思いつきでものを言うこと、 ましてやそれをこうした形で文章に起こし、 公開するということは失礼かもしれない。 "やすらぎの家"で書くことは、 ある人と話をしているときに、 あるものを見ているときに、 ある文章を読んでいるときに、 また、ある"なにか"もないときに、 「はっ」と気づき、 それをメモし、文章にしたものもあります。 そうした思いつきを文章にすることに戸惑いもあり、 「これはいいのだろうか」 そう自問しながら僕はパソコンに向かっています。 でも、戸惑いを抱きながらも書くことをやめないのはなぜでしょうか。 それはこの"やすらぎの家"が、 僕自身の喜びや悲しみ、ときには怒りや後悔といったネガティブな気持ち、 そうした様々なものを吐露し、 あるがままに表現する場であるからだと思うのです。 ある意味では、日記のようなものかもしれません。 僕が書く文章を、楽しみにしてくれる方々がいるとすれば、 本当に申し訳ない話かもしれません。 自分の日記を読んでもらっているようなものですから。⇒思いつきを綴ること 〜続きへ〜