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竹の節



    夏の終わり、父の仕事を手伝って
   とある屋外プールの片づけをしていたときのことです。
   通常、屋外のプールは外から覗けないよう 「ヨシズ」 と呼ばれる竹のようなものを
   柵に巻き、それによって施設は囲まれています。
   「ヨシズ」 を柵に固定する時に使うのが、竹の棒です。
   竹の長さは様々で (予算の関係で均一なものを買えない?) 、
   片付けの際の持ち運びはとても苦労するものです。
   長いものだとゆうに2mを超し、先がとがってたり、時には竹の断面が丸ではなく
   まっぷたつに割れてたりします。
   こんなそれぞれ個性のあるやつらを、何の考えもなしに
   まとめて持とうというのは無理があります。

   そこで僕は、それぞれの竹の長さのまんなかをアバウトに合わせて置いていきました。
   こうすると、その真ん中を持てば左右の重みがだいたい釣り合うと考えたわけです。
   "やじろべえ"のようなことだと考えてください。
   「これで持ち運びがラクになるぞ」
   なんて思ってました。

   それを繰返していくうちに、あることに気がついたんです。
   「竹の節目どうしが重なってる?」
   一度のことなら驚きませんが、何十本と同じ作業を繰返していくなかで
   かなり頻繁に節目どうしが重なり合うんです。
   一本一本がちがう長さの竹たちが。
   なんだかとても不思議な感じがしました。

   ただの偶然と考えるのが、妥当だと思います。
   あるいは、僕が無意識のうちに竹の節目を合わせるように置いていったのかもしれない。
   でも、僕はこの偶然と思える出来事を目の当たりにして、一つのことを思いました。

   「人間も同じじゃないか?」

   よくわかりませんよね^ー^

   偶然にも重なり合う竹の節目を見つめながら、
   人間の人生にも節目というのはあるな、と思ったんです。
   節目というのは、誰か自分の人生に影響を与える人物に出逢ったり、
   素敵な言葉に出逢ったり、ダイエットをしようと思いたったり、
   希望の学校に入れたり、結婚や辛い失恋をするとか色々あると思います。

   その中でも、もっとも大きな節目となるのは、人と出逢うことだと僕は思っています。


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