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罪を犯した命

   

    全ての命は平等でなければならない。
   罪を犯した人の命は、犯した罪によってその価値が下がるようなことはあってはならない。
   実際的に価値が下がるということではなく、人々の意識の内で、です。

   もし、このことが認められるとすれば
   罪を犯したかどうかに関係なく、全ての命に値札がつき、
   そこには多かれ少なかれ価値の格差が生まれる。

   社会的立場、経済的な優劣、それこそ偏差値などといった単にモノ覚えの良し悪しによってさえ
   それぞれの命に格差が生まれることになる。
   そのことをわたしたち自身が容認することになる。

   罪を犯した命を低く見るということは、こういう帰結を生むことだと思う。

   もちろん、こんなことを偉そうに言っていますが、心情的には理解できます。

   でも、このことを認めてはいけない。

   わたしたちが罪を犯した命の価値を軽視することは、
   社会が万民平等の精神を失うことなのだから。






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