退屈な日々に想うこと
このコラムは、なんだかカッコつけた小説調になってしまいました。
鼻につくところもあるかもしれませんが、目を通してもらえればと思います。
今日も1日、何事もなく過ごした。
昼過ぎ、夕方といった方が似合う時間に床から起き、
タバコに火をつけて、
しばしぼんやりした意識の中を漂う。
食事を用意するのは面倒で、近くにある菓子袋に手をつっこみ、空腹を紛らす。
外に出たいという欲求はあるが、外に出るならきちんとした格好をしたいという思いと
そのための作業が面倒だという思いに揺れ、
外の厳しい寒さが面倒くさがりの僕に冷たい向かい風を吹かせる。
それでもなんとか外に出た。家で吸うタバコは美味くないのだ。
近所の海が見える公園に行き、途中で買った缶コーヒーのプルトップを引く。
お世辞にも美味いとはいえないコーヒーだったが、
冬空の下でわずかばかりの暖を与えてくれるのだから、文句は言えない。
外の空気は美味しい。
それは家の階段を降りた時と、家に帰ってきた時に最も強く感じることだ。
そしてやはり、外で吸うタバコの味は格別だ。
僕にとってはスモーカーであることを幸せに肯定できる数少ない瞬間だと思う。
外の世界で何かが起きることを期待しながら、冷たい風を受けつづける。
僕はどうしても、想像の世界に生きようとしてしまう。
蓋然性の低い空想の中に希望を見ながら生きている。
「幸せな奴だ」と思われるかもしれない。
でも当人は違う。現実に起こりうる%が低い空想を習慣的に見ながら、
いや、半ば強制的に見せられながら
現実の世界を生きなければならないというのは、とても厳しいことなのだ。
遅く起きた僕にとって、日中はとても短い。
海を見ながらタバコを2本吸っている間に、日は落ちていた。
家に帰ってもすることはない。やりきれない思いはどこへ向かう?
こうしてPCやノートに思いをぶつけることで、僕は少し落ちつけるのだ。
ただ悶々とした時間を過ごすなら、
その思いを文字に替え、心の中を整理することはずっと良いだろう。
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