秡川(はらいかわ)先生

記録:平成15年6月22日
掲載:平成15年7月12日
志波姫町の農家 菅原 

 先日のことである。東北文化学園大学の秡川先生から連絡があった・・・ と言う前に、少しだけ、秡川先生を紹介しておこう。まずは俺と秡川先生のメールのやりとりから。話題は秡川さんの名前、「秡」についてである。
( 秡川より菅原へメール送信)
>菅原さん、こんにちは!「禾」(のぎへん)の秡川(はらいかわ)です。

(菅原より秡川へメール送信)
>今一番気になっていること、それは「秡川」の「秡」の文字、「秡」が辞典を見てもパソコンを使っても出てこん。ノギヘンでなんで変換できないの?くやしいほどわからん。
 秡川先生は、東北文化学園大学の助教授であるが、前に記した「冬期湛水水田に集まる人達」にも参加した「冬湛水水田に集まる人間」でもある。彼はさすが学者らしく、名前一つとっても奥が深い。いや、名前そのものも奥が深いのだが、それ以上にその解説内容が学者的である。再び秡川さんのメールを引用してみる。
( 秡川より菅原へメール送信)
>「祓」の「示」はテーブル(祭壇)の上に、生け贄として動物の首などが載せられた状態を表す象形文字に由来しています。
>稲荷神社の神官だったらしい私の先祖は「示」から想像される穢れを忌み、「禾」を用いたようです。
>大漢和辞典などでは「秡」は「俗字」として載っています。明治維新降、文部省が日本語を統一した際に、それまで用いられてきたさまざまな言葉が文部省が認めないという理由だけで、俗字や方言という「誤った」言葉とされました。
 俺は単に「秡」の文字をパソコンで出したかっただけなのだが、祓川先生はそれにおまけして深淵なる「秡」の由来まで解説してくれる。このこだわりを見ただけでも秡川先生の学者魂が感じ取れる。秡川先生は間違いなく私に無い何かを持っている。
 それにしても、このような教養あふれる大学の先生が、なぜ私の冬期湛水水田に興味を持つに至ったか?
 秡川先生は、自然に優しい農業を実現するための農業経営を研究している学者で、生産効率一辺倒の現在の日本の農業構造に危機感を持っている。それで、私がやっている不耕起・冬期湛水水田にヒントを感じたようだ。
 ついでに言えば、俺自身は自分の冬期湛水水田がいつまで無農薬の水稲栽培が継続しいけるか危機感を持っているほうで、自然にやさしいと言うより、自分にやさしい農業経営を続けていくことが毎年の研究テーマである。
秡川先生の大学を訪れた時の一コマ

 それで冒頭の話しに戻るが、その秡川先生から連絡があった。岩手県の農業試験場に行こうとの誘いである。秡川先生曰く、その試験場に水田の雑草に詳しい伊藤さんという偉い先生がいるらしい。
 でも俺は一瞬躊躇した。偉い先生の話しはありがたいのだが、難しい話は苦手だし、その話しが俺の営農に直結する保証もない。それに俺の田んぼの雑草達も気になってきたので、岩手に行く代わりに田んぼの草取
秡川先生の大学を訪れた時の会見場所は「総合政策学部長室」、学部長室が来客応接室に転用されているのこと。
りでもしようかとも思った。
 それでも結局は秡川先生と岩手に行ったのだが、結論から言うと、行ってよかったと思う。いろいろ得るものがあったし、冬期湛水水田の雑草抑制効果に自信がついた。それに、なんと言っても話だけ聞いて草取りしねぇですむんならそっちの方が楽だしね。
 
それで数日後、秡川先生から岩手視察のレポートがメールで届いた。内容を読ませて頂いたが、さすがである。伊藤先生の話も有意義だったが、それを受けての秡川先生の考察。やっぱり学者の先生にはかなわんですね。それで秡川先生のレポートを次項「雑草事始め」に掲載する。水田の雑草対策に苦慮している皆様方にも参考になると思うので、よろしく。  


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