暴走族に学ぶこと
まずはじめに、僕は暴走族が好きではありません。
世の中には、暴走族という種族の人間がいる。
彼らは、アウトローである。
バイクや車を改造し、爆音をたてて走る。彼ら流に言えば、"疾走る"だろうか。
そして喧嘩する。
仲間を大事にし、ルールを重んじる。
しかし、ひとたびルールを犯した者は、仲間であろうと厳しく処罰する。
諸葛孔明の"泣いて馬謖を斬る"のように。 (*1)
途中から暴走族支持派のような感じになりましたね。
冒頭の言葉通り、支持はしません。
僕の立場は中立です。
好きではないから肯定はしませんが、
僕にとって嫌おうと思えばいくらでも嫌いになれる要素を彼らは持っているし、
憎もうと思えばいくらでも憎まれてしまう素質をも持ち合わせている。
できる限り、人を憎みたくはないのであえて彼らを否定はしません。
まあ、わかりやすく言うと
「勝手にどうぞ」
です^ー^
ただし、人に危害を加えた場合は別です。
人を傷つけるという行為を僕は絶対に許しません。
彼らの活動のほとんどは、その他大勢に嫌な思いをさせる不快行為です。
僕は、この不快行為を"迷惑"と"危害"に区別して考えています。
・危害は人、物を傷つけること。肉体的・精神的・または環境的に治療が必要な傷を与えること。
・迷惑は人に不快な印象を与えること。騒音で週末は眠れないなどといったことです。
これはあくまで私的な意見です。
具体的なある行為が、どちらの区分に入るか。
この区分は各個人によって様々でしょう。
ある人には"迷惑"であることが
別のある人にとってはとてつもない"危害"である例を
僕は知っています。
ここで1つでも挙げることは簡単ですが、
感情に訴えかけることは、一時の感情の波に
心がごまかされてしまうことになる可能性を考えると、それはできません。
みなさんが優しい心の持ち主だと信じるからこそです。
こういう問題は冷静に考えることも大事ですよね^ー^
⇒暴走族に学ぶこと 〜続きへ〜
(*1) "泣いて馬謖を斬る"・・・中国は三国時代、蜀の国には諸葛亮孔明という
名軍師がいた。彼は、才能を認め、かわいがっていた
馬謖という武将が命令違反を犯し、自軍の大敗を招いた時に
その責任を追及して、泣きながら馬謖を斬った。
私情に流されず、自軍にルールを正すためである。 (三国志より)
ことわざとしては、「私情において忍びないが、
全体の統制を保つために、たとえ愛する者でも止むを得ず処罰する。」という意味