研究室

障害者支援の仕事は、本来「社会のあり方」や「人間とは」等を考えさせてくれる素敵な仕事です。しかし、日々の仕事をこなすだけの毎日を送っているとそのことに気づくことも出来ません。

日々の実践を検証し、理論と照らし合わせる、理論を創り出す研究的姿勢を持ち続けることが、支援の質を高め、支援職員の「やりがい」につながります。

私たちは集団的研究を中心とした研究活動を続けていきたいと考えています。

1年に1本!を目標に、論文を職員集団としてまとめ、発表しています。

法人からの発信

実践の中で生れてくるものに、「理論」とまでは言えないが大切にしたい「合意事項」、そしてそれを表す「独自用語」があります。

 そんなものを法人から発信していきたいと思います。読んでくださる皆さんと共感できるといいのですが・・

ほんまもん
 本物(その名に価する本当のもの。)という意味で使っています。

 生産活動での製品作りの目標として「ほんまもんを作ろう!」をスローガンとしています。

 具体的には、①製品の素材は極力「ほんまもん」を使う ②製品を買っていただいた方から「障害者が作っ たのだから大目に 見ようか。」と言われることのないよう、本当に良いものを作る、ということです。

①について言えば、例えば食品班の素材である小麦粉は輸入品ではなく、地粉を使う、陶芸班の釉薬は、自分 たちで木の枝葉を 燃やして灰を作りそれを使う、等です。

②については、製品を見てもらえば分かりますが、自信を持ってお勧めできるものが出来るようになっています。

「もう少し安く売ったら。」というアドバイスも時々頂きますが、「ほんまもん」に相応しい値段で買って頂きたいと考え、今 後も叩き売りはしない方針でいきたいと思っています。
側楽(はたらく)
側(そば・まわり)の人たちを楽(ラク)にさせる、たのしくさせることが、本当の意味でハタラクことではないか、という考え方。

作業・労働・仕事等と言われる活動の成果物としての製品は、それを受け取った(買っていただいた)方の生活に潤いや楽しさを与えるものとしたい(それは上記の「ほんまもん」という考え方とつながっていますが)、というのがこの考え方の一つの面です。そしてもう一つの面として、その活動のプロセスにおいてもハタラクを目指したいと考えています。例えば、丸太を鋸で切る時に、誰かがその丸太をしっかり押さえてくれていたらずいぶん切りやすくなります。仮に押さえ役のAさんは鋸を使うことが苦手あるいは出来ないとしても、「押さえる」という活動により、丸太を切るということに貢献しています。そのことにより鋸をひいているBさんはラクになっています。私たちはそれぞれの得意なところや苦手なところを持っています。それぞれが得意なところを出し合いながら、活動や暮らしを創っていくことが出来たら素敵な社会になるのではないかと考えています。
三間しょう
知的障害者・自閉症障害者の人たちに3つの「間」すなわち「空間」「時間」「人間」が適切に保障されて いるか、見ましょう!ということを「取り組みの土台」としています。

 例えば、利用者に「問題行動」が現れた時、その原因を探るわけですが、その時直接的な原因探しにやっきになり、その土台となっている部分についての検討を見落としていることがよくあります。

 「落ち着かないでフラフラしている」行動をとる裏側には、空間認知が出来にくく、落ち着ける場を求めて行動している場面もあります。本人によって落ち着ける「居場所」を用意したり、部屋に仕切りをつけることによりそのような行動が減った事例もあります。

知的障害を持たなくても人間には活動形態に応じた適切な空間があります。例えば、広い体育館ではお弁当を食べることになった場合ほとんどの人は壁際にスペースをとると思います。それは動物的本能に基づいた防衛反応も関係しているのかもしれません。

空間の工夫は物理的なものですので本格的に整備しようと思うと経費もかかりますが、工夫によって解決できるものもあります。意識的に取り組む必要があると考えます。 

次に時間の問題ですが、これは「リズム」ということです。私達人間も地球に住む一生物としてバイオリズムと呼ばれる生体リズムを持っています。また、「せっかち」「のんびり屋さん」と区分けされるような「性格」も持っています。これらは本人も自覚していない場合もあり、まわりも見てすぐに確認できることでもないため見過ごされがちです。しかし、日課や週の活動の流れを考える時、このようなことを考慮する必要があると思います。この時、基本は全体として「ゆったりと」であり、その中で緩急・静動のリズムを作っていく(メリハリをつける)ことが大切です。

最後に「人間」ですが、これは多様な集団の保障と集団規模の問題です。普通、私達は「社会」「趣味仲間」「家庭」「自治会」等の様々な集団に属し、その中で様々な人たちとの交流を通し、刺激を受けながら成長していきます。ところが障害を持つ人たちは「家庭」と通所施設等の「職場」の2つの集団にしか属していない場合が多くあります。「第3の場を」という要望は切実なものと思われます。

このことは、「施設」の生活の組む立てにも言えることだと思います。外との関係の薄い集団は澱み生じがちです。ひとつの集団で一日が完結するのでなく、工夫により多様な集団を用意することが大切です。

また、集団規模にも配慮する必要があります。活動内容によってもその適正な集団規模は異なってきますが、安定できる(規模の)基礎集団が必要です。