工場長の憂鬱
ある日、社長に工場長のGさんが呼び出されることがあった。
別にそれ自体は珍しいことではない。
なんとなく作業の片手間に耳に入ってくる話しでは、
ボックスタイプの車を引き取りに行ってくれということらしい。
だが、遠目に見ても、何故か工場長のGさんの表情が曇っているのがわかる。
まあ俺には関係ないやってんで、そのときは気にもとめてなかった。
工場長のGさんは、それから小一時間ほどでその車に乗って戻ってきた。
別段普通のボックス型のロングタイプの車両である。
俺は自分のやっていた仕事がほとんど終わっていたので、
Gさんのところへ行って話を聞いてみることにした。
「Gさん、これは何やるんだい?」
Gさんの表情は曇ったままというか、見事な仏頂面。
「ベルトの全交換とエンジンルーム洗浄だ・・・」
ぼそぼそと聞き取りにくい言葉でGさんは答える。
Gさんは、腹がたっていたり納得のいかないことがあるときなど、
ぼそぼそと愚痴を言うように話す癖がある。
だが、別に作業的にたいしたものでもないし、不機嫌の原因がわからない。
「そんなの楽勝な仕事じゃん。Gさん、なんで機嫌わりーんだい?」
「たく、なんで俺がこんな仕事・・・くそ社長が・・・」
しばらくぶつぶつ文句を言ってるGさん。
だが、その愚痴の中で気になる言葉が出てきた。
「猫だとよ・・・」
「ん?」
猫?
話しがいまいち見えない。
そこへ検査員のI.Kさんが現われた。
「Gさん、しょーがないって。手のあいてる人Gさんしかいないんだから」
なだめるように言うI.Kさん。
「だけどもよ、なんだってこんな仕事とってくるんだよ、馬鹿社長はよ!」
半キレ状態なGさん。
だが、I.Kさんになだめられて、文句を言いながらも作業にとりかかることにしたようだ。
Gさんの一言だけでは良くわからなかった俺は、
I.Kさんに、Gさんが何故そこまで不機嫌なのか、わけをきいてみた。
その内容は、恐るべきものだった。
「朝オーナーがエンジンかけたらさあ」
「ファンベルトが猫を巻きこんだんだってさ」
「ま、まさか・・・」
「そう。だからエンジンルームにゃ猫のバラバラ死体の破片がいっぱいってわけ」
うひぃ・・・
そりゃGさんでなくとも不機嫌になるわ。
話しによると、どうやら野良猫が暖をとるために暖かいエンジンルームに進入し、
そのまま眠りこけ、朝オーナーがエンジン始動。
オーナーはエンジンをかけた瞬間、猫の断末魔の叫びで非常に驚いたそうな。
オーナーがI.Kさんに語った猫の断末魔の叫びは
「ふみぎゃっ・・・・・ぶちゅびちっ」だとか。
叫びきる前にバラバラになったと思わせるに十分な表現である。
で、車体の下を見たら、血まみれの肉片だらけ。
そこで整備屋に連絡したということが、ことの顛末らしい。
気の毒にGさん。
だが、作業はやらねばならない。
Gさんは清掃を後回しにし、見えるところに散らばった毛や肉片をエアガンで飛ばし、
作業できるような状態にしてからベルトの交換を始めた。
作業自体は慣れたもんだから問題はない。
そして、問題は作業が終わってから発生した。
「スチーム使うから他の車どかしてくれ」
洗車場でGさんが言い放ち、他の車をよける間もなくスチームクリーナー使用。
最大圧力で・・・
飛び散る猫の毛
毛以外にも、何か赤茶けた破片がちらほらと
不機嫌極まりないGさんのはらいせ(エンジンルーム洗浄)は終了し、
Gさんは車を洗車場から移動させた。
その後に肉片を残しつつ。
その悲惨な状況の洗車場にI.Kさんが近づくと、とつぜん声をはりあげた。
「おわぁぁぁ!」
なんだろうと近づいて見てみると、そこには・・・
ちぎれた猫の手が落ちていた
「うわ〜・・・原型きっちりとどめてるよ」
「猫の手・・・」
そこで俺は言わなくても良いことを思わず言ってしまった。
「猫の手も借りたいほど忙しいって言ってる奴のところに持っていきてぇ・・・」
「・・・」
「全然笑えねえ・・・」
I.Kさんの冷たい視線が痛かった。
笑いを取るには、その猫の手は生々しすぎた。
結局猫の手はゴミ箱へ捨てられ、他の肉片はスチームクリーナーで洗い流された。
あとでGさんから聞いたのだが、本当は手どころではなく、
頭や胴体、尻尾など、かなり原型をとどめた破片が残っていたという話しだ。
それらの破片は現地のゴミ捨て場に捨ててきたらしい。
「頭もあったん?」
「おう。あったあった」
「うえ〜、まじかい〜」
「耳持って捨てようとしたら、耳がもげてよ」
つまんで捨てようとしたら、頭が落ちたらしい。
その仕事、俺にあたらなくて、ほんと〜〜〜〜に良かった・・・
猫って化けて出そうだしね。
その後、別にGさんに不運なことがふりかかるというようなことは無かったので、
まあ問題は無いだろうとは思う。。
それに人事だし。←明日は我が身って言葉もあるのがちょっと嫌だが。
工場長の憂鬱2に続く。
かもしれない