのか不思議としかいえません。というのは、私はその間の11月3日に、正和が連れ回されている車が■■の車であることや、腕や顔に怪我をしていることを申告しておりましたし、さらに11月9日には石橋警察署に私のまとめたメモを提出しており、その中には警察の捜査に重要な証拠となる正和を連れ回しているグループが使用する携帯電話のナンバーや、そのグループ内に■■と■■が関与しているとして二人の名前も明記してありました。このように、重要な11月3日や11月9日に触れようともしないで、25日まで認定を遅らせた高裁判断は、適切な判断だとは思えません。
 是非とも栃木県の責任を改めて認めて頂き、被害者の死亡との間にも因果関係があることを認めて頂きたいのです。


被害者に与えた相殺過失をなくして下さい

 さらに、私は、高裁の判決で被害者にも50パーセントの過失があるとされたことに大きな衝撃を覚えます。正和は■■らの暴力によって自由を拘束され、ものを言う自由も奪われていたことは明白な事実であるにもかかわらず、どうしてそれが被害者の過失となるのか、その発想の真意が私には全く判りません。

 警察官が殉職した際には二階級特進ということを良く耳に致します。しかし、何の罪もなく一方的に監禁され、恐喝とリンチの挙げ句、理不尽にも殺害されたと認定済みの被害者に対しても、裁判所は、過失があったとして被害者の名誉を著しく傷付けようとする考えのようですが、それは本当に正義にかなったことなのでしょうか。
 19歳という若さで、夢を叶えることなく理不尽にも殺害された被害者に対し、被害者にも悪いところがあった等と言う裁判官がいることを私は信じることができません。
上告審においては、このような正義に反した判断を否定し去り、被害者の名誉を一日でも早く回復してくれるよう、切に要望するところでございます。



最後に


 今回の判決で、正和の身の回りで起きている状況を素直に申告してきた私たちでしたが、私たちが正和の救出を訴えることに対し「考え過ぎである」とか、「事件になっていない」とか、挙句の果てには「麻薬でもやっているのではないか」として私たちの申告を無視し続けたことは棚上げにしたうえで、私たちの行った栃木県警察への申告が悪かったことにされております。
これが罷り通るならば、今後、警察には大げさな申告がされなければ権限が行使されないことになるし、警察官も大げさな申告にしか耳を傾けなくていいということになってしまいます。その結果、生命の危機に至らないような場合でも、「殺されそうになった。」等と虚偽の申告をするような風潮が広まることになりはしないでしょうか。
 真面目に警察業務にあたっている警察官が沢山おりますが、今回の高裁判決はそのような真面目に働き本来の警察の責務に正義感に燃えている警察官に対し、迷惑なものとなるおそれさえあります。
 高裁判決は、被害状況を忠実に申し上げていることに対し、あげ足を取るような対応をして事なかれ的に放置しておけば、大きな事件に発展したときでも責任が軽くて済むことを認めているのです。これでは、なまはんかな捜査活動をしたことで責任が重くされるなら、何も仕事をしないでいた方が良いと考える警察官が増えてしまうことになりはしないでしょうか。これでは、いくら警察官を増員したところで、決して治安の維持にはならないのと違いませんか。
 私が、11月30日に石橋警察署に■■■■及び■■■■を同行したおり、■■主任が発した「須藤さんは一体何を騒いでいるのだ。この間は大勢人を寄こして」との言葉にある「この間」というのは、11月1日に■■及び■の両名が被害届を出そうと日産自動車の上司に伴われ、石橋警察署に出向いたことを指して言った言葉です。高裁判決は、これほど「騒いだ」相談に対しても、何の解決にもつなげようとしなかった栃木県警察の間違った認識を是認してしまっていますが、それでは、より大げさなことを言わなければ警察官は助けてくれないことになってしまいます。高裁判決は、「警察には物事を大げさに申告しなければいけませんよ。」との過大申告を推奨するものではないでしょうか。

 最高裁におかれましては、以上の問題点を十分に御理解を頂き、条理にかなった適切な判断を賜りますようお願い申し上げます。        

以上


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