軌跡
昭和34年
12月、上森 一夫・星 寿氏ら有志10数名による創部。
創部当初は白山校舎の小さなグランドで練習。 当時川越に現グランドが建設され春合宿は民家(早川邸)で行なう。
昭和35年
ラグビー協会加盟。
夏合宿は霧ケ峰で順天堂大医学部と合同合宿を行う。
練習試合を数試合こなし公式戦に挑んだが、経験不足は否めず初戦で敗退。
昭和36年
園部部長を迎え、新入生4名加入、練習も一新された。夏合宿は会津若松で国士舘大、国士舘高との合同で行われた。
昭和37年
全国高校より有名選手を初めて推薦入学させラグビー、柔道、野球が強化部となる。全員川越合宿所に入り本格的なものとなる。夏合宿は山中湖で行われる。
昭和38年
夏合宿は函館で行われた。東洋大学はこの年に行われた再編成により、全国地区大学グループのDグループに所属した。
昭和39年
夏合宿は函館で行われた。この年宿願の全国地区大学の関東代表となる。
昭和40年
昨年の全国地区大会二位の実績から有望新人が多数入学。全国地区大会関東地区決勝に駒を進めたが国士舘大に涙をのんだ。
昭和41年
この年より関東大学リーグに参入し期待された。初戦明大と対戦、善戦したがおよばず。
昭和42年
この年東洋大学は現在のリーグ戦グループ所属となる。
昭和43年
この年 より現在のリーグ戦・対抗戦グループに完全に分かれた。
東洋大学(6位・3勝5敗)
優勝・専修大学
昭和44年
東洋大学(5位・4勝4敗)
優勝・法政大学
昭和45年
創部10周年を迎え交流試合に初出場する。
善戦むなしく早大に敗れる。(早大○35-17●東洋)
東洋大学4位(5勝3敗)
優勝・法政大学
昭和46年
菅平にて合宿開始。
リーグ戦3位の成績で2年連続交流試合に出場する。
明大に前半15-6とリードするが、後半に逆転され惜敗した。(明大○54-27●東洋)
東洋大学3位(3勝2敗1分)
優勝・法政大学
昭和47年
3年連続交流試合出場を果たすも明大に敗れる。(明大○35-14●東洋)
東洋大学3位(4勝2敗)
優勝・中央大学
昭和48年
全日本チーム英仏遠征。東洋大出身の原選手が選ばれ大活躍。
4年連続交流試合出場もまたもや明大に敗れる。(明大○69-24●東洋)
東洋大学3位(4勝2敗)
優勝・専修大学
昭和49年
昨年度優勝の専修大に勝利するも、6位と惨敗。
東洋大学6位(2勝4敗)
優勝・大東文化大学
昭和50年
法政大学・国士舘大学に勝った以外は善戦したが、あと一歩及ばず6位。
東洋大学6位(2勝5敗)
優勝・専修大学
昭和51年
全日本チーム英伊遠征(OB原選手参加)
2年ぶりに交流試合に出場するが早大に敗れる。(早大○67-0●東洋)
東洋大学4位(4勝3敗)
優勝・日本大学
昭和52年
シーズン前の評判とは逆に6位と惨敗。
東洋大学6位(2勝5敗)
優勝・日本大学
昭和53年
中村新監督(早大OB)を迎えるも7位と惨敗。
東洋大学7位(1勝5敗1分)
優勝・国士舘大学
昭和54年
リーグ戦最下位。入替戦で拓殖大に敗れ2部転落。(拓殖大○34-14●東洋)
東洋大学8位(1勝6敗・2部転落)
優勝・法政大学
昭和55年
初めての2部シーズン。全勝で入替戦に臨むも東海大に敗れ2部残留。
東洋大学(2部リーグ1位・全勝)
昭和56年
2部リーグ1位。入替戦に望むも拓殖大に敗れ2部残留。(拓殖大○24-6●東洋)
東洋大学(2部リーグ1位・全勝)
昭和57年
3年目の2部リーグ。関東学院大に1敗を喫し2部2位となる。
東洋大学(2部リーグ2位・6勝1敗)
2部リーグ1位・関東学院大学
昭和58年
2部リーグ1位。入替戦で拓殖大を破り3年ぶりに1部復帰を果たす。(東洋○22-18●拓殖大)
東洋大学(2部リーグ1位・全勝・1部昇格)
昭和59年
本年度よりリーグ戦1部9校となった。3年ぶりの1部で全敗を喫する。
2部との入替戦で拓殖大と対戦し敗戦。2部転落。(拓殖大○25-10●東洋)
東洋大学9位(0勝8敗・2部転落)
優勝・法政大学
昭和60年
吉田監督就任。
圧倒的な強さで2部1位となるが、入替戦にて拓殖大と対戦し惜敗を喫する。(拓殖大○10-6●東洋・2部残留)
東洋大学(2部リーグ1位・全勝)
昭和61年
2部リーグ1位入替戦にて拓殖大を大差で破り念願の1部復帰を果たす。(東洋○31-3●拓殖大)
東洋大学(2部リーグ1位・全勝・1部昇格)
昭和62年
東洋大学100周年。
専修大に13年ぶり、日大に10年ぶりに勝利。
東洋大学7位(2勝6敗)
優勝・大東文化大学
昭和63年 川越合宿所改装。
春シーズンの好調も日大戦以外全敗を喫する。
東洋大学9位(1勝7敗)
優勝・大東文化大学
平成元年
2年連続最下位。入替戦では東農大に敗れ2部転落。(東農大○22-8●東洋)
東洋大学9位(1勝7敗)
優勝・専修大学。
平成2年
2部リーグ1位となり入替戦に臨み東農大を破り1部復帰を果たす。(東洋○20-9●東農大)
東洋大学(2部リーグ1位・全勝・1部昇格)
平成3年〜平成10年 ただいま製作中です。いましばらくお待ちください。
平成10年(1998年)
2部リーグ1位(7戦全勝)
平成11年(1999年)
2部リーグ7位(2勝5敗)
平成12年(2000年)
2部リーグ7位(1勝6敗)
平成13年(2001年)
2部リーグ6位(2勝5敗)
平成14年(2002年)
2部リーグ5位(3勝4敗)
平成15年(2003年)
2部リーグ7位(1勝6負)となり3部との入替戦に望む。3部7位の防衛大に敗れ、
初の3部降格となる。
平成16年(2004年)
3部リーグ1位(7戦全勝)となり2部との入替戦に望む。2部8位の防衛大に勝利
し2部昇格を決める。
平成17年(2005年)
2部リーグ7位(1勝6負)となり3部との入替戦に望む。3部2位の防衛大に勝利し2部残留を決める。
平成18年(2006年)
2部リーグ8位(7戦全敗)となり3部との入替戦に望む。3部1位の国学院大に勝利し2部残留を決める
平成19年(2007年)
2部リーグ8位(7戦全敗)となり3部との入替戦に望む。3部1位の国学院大に勝利し2部残留を決める
当年12月1日付け現監督尾藤氏が三洋電機(株)を退社、常勤監督として就任する
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